「村が見えてきたぞ」
ジェレミアの声に、目を開ける。
寝そべったまま肩越しに振り返ると、全員こちらに背を向け、窓の外に目を向けていた。
ぼんやりそれを見ていると、ニキータがこちらに気づき、
「あにょう。もう少し、眠ったほうが……」
「……余計なお世話だ」
体を起こすと、勝手に寝床に潜り込んでいたラビも目を覚まし、あくびをする。
ここ数日、夜になるたびに気づかれないよう抜け出しては魔法の訓練を行っているのだが、当然、睡眠時間は短くなる。
そのため、船での移動中に仮眠をとっているのだが、なぜかすぐに目が覚める。
おかげで体は休まらず、全身がひどく重く感じた。
ルナがこちらの耳元に姿を現し、小声で、
「あまり無理しないほうがいいわ。魔力が安定していないから、体への負担が大きくなっているみたい」
「…………」
その言葉を無視して立ち上がると、自分も窓際まで行く。
「……どうかしたのか?」
様子がおかしいことに気づき、自分も外を見下ろす。
木々は少なく、大地の色がむき出しになっている。土も乾ききっているのか、風で砂ボコリが舞っていた。
どうやら、眠っている間にジャドに入ったらしい。
そして、さっきジェレミアが言った通り、眼下に小さな村が見えた。たしかジャドに入ったら、まずはメノスという村に行くと言っていたが、ここがそうなのだろうか?
こぢんまりした石造りの家屋と田畑が見えたが――その中でうごめいていたのは人ではなく、
「……コブラの群れか?」
眉をひそめると、ウンディーネが姿を現し、
「モンスターの凶暴化が激しなっとるみたいやな。人里やろうと、お構いなしや」
ここに来るまでの数日間、凶暴化したモンスターに襲われたことはあったが、村を襲っているのを見たのは初めてだ。
エリスも窓に手をあて、村を見下ろし、
「うっわー、すごい数じゃない。村の人達、大丈夫なの?」
「相手がコブラですからね。毒にやられた人がいるかもしれませんが……どちらにせよ、手当は片づけてからです」
ユリエルは弓矢を手に取ると、操舵席のジェレミアに着陸の指示を出す。
キュカもため息混じりに、
「……しゃーねー。助けるか」
「ああ。重装MOBを召喚すれば、あの数でもなんとか片づくだろ」
ロジェの言葉に、レニもひとつうなずくと、
「なるほど。敵を一掃して、村人から謝礼金をもらうんだな」
「…………。お前と一緒にするな」
言うと、ジェレミアは村の近くへと船を下ろした。
ロジェ達がコブラ退治に向かって、どれくらい経っただろうか。
プチグランシェを数体召喚し、コブラもかなり片づいているはずだ。
当然と言えば当然だが――レニはロジェにきつく言われて船で留守番だった。新たにMOBを召喚しようにも、もう資源は採り尽くし、これ以上やることはないのだが――
「……そろそろ、か」
頃合いを見計らい、最近購入したばかりのフードつきのマントを羽織ると、一緒に留守番していたエリスとニキータの目を盗み、杖を片手に船から降りる。
「――キュゥッ!」
船から降りるなり、収穫を終えたラビが一匹、こちらの足下に跳んできた。
「……お前か」
足にすり寄ってきたラビを、身をかがめてなでてやる。
ラビなら他にも数匹召喚したが、この頃になると、すっかり見分けがつくようになってしまった。
とりあえず、勝手についてくるラビと共に村の中へと向かうが、
「――ダメですにゃ! 留守番してにゃいと!」
振り返ると、自分がいないことに気づいたのか、ニキータが慌てた様子で船から駆け下りてきた。
「ロジェさん達が戻ってくるまで待たにゃいと、どこにコブラが隠れているか、わからにゃいですにゃ!」
息を切らしつつ早口に言うが、こちらは肩をすくめ、
「もう片づいた頃だ。そろそろ大丈夫だろう」
「そうは言いましても……コブラが片づいても、しばらくはバタバタしてるはずですにゃ。レニさんは船で休んでいたほうが……」
さっきから、妙に休むよう勧めるニキータは無視して、村の中に入る。
「――なんや? 手伝うんか?」
こちらに気づいたらしく、今度はウンディーネがやってきた。
「首尾はどうだ?」
「村の人らは安全な所に避難させて、MOBが守っとるんやけど、何人か毒にやられてもーてな。村の医者はしばらく前に亡くなったらしいし、困っとるみたいや」
「そうか……」
周囲を警戒しながら、村の奥へと急ぐ。ニキータもあきらめたのか、ラビと一緒におとなしく後をついてきた。
ロジェ達が斬ったのか、地面にはコブラの亡骸が転がり、乾いた土が赤黒い血を吸っている。
物音がした方角に向かい、建物の影から顔を出すと、コブラが一匹、前を横切って行くのが見えた。
「ちょうどええわ。やってみぃ」
ウンディーネに言われるまでもなく、ここ数日練習したアイススマッシュを唱える。
コブラの頭上に氷塊が落ちるよう、頭の中でイメージを描き――
「――にゃぎゃっ!?」
めごっ! と、すぐ後ろについてきていたニキータの頭上に氷塊が落ち、哀れニキータはその場に倒れ、
「ぷぎゅっ」
ラビがニキータの下敷きになり、無惨に潰れた。(二次災害)
まあ、以前と比べれば、氷塊の大きさなどはちょうどいいのだが……
「なぜ後ろに……」
「アホー! 味方倒してどないすんねん! 経験値稼ぎか!? レベルアップか!?」
「う、うるさい!」
とりあえず、頭にコブを作って目を回すニキータとラビはそのままに、さっき狙ったコブラに視線を戻す。
コブラが向かう先に目をやると、キュカの背が見えた。
隠れたコブラがいないか探しているようだが――倒れた樽の中に、一匹のコブラが見えた。ちょうどキュカの死角になる位置で、まだその存在に気づいていないようだ。
そしてさっき仕留め損ねた(あえて『仕留め損ねた』と言わせてもらう)コブラも、物陰に隠れながらキュカとの距離を縮めている。
「よし。助けて礼金を請求する」
「……金にうるさなってきたな」
固く決意すると、呆れるウンディーネは無視して、気づかれないよう接近する。
とりあえず、さっきのコブラに狙いをさだめ、再び呪文を唱える。
二匹のコブラは間合いを詰めると、左右から挟み込むように、まったく同時にキュカの首を狙ってジャンプし――ほぼ同時に、こちらも魔法を放つ。
その時、何千万分の一の奇跡が起こった。
レニが作り出したいつもより大きめの氷塊がキュカを押し潰し――突然狙いを失ったコブラ達は、そのままお互いの首にまったく同時に食らいつき、先に倒れたキュカの上にぼとっ、と落ちた。
「…………」
「…………」
ぴゅぅ……と、乾いた風が吹き、砂ボコリが舞う。
コブラは互いのひと噛みで絶命したらしく、ぴくりとも動かない。一方で、氷の直撃を受け、さらに二匹のコブラの下敷きになったキュカは地面に突っ伏し、だらだらと頭から血を流していた。
長い沈黙の後――どこで覚えたのか、レニは庶民っぽく親指を立てて断言した。
「結果オーライ」
「どこがだ!?」
がばっ! と飛び起きたキュカの怒鳴り声が、コブラの驚異が去った村に響いた。
* * *
「これだっけ? それともこっち?」
「ねーちゃん、やっぱオレたちにはムリだよ~」
片っ端から薬棚の引き出しを開け、中から干した薬草を取り出す姉に、気弱なことを言う。
しかし、姉は眉をつり上げ、
「なに言ってんのよ! やってみなきゃわかんないでしょ!」
「でもぉ~……」
「男が気弱なこと言ってんじゃない!」
そう言うと、彼女は踏み台代わりのイスに乗り、棚から大きな白い瓶を取り出そうとして――手を滑らせる。
落ちた瓶は派手な音を立てて無惨に砕け、中の液体と何かの根が床に散らばった。
「ギャーーーーーーー!」
「なにやってんだよ~!」
小さな家に悲鳴が響く。
やっぱり、大人を呼ぼう。
慌てふためく姉にそう言おうとした瞬間、
「――医者の家はここか!?」
ノックも何も無しに扉が開き、目を回したラビを抱えた若い男が押し入ってきた。
◆ ◆ ◆
てっきり無人だと思い、問答無用で扉を開けると先客がいた。
どうやら姉弟らしく、二人とも黒い髪に似たような顔立ちをしている。少女のほうは十歳くらいで、弟らしき少年が六、七歳くらいだろうか。
突然入り込んできたことに驚いたのか、二人は一瞬、固まっていたが、
「ど、どちらさん?」
「――あ! ひょっとして、さっきコブラたいじしてくれたひと?」
少年に指さされるが、あいにく、この二人に心当たりがない。おそらくロジェと間違えているのだろう。
イスの上に立っていた少女に目をやると、瓶でも割ったのか、床に陶器の破片と植物の根が散らかっていた。
さらに奥を見ると、薬棚の引き出しが数カ所開いている。
「まさか、自分達で薬を作ろうとしていたのか?」
「な、なにさ! あたし達、じーちゃんがやってるのいつも見てたんだから!」
呆れた顔で言ってやると、少女は顔を赤くして怒鳴る。
そういえば、ウンディーネが村医者はしばらく前に亡くなったと言っていたが、その家族だろうか?
とは言え――
「では、それはなんだ? コブラの毒に、喉の薬は効かんぞ」
「のどの薬……」
床に落ちた根を指さすと、少女は言葉を無くす。
少年はこちらを見上げ、
「おにーさん、くわしいの? いしゃ?」
「医者ではないが……」
「――レニさん、薬草持ってきましたにゃ~!」
ちょうどニキータが、ロアで採取した薬草を持ってやってくる。頭に包帯を巻き、黒い毛に血がこびりついていたりするその姿に、少女は眉をひそめ、
「ネコさんもコブラにやられたの?」
「えーと、これは……」
「そうだ。これは戦いによる、名誉の負傷だ」
「…………」
ニキータより先に、キッパリと断言する。
一瞬の沈黙の後、
「……ハイ。そうですにゃ」
ニキータは、なぜかはらはらと涙を流しながら小さくうなずく。
「ホレ! おしゃべりしとるヒマあったら、さっさとせぇ!」
ウンディーネに急かされ家の中に入ると、まだ目を回しているラビを適当な場所に寝かせる。
そして薬棚の引き出しにつけられた札を確認し、
「ふむ。必要な物はそろっているな」
次々と引き出しを開けると、必要な薬草を取り出す。
「ちょっと! 勝手になにすんのさ!」
「小娘、ヒマなら鍋に湯を沸かせ」
「『小娘』ってなにさ!? あたしはコートニーだよ!」
顔を真っ赤にして怒鳴ってくるが、無視して、今度は少年に目をやり、
「道具か何かないか?」
「それならこっちに……」
「カート! 知らない人の言うこと聞いちゃいけないって教わったでしょ!?」
「ま、まあまあ……今は緊急事態ですにゃ」
ニキータになだめられ、少女――コートニーは、渋々と湯を沸かしに台所へ向かう。
その間に、カートが用意した道具で数種類の薬草をすりつぶし、湯を張った鍋に入れ、じっくりコトコトよく煮込む。
小一時間ほどして、
「これで……いけると思うが……」
混ぜながら、眉をしかめる。
自分で作っておいてあれだが――最初緑色だった鍋の中身は、煮詰めるにつれてどす黒く変色していき、なんとも言えないにおいが室内に充満している。さすがのラビも目を覚まし、開いた窓から外へと逃げた。
はっきり言って、怪しい。
ウンディーネはぽつりと、
「なあ……アンタ、このテのもんは何回くらい作った?」
「解毒薬はこれが初めてだ」
「はじめて!?」
「だいじょうぶなのかな、このにーちゃん……」
驚く姉弟は無視して、遠いまなざしで、
「これまで、解毒薬を作る必要などなかったからな……」
「だいじょうぶなの!? ホントにだいじょうぶなの!?」
「配合に間違いはない」
――たぶん。
胸中で付け加える。
なにしろ、使用人がうっかり毒蛇に噛まれたとしても、医者でもない自分がわざわざ薬を作るまでもない。もしくは魔法で治してしまうか。
自分でも、一応知識としては教わったものの、実際にこんな所で薬を作る日が来るとは思ってもみなかった。
様子を見に戻ってきたニキータも、鼻を押さえ、
「にゃんか……家の外までにおいがしてるんですが……」
「気のせいだ。で、ケガ人は?」
「……長老の家に集まってますにゃ」
ニキータの言葉を適当に流すと、すっかり煮詰まった鍋を手に、長老の家へと向かう。
自分が薬を作っている間に、ケガ人の手当はエリスのヒールライトのおかげでだいたい終わったらしく、動ける者は片づけに追われていた。
もっとも、それは単に噛まれたり転んだりしてケガを負った者だけだ。
「毒にやられた人は、この家の中ですにゃ」
ニキータと、なんとなくついてきた姉弟と共に、ある家の前で立ち止まり――ぽつりと、
「……物置か?」
「ちょーろーのいえだよ」
「あたしんちとあんま変わんないけどね」
こちらのつぶやきに、姉弟が答える。
長老の家と言っても、他の家より少し大きいくらいで、造りはさっきの医者の家とたいした差はない。窓は木の板やボロ布のようなカーテンでふさいでいるだけで、入り口の扉も、ちゃんと閉まらないのか半開きになっており、風が吹くたびキイキイ音を立てて揺れている。
こんな所に人が住むなど、しばらく前まで想像も出来なかったが――傍らの姉弟にとってはこれが普通らしく、半開きのドアを開けて中へと入る。
「あ、薬出来たの?」
自分も二人に続いて中に入ると、エリスが出迎え、さらにその後ろからキュカ(どことなく髪に血がこびりついている)も顔を出し――こちらが手にした鍋の中身を見るなり、
「なんだ……? それ……」
眉間にシワを寄せ、後ずさる。
無視して家の奥へ向かうと、毒にやられ、ぐったりと床で寝こんだり座ったりしている数人の村人と、ロジェ達がいた。
キュカ同様、鍋の中身を見たロジェも、顔を真っ青にして、
「兄さん、まさかいっそ楽にしてやろうと……!?」
「…………。誰が毒を作るか。薬だ」
どんっ! と、近くの机の上に鍋を置く。その衝撃で、天井からパラパラとホコリが落ちてきた。
「薬……ですか?」
「……薬……」
「海苔みたいであります」
さすがのユリエルも怪訝な顔をし、ジェレミアは鼻を手で覆い、テケリは見たままを言う。確かにこの黒さといい、粘りといい、海苔に見えんこともない。
鍋の中身を見た村人が数名、ちらほら家の外に逃げ出すが、お構いなしに、コートニーが持ってきた湯飲みに薬を入れ、ぬるま湯で少し薄める。そして寝台に横たわった白髪にヒゲをはやした老人――この村の長老を叩き起こし、
「飲め」
薬の入った湯飲みを、問答無用で突き出す。
しかし、彼はすぐには受け取らず、
「だ……大丈夫なのかね? なんか……昔、医者に作ってもらったのと微妙に違うような……」
「問題ない。我が家に代々受け継がれてきた、伝統の製法だ」
「ちょーろー! グイッと!」
「そうそう。どーせ老い先短いし」
適当にキッパリと言い切り、姉弟も鬼のようなことを言う。
その間にも、毒の進行は進んでいる。長老の顔は真っ青で血の気がなく、老いた体がガタガタ震えていた。決して、異臭を放つどす黒い謎の海苔っぽい『液体』というより『液状』と言ったほうが正しいものに怯えているわけではない――と、思う。
成り行きを見守っていたロジェとキュカが、ぽつりと、
「……このままコブラの毒で死ぬか、兄さんの毒で死ぬか……」
「どっちにせよ、待つのは死か」
「薬と言っているだろう!?」
二人を怒鳴りつけ、長老に再び薬を押しつける。
長老は、薬の入った湯飲みをようやく受け取ると、しばらく悩んだ末に、
「よ、よし。ここは……一番年老いたワシが代表して、この毒に戦いを挑もう」
「長老……!」
「そんな! 俺達のために……」
同じく毒に倒れた村人達のすすり泣きが室内にあふれる。今、まさに村人達の心がひとつになろうとしていた。
「だから……薬と……」
レニの言葉など無視して、長老は震える手で湯飲みを高々と掲げると、
「皆の者! 達者でな!」
これから薬を飲むには明らかにおかしい言葉を言い放つと、漢らしく腰に手をあて、一気に口の中へと流し込む。
「むぐっ!? ぅぶふぅ……!」
長老はムセつつも薬を飲み干し――ぱたっ、と仰向けに倒れた。手から離れた湯飲みが床に落ち、ぱりーん! と、音を立てて砕ける。
しん……と、室内は不気味に静まりかえった。
ぴくりとも動かない長老に、さすがのレニも頬に冷や汗を流すが――
「おーい、じーちゃーん」
ウンディーネが姿を現し、モリでぺちぺちと長老を叩く。
しばらくして、
「――あ。治った」
長老はむくりと起きあがり、全員、脱力感にその場に突っ伏した。
そして――人間とは現金なもので、効くとわかったとたん、皆奪い合うように薬に殺到した。
◇ ◇ ◇
「教団から仕事を?」
長老の話に、ユリエルは意外そうに目を丸くする。
レニの薬が相当効いたらしく、さっきまで毒で苦しんでいた者達はすでに帰宅し、長老も寝台から体を起こしても大丈夫なくらい回復した。
彼はお茶をすすりながら、
「うむ。この村は作物が育たず、貧しくてのぅ。じゃが、しばらく前、教団から大がかりな仕事をもらってな」
「……ロクな仕事じゃないんじゃないのか?」
ジェレミアのつぶやきに、長老は少し眉をつり上げ、
「何を言う。我らの腕を高く買ってくださったんじゃ。……この村は、ドワーフになど負けんくらい腕利きの職人が多くてな。十年前の世界大戦の時は、ワシらの作った武器や鎧が、それはもう飛ぶように売れたわい」
「それにゃら、オイラも知ってますにゃ。昔、親方が商品の仕入れにこの村まで来たことがあるって言ってましたにゃ」
ニキータの言葉に、長老はひとつうなずき、
「今は日用品を細々と作る程度じゃが、昔は、毎日大量の武器や鎧を作っておった。……もっとも、自分達が作った武器や鎧を身につけたヴァンドール兵達に攻め込まれるとは、なんとも皮肉な話じゃがな」
最後は、ため息混じりにつぶやく。
――ここでも十年前の大戦か……
ロジェも小さくため息をつく。
簡単な話ならロアで聞いたが、虐殺行為といい、他国への侵略行為といい……まるでペダンのようだ。
窓の外に目をやると、適当な場所に座って、テケリやエリスと休憩していたレニが、さっきの子供達と何か話をしているのが見えた。
自分の膝上のラビをなでているその人物が、少し前――まさに、他国に軍隊を送り込み、虐殺と侵略行為を指示した張本人だなどと、誰が信じるだろうか。
「おい。どうした?」
キュカに声を掛けられ、我に返る。
「い、いや、なんでも……」
「――そしてまあ、ワシが作った剣は時の王の愛刀として使われ、怪物をバッサバッサ斬って捨て、苦しむ民を救い――」
「はあ……そうですか」
一方では、だんだん長老の話が関係のない自慢話に発展し、ユリエルが曖昧な返事を返している。
「ところで、ジャドの町で、何か変わった話は聞きませんか? マナの教団のこととか……」
話が一段落したスキをつき、ユリエルがさり気なく軌道修正を試みると、長老は少し考え、
「そうじゃな……ジャドの町では、一、二年ほど前から光の主教がよく訪れるようになってな。井戸を次々掘り当ててくれたそうじゃ」
「なに?」
その言葉に、ジェレミアが今にも長老につかみかかって話を聞き出そうとするが、ユリエルはそれを制しながら、
「この辺りは、水の枯渇に悩んでいると聞きました。その主教のおかげで水不足が解消したとなると……マナの教団は、どんどん信者が増えているんでしょうね?」
「うむ。町の人間のほとんどがそうじゃ。特にこの地域は、十年前の戦で心に傷を負った者が多い。すがれるものが欲しいんじゃろう」
「……すがれるもの、か」
それで心が癒えるのだろうか。
何かにすがりついて、それで心が救われるなら、どんなに楽か……
「ところでさっきの話ですが、教団からもらった仕事とは? 差し支えなければ、教えて頂きたいのですが」
ユリエルの言葉に、長老は首を横に振り、
「悪いが、それは出来ん。教団との約束でな」
「助けてやったんだ。ちょっとくらいいいんじゃねーのか?」
長老は再び首を横に振り、キュカは肩をすくめる。
「その代わりというわけではないが、明日、ジャドの教会で何かの儀式が行われるらしい。行ってみてはどうかね?」
「儀式? なんの?」
キュカが聞き返すものの、長老はマイペースにお茶をすすり、
「なんの儀式かはよく知らん。じゃが、教団のことを知るには、そういったものに参加するのが手っ取り早いじゃろ」
「それは……興味深いですね」
ここに来た次の日とは、なんともタイミングのいいことだ。
まるで、自分達が来る日に合わせた――というのは、さすがに考えすぎだろうか?
「なら決まりだな。さっさと行くぞ」
この村でこれ以上の情報は得られないと判断したのか、今すぐにでも飛び出しそうなジェレミアを、長老はなだめるように、
「まあ待ちなさい。一体、どういう事情があるのかは知らんが、今日はここで一泊して行きなさい。たいした礼は出来んが、食事と寝床くらいは提供しよう」
そう言いつつ、長老はさり気なくジェレミアの尻に手を伸ばす。
次の瞬間、ジェレミアの肘が長老の脳天に振り下ろされ――そしてニキータが、全速力でエリスを呼びに走った。