「な~んか、こないだから呼び出されてばっかだな」
『ヴァンドール城にて待つ』
そう書かれているらしいメモを手に、キュカがぼやく。
「ま、楽でいいですけどね。目的地に悩まなくて」
「どう考えても罠だろ」
船の窓から外を見下ろすと、街が見えた。
かつて城下町だったであろう場所は廃墟と化し、崩れた建物の合間で、うごめく魔物の影が見える。すっかり魔物の住処となってしまっているようだ。
「あれがヴァンドール城か?」
その建物の影が見えたのは、日が沈みかけた頃だった。
船の前方、小高い丘の上に、城らしき建物が見えた。
しかし建物は半壊し、火事があったのか城壁の一部が黒くなっている。
「うきょ?」
突然、テケリが声を上げる。
テケリは城ではなく、城の庭園を見下ろし、
「なにか、はねたであります」
「はねた?」
『いた』ではなく『はねた』。その引っかかる物言いに、全員、庭園に目を凝らす。
「暗くてよく見えませんね」
「オイラが様子を見てくるダスー」
「私も行くわ」
ジンとルナが船外に飛び出し、庭園へ下りると、向こうも気づいたのか茂みから丸いものが飛び出してくる。
「あれは……ラビじゃにゃいですか? 間違いにゃいですにゃ!」
「下りてください」
言われるまでもなく、船は庭園の空き地に降下した。
「キィッ! キイィッ!」
「ラビきち~! 無事だったでありますか~?」
「キュィ~!」
ラビは駆けつけたテケリに向かって一直線に飛び跳ね、
――ぼすっ!
「グフォゥッ!?」
その腹に、全身全霊のボディーブローを叩き込んだ。
「ラビきち……な、なぜ……」
「ぷきーーーーー!」
「どうやら迎えが遅くてご立腹のようですね」
ぴくぴく悶えるテケリを見下ろし、ユリエルがどうでもいい分析を行う。
「ちょっとあんた! レニはどうしたのよ?」
「ぷきっ」
エリスの杖――レニが落としたものだ――につつかれ、ラビは城の入り口に向かって真っ直ぐ跳んでいく。
全員、その後を追いかけようとして、
「どうしました?」
ジェレミアがその場を動かないことに気づき、ユリエルが足を止める。
ジェレミアは地面をにらみつけたまま、
「……ここまで来ておいてなんだが、行くのか?」
「では、船で待っていてください。見失います」
「…………」
即座に返すと、ジェレミアをその場に残して走り出す。
半壊した城の入り口をくぐった辺りで、
「なによ。結局来るんじゃない」
「……あいつに確認したいことがある」
エリスが口をとがらせるが、ジェレミアはしかめっ面でそれだけ言うと、ずんずん先へと進む。
「静かだな」
「罠があるかもしれません。うかつに物に触らないようにしてください」
全員武器を構え、精霊が照らす明かりとラビの案内を頼りに城の奥へと進むが、罠らしい罠はないまま、広い空間にたどり着く。
キュカは辺りを見渡し、
「ホール……いや、謁見の間か?」
天井は崩れてなくなっており、空が見える。
床にはガレキが散らばっていたが、一直線に敷かれていたボロボロのじゅうたんが、ここが謁見の間であることを予測させる程度の役に立っていた。
そしてそのじゅうたんの先には、明らかに身分の高い者が座るための玉座があり――そこに、誰かが座っていた。
「レニ!?」
「待て! うかつに近寄るな!」
飛び出そうとしたエリスをジェレミアが引き留めるが、ラビはお構いなしにレニの足下へとすっ飛んでいく。
「キュゥッ! キュゥゥッ!」
ラビが必死に呼びかけ、膝によじ登り――
「ぷぎっ」
レニが突然立ち上がったせいで、地面に落ちる。
「お、おい……大丈夫、なのか?」
キュカが恐る恐る近寄るが、様子がおかしいのは誰の目から見ても明らかだ。
テケリはラビを拾い上げると、
「しっかりするであります! テケリ達、むかえに来たであります!」
「テケリ、離れろ!」
ジェレミアが声を上げた瞬間、
「……おいで。テケリ」
テケリの姿が、ラビと一緒に消える。
「テケリ!?」
「――貴様ぁ!」
制止する間もなく、ジェレミアがナイフを手に斬りかかる。
しかしナイフは空を切り、勢い余ってたたら踏む。
「!?」
慌てて振り返ると、すぐそこに紫のマントを羽織った後ろ姿が見えた。
「ようこそ。ミラージュパレスへ」
次の瞬間、その場にいた全員の視界が、ぐにゃりと歪んだ。
「何これ!?」
「ここは……ミラージュパレス?」
驚くエリスとは対照的に、ジェレミアは呆然とつぶやく。
「全部まぼろしよ。魔法で幻覚を見せているの」
「まぼろしったって……」
ルナの言うとおりだろう。ここがミラージュパレスのわけがない。
わけがないのだが――
「これが、まぼろし?」
突然、目の前に現れた不気味な宮殿、黒々とした木々、水路を流れるよどんだ水……
その場に流れる空気でさえ、リアルに再現されている。まぼろしだとわかっていても、長居すればそのことを忘れてしまいそうだ。
薄暗い庭園を歩きながら、エリスはしきりに辺りを見渡し、
「ここがミラージュパレス……レニとロジェが生まれた場所……」
「にゃんと言うか……人が住んでるとは思えませんにゃ」
不気味な宮殿に、ニキータも縮こまる。
かつて来たことがあるキュカも、ため息をつき、
「こんな所で暮らしてりゃ、性格もひねくれるわな」
ぼやきながら水路をのぞき込むと、水は流れを止め、隅に腐った落ち葉が溜まっていた。元々は白かったのであろう水路には苔かカビが生え、おかげで水が赤く見える。幻術で臭いまで再現出来るはずがないのに、なんとなく生臭い気がする。
「とにかく二人を捜しましょう。彼がテケリに危害を加えるとは思えませんが……ここにいるのが、彼だけとは限りません」
その言葉に、全員ハッとなる。
もしそうだとしたら、テケリは今、かなり危険な状況のはずだ。
「とにかく行くぞ。グズグズしている暇はない」
「――待って」
宮殿の中へ進もうとしたところを、ルナが制止する。
「さっきも言ったけど、ここはまぼろし。普通に進んだところで疲れるだけ」
「そうは言っても、どうしろって言うんだ?」
ジェレミアがイラついた様子で問い詰めるが、ルナはふわふわ漂いながら、
「呼んでいる……とても強い、思念の塊」
ぼんやりとつぶやきながら、庭へと漂っていく。
「何かを伝えたがってる」
ついていくと、少し開けた場所に出た。
元々は子供の遊び場だったのだろう。木の下で、古いブランコが風もないのに揺れている。
そのブランコの下に、何か落ちていた。
「この鏡はたしか……」
たしか、レニがロジェにやったとかいう鏡だ。
そんなことを思い出しながら、ジェレミアは鏡を拾い――
「―――!?」
突然の景色の変化に、言葉を失った。
* * *
「……本当にやるの? 別にキミじゃなくたって、軍隊を派遣させることだって可能じゃないの?」
少年の声だった。
気がつくと、視界に十二、三歳の金髪の少年と、それよりいくつか年上の少年がいた。
年長の少年は首を横に振り、年の割に落ち着いた声で、
「無駄だ。お前の意見など通るわけがない」
「でも――」
「最高評議会が出した結論だ。今さら覆らないことくらい、お前だってわかるだろう」
「あいつら、動かすのは口だけじゃないか! 面倒事は全部人に丸投げしておいて、失敗すると好き放題に責めて!」
「アナイス」
名を呼ばれ、責め立てる声が止まる。
「今回の件、お前が怒りを向けるべき相手はエルマン達ではない。失敗は失敗なんだ。その結果起こった災いなら、私が後片付けするのは当然のことだろう。別にあいつらのためではない」
「そのためならなんでもやるって? 普段からペダンを守ることが使命とか言っといて、いざとなったら切り捨てるの? 森の人はペダンの一部じゃないの?」
「…………」
問われて、彼はしばらく黙り込んでいたが――
「……そうだ。やるしかない」
肯定され、少年は言葉を失う。
少年に、彼は優しい笑みを浮かべ、
「お前は賢い。きっと良き王になる。もし今のペダンが気に入らないのであれば、王になってから、ペダンをお前が望む正しい方角へ導け。お前なら出来るはずだ」
「…………」
それで話は終わったのだろう。彼は少年に背を向ける。
少年はその背を冷めた目で見ながら、
「……そうやって、物分りのいい大人になっていくんだ。お前も、セシリアも」
* * *
「――――!」
唐突に、意識が覚醒する。
辺りを見渡すと、さっきと同じブランコの側だった。
「なん……だったんだ? 今のは」
突然夢を見せられ、突然起こされたような気分だった。
全員同じものを見たのか、エリスも頭を押さえ、
「みんな見えたの? 今のってレニよね? それに、あの子供って……」
「あれは……アナイス様です。昔の」
「アナイス!? あれがそうなの!?」
彼女が知っているアナイスと相当ギャップがあったのだろう。素直に驚く。
「今のもまぼろしか? なんでいきなり……」
全員が首をひねる中、さっき拾った鏡を差し出す。
「拾ったとたん、さっきのあれだ。なにか仕掛けでもあるんじゃないのか?」
「鏡はただの鏡よ」
ルナにあっさり否定される。
「さよう。鏡そのものが特別なのではない。鏡に込められた思念が、ただの鏡をアーティファクトへと変える」
ノームはぐるりと全員を見渡すと、
「忘れるな。伝説とは所詮、人の中にあるもの。女神も聖剣も同じじゃ」
その言葉に、鏡を持つ手を下ろす。
「ねえ。あの二人、なんの話してたの? 森の人だとか、エルマンとか」
「森の人はペダンの先住民族で、今はもういません。テケリはその生き残りです」
「エルマンは……ペダンの大臣。あたしの、叔父上だ」
久しぶりに聞く叔父の名に、懐かしさより戸惑いを感じる。
「ペダンの先王はアナイス様が生まれる前に事故で亡くなり、王妃様もアナイス様を産んだ後、すぐ亡くなりました。その当時、王位継承権を持つ方はいませんでしたから。王位継承権を得られる十五の成人の儀まで、エルマン大臣が王子の後見人として、実質ペダンの全政権を握っていました」
「おかげで、国王夫妻の死は大臣の為業じゃないかと噂になったらしいがな」
ユリエルの説明に、つまらなそうに付け足す。
「それにしても……たしかにそうですね。彼らはなんの話をしていたんでしょう? 森の人が一体……」
「さぁな。そもそも、幻夢の主教ってなんなんだ?」
キュカの今さらな疑問に、ジェレミアは思わずユリエルと顔を見合わせる。
「魔法の研究をやっていたようだが、それだけじゃないだろう。俺はよそ者だからともかく、当のペダン国民ですら何も知らないってのはどういうことだ?」
「……どのみち本人を捕まえて、直接聞き出さない限りわからないですね」
「――そうだ! その本人はどこにいるんだ!? テケリは!?」
「怒鳴っても仕方ないでしょ! なんでいっつも怒ってんのよ!?」
「あたしの勝手だ!」
怒鳴るエリスにこちらも怒鳴り返して背を向けると、宮殿へと繋がる渡り廊下へ足を踏み込む。
……イライラしているのは自覚している。
それもこれも、何も知らないからだ。
当事者であるはずなのに、問題の根本に関しては何も知らない。知らないまま、こんなところにいる。
自分で決め、進んだ道のはずなのに、気がつくと流れに流されているだけ。今だってそうだ。
そのことに気づくたび――自分の無力さに、どうしようもない怒りがわいてくる。
「おい、勝手に行くな。はぐれたらどうする気だ?」
「そうなったら――」
キュカの声に、目についたドアを押しながら振り返り――
「そうなった、とき……」
ぴたりと、動きが止まった。
……さっきまで、庭にいたはずだった。
声をかけてきたはずのキュカの姿はなく、薄暗い建物の中にいた。
「――エルマン、お前、何を考えている」
声が聞こえた方角に振り返ると、男が二人いた。
「何……とは?」
「私の目はごまかせない。貴様、一体何を飼っている?」
どうやら謁見の間のようだ。上段の玉座には一人の男が座り、段差の下に立っている男をにらみつけていた。
――叔父、上?
一瞬誰かと思ったが、叔父だ。
白髪がない。おそらく、まだ自分が引き取られる前の頃だ。
そして玉座に座っていたのは、知らない男だった。
年齢はユリエルと同じか少し上くらいくらいだろう。クセのある髪を短く切っている。
顔に心当たりはなかったが、着ている服に見覚えがある。
――幻夢の主教?
そうだ。かつて、レニが着ていたものと同じローブだ。
ということは、この男は――
「国王夫妻の死。王子の後見人の座を得ただけでなく、この宮殿にまでしゃしゃり出て……何から何まで、貴様に都合のいいことばかりが起こる」
「それはまた……まさか主教まで、あのような根も葉もない噂を真に受けていらっしゃるのですか?」
「フン。真に受けずとも、そうも思いたくなる」
幻夢の主教と思われる男は不快感を隠そうともせず、大臣をにらみつけ、
「私には見える。貴様の背後に黒い影が。ペダンを乗っ取り、何をするつもりだ?」
「主教、お疲れでは? 先代から引き継いだ問題もある。ご子息のこともある。悩みが多くて、おかしな幻覚でも見えているのでしょう」
大臣は芝居じみた動きで肩をすくめ、端から見ても嫌な顔で、
「特に下のお子様は体が弱く、床にふせっていることが多いと聞きます。いい加減しきたりに従い、この宮殿から養子に出されては?」
「まさか、ロジェをお前のところによこせというわけではあるまいな? 冗談じゃない!」
怒りをあらわに、玉座から立ち上がる。
「王家だけでなく、ミラージュパレスまで貴様の思い通りにされては、それこそペダンはお前の王国になるではないか!」
「そのような大それたこと、私の手には負えませんよ」
「そうだ。お前にそんな器はない。そんなことになれば、それこそペダンは終わりだ」
謙遜を逆に肯定され、今度は大臣の顔に不快の色が宿る。
主教は玉座に座りなおすと、冷たい目で大臣を見下ろし、
「これは忠告だ。お前は何も手に入れることは出来ない。アナイスはお前の思い通りにはならない。……どんなにうまく飼いならしたつもりでも、なんでも自分の思い通りに動く獣など存在しない。せいぜい、食い殺されぬよう気を付けることだ。エルマン」
* * *
「――ふざけるな!」
気がつくと、鏡を思い切り地面に叩き付けていた。
「ちょっと! 何やってんのよ!?」
「落ち着け! どうしたいきなり!?」
鏡を踏みつけようとしたところで、背後からキュカに羽交い絞めにされる。
「こんなもの……! まるで、これじゃあ……!」
鏡を壊そうと足を振り上げるが、踏みつけるより先に、誰かの手が鏡を拾い上げる。
鏡を拾い上げたユリエルは、落ち着いた声で、
「何を見たんです?」
その問いに、ようやく、さっきのものは自分にしか見えていなかったことに気づく。
しばらく、肩で呼吸を繰り返し――
「……叔父上が、いた」
「叔父上? エルマン大臣ですか?」
それ以上は何も答えず、鏡をひったくる。割れるどころか傷ひとつついていない。
「ちょっと。それ、別にあんたの鏡じゃないでしょ」
エリスの不満げな声は無視し、背を向ける。
――どういうことなんだ!?
混乱する頭の中を、なんとか静めようと思考を巡らせる。
今の話が本当にあったことだとするなら、まるで叔父が……
「――ジェレミア」
ユリエルの声に、我に返る。
「私達は、自分で思っているほどペダンのことも、幻夢の主教のこともわかっていない。……彼を捜しましょう」
「……ああ」
そして、叔父のことも。
なにもかも、知らないことだらけだ。
改めて、手にした鏡を見る。どう見てもただの鏡だ。
ただの鏡だが、
――知っている、のか? ここで起こったこと、全部?
「――ねぇ、父さん。この宮殿って、牢屋なの?」
今度は子供の声が聞こえた。
顔を上げると、前方に同じ顔をした十歳くらいの子供が二人。そしてさっき見た男――幻夢の主教がいた。
さっきより数年経っているようだが、温厚そうな顔に、同一人物かと一瞬疑う。
彼は驚いた顔で、
「牢屋? なぜ?」
「アナイスが、この宮殿の初代は罪人だったって……だから存在を知られることも、外に出ることもできないんだって」
「アナイスが、そんなことを?」
再び視界が変わる。
今度は薄暗く、複数の石碑が並んでいる場所だった。
「――なんでだよ!」
突然聞こえてきた怒鳴り声に、思わずすくみ上がる。
「いつもそうだ! いつもいつも俺はのけ者で、兄さん達だけで話を進めて! なんで肝心なことは何も話してくれないんだ!?」
――ロジェ?
声が聞こえた方角に目を向けると、石碑が並ぶ中、やはり瓜二つの顔をした少年が二人いた。
喪服だろう。二人とも黒い服を着ていたが、一人は祭衣を着て、杖を持っている。
喪服だとわかったのは、ここが墓場だと気づいたこともあったが、わめいている少年――ロジェの目が、真っ赤に腫れていたせいだった。病人のように顔色も悪く、意外なことにレニより痩せて見えた。顔はそっくりなのだが、体格や雰囲気がそれぞれ違って見える。
「教えてくれ! 父さんに何があったのか知ってるんだろう!? そうでなきゃ、なんでこんな急に――」
「ロジェ」
名を呼ばれ、言葉がぴたりと止まる。
そういえばアナイスの時もそうだった。昔からこうして、弟達を黙らせていたのだろうか。
「父上が亡くなった以上、この宮殿も、宮殿の決まりごともすべて私のものだ。父上がどういうつもりでお前を置いていたのかは知らんが、あいにく、私はこの宮殿にお前の居場所を用意してやるつもりはない。さっさと出ていくがいい」
ロジェは一瞬、ぽかんとしたが、
「なんだよそれ……兄さんまで、この宮殿に俺はいらないって言うのか?」
「そうだ。お前が一番知っているだろう?」
冷たく肯定され、今度こそロジェは言葉を失う。
しばらく睨み合っていたが――ロジェはため息をつくと、
「……わかった。出て行くよ」
「お前はどこにでもいる猟師の一人息子。兄など最初からいない。……さっさと体を治し、猟師の息子らしく狩りでも覚えるがいい」
「……そうだな。兄さんも――」
言いかけて、ロジェはいったん言葉を切ると、
「……あんたも幻夢の主教として、一生この宮殿で、全部自分一人で抱え込んで生きていけばいいんだ!」
――ぼすん!
唐突に。
なんの前触れもなく腹に叩き込まれた衝撃に、ジェレミアは後ろに吹っ飛んだ。
* * *
「レニさん……ここ、お墓でありますか?」
「歴代の主教……私の先祖の墓だ」
テケリの問いに、淡々と答える。
なんとなくしゃべってはいけない雰囲気に、テケリの腕のラビもおとなしい。
彼はテケリの手を引いて歩きながら、
「幻夢の主教はここで生まれ、ここで死ぬ。外の世界を知らず……死してなお、この箱庭の中で、ずっと……」
そして一つの石碑の前で、足を止める。
その白い石に刻まれた名は――
「これ……ロジェのお墓?」
「私に弟など、最初からいない」
つないだ手が、離れる。
「レニさん?」
「キュ?」
ラビが、腕から飛び降りる。
「キュ……キュゥッ! キュゥ~!」
ラビはレニが消えた方角に跳んでいき――ほどなく、突然現れたジェレミアの腹に激突した。
* * *
「いやはや、無事でよかった」
「無事じゃないのもいるけどな」
「フン」
「うう……これはふかこーりょくというか……ねえさま、ヒドイであります……」
テケリは泣きながら、くっきりヒールの跡がついたラビを介抱する。
「それで、レニはどこ行ったの?」
「さっきまでいっしょだったでありますが、すぐどっか行っちゃったであります」
「お前は何も見なかったのか?」
ジェレミアの問いに、テケリはきょとんとする。
「いえ、なんでもありません。私達のほうでも特に変わったことはありませんでしたし」
「…………」
どうやら、さっきのものはユリエル達も見たようだ。
――牢屋……
墓所から見える宮殿を見上げる。
深い森の中、閉ざされた空間。外に知られず、また、外に出ることもない。
なるほどたしかにこの宮殿は、牢屋なのかもしれない。
「そろそろ行きましょ。いい加減あいつを見つけないと――」
「――待って!」
ルナが姿を現す。
「精霊の気配だ! ついに出てきやがった!」
「なに?」
続いてサラマンダー達も姿を現し、一斉に宮殿に向かって飛び出した。