「――ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! 死ぬ! 痛い痛い痛い! やめろやめてくれぇ!」
 「痛いのはそれだけ具合が悪いからですよぉぉぉぉぉぉぉ! 放っておくと取り返しがつかなくなりますからぁ、今、治しておかないとねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
 「うぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
  バキバキと、腕を適当な方角にねじる。
 「お、おい。ちょっとやりすぎ――」
 「モリエール様のお体が心配じゃないんですか!? 今、ちょっと我慢することで、この先起こる体の不調がなくなるんですよぉ!?」
  口を出してきた兵士の目を、潤んだ瞳で真っ直ぐ見つめると、兵士はそれ以上何も言えずに引き下がる。
  それに満足すると、
 「と、言うわけでぇ。今度は首と背中行きますねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
 「ぬぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
  うつ伏せのモリエールの背を膝で踏みつけ、後ろから両手であごを挟んで思い切り引っ張り上げる。背中から、メリメリと音がした。
  ふと、ベルトに、金色の鎖がくくりつけられていることに気づく。
――あいつの紋章?
 メダル部分はポケットに入っているようだ。こっそり引っ張り出そうとして、
 「――な、何事じゃ!」
 「メレリア提督!?」
 「提督?」
  部屋に老人が飛び込んできたので中断する。立派な鎧を着て、腰に剣を下げていた。
 「じぃちゃん、タスケテ……」
 「モリエール!? おい女! 何をしとるか!」
 「マッサージ」
 「どこがマッサージじゃ! 廊下まで悲鳴が聞こえてきたぞ!」
  とりあえずモリエールから下りると、彼は涙目で振り返り、
 「こ、この女……! タダで済むと思うな! 捕らえて鞭打ちの刑だ!」
 「こりゃモリエール! 騎士たるもの、女に暴力はいかん!」
 「でもじいちゃん! オレ、殺されかけたんだぞ!」
 「う、うぅむ……」
 「あー! 後ろ後ろ!」
  メレリアの後ろから、モリエールに向けて舌を出すが、メレリアが振り返った瞬間にはしおらしく、
 「ひどい……モリエール様がマッサージをご所望されて、私、心を込めて精一杯やったのに、気に入らないから鞭打ちだなんて!」
 「だまされるなじいちゃん! 悲鳴聞いただろ!」
 「う、うむ。これ、女。とにかく出ていきなさい」
 「は~い☆」
  軽く返事をし――全員の視線がモリエールに向いた瞬間を狙って、入ってきたのとは別のドアを開けて中に滑り込む。
 「提督の部屋、かなぁ……?」
  といっても、さほど広くはない。むしろ広いほうをモリエールに譲ったのだろうか? さっきまでいた部屋は高価な絵や置物を飾って派手な印象だったが、こちらは簡素な机と狭い寝台、収納の扉があるだけの、殺風景な部屋だった。
  モリエールの部屋に自分達の武器は見当たらなかった。だったらここか、もしくはまだ別の部屋があるのか――家探ししようとして、突然、船が激しく揺れた。一度ではない。二度、三度と、何かが爆発するような音と共に、船全体に衝撃が走る。
  あまりの揺れに尻もちをつき――しばらく壁に貼り付いて揺れに耐える。
 「たた……なに?」
  揺れが収まり、ぶつけた箇所をさすりながら体を起こす。
  幸い、収納扉が閉まっていたため落下物はなかったが、モリエールの部屋からは悲鳴と共に物が落ちたり割れる音がしていた。こっちの部屋に来るのがもう少し遅ければ、危なかったかもしれない。
  ほどなく船が止まり、けたたましい鐘の音が鳴り響く。隣の部屋に、慌ただしい足音が駆け込んできた。
 「――何事じゃ!」
  扉に貼り付きき聞き耳を立てると、誰かが息を切らしながら、
 「て、敵襲です! 帝国が攻めてきました!」
 「帝国!? うわウソだろ! ヤダヤダ! 死にたくない! 降参しよう!」
 「モリエール! なに言っとるか!」
――あのガキ……
 聞こえてきた情けない声に、怒りを通り越して脱力さえ感じる。
 「全員戦闘配備につけ! 行くぞモリエール!」
 「いやだああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
  メレリアの声と、たぶん引きずられて行ったのだろう。モリエールの涙混じりの声が遠ざかっていく。
  しかし、兵士達の返事はなかった。代わりに、大きなため息が聞こえた。
 「……と、こうしちゃいられない」
  とにかく武器だ。帝国と戦おうが逃げようが、武器を取り返してからだ。
  ざっと部屋を見渡す。目についた収納スペース、机の下、寝台の隙間をのぞき込むが、それらしいものは見当たらない。
 「どこなのよ……」
  無人になったモリエールの部屋に戻り、さっきの揺れで散らかった室内を探すが、こちらもはずれだ。
  他にも部屋があるのだろうかと見渡し――もう一つ、ドアがあることに気づく。
  なんだ、まだあるじゃないかとドアを開け、
 「へ?」
 『あ』
  ドアを開けると、そこには固定された棚から落ちたのか、高そうな調度品や装飾品が散乱していたが――
  どういうわけか、三人ほど、先客がいた。
「あんた達……」
  どこかで見た気がする。金髪赤マントの女と、緑の服の男二人。
 「あ……あーーーーーーーーーー! あんた達、この前の! なにその荷物!? 私の槍!」
  物色の真っ最中だったらしく、担いだ風呂敷から、槍や杖がはみ出していた。
  三人は慌てふためき、
 「ふっ……バレちゃあしょうがない。よくぞこのスコーピオン様の完璧すぎる変装を見破ったな!」
  結局、開き直る道を選らんだらしい。女――スコーピオンがふんぞりがえる。
 「オカシラ、今、変装してないでやんす」
 「おだまり! 揚げ足取るんじゃないよ!」
  怒鳴り、隣の部下をぶん殴る。
 「ここで会ったが百年目よ! 私のお金返しなさい!」
 「小娘がいつまでもネチネチ根に持ってるんじゃないよ! 金が欲しけりゃ、あんたもここにあるのを適当に持ってきゃいいだろ!」
 「そーだそーだ! どうせお前もオレらと同じ。こんなトコにコソコソ侵入して、怪しいでやんす!」
 「カワイイ顔してコソ泥とは、けしからんので、あーる!」
 「一緒にすんじゃないわよ! 奪われたものを取り返しに来たの! ――あ! その剣!」
  大男が抱えた剣を指さす。
 「それ、ランディの剣よ! その槍も、そっちの杖も! 返しなさいよ!」
 「取られるほうが悪いので、あーる!」
 「第一、こーんな高そうな剣、あんたらが持つには分不相応なんだよ! アタシらが有効活用してやるよ!」
 「なにが有効活用よ! その剣はあいつにしか使えないのよ!」
 「あん?」
  スコーピオンは、怪訝な顔で首を傾げ、
 「わけわかんないことを……剣はただの剣だろーが」
 「……でもオカシラ。確かにこの剣、見た目の割に重すぎるので、あーる……」
  その時、バタバタと足音が聞こえてきた。
 「え? ちょっと……」
 「あ、ヤバ。長話してる場合じゃない!」
  そういえば、敵襲があったのだった。
  スコーピオンも慌てふためき、
 「い、急げ! 逃げるよ!」
  どうやら天井裏から侵入したらしい。棚を足場に、天井の穴から脱出しようとしていた。
  状況からして、タスマニカ兵とは思えない。
  外はどうなっているのだろう。みんな無事なのだろうか?
  戦おうにも、彼には今、聖剣がないのだ。
 「と、通らないでやんす!」
 「バカ欲張りすぎだ! 減らせ!」
  スコーピオン達はスコーピオン達で、風呂敷がつっかえて、慌てて槍や杖を放り捨てている。こちらからの脱出は期待出来ない。
  こうなったら、腹をくくるしかない。
 「――返しなさい!」
 「あ! こら!」
  大男から聖剣をひったくると、その重さにふらつき、転倒する。
 「おもっ……!」
  こんなに重かっただろうか? しかし、今はそれどころではない。
  剣を両腕に抱えて立ち上がると、勢いよく扉を開ける。
 「あ?」
  帝国兵だろうか。鈍い黄土色の鎧姿の男が数人、驚いた顔で立ちすくんでいた。
  こうなったらヤケだ。
  今、聖剣を彼に届けられるのは自分しかいない。
  彼の元にこの剣が戻れば、なんとかなるような気がする。
  彼なら、きっとなんとかしてくれる。
 「どけどけーーーーーーーーーーーーーー!」
  剣を抱えたまま帝国兵に体当たりをすると、そのままの勢いで部屋を突っ走り、廊下へと飛び出した。