13話 精霊の加護 - 1/2

「カール? どこー」
 船内を捜し回るが、灰色のもふもふは見当たらない。
 ケガ人の手当てが一段落した時、カールの姿は消えていた。
 いくら化け猫とはいえ、あれだけの爆発や騒動が起こったのだ。驚いて隠れてしまっても不思議はない。
 ラムティーガに頼まれて、三人で手分けして船内の捜索を始めたが――それは、血の海となった甲板を見せないための大人の心遣いだと気づいたのは、捜索を開始して間もなくのことだった。
 食堂の近くまで来て――急に、耳鳴りがしてきた。
 声が、聞こえる。
 呼んでる。
「――カールちゃ~ん。どこでちゅか~?」
「オカシラ~。さすがに猫はあきらめたほうが……」
「おだまり! こんなひどいトコに放っておけるか!」
「そーでやんすけど……」
 突然食堂のドアが開き、中からぞろぞろと、奇妙な格好をした三人が出て来た。
「え?」
『あ』
 驚いて、一瞬、思考が停止する。
 向こうも同じだったのか、驚いた顔のまま硬直していた。
 露出した黒いボディスーツに赤マント姿の女と、おそろいの緑の服と鎧の男二人。男達は背中に大風呂敷を背負い、女は、両腕で壺を抱きかかえていた。
 どこかで見たような姿に、思わず後ずさりしながら、
「あの……ひょっとしてこの前の……」
「な、なんでこんなトコに……」
 予期せぬ鉢合わせに、お互い、リアクションに困って硬直する。
「――おーい、アンちゃん! カールいたぞー」
 膠着状態を破ったのは、後ろから聞こえたポポイの声だった。
 振り返ると、ポポイと、カールを抱きかかえたプリムがこちらに向かってくるのが見えた。
「――あああ! くぉら小娘ぇ! カールちゃんになにやってんだい! カールちゃんをいますぐ開放しな!」
「え? あんたらまだいたの?」
 スコーピオンにいきなり怒鳴られ、プリムが目を点にする。
「オカシラ~。だからもう、カールちゃんはあきらめて逃げたほうが……」
「根無し草に猫は飼えないので、あーる」
「ヤダヤダヤダ~! カールちゃんも連れてく連れてくぅ~~~~~~~!」
「オカシラ……」
 年甲斐もなく駄々をこねるスコーピオンに、部下二人はうつむき――肩を震わせると、
「――かっわい~~~~~~~~でやんす!」
「もうオカシラのワガママ、なんでも聞いちゃうので、あーる!」
「え。趣味わる」
 そんな理由でつるんでいたのか。まあ、好みは人それぞれだが。
「よし、お前ら。速やかにカールちゃんを保護しろ! あのガキ共の魔の手から救い出すよ!」
「なんだそりゃ!? まるでこっちが悪者みたいじゃねーか!」
「おだまり! アタシが欲しいもの持ってるヤツはみんな悪者――」
 耳鳴りが強くなる。
 周りが騒ぐ声が遠ざかり、意識が、不思議とスコーピオンが抱えた壺へと向かう。
 呼んでる。
 気がつくと、壺に手を伸ばし――ぺりっ、と、蓋に貼られた札を剥がしていた。
「――え?」
『あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』
 三人組が絶叫し――

 ――ボンッ!

『ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?』
 今度はこちらが悲鳴を上げた。
 いきなり壺の蓋がはじけ飛び、中から勢いよく火柱が吹き出す。
 奇跡的に壺は割れなかったが、火柱は天井にぶつかり、そのまま、炎の塊が渦を巻く。
「サラマンダーが!」
「サラマンダー?」
 ごとんっ、と、スコーピオンが壺を落とす。
 炎の塊は次第に小さくなり、全身、真っ赤な炎に包まれた、小さなドラゴンのような形へと変貌する。
 それをぽかんと見上げ、
「もしかして……精霊?」
 最初、厨房で見たあの壺の中身の正体。
 だとしたら、厨房に近づくたびに起こっていた奇妙な耳鳴りの正体は――
「オ~マ~エ~ら~……」
「あ、いや、その、あのですね」
 炎の塊から、低い声が聞こえてくる。
 不穏な空気に、三人組はあたふたしながら、
「えっと、これはその……ひとまず平和的に話し合いをしようじゃありませんか!」
「話し合えるかぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
 サラマンダーの炎の体が膨らみ、次の瞬間には、三人組だけを、壁ごときれいに空の彼方へ吹っ飛ばしていた。

「『氷の国南国化計画』、だそーだ」
「は? 氷の国を、南国にってこと?」
 氷の国は、ここより北にある、万年氷に閉ざされた土地だ。あまりの寒さに、人はわずかな先住民族が住んでいる程度で、わざわざ行くような者はめったにいないと聞いたことがある。
 サラマンダーは呆れた顔で、
「そ。壺ん中で聞いてたんだけどよ。オレの力を使って、氷の国のど真ん中に南国リゾートを作って、金持ち相手に別荘を売りつける計画立ててやがった」
「『べっそー』ってなんだー?」
「普段住んでる家とは別に、もう一軒、家を持つことだよ。……でも別荘なんて、最初から南国に買うでしょ。普通」
 わざわざ氷の国に買う理由がわからない。しかしサラマンダーは首を横に振ると、
「それがだな。話聞いてると、何件か購入希望する金持ちがいたらしい」
「いたの!? 買う人!?」
「なるほど……常識ではありえない場所で、通常では味わえないことに最高の贅沢を見いだしたのね」
「……わかるの? プリム」
「――ちょっと! 別に私がそんなのに魅力感じたわけじゃないわよ!?」
 全力で引いていると、プリムは顔を真っ赤にして怒鳴る。
「まあ、未遂に終わったから良かったけど……でもなんで精霊が、あんなヤツらにまんまと捕まったの?」
「露骨な罠が仕掛けてあってさ。てっきり、よく遊びにくるダチのイタズラだと思ってかかってやってみたら、強力な魔封じがされてたんだよなー、これが」
「そ、それで壺の中に……?」
 お粗末というか単純というか。
 それにしても、

 ――何者なんだ? あの人達……

 志は残念な人だが、たった三人であんな巨大なメカを作り、精霊を拉致・監禁し……ただ者ではなさそうだ。
「何はともあれ助かったぜ。ありがとよ」
「ひょっとして、僕を呼んでた?」
「お。気づいてくれてたんだな」
 食堂に来るたびに、頭がぼんやりして、奇妙な耳鳴りがする。てっきり船酔いだと思っていた。内容は覚えていないが、奇妙な夢を見たこともある。
「でも、なんで僕なのさ? こういう不思議現象って、普通、妖精が担当するもんでしょ」
「ああ……オレも、そっちのチビに呼びかけてはいたんだけどな……」
「え? そーなのか?」
 初めて知ったのか、ポポイが目を丸くする。
 サラマンダーは眉間にシワを寄せ、
「コイツ、どんなに呼んでも食うことに夢中か、爆睡しててちっっっっっっっっとも気づかねぇ!」
「せ、精霊の声に気づかない妖精って……」
「いやぁー、まあ、そういうこともあるわなー」
「『あるわなー』じゃねぇ! 結果として出られたから良かったけどな! あのまま連れてかれたらどーしてくれたんだ!」
「まあまあ。結果オーライ!」
「何が『オーライ』だ! こっちのにーちゃんが気づいて妖精が気づかないって、どんだけたるんでるんだ!?」
 全身の炎が膨らみ、今にも火事が起こりそうな勢いで怒鳴る。
 たしかに、結果としては気づけて良かったのだろうが、
「なんか気持ちわる……」
「あ? なんでだ?」
「だってさ。気味悪くない? 聞こえないものが聞こえるとか」
「あ、このやろ。ホラー扱いかよ」
「ホラーみたいなもんでしょ」
 しかし、プリムは首を傾げ、
「そう? 素敵じゃない。精霊の声が聞こえるなんて」
「す……」
 言葉に詰まっていると、プリムは抱きかかえたカールをなでながら、
「目には見えなくても、一人じゃないって。側にいてくれるって、心強いじゃない」
「……背後霊じゃん……」
 恋に盲目だと思ってはいたが、さらに輪をかけてメルヘン娘だった。苦手なタイプだ。
 それにしても、精霊の気配だの声だの、なんで自分が。聖剣か? それとも種子に触れた影響か? 軽く頭を抱えると、
「あーもう、なんかヤだな。いきなりヘンなもん聞こえるようになるとか。勘弁して欲しいんだけど」
「いんや。オマエは元から聞こえてたぞ」
「は?」
 なんだそれは?
「――おお、いたいた。さっき、でけー音したけどお前らのしわざか?」
 振り返ると、セルゲイが驚いた顔で、サラマンダーが開けた壁の穴に視線を向ける。
「カールは見つかったみたいだな。で、こっちのお二人さんが、話があるってよ」
 そういえば、すっかり忘れていた。
 セルゲイが肩越しに指さした先を見ると、憔悴しきったモリエールと、鎧姿の老人の姿があった。