おかあさんといっしょ - 3/4

「さてと、一体目はどの子にしようかしらー」
「わたし、イッシュにいないポケモン見たいです!」
「いいわよ。じゃあ、私の一体目はこの子にするわ!」
 アイリスの言葉に、ヨウコは一体目を決めたらしい。ボールを投げると、
「ヒッメ~!」
 かわいらしい声と共に、ヒメグマが飛び出した。
 アイリスは目を輝かせると同時に、口元を押さえ、
「あ、あれがヒメグマ!」
「シンジの進化前だ!」
「ちがう。……俺への当てつけか?」
 写真のことを思い出したのか、必死に笑いをこらえるサトシ達に、シンジは忌々しげにつぶやく。
 サトシも一体目を選んだのか、ボールを手に取ると、
「だったら俺は――マメパト! キミに決めた!」
「クルッポー!」
 サトシのモンスターボールから、マメパトが飛び出す。
「一回戦、マメパト対ヒメグマ。――始め!」
 デントの声と共に、戦いの幕が開ける。
 サトシはさっそく、
「いくぞ、『でんこうせっか』!」
「迎え撃つわよ! 『きりさく』攻撃!」
「ヒンメェ~!」
 マメパトが突っ込んでくるのとほぼ同時に、ヒメグマの腕が振り上げられる。
「ポォッ!」
「マメパト!?」
 まともに『きりさく』を喰らい、マメパトが吹き飛ばされる。一瞬ではあるが、ヒメグマのスピードがマメパトを上回った。
 アイリスとデントは驚いた顔で、
「はやーい!」
「スピードだけじゃない。今の『きりさく』、かなりパワーがあったよ。かわいい顔してあなどれないね」
 ヒメグマはそのまま動きを止めることなく、地面に転がったマメパト目掛けて一直線に走る。
「ヒメちゃん、もう一度『きりさく』攻撃!」
「空へ逃げろ!」
「ポォー!」
 ヒメグマのツメが到達するより先に、マメパトが上空へ逃げる。
「パワーがあっても、当たらなきゃ意味ないぜ! マメパト、『エアカッター』!」
「クルッ……ポーーーーーーーッ!」
 サトシの指示に、マメパトは上空から『エアカッター』を放ち、今度はヒメグマが地面を転がる。
「そっか。空に逃げられちゃ、ヒメグマは攻撃出来ないわね」
「うん、さすがはサトシ。いい選出だよ」
「……ただの偶然じゃないのか?」
 デントの過大評価を、しかしシンジは冷たく否定した。
 シンジは、このまま母が一方的に負けると思ったが――ヨウコは迷うことなく、
「ヒメちゃん、地面に向かって『いわくだき』!」
「ヒン……メエェェェェェェェッ!」

 ――ゴパッ!

 ヒメグマの『いわくだき』が、地面を真っ二つに割った。
「なにあのパワー!?」
「公共の場を……」
 これはまずいんじゃないのか? シンジはそう思ったが、今さら手遅れだ。
「マメパト目掛けて岩を投げつけるのよ!」
「ヒッメェ~!」
 ヒメグマは大きな岩をひとつ持ち上げると、マメパト目掛けて投げつける。なかなか豪快な遠距離攻撃だ。
 しかし、サトシは驚くことなく、
「かわして、もう一度『エアカッター』!」
「ポォッ!」
 マメパトは、飛んできた岩をギリギリのところでかわすと、翼を交差し、『エアカッター』の構えを取る。
 ヨウコはその瞬間を見逃さず、
「今よ! 『いちゃもん』!」
「ヒメッ! ヒメヒメ~ッ!」
「ポッ!?」
 ヒメグマの『いちゃもん』に、マメパトは技を放つ寸前に動きを止める。
「技を連続で出せなくするってヤツ?」
「へー。遠距離技を封じて有利に持っていくつもりだね」
 感心するデントの言葉に、しかしサトシは笑みを浮かべ、
「遠距離技はひとつじゃないぜ! 『かぜおこし』!」
「ポーーーーーッ!」
 マメパトの風に、ヒメグマの体がよろめく。
「今だ! 『エアスラッシュ』!」
「クルッ……ポオオォォォォォォォォ!」
 隙を逃さず、渾身の『エアスラッシュ』がヒメグマに襲いかかる。
「ヒッメ~!」
 なすすべもなく、ヒメグマは吹き飛ばされ――地面に叩きつけられた。
 デントは、ヒメグマが目を回していることを確認すると、
「ヒメグマ、戦闘不能。マメパトの勝ち!」
「ヨッシャア! よくやったぞ、マメパト!」
「クルッポーッ!」
 降りてきたマメパトを、サトシは両手を広げて迎え、その勝利を称える。
「ヒメちゃん、お疲れ。休んでて」
「ヒメェ……」
 ヨウコもヒメグマの労をねぎらうと、ボールへ戻す。
「まずはサトシの一勝ね」
「うん。出だしは好調のようだね」
 サトシの勝利に、アイリスとデントは胸をなで下ろしたが、シンジは鼻で笑うと、
「フン。時間がかかり過ぎだ」
「お母さんにもサトちゃんにもきびしいのね~。シンちゃんは」
「その呼び方はやめろ」
 アイリスのジト目に、シンジは腕組みしたまま言葉を吐き捨てる。
 フィールドでは、サトシがふたつ目のボールを手にしていた。
「俺の二体目は、ツタージャだ!」
「ツタージャか……」
 ツタージャの登場に、ヨウコは不敵な笑みを浮かべ、シンジに目をやると、
「ふっふー……シンちゃんに、イッシュのポケモンバトル、見せてあげる」
 ヨウコもボールを手に取り、放り投げる。
「――コジョー!」
 赤い光と共に飛び出してきたのは、『ぶじゅつポケモン』のコジョフーだった。連続技を得意とし、鋭いツメで敵を切り裂くポケモンだ。
 サトシはポケモン図鑑を確認しながら、
「へー……かくとうタイプのポケモンか」

 ――タイプ的には、お互い問題なさそうだな。

 胸中でつぶやくと、サトシは図鑑をポケットにしまう。
「それでは二回戦。ツタージャ対コジョフー、始め!」
 デントの腕が振り上げられ、二回戦の火蓋が切って落とされた。

「ツタージャ、『つるのムチ』!」
「かわしてジャンプ!」
 ツタージャの『つるのムチ』が振り下ろされるが、コジョフーは軽い身のこなしでよけると、大きくジャンプする。
 そして、
「そのまま『とんぼがえり』!」
「コジョー!」
「ツタァッ!?」
 ヨウコの指示にコジョフーは空中で一回転すると、勢いよくツタージャの背を踏みつけ、地面に叩きつける。
「『とんぼがえり』!?」
「『とんぼがえり』は虫タイプの技だよ。草タイプに効果は抜群だね」
 驚くサトシに、デントが手短に説明する。
「なるほど、それでコジョフーを……」
 どうやらポケモン自体の相性ではなく、使える技の相性で選んできたようだ。
「ツタージャ、大丈夫か!?」
「……ツタァ!」
「よし! 『リーフブレード』!」
 サトシの声にツタージャは立ち上がり、コジョフーへ向かって駆け出す。
「コジョちゃん、かわして!」
「コジョッ!」
 ツタージャの『リーフブレード』がコジョフーに振り下ろされるが、コジョフーは寸前のところでかわす。
 そして、ツタージャが体制を崩した瞬間、
「『はどうだん』!」
 普通ならかわせない。
 絶妙のタイミングで出されたヨウコの指示だったが、『はどうだん』のエネルギーを溜める一瞬のスキをつき、
「地面に『つるのムチ』!」
 サトシの意志が通じたのか、ツタージャは『つるのムチ』を地面に叩きつけ、そのまま自分の体を持ち上げると、空へと逃げた。
 そして、はずれた『はどうだん』は、たまたま直線上にいたシンジ目掛けて飛んでいく。
「あぶない!」
 デントの声に慌てず騒がず、シンジはひょいっ、と体をひねって、『はどうだん』をかわした。
 そこまではよかった。

 ――ガシャーン!

「あっ」
『あー!』
 その不吉な音に、全員、声を上げた。
 振り返ると、シンジの後方にあった自販機が『はどうだん』の直撃を受け、二度目の大破をとげていた。
「さすがに二度目はマズイわよ!」
「一度でも十分まずい!」
 慌てふためくアイリスに、シンジも血相を変える。さすがにここまで想像していなかった。
 ヨウコも血相を変え、我が子に向かって、
「ちょっとシンちゃん! なんでよけるのよ!?」
「俺に当たればよかったって言うのか!?」
「シンちゃんなら平気よー。たぶん」
「な……なんて母親だ……」
 地味にダメージを受けたらしい。肩を落とすシンジに、サトシは冷静に、
「おまえのこれまでの行いが返ってきただけじゃん」
「人の過去をほじくるな! お前のその無神経が気に入らないんだ!」
「おまえだって十分無神経だろ! どんだけ暴言吐いたと思ってんだ!」
「ピ……ピカピ……」
 シンオウリーグでの成長はどこへ行ったのか。
 過去をほじくり、けなし合う二人に、ピカチュウも困るやら呆れるやらわからない顔でため息をつく。
「二人とも、ケンカしてる場合じゃないわ! ジュンサーさんに見つかる前にケリつけて引き上げなきゃ!」
「逃げる気か……」
「なんて大人かしら……」
 ああはなりたくない……シンジのつぶやきが隣のアイリスの耳に届いた。ああそれで、親子なのにこんなに性格が間逆なんだな、と納得する。
「デンちゃん、審判」
「あ、は、はい。――それでは、バトル再開!」
 ヨウコにうながされ、デントは慌てて手を振り挙げる。

「こっちから行くわよ! コジョちゃん、『とびはねる』!」
「ツタージャ、『メロメロ』!」
「ツタァ~……ジャッ!」
 ジャンプしたコジョフー目掛けて、ツタージャの『メロメロ』が放たれた。
 しかし、直撃を受けたにもかかわらず、コジョフーの動きは止まらない。
「残念、女の子よ!」
「コジョー!」
 コジョフーの威勢のいい声と共に『メロメロ』はじかれ、そのまま、ツタージャは上空からの一撃をまともに受ける。
「ツタージャ!」
「『とびはねる』は飛行タイプの技だ! これも草タイプに効果は抜群だよ!」
 虫タイプに続き、飛行タイプ。草対策が取られていることはもちろんだが、それを差し引いても、ひとつひとつの技の威力が高い。
「負けるなツタージャ! 『グラスミキサー』! ――ツタージャ?」
「ツ……ツタァ……!」
 ツタージャが動かない。地面に手をつき、苦しそうだ。
「まひしてる!?」
「『とびはねる』の追加効果だ!」
 その隙を、ヨウコは見逃さなかった。
「今よ! 『とびひざげり』!」
「コジョーーーーーーーーーー!」
 コジョフーは全力で駆け出し、その勢いと共にツタージャに『とびひざげり』を喰らわせる。ツタージャはよけることも出来ず吹き飛ばされ、地面を転がった。
「ツタージャ!?」
「ツ……ツタァ、ジャ……」
 ツタージャは一度は立ち上がろうとしたが、体から力が抜け、がくりと倒れる。
 デントはそれを確認すると、
「ツタージャ、戦闘不能! コジョフーの勝ち!」
「やったやったー! コジョちゃん、ありがとー!」
「コジョー!」
 ヨウコとコジョフーが無邪気に跳びはね、勝利を喜ぶ。
 これで一対一。
 ヨウコとコジョフーの息の合ったバトルに、アイリスは目を丸くし、
「つ……つよーい! リーグ戦出場って、ホントなんじゃない?」
「『とびひざげり』は、はずすと自分にダメージが来るからね。まひしたスキを逃さず、確実に当てに来るなんて……」
 ヨウコのバトルに、デントはシンジに目をやり、
「シンジ君。ヨウコさんは現役を退いた後も、トレーニングやバトルの研究を続けていたんじゃないかな?」
「なに?」
「そうでなきゃ、あれほどの強さを維持出来るとは思えない。家族にすら語らず、密かに……甘い中にピリリと来るような、とてもスパイシーなテイストを感じるよ」
「…………」
 デントの後半の言葉は意味不明だったが、シンジは無言のまま、勝利にはしゃぐヨウコに目を向ける。
 いつも通りハイテンションには違いないが、バトルに関しては確かに冷静だ。
「――よくがんばったな。ありがとう、ツタージャ」
「ツタァ……」
 サトシはツタージャを抱き上げ――ハッ! と凍り付いた。
 ツタージャを抱えたまま、恐る恐る振り返ると、リングマが空に向かって『はかいこうせん』を発射する光景が見えた。いや、実際はシンジが無言で立っていただけだが、全身が恐怖で震える。
 シンジは音もなくサトシに接近すると、低い声で、
「お前……わざと負けたんじゃないだろうな……?」
「わざとじゃない! おまえならわかるだろ!?」
「ツ、ツターッ!」
 サトシと共に、ツタージャもおびえきった顔で首をぶんぶん横に振る。
 ヨウコは呆れた顔で肩をすくめると、
「もー。ママが強いからって、お友達に言いがかりつけるんじゃないわよー」
「友達じゃない!」
 もう何度目になるか、そのことに関してだけはきっちり返すと、シンジはすたすたと元の場所に戻る。
 ヨウコは気を取り直し、
「さあ、お次はどの子?」
「くっ……」
 強い。
 ヨウコの軽いノリに、心のどこかで『ママさんトレーナー』と甘く見ている部分があったのかもしれない。
 しかし、実際にバトルをしてみると、不思議とシンジとのバトルを思い出す。性格は間逆の親子だが、バトルに関しては同じクールさと熱さを感じる。
 サトシは腰のモンスターボールに手を伸ばし、
「よし、ミジュマル――」
「…………」
「……は、やめて。ピカチュウ、いってくれ」
「ピ、ピ~カ……」
 背後から感じる強いプレッシャーに押され、サトシは出しかけたミジュマルの可能性を引っ込め、ピカチュウの安定性を選んだ。
 ヨウコはすでに三体目を決めていたのか、ボールを手に取ると、
「私の三体目は、この子よ!」
 放たれたボールから、巨大なポケモンが飛び出した。そして全員、思わず鼻を押さえた。