ツタージャの花かんむり - 1/3


「はい、できた!」
 アイリスは満面の笑みを浮かべると、キバゴの頭に完成したばかりの花かんむりを乗せた。
「キバァ~」
「ピッカ。ピカチュ」
 キバゴは頭の花かんむりを、うれしそうにピカチュウに見せる。
 サトシは感心した顔で、
「意外だなー。アイリスがそんなの作れるなんて」
「『意外』とはなによ失礼ね!」
 ふたつめの花かんむりを作りながら、アイリスは怒鳴った。
 広い花畑の真ん中で、いつものようにデントがおやつの準備を始め、サトシとアイリスはポケモンを遊ばせながら休憩をしていた。
「ミ~ジュ。ミジュミジュ!」
「ミジュマルも欲しいの? 待っててね、順番だから」
「ミ~ジュ!」
 アイリスはミジュマルの頭をなでると、完成したふたつめの花かんむりをピカチュウの頭に乗せる。
「ひょっとして、全員のぶん作るのか?」
「これくらいお安いご用よ」
 アイリスはどんどん花を摘み、次々と編んでいく。
 しばらくして、
「ははは。みんな似合ってるぞ」
「ピッカー!」
「ミ~ジュ!」
 出ていたポケモンすべての頭に花かんむりが乗った。形は少しいびつだったが、当のポケモン達は満足そうだ。
 サトシは、自慢げに花かんむりを見せるミジュマルをなで――
「ん?」
 ふと、輪から離れ、背を向けて座っているツタージャに目が留まる。
 小さな岩に腰を下ろし、ぼんやりと空を見ていた。
「ツタージャ、おまえもこっちに来いよ!」
 サトシの声に、ツタージャはちらりとサトシに目を向けたが――すぐに、視線を空に戻す。
「ツタージャ?」
 天気はいいのに、しっぽが垂れ下がっている。元気な時は上を向いているはずなのだが……
 アイリスは花かんむりを編みながら、
「なんだか、いつもあんな感じよね。みんなから離れて」
 デントも調理の手を止め、
「うん。サトシのツタージャはミステリアスなところがあるよね。たまにぼんやりしてるというか……なにかを思い出してるみたいだ」
「ひょっとして、前のトレーナーのことかしら? なにがあったんだろ」
 心配するアイリスに対し、サトシはあっさりと、
「昔のことなんてどうでもいいよ。今は俺達の仲間なんだ」
「そうかもしれないけど……サトシは気にならないの?」
「そりゃあ、気にならないって言えばウソになるけど……気にしたって仕方ないだろ」
 たしかにその通りだった。
 仮にポケモンの言葉がわかったとしても、教えてくれるとは限らない。もしかすると、ツタージャにとっては聞かれたくないことなのかもしれない。
 アイリスは出来上がった花かんむりを手に、ツタージャに忍び寄ると、
「――ツタ?」
「ふふっ。似合う似合う」
 ツタージャの頭に、花かんむりを乗せた。
 ツタージャは、きょとんとした顔で花かんむりに手を伸ばしたが――
「――タジャッ!」
 大きく頭を振ると、花かんむりを地面に投げ捨てた。
「へっ?」
 アイリスは、突然のことにぽかんとする。
「こらツタージャ! せっかく作ってくれたのに、なんてことするんだ?」
「……ツタァッ!」
 サトシが叱るが、ツタージャはそっぽを向くと、近くのしげみに飛び込む。
「まったく……ごめんな、アイリス」
「う、ううん……こういうの、好きじゃなかったのかなぁ」
 アイリスは怒るよりも残念そうに、落ちた花かんむりを拾い上げる。
「――あの……」
 その声に振り返ると、いつの間にか一人の少女が立っていた。
 年はサトシと同じくらいで、クセのある黒髪を肩まで伸ばしている。白いブラウス、赤いスカートとジャケットを着ており、清楚なお嬢さまといった印象だ。
 少女は、少し緊張した面持ちで、
「今、ツタージャがいましたよね? もしや、『メロメロ』を使うメスのツタージャではありませんか?」
「へ? う、うん」
 うなずくと、少女はサトシに詰め寄り、
「本当ですか!? 『メロメロ』を使うのですか!?」
「え? ちょ……」
 うなずいたとたん、少女はサトシの両肩をつかみ、前後に揺さぶる。
「落ち着いて!」
「あ……し、失礼しました!」
 デントに止められ、慌てて手を離す。
 少女はあらためて頭を下げると、
「わたくし、アニスと申します。近くのポケモンセンターで、『メロメロ』を使うツタージャと戦ったという方にお会いして……捜していたんです」
「あー……そういえば、昨日バトルしたなぁ」
 情報源はその時のトレーナーだろう。確かにツタージャを使った。
 少女は思い詰めるような顔で、
「お願いです。一目、会わせてはいただけないでしょうか?」
「いいけど……ツタージャ!」
 大声で呼ぶと、木の上からツタージャが顔を出す。
「ツタ?」
「おまえに会いたいって人がいるんだけど」
 そう言って、サトシはアニスを紹介する。
 ツタージャはアニスに目をやり――
「――ツタッ!?」
 顔を見た瞬間、ツタージャは木の中に潜り、身を隠した。
「あれ? ツタージャ?」
「やっぱり……」
 振り返ると、アニスは涙目になって、肩を震わせていた。
「間違いありません……あの子は、わたくしのツタージャです!」
『ええっ!?』
 その言葉に、三人は声をそろえて驚いた。
 
 
「……おいしい」
 紅茶を一口飲み、アニスは目を丸くした。
 デントは、アニスの前にクレープの乗った皿を置くと、
「こちらもどうぞ召し上がれ。焼いたきのみを包んでみたんだ」
「ありがとうございます。……なんだか、お屋敷でのティータイムを思い出しますわ」
「お屋敷?」
「しゃべり方といい、いいところのお嬢さまみたいね」
 驚くサトシに、アイリスも小声でつぶやく。
 全員、クレープを半分ほど食べた辺りで、
「さて、それじゃあ話を聞かせてくれるかな? あのツタージャのトレーナーだったっていうのは本当かい?」
 頃合いを見計らい、デントが話を切り出す。
 アニスはティーカップを置くと、
「はい……わたくしの、最初のパートナーでした。こちらのポケモンセンターに確認していただければ、すぐに証明できます」
 そう言って、ポケモン図鑑を開く。登録者画面には図鑑を受け取った日と、登録したポケモンセンターが表示されていた。
「なるほど……さっきのツタージャの様子といい、ウソってわけじゃあなさそうだね」
「それじゃあ、ツタージャに『メロメロ』を教えたのもあなたなの?」
 アニスはうなずき、
「お姉さまに『物事を有利に進めたければ殿方のハートをつかみなさい』と……」
「へぇ。お姉さんがいるんだ」
「はい……才色兼備のお姉さま達が」
 サトシは眉をひそめ、
「『さいしょくけんび』……?」
「ようするに、美人で頭も良くて完璧な人ってことだよ。ジョーイさんみたいな人のことかな」
「ふぅん……まあ、それはそれでいいとして、どうしてツタージャはアニスのところからいなくなったんだよ?」
 話を本題に戻すと、アニスはうつむき、
「きっと、わたくしのことを怒っているんですわ……そう、あれは、新しいポケモンをゲットするため、洞窟へ行った時のことです」
 ぽつりぽつりと語り始める。
「念願のポケモンをゲットし、ツタージャと一緒に帰ろうとした時、洞窟の奥からコロモリの群れがすさまじい勢いで飛んできて……」
 そこで、言葉が途切れた。
 なにかを思い出したらしい。アニスは声を震わせ、
「わたくし、びっくりしてしまって……ツタージャを置き去りに、自分だけ逃げてしまったんです!」
 こらえきれなくなったのか、わっ、と泣き出す。
 アイリスは呆れた顔で、
「そりゃあ怒るわよね……」
「なんですぐ捜しに行かなかったんだよ!?」
「申し訳ありません! 外に出てからいないことに気づいて……恐くてすぐ引き返すことも出来ず……翌日捜しに行ったのですが、逃げた時に落としたモンスターボールの残骸しか見つかりませんでした……」
「なるほど。それで野生の状態に戻ったんだ」
 デントの言葉に、アニスは泣きながらうなずく。
「それからというもの、性別と『メロメロ』を手がかりにツタージャを捜し回り……今日に至ったわけです」
「じゃあ、ずっと捜してたのか」
「はい。無事で、本当によかった……」
 はらはら流れる涙を、ハンカチでぬぐう。
「それはよかったけど……アニスはどうしたいの?」
「え?」
「ツタージャと会って、それでどうしたいの?」
「…………」
 アイリスに問われ、アニスは黙り込む。
 そして、サトシに目をやると、
「あの……ツタージャを、返してはいただけないでしょうか?」
「え?」
 アニスは立ち上がると、頭を下げ、
「お願いします! わたくしの初めてのパートナーなんです! ずっと……ずっと捜していたんです!」
「今はサトシのポケモンなのよ? 今さら勝手じゃない?」
「勝手は承知いたしております! ですが……お願いします!」
 サトシは、頭を下げるアニスを見つめ――
「ツタージャ。いるんだろ?」
 サトシの呼びかけに、近くのしげみからツタージャが顔を出す。ずっと話を聞いていたようだ。
 サトシは膝をつき、ツタージャと目線を合わせると、
「どうする?」
「ツタ?」
「アニスのところに戻るか?」
「え?」
 驚いたのはアニスだった。
 サトシはツタージャを真っ直ぐ見据え、
「俺はおまえと一緒に旅を続けたい。でも、アニスの気持ちも無視したくない。……ツタージャ、おまえはどうしたい?」
「ツタージャに決めさせるの?」
「だって、ツタージャの生き方はツタージャが決めることだろ」
 アイリスも驚くが、サトシはツタージャから目をそらさぬまま、
「俺はツタージャのトレーナーだ。だから、ツタージャの気持ちを優先したい」
「サトシ……」
 アニスもツタージャの前で膝をつくと、手を差し出し、
「ツタージャ、お願いです。もう一度わたくしにチャンスをください。もう、あなたを置き去りにしたりしません。どうか……どうか、お願いします」
 ツタージャは、しばらくアニスの手を見つめていたが、
「――ツタッ!」
 ツタージャはその手をしっぽで払いのけると、しげみの中に飛び込む。
「ツタージャ……」
 ツタージャの拒絶に、アニスはぼうぜんとする。
 アイリスは腰に手を当て、
「ねえサトシ。アニスの話を全部信じていいの?」
「え?」
「もしかすると、ひどいことして逃げられた可能性だってあるのよ?」
「そんな! わたくし、あの子にひどいことをした覚えはありません!」
「でも、ポケモンがトレーナーの元を去るっていうのは、よっぽどのことだよ」
 否定するアニスに、デントもむずかしい顔で、
「ひょっとすると、ツタージャはキミに思うことが色々あったんじゃないかな? 不満がたまって、洞窟の一件で爆発したのかもしれない」
「そんな……でも……」
 アニスは心当たりを探るが――サトシがしびれを切らした。
「あーもう! うじうじしたって仕方ない! アニス、俺とバトルだ!」
「え?」
「アニスだってポケモントレーナーなんだろ? 口であれこれ言うより、バトルしたほうが早い!」
 アイリスはため息をつき、
「まったくサトシったら……発想が子供ねー」
「いや。案外、手っ取り早いかもしれないよ」
「え?」
「ひょっとすると、ツタージャがアニスの元を離れた本当の理由がわかるかもしれない」
「な? デントもそう思うだろ」
 サトシの提案に、しかしアニスは戸惑った顔で、
「で、ですが……わたくし、ジム戦もしたことがないような弱小トレーナーですし……」
「そうなの?」
 驚くアイリスに、アニスは恥ずかしそうにうつむき、
「その……入り口までは行くのですが、わたくしにはまだ早いと思いまして……」
「そんなのカンケーない! そんな弱気じゃ、ポケモンに申し訳ないだろ!」
「ポケモンに……」
 つぶやき、アニスはサトシの足下のピカチュウに目をやる。
「ピッカ! ピカチュウ!」
 ピカチュウも大きくうなずき、アニスをバトルに誘う。
 アニスはしばらく考えこんでいたが、
「わ、わかりました。やってみます……」
 背中を押され、アニスはようやくうなずいた。