――いいじゃない。どーせあんたのパパ、もうポケモンが必要ないんだから――
「そういうことかよ……!」
ようやっと、あの言葉の意味を理解する。
そんな大事な話をあんなやつらに聞かれたことはもちろんだが、それ以上に、なにも知らなかった自分に腹が立つ。
そこまで思い詰めていたなんて。
「ありがとう。ここでいい」
「ブルッ」
運んでくれたエレキブルの腕から降り、マユカの元に急ぐ。
「マユカ!」
「…………」
岩陰で、弱ったナエトルを抱えてうずくまっていたマユカは、ぼんやりした顔でナオトを見上げ――
「おそーーーーーーーーーーーーいっ!」
「!?」
殴りかかって来るんじゃないかという勢いで、ナオトの胸ぐらをつかんだ。
「なにやってんのよ!? ホントに来ないんじゃないかと思ったじゃない!」
「キミが勝手に行ったんじゃないか!」
「こわかったんだから!」
マユカの肩が震える。
彼女は涙を必死にこらえながら、
「夜だから『ソーラービーム』全然弱いし! ナエトルにケガさせちゃったし! マユカだって……死ぬかと思ったんだから!」
「ご……ごめん……」
「あやまんないでよ! マユカはポケモンマスターになる女なのよ!? こんな小さいことで泣いたりなんか……泣いたりなんか……」
上を向くが、結局こらえきれずに目から涙がこぼれ出す。
見かねたエレキブルがマユカの背を叩いてなだめようとするが、マユカはその手を拒み、ハンカチで顔をぬぐう。ついでに鼻もかむ。
空を見上げると、リザードンは上空をゆっくり旋回し、こちらの様子を見ていた。
「あいつ……なんでどこにも行かないんだ?」
もう充分暴れた。
そして今は、ただ飛んでいるだけでなにもしていない。混乱が解けている。
どこへでも飛んで行けばいいのに、それもしないでこの場に留まっている。
――ああ、そうか。
戦いたいのだ。
ポケモンは、人を選ぶ。
選んでいるつもりで、選ばれている。
鎖で繋いだくらいでは、決して従わない。
「マユカ、ナエトルをボールに戻して。あと、空のモンスターボール、一個くれない?」
「う、うん……」
マユカは弱ったナエトルをボールに戻し、空のモンスターボールをナオトに渡す。
「ありがとう。ここからは僕がやらなきゃ」
もらったボールをポケットに入れ、代わりに、届けてもらったボールを手に取る。
「……博士に感謝しなきゃな」
一人で生きているつもりでいて、結局、助けられてばかりいる。
応えなければならない。
「勝負だ! 行くぞ、スターミー!」
「――フゥッ!」
投げたボールからスターミーが飛び出し、戦いの火蓋が切って落とされた。
「リザーーーーーーーッ!」
バトルが始まると同時に、上空からリザードンの『かえんほうしゃ』が放たれる。
「スターミー、『ハイドロポンプ』!」
「フゥッ!」
スターミーは跳び上がると回転し、水を噴射しながら炎に向かって突撃する。
水と回転の勢いで炎は切り裂かれ、そのままリザードン本体目掛けて突っ込むが、
「はずれた!?」
リザードンは急上昇し、スターミーをやり過ごす。
「攻撃止め! 戻れ!」
「フゥッ!」
スターミーは水を止めるとナオトの元に引き返し、着地する。
「ダメだ。空に逃げられたんじゃぁ……」
スターミーの跳躍力では、リザードンまで届かない。さらにこの暗さが技の命中率を下げている。
ならば――
「スターミー、『あやしいひかり』!」
ナオトの指示に、スターミーのコアが光を放つ。
リザードンまで距離がありすぎる。光っただけで効果はない。
「居場所知らせてどうすんの!?」
「黙ってて」
マユカは慌てるが、ナオトはリザードンから目をそらさなかった。
案の定、スターミーを見つけたリザードンは一直線にスターミーへ向かって突っ込んでくる。
充分迫った瞬間、
「今だ! 『10まんボルト』!」
「フーーーーッ!」
突っ込んでくるリザードン目掛けて、『10まんボルト』が放たれた。
タイミング的に避けるのは不可能。そして飛行タイプに電気技は効果抜群――だったのだが、
「リザーーーーーッ!」
「――フゥッ!」
リザードンはひるむどころか迷うことなく電撃の中に突っ込み、スターミーを岩壁まで吹っ飛ばす。
「スターミー!」
「――ブル!」
突然、エレキブルが飛び出した。エレキブルはスターミーを抱えると、素早くその場から離れる。
そして次の瞬間、岩壁が崩れた。スターミーがいた場所に岩が降り注ぎ、砂埃が舞う。
「エレキブル、ナイス!」
「スターミー、大丈夫か!?」
「フゥッ……」
スターミーのコアが弱々しく点滅する。あと一息で生き埋めだった事実に、戦意を喪失したようだ。
「……ごくろうさま。休んでて」
スターミーをボールに戻し、エレキブルに目をやると、
「エレキブル、ありがとう」
「ブルッ」
礼を言うが、エレキブルはそっぽを向いた。エレキブルにとってはたいしたことではなかったらしい。
見上げると、リザードンは相変わらず空からこちらを見下ろしていた。どうやら次を待っているらしい。
――次……
ナオトは次のボールからピジョンを出す。どう考えても、リザードン相手に分が悪い。
「――ピッチュー!」
「ピチュー?」
その時、これまでおとなしかったピチューがピジョンに飛び乗った。
「ピチュ! ピチュピチュ!」
「おまえ、戦うのか?」
飛行タイプのリザードンに、電気タイプは有利ではあるのだが……
マユカも驚いた顔で、
「ピチュー、戦ったことあるの?」
「あるっちゃああるけど……小さいポケモン相手のお遊びバトルだったし……」
しかし、今回は違う。いくらピジョンと一緒でも、危険すぎる。
だがピチューの決意は揺るがないらしい。ピジョンの背にしがみつき、離れそうにない。
「ええい、もうどうにでもなれ! バタフリー!」
ヤケクソ気味に、最後のボールからバタフリーを出す。
「飛べるところまで飛んで『フラッシュ』! とにかく、この辺り一帯照らすことだけに専念して!」
「フリ~ッ!」
バタフリーはうなずくと、風に乗って上昇する。
途中、リザードンがバタフリーを攻撃しないか心配したが、リザードンはナオトしか見ていなかった。バタフリーに見向きもしない。
「あくまで僕と戦いたいってわけ? 上等だ」
リザードンよりさらに上空へ到着したバタフリーが辺りを照らす。
光が分散され、ぼんやりとしか見えないが、リザードンを追うには充分だろう。
舞台が整ったところで、
「ピジョン、ピチュー、ゴー!」
「ピジョーッ!」
ナオトの指示に、ピチューを乗せたピジョンは空を舞った。
「ピチュー、『でんじは』!」
「ピッチューーーー!」
ピチューの頬が火花を散らし、リザードンに電撃を放つが、届かない。
「ピジョン、リザードンにもっと接近して!」
「ピジョーッ!」
リザードンは進化したばかりで飛ぶことには慣れていない。さらに、これまでのことでかなり疲れている。
しかしピチューが乗っているせいか、ピジョンもあまりスピードが出せないようだ。リザードンになかなか追いつけない。
「ひょっとして、ピジョンだけで戦ったほうがいいんじゃない?」
「確かに、飛行戦はピジョンのほうが慣れてるけど……リザードン相手に、決め手になる技がない」
ならば今は、ピチューの電気技に賭けるしかない。確実に電撃を浴びせるには、危険ではあるが――
「ピジョン、リザードンの真上を取れ!」
「ピジョッ!」
ピジョンは上昇し、リザードンの真上を取る。
――頼む、気づけ!
ナオトは祈る気持ちで、
「『でんこうせっか』!」
「ピッジョーーーーーーーッ!」
ピジョンは翼をたたみ、リザードン目掛けて急降下する。
避けられたら地面に激突はまぬがれない。しかし、ピジョンは果敢にも、全速力で突っ込んだ。まるで弾丸だ。
「行けえぇぇぇぇぇぇっっ!」
無意識に声を張り上げ、成功を祈る。
しかし、
「ジョォォォォォォォォォッ!?」
あと少しのところでリザードンは体を傾け、ピジョンはその横を通り抜ける。
「!?」
マユカは思わず顔をそむけ、その直後に、ピジョンが地面に激突する音が聞こえた。
終わった。
彼女はそう思ったが、ナオトは違った。
顔を上げると、彼は真っ直ぐリザードンを見ている。
「――ピッチュー!」
「リザッ!?」
リザードンが驚き、自分の背を見る。
その背には、ピジョンから飛び移ったピチューが、しっかりとしがみついていた。
「リザッ! リザーーーーーッ!」
ピチューに気づき、リザードンは振り落とそうと上空で体を揺らすが、ピチューも離れまいと必死だ。
「……ありがとう、ピジョン」
ナオトはピジョンをボールに戻すと、
「――ピジョンの勇気を無駄にするな! ピチュー、『でんじは』!」
「ピッチューーーー!」
ピチューの頬から火花が散り、リザードンに電撃を浴びせる。
確実に当てるための捨て身の戦法。もしピチューが気づかなければ、ピジョンと共に地面に激突だったが、うまく行った。
「『でんきショック』連打!」
「ピ~チューーーーーーッ!」
火花が飛び散り、リザードンの悲鳴が響く。まひのせいでスピードが落ち、弱っているのがわかる。
充分高度が下がったところで、
「ピチュー、もういい! 離れろ!」
ピチューがリザードンの背から近くの岩壁に飛び移ったのを確認すると、
「行け、モンスターボール!」
ナオトが投げたモンスターボールはリザードンを一瞬にして吸い込み、地に落ちる。
「やった!?」
マユカは思わずガッツポーズを取ったが、ボールは激しく揺れ、点滅を繰り返す。
そして、
「――リザーーーーーッ!」
リザードンはボールから飛び出し、空に向かって炎を吐く。
「まだダメか!」
戻ってきたボールを拾い、次の手を考える。
戦えるポケモンは上空のバタフリーだけだ。しかし、炎タイプに虫タイプでは――
「――ピッチューーーー!」
「ピチュー?」
その時、猛ダッシュで岩壁を降りてきたピチューが、ナオトとリザードンの間に割り込んだ。
しかし、すでに限界らしい。小さな肩を上下させ、頬の電気袋から弱々しい火花を散らしている。もう電撃を放つ力は残っていない。
「無茶だ! ボールに戻れ!」
「ピチュ! ピチュピチュ! ピッチュー、ピチュチュチューッ!」
ボールに戻そうとするが、ピチューは何かを訴えながら、ボールの光線から逃げ回る。
「ピチュー、もういい! 僕の負けでいいから、これ以上はやめろ!」
スターミー、ピジョンに続き、ピチューまでボロボロになる姿を想像し、寒気がする。
元はと言えば自分が蒔いた種だ。そのために、ピチューまで傷つくことはない。
その時だった。
「――ブルーーーーーッ!」
これまで静観していたエレキブルが、ピチューに向かって電撃を放った。
「ピ……ピチューーーーッ!」
「ピチュー!?」
ピチューはその場で踏ん張り、エレキブルの電撃を必死に受け止める。
「ちょ、ちょっと!? なにすんのよ! やめて!」
マユカの制止にも耳を貸さず、エレキブルはピチューに電撃を浴びせ続ける。
ようやく、さっきピチューが語りかけていたのがエレキブルだと気づく。恐らく、電気を分けろとでも言ったのだろう。
しかし、ピチューとエレキブルではパワーが違いすぎる。加減をしているようではあったが、受け止めきれるわけがない。
「ピチュー!」
「ピ……ピチュピチュ……チュピーーーーーーッ!」
「キャッ!?」
電気がはじけ、まぶしさにマユカが悲鳴を上げ、ナオトも腕で目を覆う。
「ピチュー!?」
光が収まり、目を開ける。
ピチューがいた場所を見ると、ピチューはいなかった。
「――ピッカー!」
代わりにいたのは、ピチューから進化したピカチュウだった。
「リザーーーーーーーッ!」
「ピカーーーーーーーッ!」
リザードンの『かえんほうしゃ』と、ピカチュウの『10まんボルト』がぶつかり合う。ここまで来たら、もはや止めることなど不可能だ。
「行け! ピカチュウ!」
「ピッカーッ!」
ピカチュウはさらに電撃を放ち、爆発が起こった。辺り一面に砂煙が舞う。
「ピカチュウ、『でんこうせっか』!」
「ピカーーーーーーーッ!」
ピカチュウは煙の中に突っ込み、リザードンに体当たりを喰らわせる。煙で姿が見えず、避けることが出来なかったようだ。
「リザッ!」
リザードンはその場で一回転し、シッポを振るうが、
「『アイアンテール』!」
ピカチュウはジャンプしてそれをよけると、そのまま空中で一回転してシッポに力を込める。
「――リザーーーーーッ!」
しかし、シッポが振り下ろされるより一瞬早く、リザードンは地を蹴った。そのまま、地面すれすれを勢いよく滑空する。
その先には、ナオトがいた。
「ナオト、逃げて!」
「ピチュチューーーーー!?」
マユカとピカチュウが血相を変えて叫ぶが、ナオトは突っ込んでくるリザードンを真っ直ぐ見据えていた。
「こんの……」
ナオトは逃げなかった。代わりに、手にした空のモンスターボールを振り上げ、そして、
「意地っ張りーーーーーーーーーーー!」
突っ込んできたリザードンの頭を、ボールで思いっきり殴り飛ばした。
『…………!?』
マユカもピカチュウも言葉を失う。ボールを握ったまま、ぶん殴った。
ボールはリザードンを吸い込み、ナオトは勢い余ってその場に転倒する。
タイミングを誤れば自分が吹っ飛んでいる。マユカは慌ててナオトに駆け寄ると、
「なんて無茶すんのよ!?」
「黙って」
ナオトは上半身を起こし、手の中のボールをにらみつける。リザードンを吸い込んだモンスターボールがガタガタと揺れていた。
固唾を呑んで見守る中、ボタンは点滅を繰り返し――そして、
――カチッ。
その音と共に、点滅が、消えた。
「…………!」
この瞬間、リザードンは再びナオトのポケモンになった。
「や……」
「――やったーーーーー!」
マユカが歓声を上げた。
「やった! リザードンゲット! ピチューもピカチュウに進化するし、なんだかんだ言って、あんたやるじゃない!」
「へ? あ、うん……」
セリフを先に言われてしまい、喜び損ねる。
「ピチュチュー!」
ナオトは飛びついてきたピカチュウをなでながら、
「ピカチュウ、おつかれさま。……おまえすごいな。こんなとこまで追っかけてきたと思ったら、進化までしてさ」
「ピカピカ~!」
「――あれ?」
その時になって、マユカはピカチュウのシッポの先が丸いことに気づく。
「このピカチュウ、女の子?」
「今さらなに言ってんのさ」
「ピーカ」
失礼な。
カチンと来たのか、ピカチュウは頬をふくらませた。
羽音に顔を上げると、一体のリザードンがすぐ近くに降り立った。
「二人とも、お疲れ」
「パパ?」
「チャンピオン!」
リザードンの背から降りた人物に、マユカが跳び上がる。
サトシはリザードンをボールに戻し、
「マユカ、エレキブルも。ナオトがすっかり世話になったみたいだな。ありがとう」
「あっ、あの、わたし、その……」
マユカはここまで来た本来の目的を思い出したようだが、
「――ブルッ!」
エレキブルに突然首ねっこをつかまれ、それは中断された。
「へっ? ちょっと? わたし聞きたいことが……ちょっとぉ~!」
もうここに用はない。
そう判断したのか、エレキブルはマユカをを引きずり、さっさと下山する。
「……エレキブルも苦労してるな……」
サトシはぽつりとつぶやくと、ナオトに振り返る。
「さて、と。リザードン、ゲットしたみたいだな。ピチューも進化おめでとう」
「ピカ!」
「ピ~カ~」
心配したぞ。ピカチュウはそんな顔で自分の娘の頭をなでる。全部見ていたようだ。
ナオトはリザードンのボールを手に座り込んだまま、父親をにらみつけ、
「パパ……チャンピオン辞めるって、ホント?」
「…………」
その言葉に、辺りが静かになった。ナオトのピカチュウだけが、きょとんとした顔で両者の顔を見比べる。
サトシは苦笑すると、
「ママから聞いたんだな? 実は、そう」
「ふざけないでよ!」
あまりに軽い返答に、思わず怒鳴り返す。
「それじゃあまるで、僕が辞めさせたみたいじゃないか! あんた、ポケモンマスターに一番近い男なんだろ!?」
ナオトは父を真っ直ぐにらみつけると、
「こんなことであっさり辞めて……あんた、ホントにそれでいいのかよ!? そんな簡単に辞められるほど、チャンピオンってのは軽いもんなわけ!? そんなもんのために、みんな必死になってるわけ!? 馬鹿馬鹿しいにも程があるよ!」
これまで、チャンピオンにあこがれてトレーナーになったという者にたくさん出会った。
誰もが目標にしていた。
それが、こんなことで。
「そうじゃないって言うんなら……僕がそこに行くまで、首でも洗って待ってりゃいいだろ!」
「…………」
しん、と、静まりかえった。
言いたいことは言った。
それと同時に、さっきまでの熱がみるみる冷めて行く。
いっそ、ぶん殴られたほうがマシだと思えるような重苦しい沈黙の末――
「……ようやっと、まともに口利いてくれたな」
「…………」
「ナオト」
サトシはナオトの前にしゃがみこむと、
「おぶってやろうか?」
「…………」
今さら腰が抜けたなどと言えず、無言のままうつむき、
「……うん」
小さくうなずいた。
サトシはナオトを背負うなり、驚いた顔で、
「何年ぶりかな。お前、ずいぶん重くなったな」
「……当たり前だろ」
「昔はしょっちゅう、おんぶせがんできたよな」
「うるさい」
背負われたまま、父を蹴る。力が入らなかったので当てた程度だったが。
記憶がたしかなら、最後におぶってもらったのは五歳くらいの時だ。
あの頃より身長は伸びたはずなのに、背負われたとたん目線が高くなり、いつもより遠くが見えて、いつもより地面を遠くに感じる。
父と同じ目線だ。
今にして思うと、父と同じ目線から、父と同じものを見るのが好きだったのかもしれない。
「ピカ、ピッカー!」
「ビ~ガ~……」
下を見ると、父のピカチュウが自分の娘におんぶをせがまれ、つぶれていた。
「ピカチュウ、ボールに戻る?」
「ピ~カ~」
ナオトのピカチュウは自分と同じ大きさの父の背にしがみつき、イヤイヤと首を横に振る。
「もうピチューじゃないんだから、おんぶは無理だよ」
「じゃ、おんぶされてるお前はまだ進化出来てないってわけだな」
「うるさい! さっさと行け!」
「はいはい。バタフリー、先導頼むよ」
「――フリ~!」
タイミングを見計らっていたのか、ちょうど下りて来たバタフリーに足下を照らしてもらい、ピカチュウ達と一緒にその後ろを歩く。
「お前がそう言うんなら、もうちょっとがんばるとしますか」
「なに言ってんだよ。あんた、チャンピオン引退したらただのオッサンじゃん」
「……お前のそのきっつい性格、カスミそっくりだよな……」
がっくり肩を落とす。
「なあ、ナオト」
父は歩きながら、
「お前、どうして旅をやめたんだ?」
「…………」
これまで、その理由は頑なに口にしなかった。
両親も、無理に聞き出そうとはしなかった。
「……負けたんだ」
なのに今、自然と言葉が出てきた。
「最悪の負け方だった。頭に血が上って……バトルにもなってなかった」
「そっか」
父は、それ以上なにも聞かなかった。
その代わりに、
「ナオトは、ポケモンマスターってなんだと思う?」
問われて、少し考えると、
「そりゃあ……ポケモンに詳しくて、バトルも強くて……」
並べていくと、それはやがて、一人の人物をかたどっていく。
「パパみたいな人?」
こちらの出した結論に、しかし父は足を止め、
「それがポケモンマスター?」
「……ちがうの?」
「ちがわない。でも、それがすべてじゃないってこと、わかって欲しい」
「…………?」
意味がわからない。
大人達は、みんな知っているのだろうか?
だとしたら――ずるい。
「ピカ! ピカチュー!」
懐中電灯の明かりが見え――照らしている人物に気づいたとたん、ナオトのピカチュウは疲れも忘れて駆け出した。
「あれ? ひょっとしてお前、進化したのか?」
「ピ~カ。ピカチュ!」
「まったく、心配したんだぞ」
足下に駆け寄ってきたピカチュウを、シゲルは苦笑しながら抱き上げる。
「シゲル、悪いな。巻き込んだみたいで」
「僕はピチューを捜しに来ただけだよ。預かってるポケモンに何かあったら、全部僕の責任だからね」
「はいはい……」
こういうところは変わらない幼なじみに、呆れた顔で返す。
「そうそう。犯人なら、もう警察が連れてったよ。詳しい事情が聞きたいそうだから、明日にでも来て欲しいってさ」
「――ナオト! サトシ!」
こちらに気づいたのか、カスミも駆けつける。
「まったく、いくつになっても心配させて~! 無事でよかった……」
「マユカはちゃんと下りてきたか?」
「今、見送ってきたところよ。明日また来るって」
「そっか……迷惑かけちゃったな」
もしマユカやシンジ達がいなければ、この事件に気づくのはもっと遅れただろう。そうだとしたら、今頃どうなっていたか……想像するだけでぞっとする。
ふと、シゲルは思い出したのか、
「ところでサトシ。話ってなんだったんだ?」
「ああ……あれならもういいや」
「ふぅん……ま、別にいいけど」
深くは追求せず、シゲルはあっさり引き下がった。解決したことを悟ったのだろう。
「ねぇシゲル。もう遅いし、泊まって行ったらどう?」
「そうしたいのは山々だけど……研究所散らかしたままだし、帰るよ。それに」
シゲルはカスミの誘いを断り、サトシの背のナオトに目をやると、
「せっかくの親子水入らずに、他人が混ざるような無粋なマネは出来ないしね」
頭をなでるが、熟睡しているのか、しばらく目を覚ましそうになかった。