めざせポケモンマスター - 9/9

 ジャッジが下った後、ナオトはすぐには動けなかった。

 ――パパ、いつもこんな相手と戦ってるんだ……

 同じポケモンでも、トレーナーが違うだけでここまで変わるのか?
 果たして、自分がそこにたどり着くことは出来るのだろうか。
 とてつもなく、遠い道のりに感じる。
「――ピカチュウ!」
 我に返ると、目を回しているピカチュウを、濡れるのもかまわず水中から引き上げる。
「おつかれさま。がんばったね」
「ピ……ピ~カ」
 一発KOされたものの、満足したらしい。ピカチュウは親指を立てて笑って見せる。
「ナエ?」
 その一方で、勝った実感がないのか、ナエトルはボードの上で不思議そうに首を傾げていた。
「お前の勝ちだ。戻れ」
 シンジに言われてようやく、ボードからプールサイドに飛び移る。
「ナエトル~! すごいじゃない! ピカチュウに勝っちゃった!」
「あぶないでしょ! ちゃんとあっちから行く!」
 観客席の塀を乗り越えようとしたマユカをヒカリは引きずり下ろし、一端外へ向かう。
 二人の姿が見えなくなってから、
「ナエトル」
 シンジは膝をつき、ナエトルに声をかける。
「マユカとしばらく一緒にいて、どうだった?」
「ナエ?」
「ポケモンにもトレーナーを選ぶ権利はある。……もうわかっているとは思うが、これから先、マユカはお前に散々苦労をかけるだろうし、無茶も言ってくる。お互い、傷つけ合うこともあるだろう」
 旅立って早々これなのだ。ナエトルにしてみれば、嫌気が差しても無理はない。
「それでも、マユカと一緒に行くか?」
 ナエトルは、しばしシンジを見上げ――
「ナエトル~!」
 走ってきたマユカに、後ろから抱き上げられた。
「すごかったねー! やっぱ強いのよあんた!」
「――ナ~エ! ナエナエ!」
 マユカにほめられ、ようやく勝った実感が沸いたのか、手足をバタバタ振る。どうやら聞くまでもなかったようだ。
「あの……」
 振り返ると、ピカチュウを抱えたナオトがいた。
「ありがとうございました」
 彼は礼を言うと、深々と頭を下げる。
 ……似ていない親子だと思っていたが、最後の最後まで向かってきた根性は、誰かに似ているような気がする。
 シンジは立ち上がると、
「どんなに気に入らないヤツでも、参考に出来るものは参考にしろ」
「え?」
「トレーナーを続けるつもりなら、な」
「…………」
 ナオトは何も言わなかった。
 シンジもそれ以上何も言わず、シンオウへの帰路についた。

 ――トレーナーを続ける……

 一体、自分はどうしたいのだろう。
 夕べ、父にあんなことを言っておきながら、またわからなくなっている。
「……おまえはどうして欲しい?」
「リザ?」
 大型ポケモン用の低い寝台に横たわったまま、リザードンは首を傾げる。傷には包帯が巻かれ、点滴を打つ姿が痛々しい。
 ナオトは床にあぐらをかき、リザードンのあごをなでながら、
「なんで、また僕のポケモンになったのさ。晴れて自由の身になれるチャンスだったのに、こんなボロボロになってまで……おまえ、僕にどうして欲しくて戦ったんだよ」
 当然ではあるが、リザードンは何も言わない。たとえ言葉がわかったとしても、きっと答えてくれないのだろう。
 ただわかるのは、
「反抗的なトレーナーの根性を叩き直してやろうってこと? まったく、会った時からそうだったけど、言いたいことハッキリ言わないよね」
「リザッ」
 リザードンはお互い様だと言わんばかりにそっぽを向く。
 そうだ。出会った時からそうだった。

 * * *

「あのヒトカゲ……ですか?」
「そう。出来れば、ナオトに連れて行って欲しいんだ」
 トレーナーとして旅立つ前日。
 オーキド研究所に呼ばれ、出会ったのは、一体のヒトカゲだった。
 庭で仲良く遊ぶゼニガメとフシギダネに対し、そのヒトカゲは離れた場所で、ぽつんと空を見ていた。
「ヒトカゲ、こっちにおいで」
 呼ばれて、ヒトカゲは少し振り返ったが、一瞬だけですぐそっぽを向く。
 博士は肩をすくめ、
「……あの通り、気むずかしくてね。あげる予定の子、おとなしい子だから手に負えないと思うんだ。だからナオトのゼニガメと交換してもらえないかと思ってね」
「困りますよ。ゼニガメが欲しいって前から言ってたの、博士が一番知ってるでしょ? 他の人に頼んでください」
「まあ、そう言わずに……僕の見立てでは、あのヒトカゲはキミが一番うまく行くと思うんだ」
 博士は食い下がってきたが、ナオトは口をとがらせ、
「勝手に決めないでください。第一、ヒトカゲなんてたくさんいるじゃないですか。あのヒトカゲじゃなくても、他のヒトカゲ用意すれば――」
「――ナオト」
 言葉を途中でさえぎられ、思わず身構える。
 一瞬、怒られるのかと思ったが、
「……そんな寂しいこと、言うもんじゃないよ」
「…………」
 ぽん、と、頭に手を置かれる。

 ――ポケモンからすれば、ナオトはたくさんいる人間の中の一人に過ぎない。

 昔、誰かにそう言われたことを思い出す。
 そして、そのポケモンにとっての『特別』になれるかどうかは自分次第だとも。誰だっただろう。
「でも、キミの言う通りなんだよね」
 顔を上げると、博士はヒトカゲに目をやり、
「僕達としても、新人トレーナーに問題のあるポケモンを任せるわけにはいかない。無理に任せたところで、きっとまた、ケンカして帰ってくる。そうなったら傷つくのはあいつだし……」
「……また?」
 博士はため息をつくと、
「あいつ、新人用のポケモンとして生まれたのに、適性がなくてさ。これまで何人ものトレーナーに会ったらしいけど、なつかないし言うことも聞かないし。結局、別のヒトカゲにしてくれって苦情が来る始末でね」
「そんな問題児を新人に任せていいんですか?」
「よくない。だから研究所やポケモンセンターを散々たらい回しにされて、最終的にここに来たってわけ。……あいつ、行くあても、居場所もないんだ」
「…………」
「ナオトとならきっとうまく行くと思ったんだけど……まあ、トレーナーには会わせるだけ会わせて、無理そうなら別のポケモン用意するよ」
 再びヒトカゲに目をやる。
 ヒトカゲは相変わらず背を向けたまま、とうとうこちらと目を合わせることはしなかった。

 翌日。
 予定より早く研究所に来ると、女の子の悲鳴が聞こえた。
 声が聞こえた部屋に駆け込むと、焦げた臭いが鼻を突く。
「どうしたんです?」
「あ、ナオト」
 興奮したヒトカゲを抱きかかえた博士は、ゼニガメに目をやり、
「ありがとうゼニガメ。大事にならずに済んだよ」
「ガメッ!」
 焦げた床が水浸しになっている。これだけで大体の予想はついた。
 博士はため息をつくと、
「見ての通りだよ。ま、慣れっこだけど」
「だ、大丈夫ですか?」
 奥に目をやると、机の陰から白い帽子の女の子とフシギダネが顔を出す。今日、ヒトカゲと旅立つ予定のトレーナーだ。
「ケガはなかった?」
「う、うん……」
 ナオトが聞くと女の子はうなずいたが、明らかにおびえている。
 そしてヒトカゲも、最初からあきらめているのか、女の子と目を合わせようともしない。

 またダメだった。

 一瞬、ヒトカゲの顔がそう言っているように見えた。
 彼女は困った顔で、
「あの……そのヒトカゲなんですか? わたしがもらうの」
「まあ、無理にとは言わないけど……」
 博士はヒトカゲを床に下ろし、
「もし無理だって言うんなら、他のポケモン用意するけど。どうする?」
「…………」
 女の子は悩むそぶりを見せたが、すでに答えは出ているらしい。うなずくと、
「それじゃあ……」
「――なんだよ。ちょっと問題があるからって別のにしろって言うの? そんなんじゃ、これから先が思いやられるね」
「ナオト。口をはさむんじゃないよ」
 博士は呆れた顔をするが、ナオトはヒトカゲを真っ正面からにらみつけ、
「おまえもおまえだよ。ちょっとガマンすれば済む話なのに、意地なんか張っちゃってさ。気に入らないことがあるなら――」

 ――ゴッ!

 次の瞬間、ナオトの顔面に向かって炎が吐かれた。
「ナオト!?」
「きゃぁっ!?」
 博士と女の子が声を上げたが――ナオトは焦げながらも、ヒトカゲから目をそらさなかった。
 そらさぬまま、
「……キミ、水ポケモンは好き?」
「へっ?」
 自分に聞いていると思わなかったらしい。女の子は慌てて、
「え、えーと、特にきらいってことは……」
「ゼニガメって頼りになるから、大事にしてあげてね」
「え? あの、ナオトくん?」
「おっ? ひょっとしてひょっとする?」
 二人が横から顔をのぞき込んでくるが、ナオトは完全に無視して、
「いい度胸だよね……人に向かって火を吐くとか、そりゃ売れ残るわけだよ」
「ヒカッ……?」
 ヒトカゲが、初めておびえた顔をしたような気がしたが、一瞬たりともその目をそらさぬまま、
「その反抗的な態度……叩き直してあげるよ!」
 その時、ちょうど三人目のトレーナーが到着し、研究所は一気に騒がしくなった。

 * * *

「どっかの誰かと同じだね……」
 オーキド博士は、なぜ自分にこのヒトカゲを任せようと思ったのだろう。
 なんとなく、わかってきた気がする。
「――ナオト君、お待たせ」
 ドアが開き、ジョーイとピカチュウが病室に入ってきた。
「ピチュチュ!」
「ピカチュウと、スターミーとピジョンももう大丈夫。お返ししますね」
「ありがとうございます」
 立ち上がると、差し出されたモンスターボールを受け取る。
 ボールをポケットにしまいながら、
「あの、リザードンの具合はどうなんです?」
「リザードンは入院が必要ね。進化したばかりなのに、ずいぶん無理したみたいだから。あと三日ってところかしら」
「そうですか……」
 視線を落とすと、ジョーイの後ろにスリープがいることに気づく。
「おまえ、昨日の……」
 ナオトに気づかれ、スリープは慌てて顔をそらした。
「このスリープも、もう大丈夫よ。……辛い目に遭ったわね」
「リ~プ……」
 気まずそうに、スリープがこちらに振り返る。
 そのスリープの目を見ながら、
「おまえ、どうして僕を助けたんだよ?」
「リプ?」
「ひどいことさせる人間を、おまえが助ける義理なんてないだろ」
 悪用されたあげく、捨てられたのだ。人間不信になってもおかしくはない。
 なのに、このスリープは助けようとした。かなりひどいことを言ったというのに。
「エスパーポケモンは人の心に敏感なの。特にスリープは、他人の夢を見ることが出来ると言われているわ」
 ジョーイはスリープの頭に手を置き、
「だからこそ、寂しい気持ちがわかるのね」
 やさしくなでられ、スリープは気持ちよさそうに目を細める。
「スリープやカイリキーはどうなるんです?」
「悪用されたポケモンは、なにかしら心に傷を負っているわ。表面上はそう見えなくても、ふとした拍子に思い出して、暴れ出す子もいる。その傷を癒すために、専門の施設でセラピストの治療を受ける必要があるの」
「引き取ることって出来ます?」
「残念だけど、それは無理」
 ジョーイは首を横に振ると、
「治療には時間がかかるの。それに、もし盗まれたポケモンだったら、元のトレーナーに返してあげなくちゃね」
「そうですか……」
 当然と言えば当然だ。それに、犯罪に利用されていた以上、ポケモンだって立派な証拠になる。これから先、このスリープはたくさんの苦労を味わうことになるのだろう。
「スリープ」
 呼ぶと、スリープはきょとんとした顔で首を傾げる。
 その頭に手を置き、
「ごめんね。……ありがとう」
「リプ、リ~プ」

 気にするな。

 そう言っているのか、スリープは目を細めてうなずいた。

 ジョーイとスリープを見送り、ナオトも病室を後にした。
 帰ろうとして――待合室で、少年二人がテレビを見ながら談笑していることに気づく。
「――やっぱりそうだよ。サインもらえば良かったかなー」
「とっくに引退したんだろ? 今さらサインもらってどうすんだよ」
 テレビの映像に、思わず足が止まる。

 ――シンジさん?

 一目見て、チャンピオンリーグの録画映像だとわかった。シンジと、そして父の姿が映っている。
 内容は恐らく――
「これ……カントーとシンオウのチャンピオン同士の試合? 二年前の」
「ん? そうだよ。今朝、シンオウの前のチャンピオンを偶然見かけてさ」
「まさか、これがシンジの引退試合になるとは思わなかったよなー」
 二人はナオトの質問に答えながらも、テレビから目を離さなかった。
 そう。実質、シンジの引退試合となってしまったことで有名な一戦なのだが、実のところ、ナオトはこの試合を見ていない。
 これだけではない。もう何年も、父のバトルは見ていない。どうしても、見ることが出来なかった。

 ――お前、自分の親父のバトルは見ていないのか?

 そのことは誰にも言っていないのに、あっさりと見抜かれてしまった。
 父のバトルになにがあるのだろう。シンジがチャンピオンを退いた理由も、そこにあるような気がする。
 空いていたソファに座り、視聴していると、
「――あ、このバトル知ってる!」
「見た見た! すごかったよねー」
 しばらくすると、また別のトレーナーが足を止めた。座る場所がなかったので立ち見だ。
 それが呼び水となったのか、一人、また一人と足を止め、テレビの周りにちょっとした人だかりが出来た。
 どんなバトルだったかはもちろん、結果もみんな知っている。なのにどちらが強いか、どちらのバトルが好きか、中には口論する者までいたが、バトルが進めば進むほど、みんなテレビに釘付けになっていく。

 ついに最後の一体。

 どちらが勝ってもおかしくない、ギリギリのバトル。
 みんな声を上げるどころか息をすることすら忘れて、テレビを食い入るように見つめていた。
 そして――先に倒れたのは、シンジのポケモンだった。
 その瞬間、緊張の糸が切れたのか、一斉に歓声が上がった。
 みんな勝ち負け関係なしに両者を讃え、言い争っていた者もいつの間にか意気投合したらしく、バトルする約束を交わしている。
 一人、また一人と帰って行き――ナオトだけがその場に残った。
「ピチュチュ?」
「……すごいね、パパ」
 みんな、いい顔をしていた。
 ケンカをしていた者でさえ、最終的に仲良くさせてしまった。
 本人はただ、バトルをしただけだというのに。
 テレビに視線を戻すと、バトルを終えた両者が握手を交わしていた。
 その表情に――シンジが引退した理由が、なんとなくわかった。

 満足してしまったのだ。

 他にも理由はあるのだろうが、勝ち負け関係なく、チャンピオンとして最高のバトルをして――満足したから、心おきなく次の道へ進んだのだ。
 ……リーグチャンピオンとポケモンマスターはイコールで繋がっていると思っていたが、本当にそうなのだろうか。
 本当にそれがポケモンマスターなら、父はなにを目指しているのだろう?
 どうやら自分は、自分で思っている以上に、父のことも、ポケモンマスターのことも知らないらしい。
「あれ? ナオトじゃない」
 振り返ると、スクールバッグを肩に掛けた、青い髪の女の子がいた。
 同じスクールに通う、同い年のいとこだ。ジムにもよく手伝いに来る。
 彼女は眉をつりあげ、
「スクールさぼってなにやってるのよ? カスミ叔母さん、いつも心配してるのよ」
「そう」
「『そう』じゃないわよ。みんな心配してるのよ? わたしだって……いつまでもうじうじしてないで、自分がどうしたいのか、いいかげんはっきりしたら?」
「うん、やめる」
「へ?」
「スクール、やめる」
 唐突な発言に驚いたのか、今度は慌てた様子で、
「な、なんで? クラスに嫌なヤツでもいるの?」
「ううん。あそこに、僕ほど嫌なヤツはいないよ」
「はあ?」
 ナオトはリモコンを取ると、テレビの電源を切り、
「ちょっと用事があるから、もう行くね」
 そう言ってポケモンセンターを後にすると、その足でスクールへ向かい、退学届けを提出した。

 リザードンが退院する日。ナオトはきれいに片づいた部屋で、最後の荷物チェックをしていた。
 リュックの口を閉め――机の上の壊れたモンスターボールに目が留まる。
 リザードンが壊したモンスターボールだ。事件の翌日、目が覚めたらここに置かれていた。ご丁寧なことに、接着剤で修理してある。

 ――捨てりゃいいのに……

 くっつけたところで、モンスターボールとしての機能が戻るわけでもない。一体、これをどうして欲しいというのだろう。
 つくづく、父の考えることはわからない。
 持っていたところで荷物になるだけだ。引き出しにしまうと、リュックを背負う。
 部屋を出ようとして、
「ピチュチュー」
 振り返ると、ピカチュウがタンスの奥からつぶれた赤い帽子を引っ張り出していた。
「これ……」
 受け取り、シワを伸ばす。
 旅に出る時、父からもらった帽子だ。旅をやめてから一度もかぶっていない。
「ピッカ!」
 ピカチュウが肩に飛び乗る。これで準備は整った。
「……行ってきます」
 無人の部屋に向かってつぶやくと、帽子をかぶり、家を後にした。

 * * *

「まったく、何も言わずに出て行くんだからー」
 窓の外に、遠ざかる我が子の後ろ姿を見つけ、カスミは呆れた顔をした。
「あれ? ナオト、もう行っちゃったのか?」
「行ったわよ。ホント、ヘンなところばっかり似るんだから」
 窓枠にほおづえをつき、ため息をつく。
 荷物チェックを終えたサトシは、リュックの口を閉めると、
「それじゃあ、俺もそろそろ行くかな」
「行ってらっしゃい」
 振り返りもしないカスミに、サトシはショックを受けた顔で、
「なんだよ! 止めたり寂しがったりしないのか!?」
「止めたって行くでしょどうせ」
「ハハ……」
「ピーカ」
 よくわかってらっしゃる。頭をかくサトシに、ピカチュウも呆れて肩をすくめる。
「なんて言うか……ごめんな」
「あなたの性格はよくわかってます。でなきゃ、最初っから結婚なんてしません」
 カスミは首を傾げると、
「まったく、私ってば物好きよね。私ほどのいい女なら、もっと他にいい男がいたはずなのに」
「何言ってんだよ。俺くらいのいい男じゃないと、カスミに釣り合わないだろ」
「あら。ずいぶん自信満々じゃない」
 サトシはリュックを担ぐと、
「なにしろ怒るとギャラドスだもんなー。並みの男じゃ無理無理」

 …………。

「――なんですって!?」
「行くぞ、ピカチュウ!」
「ピッカ!」
「もう帰って来るなぁーーーーーーーー!」
 ギャラドスのごとき怒りをあらわにするカスミに、サトシとピカチュウはダッシュで家を飛び出した。
 怒り具合からして、しばらく帰るのは無理そうだった。

 * * *

「――おーい」
「マユカ?」
 見晴らしのいい原っぱ。呼ばれて振り返ると、マユカが手を振って駆け寄ってきた。
 ナオトは目を丸くして、
「シンオウに帰ったんじゃないの?」
「理由はどうあれ、せっかくカントーまで来たんだもん。このままカントーを旅することにしたの!」
「……キミのパパがよく許してくれたね」
「スクールの営業担当になったの」
「営業担当?」
 マユカはポケットを探りながら、
「校長がね、旅先でいいトレーナーがいたら紹介して欲しいって。パパは反対したらしいけど、無断欠勤した手前、ことわれなかったみたい」
 取り出したのは名刺入れだった。中からカードを一枚取り出し、こちらに差し出す。
「フタバ・トレーナーズスクール?」
 スクールの名刺らしく、校名と共にナエトルのイラストがプリントされている。町の名前とナエトルの双葉をかけたようだ。
「でも、なんでカントーで生徒を探すんだよ」
「色んな地方のトレーナーを集めて交流させたいって。そのほうが、いい刺激になるんだって」
「刺激、ねぇ……」
 トレーナーズスクールといえば、まだポケモンを持てない子供や、旅に出ないトレーナーを対象に、トレーナーとしての基礎を教えるところだ。わざわざ営業を送り込んでまで生徒を探す理由が思いつかない。いや、それ以前に、
「キミが行けば? パパさんも喜ぶよ」
「新人おことわりなの」
「新人お断り?」
 マユカはシールでデコレーションされた手帳を開き、それを見ながら、
「えぇと、ウチのスクールはね、よそのスクールと違って、トレーナーとして実力はあるけど、伸び悩んでる人限定なの。だから新人はおことわりなんだって」
「へえ」
「でもって、難しい試験に合格しなきゃ入れないエリート校なの」
「それで?」
「おかげで入校にたどり着けるトレーナーがなかなかいなくてピンチなんだって」
「……なるほど」
 納得した。
 納得したところで、
「ま、大変だろうけど営業の勉強がんばって」
「ちょっと! ここまで聞けば、あんた自分が条件ドンピシャだってわかるでしょ! 来なさいよー!」
「僕はスクールやめたところなの! なのにまたスクールなんて行けるわけないじゃないか! あとそれ押し売りだから!」
「前のスクールが不満だったのね!? だったらよりよいスクールに転校すればいいのよ!」
「『押し売り』の部分無視!? あんまりしつこいと、スクールに苦情入れるよ!」
「それはダメー!」
 携帯電話を取り出すと、彼女は慌てて、電話番号が印字された名刺を奪い返す。
 マユカは頭を抱え、
「あーん、全然うまくいかなーい!」
「誰彼かまわず勧誘してるわけ? 入校には条件があるのに、なに考えてんだよ」
「だって、あんたくらい条件そろったの、めったにいないんだもーん」
「どうせ校長も、そこまでキミに期待してないよ。カントーにいる間、せいぜい一人か二人見つかればラッキーってとこじゃない?」
「言ってくれるじゃない……」
 しゃくにさわったらしい。マユカはこめかみを引きつらせ、
「よーし、それじゃあこうしましょ! 今すぐわたしと勝負しなさい! 負けたらウチのスクールに来る! どう!?」
「だから行くつもりはないって言ってるだろ」
 再度拒否し――笑みを浮かべると、
「――けど、負けるつもりもないね」
「自分が勝つに決まってると思ったら大まちがいよ! こっちだって、ちょっとはバトルの経験積んだんだから!」
 マユカもボールを手に、不敵な笑みを浮かべる。
「行くわよ、ナエトル!」
「じゃあこっちは――」
 ナオトは、ナエトル相手にリザードンを繰り出した。

 結果としてナオトはマユカの恨みを買い、その後しばらく、『大人げない』と散々ののしられることになった。