「とまあ、そういうわけで、これに魔力を注いで欲しいんですよ」
不時着したナイトソウルズの元に戻ったのは、すっかり日が高くなってからだった。
休憩がてら、主教に現在の状況を簡単に説明した後、ユリエルはひとつの水晶玉を差し出す。
船の動力源となる魔導球だ。本来なら魔力で青く光っているのだが、今は輝きを失い、ただのガラス玉にしか見えない。
「ま、それくらいなら朝メシ前だろ。ぱぱーっとやっちまってくれよ」
「…………」
キュカに言われるが――魔導球を手渡された彼は、ただただ、困った顔をするばかりだった。
「兄さん?」
ロジェが首傾げるが――やがて、彼は魔導球を地面に置き、静かに呪文を唱え始める。
――…………
しかし、なにも起こらなかった。
「……どうしたでありますか?」
しばらくして、テケリがきょとんとした顔で魔導球と主教の顔を見比べる。
ロジェは何か勘づいたのか、
「まさか……兄さん……」
彼も観念したのか、頬を引きつらせながら、
「……非常に残念なお知らせだが……私は今、魔法が使えない」
沈黙。
やがて、
「――なんだと!?」
ジェレミアが目を見開き、その場に立ち上がる。
「どうりで魔法使わないと思ったら……そういうことはもっと早く言えよ!」
キュカも絶望的に頭を抱える。
「……しかし困りましたね。魔法が使えないとなると――」
「こいつはただの役立たずだな」
間髪入れず、ジェレミアが情け容赦ない言葉を言い放つ。
「いや、そこまで言っては……」
「でも実際問題、魔法の使えない主教なんて性格悪いだけでなんの価値もねーぞ」
「…………」
当の主教は、頬を引きつらせつつも、必死で暴言に耐えている。
「――みんなやめてくれ!」
騒ぎ立てる仲間達に、ロジェは声を張り上げ、
「役に立つとか立たないとか、人の価値ってそんなんじゃないだろ!? そりゃ、確かに魔法の使えない兄さんなんて、足手まといだし役に立たないし取り柄なしの凡人以下だけどさ!」
「ガハッ!」
「うきょ!? お兄さんが血を吐いたであります!」
「えっ!? 俺、なんか悪いこと言ったか!?」
「ええ……色々と……」
「お前が一番キツイぞ……」
キュカはつっこみつつも、うわごとのように「やはり私が憎いか……」と、うめく主教の背をさすってやる。
「あー……そういやすっかり忘れてたが、お前、名前は?」
「なに?」
なぜか驚く彼に、キュカは指を立て、
「もうペダンはねぇんだ。しかも別の世界。魔法も使えないとくりゃ、『幻夢の主教』も廃業だろ」
「うきょ! そういえばお兄さんの名前、まだ知らなかったであります!」
今ごろ気づいたのか、全員の視線が一斉に集まる。
「あ、ああ……レニ、だ」
「なんだ。意外と庶民的だな」
「……余計なお世話だ」
もっとご大層な名前だと思っていたらしい。
「テケリはテケリであります! こっちはラビきちなのです!」
テケリはレニにラビを渡しながら、元気に自己紹介する。
「またヘンな名前つけやがって……あ、俺はキュカだ」
「……ジェレミア」
「ユリエルです。――まあ、魔法が使えずとも、なるようになるでしょう」
「…………」
ユリエルはそう言うものの、ロジェは、兄がかすかに不安げな顔をしたことを見逃さなかった。
「――そうだ。そういえば、今日はまだ何も食べてないな。兄さんも腹減ってるだろ?」
「あ、ああ……」
うなずくレニに、テケリが驚いた様子で、
「うきょ!? レニさんもおなかが空くでありますか!? 意外であります!」
「……霞(かすみ)でも食ってるように見えるか?」
呆れながら言うと、テケリはぽんっ、と手を打ち、
「そうそう! まさにそんな感じ――ギャー! イタタタタタ! イタイでありますお兄様!」
レニは最後まで言わせることなく、テケリの頭を、左右から拳でぐりぐりえぐる。
それを眺めながら、ジェレミアがぽつりと、
「なあ……あたし、普段あんな感じか?」
「ああ……同タイプだ」
「そっくりですねぇ」
なぜか見慣れたような光景を傍目に、他の者達は、いそいそと食事の準備を始めた。
「――さて、これからどうしたものでしょうか」
たき火を囲み、食後のお茶を飲みながら、ユリエルが誰にともなくつぶやく。
「ナイトソウルズは依然、飛行不可。魔法使いを捜すしかないですが……食料も残り少ないですし、お金もないことには――」
「金なら問題ない」
言うなり、ジェレミアがどこに隠していたのか、大きな袋をどんっ! と置く。
中には、ぎっしりと金色の硬貨。
「うきょ!? これ、お金でありますか!?」
「こんなにどうしたんだよ一体!?」
目を丸くする一行に、ジェレミアは胸を張って、
「昨日、ゴロツキ連中をのしたついでにいただいた」
『悪っ!』
大臣の姪というお嬢様にあるまじき悪事の暴露に、一同、声がそろう。
しかし、ジェレミアは全員をぐるりと見回し、
「なんだ? どうせこの金だって、誰かから奪ったり、悪事を働いて得た金だろう。それを取り返してやったまでのこと」
「……それだと、元の持ち主に返さなきゃマズいんじゃねぇのか?」
つぶやくキュカに、ジェレミアは硬貨を一枚つまみ、
「『コレ』に、元の持ち主に繋がる手がかりがあるか?」
「……ねぇわな。そりゃ」
だからと言って、いただいていいのか――
全員、自然とユリエルに視線が集まる。
彼は、ぽんっ、と手を打つと、
「では、寄付してもらったということで」
「隊長!?」
思わず反論しようとするロジェに、彼は諭すように、
「……いいですか、ロジェ。敵を倒したら経験値とアイテムと銭をいただく――RPGの掟です」
「俺達、敵倒しても経験値もなければレベルアップも銭もないだろ! (※システム)」
ロジェのツッコミが虚しい。
その後ろで、レニは真顔で、
「ほう……金とは、敵を倒して稼ぐものなのか……」
「絶対違う」
お茶のおかわりを注ぎながら、瞬時にキュカは反論する。
レニはカップを置き、地面に置かれた袋から硬貨を一枚つまみ、その両面を眺め――
「……この硬貨……見たことがある」
「なに?」
レニの言葉に、全員の視線が集まる。
彼は、硬貨の両面をじっくり眺めながら、
「宮殿の資料室に、古い硬貨が飾ってあった。そこで見た気がする」
言われて、ロジェも硬貨を一枚つまむが、
「う~ん……俺はよく覚えてないんだけど……確かに、どこかで見たような気はする……かな?」
自信なさげだったが、一応同意する。
少なくとも、自分達がこれまで使っていたものとデザインが違うのは確かだが。
ユリエルは何か思い出したのか、
「そういえば、町で見かけた文字……古代ファ・ディール語と言ってましたね」
「古代ファ・ディール語だと?」
驚くレニ、ロジェもうなずき、
「少なくとも、俺はそう思う。……どうする? もう一度、あの町まで行ってみるか?」
ここで考えていても仕方がない。
ユリエルもひとつうなずき、
「そうですね。正直、昨日の今日で危険かもしれませんが、調べなくてはなりません」
「……それにその服。なんとかしたほうがいい」
「服?」
キュカに指さされ、レニは自分の服を見下ろす。
服は夕べの一件で、黒いシミやススですっかり汚れていた。もっとも、シミは血なのだが。
「洗うにしても、この状況では……」
「いや、そっちじゃなくて。趣味は悪いがずいぶんいい服みたいだしな。そんな格好でふらついてたら、また狙われるぞ」
「ちょっと失礼」
そう言いつつ、ユリエルがレニの服をつまみ、布地の質感や厚みなどを調べ――
「……なるほど。確かに、縫製もしっかりしていますし、布地もいい。これは高く売れそうですね」
「そうなのか?」
当たり前のように着ていただけに、価値など考えたことがないようだ。
それどころか、目を丸くして、
「服など売れるのか?」
「ええ。この服なら、汚れを差し引いても高値で売れます」
ここに来てようやく、自分が狙われた理由がわかったらしい。
「……まったく呆れたな。あたし達がしっかり監視しておかないと、あぶなっかしくて仕方ない」
「……まあ、宮殿の外に出たことないからな……」
ロジェが、なんとなく暗い顔でつぶやく。
「どうしたでありますか?」
テケリが不思議そうな顔で見上げるが、ロジェはすぐに、
「――いや、なんでもない。それよりも、行くなら早く行こう」
「そうですね」
反論もなく、一行は再び町へと繰り出した。
「確かに、これは古代ファ・ディール語だな」
人気のない路地裏で見つけた、壁一面にでかでかと書かれた落書きを見ながら、レニは断言した。
看板や張り紙も見てきたが、そのどれもが古代ファ・ディール語らしい。
「考えられることはただひとつ。ここは異世界というより――大昔のファ・ディール……ということでしょう」
誰もが感じていたことを、ユリエルがまとめる。
「つまり、テケリたち、異世界にワープしたというより、過去にタイムスリップしちゃったでありますか?」
「そういうことになりますね」
「だが、古代のファ・ディールなら、あたし達にとっては異世界も同然だ」
ジェレミアの言うことも一理あったが、しかしユリエルは、
「確かにそうかもしれませんが、文字が読めるのと読めないのとでは違いますよ。実際、ロジェやレニがいなければ、気づくのがもっと遅れていたでしょう」
「……いにしえのファ・ディール、か……」
「レニさん、どうしたでありますか?」
つぶやきが聞こえたのか、テケリがレニを見上げる。
「いや……私が受け継いだ古代魔法も、この時代のものかと思ってな」
「そういや、ずいぶん物騒な魔法使ってきたよな。ま、今のお前じゃ、その物騒な魔法も役に立たないが」
「キュカ!」
ロジェが非難の声を上げるが、キュカは悪びれた様子もなく、肩をすくめてみせる。
「レニ。古代ファ・ディールについて、知っていることはありませんか?」
さすがのユリエルも、そこまで古い歴史は知らないらしい。この中では一番詳しそうなレニに聞いてみるが、彼は首を横に振り、
「……あいにく、古代ファ・ディールについては私も知らない。言い伝えでは、世界地図が変わってしまうほどの大災害に見舞われ、国や文明はもちろん、それ以前の文献や資料はすべて消失した……そう聞いている」
「そうですか……」
残念そうに肩を落とす。
「――待てよ? 地図が変わるほどの大災害だって? もしかして……これからそれが起こるんじゃないのか?」
「なに?」
ロジェは、真っ先に反応したジェレミアに目をやり、
「だってそうだろ? そりゃあ、今すぐかどうかは知らないけど、その大災害以前のファ・ディールに来たんだとしたら……十分考えられる」
「また戦争でありますか?」
不安げなテケリに、ユリエルも難しい顔で、
「いえ……ただの戦争なら、国が滅びることはあっても、地殻変動など起こりません。それよりもっと大きな災いが降り注ぐ……ということでしょう」
「まったく、あれよりひどいことが起こるってのか? カンベンしてくれよな……」
キュカが額に手を当て、天を振り仰ぐが、ジェレミアは腰に手を当て、
「今さら何を言う。それを望んで来たんじゃないのか?」
「なに?」
その言葉に、レニが目を見開くが、ジェレミアは不敵な笑みを浮かべ、
「上等だ。相手してやる」
「これもマナの女神の導きでしょう。お付き合いしますよ」
ジェレミアだけでなく、ユリエルもうなずく。
「……なんだ? なんの話をしている?」
一人、レニだけが状況を理解出来ず、戸惑った様子で一同を見回し――ロジェに視線を止める。
ロジェは、なんの迷いもない目で、
「兄さん。俺、決めたんだ。アニスと戦うって」
その言葉に、レニは一瞬、言葉を失い――
「――なっ……馬鹿か!? そんなこと……」
できるわけがない。
しかしロジェは、まっすぐレニを見据え、
「もう、帰る場所なんてない。だったら新しい世界で、自分の生きる意味を見つけたい。だから兄さんだって、ここにいるんじゃないのか?」
「…………」
その言葉に、レニは目を伏せ、
「……わからない。私は、なぜここにいるのか……なんのために生きているのか……それすらわからない……」
肩を落とし、生気の抜けた声で答える。
「……兄さん、やっぱり俺達と一緒に行こう。きっとここで会えたことにも、何か意味があるはずだ。それを探そう」
「…………」
無言だったが、それでも、小さくうなずく。
「――なあ。さっきから気になってたんだが……この壁の落書き、なんて書いてあるんだ?」
重苦しい空気を破るように、キュカが話題を変える。
レニは顔を上げ、でかでかと書かれた文字に目をやり、
「『くたばれマナの女神』と書いてある。……どういうことか、わかるか?」
答えられる者は、いなかった。
◆ ◆ ◆
「…………」
体を起こし、あたりを見回すと、他の者はよほど疲れているのか ぐっすり眠っている。
見張り役を買って出たはずのキュカも、たき火の前に座ったまま、居眠りをしているようだ。
――よく眠れるものだ。
思わずため息をつく。
宿を取るにも、夕べの一件のこともあり、結局、町の外で野宿となったが、どうにも眠れない。
音を立てないよう、たき火の明かりが見えるか見えないかギリギリの所まで離れると――自分の着ている服を見下ろす。
前の服を売り払い、新しく暗い色のローブを購入したが、なるほど確かに、生地は薄いし縫製は雑だし肌触りも悪いと、1ランクどころか5ランクくらい落ちた気がする。
再びため息をつくと、服の下から、紐で首から下げていた小さな指輪を引っ張り出す。
安物の、銀色の指輪だ。表面に文字が掘られているようだが、暗くてよく見えない。
「まったく……こんな縁起の悪いもの、どうして受け取ってしまったのやら……」
捨ててしまえばいい。
指輪はただの指輪に過ぎない。こんなものに価値などあるはずがない。
なのに、なぜ捨てられずに持っているのだろう?
――うれしい……! ありがとう!
なぜか、あの少女の最後の笑顔が、頭に焼き付いて離れない。
恨み言のひとつやふたつ、言っても良さそうなものだというのに、なぜか最後まで笑っていた。
そもそも、あの少女とは偶然同じ場所に居合わせ、少し話をした程度の仲でしかない。死のうが生きようが、知ったことか。
なのに、なぜか――
そう。なぜか、自分は強い憤りを感じた。
これまで、怒ったことがないわけではない。しかし、それとは違うような気がした。
なぜか、釈然としない。
「――なにをしている?」
背後からの突然の問いかけに、とっさに、指輪を服の下に隠し、振り返る。
自分がいないことに気づいたのか、キュカが険しい表情で仁王立ちしていた。
「一応言っておくが、まだ信用したわけじゃない。勝手にうろつくのはやめてもらおうか」
ラビが怯えて逃げ出しそうな剣幕だ。ヘタなことを言うと、殴りかかってくるかもしれない。
「――星……」
「あん?」
キュカに背を向け、空を振り仰ぐ。
「……星を、見ていた」
「星?」
つられて、キュカも空を見上げる。
来たばかりの時はあいにくの天気だったが、今宵は邪魔な雲も月もなく、無数の星が小さく輝いていた。
「星……か。そういや、ここんとこ戦ってばっかで、満足に星も見てなかったな……」
気を緩め、ため息混じりにつぶやく。
「……空だけは、どこで見ようと変わらないな。当然のようにそこにあって……当然のように、こちらを見下ろしている」
「……そういえば、ロジェのヤツも、時々星を見ていたな」
「ロジェが?」
意外な言葉に振り返ると、キュカは空を見上げたまま、
「理由は知らねぇが、よく一人で、寂しそうに見上げてたよ。……ま、今ならなんとなくわかるけどな」
「…………」
――ロジェが、寂しそうに?
なぜ?
周りにこれだけ人がいて、寂しい?
「俺には兄弟がいねぇからよくわからんが……なんだかんだ言っても、家族が心配なんだろ」
「……家族、か」
本当なら、もう二度と会うはずがなかった。
五年前に、もう無くしたはずだった。
しかし、ロジェは違う。
友人がいて、仲間がいて、恋人がいた。
ただ一人、レニという過去の存在だけは消し去って――
「そういやお前、ミラージュパレスの外に出たことないのか?」
急に話題を変えられ、一瞬、思考が停止するが、慌てて、
「あ、ああ……昔からの決まりでな」
「それにしたって、なにもあんな陰気な場所で、貴重な青春無駄に過ごすこたぁねーだろ。第一、どうすんだ? たとえば結婚とか」
「……見合いだ。と言っても、裏では決まってるも同然だが」
「…………」
「……なんだその目は?」
「……今、お前に初めて同情したよ……」
心底哀れむような目で、こちらを見てくる。
「余計なお世話だ。それに、もうそんな縛りはない」
――そう。縛りはない。
故郷を滅亡させ、すべてを失った。主教としての立場も、その縛りも、もう、ない。
代わりに得たものといえば――
自分の服を見下ろし、自嘲気味な笑みを浮かべ、
「まったく……これまで、宮殿の外へ出たことのなかった私が、今ではすべてを失って、こんな粗末な服を着て、ラビのエサみたいな質素な食事をして、あげくに野宿とはな。めでたく私も貧乏人の仲間入りか……」
「おいコラ……」
キュカのこめかみに、なぜか青スジが浮かぶ。
「……何か気に障(さわ)ることでも言ったか?」
「ああ……かなり……」
殺気立った様子で、パキポキと手の関節を鳴らしている。
「そうか……正直な感想を述べたつもりだったんだが……」
「…………」
キュカは、何かもの言いたげな顔をしたが――代わりに、深いため息をつき、
「俺にしてみりゃ、命があっただけ、まだマシだと思うがな」
「マシ、か」
本当にそうだろうか。
自分の命に、一体、どれだけの価値があるのだろう。
むしろ――自分などより、あの少女が助かったほうが、ずっと良かったのではないか?
こちらの気持ちを知ってか知らずか、
「死んじまったらそれまでだが、生きてさえいりゃあ、どうとでもなるもんだ。それに、お前には、色々と償(つぐな)ってもらう」
「償い……だと?」
振り返ると、キュカは腕組みをしてこちらをにらみつけ、
「そうだ。お前のせいで、世界中めちゃくちゃだ。俺の故郷だって、族長が殺されて、親友達がひどい目に遭った。ロジェの兄貴でなかったら、今、この場で叩き斬ってやりてぇところだ」
彼は本気だろう。実際に、自分が手を下したわけではないとはいえ、裏で糸を引いていたのだ。怒りが向けられたところで文句は言えない。
しかし、キュカの言葉を鼻で笑い飛ばし、
「ふざけるな。ロジェがどう思っているのかは知らないが、私は、私のしたことに後悔はしていない。お前達の邪魔さえなければ、今ごろ世界はアニスの楽園になっていたかもな」
「……てめぇ……」
一触即発の不穏な空気が流れ、互いににらみ合うが――ほどなくして、キュカは肩をすくめ、
「――あーあ、やめたやめた。お前みたいなひねくれもん、ぶん殴ったって手が痛くなるだけだ」
「フン」
互いに背を向ける。
そもそも、なぜこんなヤツとこんな話をしているのだ?
途端に、馬鹿馬鹿しくなってきた。
「――もういい。寝る」
「あん?」
「今度は居眠りしないよう、しっかり見張れ」
「……ホント、自分の立場わかってないなお前……」
あきらめにも似たうめきを背中に受けながら、もう一度、空を見上げる。
小さなきらめきが暗い空を照らす中――
星がひとつ、流れた。