「お疲れさま」
とっぷりと日が沈み、泊めてもらっている家からラビと共に抜け出すと、ルナが出迎えた。
月読みの鏡を手に村の外まで行くと、ようやく足を止め、空を見上げる。
今日は雲が少なく、三日月や無数の星がはっきりとよく見えた。
ルナに続き、ウンディーネも姿を現し、
「今日もやるんか? ……ここんとこ具合が悪いみたいやけど、今日くらい休んだほうがよぉないか?」
「余計なお世話だ」
にらみつけるが、ルナも、
「……夜風が冷たいわ。そんな格好じゃ寒いんじゃないの?」
「…………」
冷たい風が吹き、足下のラビが寒さに震える。昼間は暑いくらいだったのだが、思っていたよりも、この辺りは寒暖の差が激しいらしい。
マントの前を手で閉じるものの、元々、日差しと砂避けのために購入した安物のマントだ。これ一枚を羽織った程度では、確かに肌寒い。
ただでさえ、この所休んでも疲労が抜けず、食事もほとんど食べていない。休んだほうがいいと自分でも思うが――
「……かまわん。出来る時にやっておくぞ」
「ヤレヤレ……」
ウンディーネは肩をすくめ、ため息をつく。
「それにしても、夜中にこんなコソコソ抜け出しとるのがユリエルにバレたら、また罰掃除やで?」
「問題ない。すでに手は打ってある」
「手?」
それには答えず、月読みの鏡を地面に置く。
「――こんばんは」
ウンディーネが水を注ぎ、ルナが水面を照らすと、いつものようにミエインの幻影が現れる。
「ジャドまで来たようですね」
「お前……身動きが取れないわりには、こちらの行動をずいぶんと把握しているようだな?」
本当に、封じられているのだろうか?
身動きが取れずとも世界の状況を読み取れるなら、本当に動く必要などないのでは……
「魔法を極めれば、自ら動かずとも世界の隅から隅まで見渡せる――でも、それだけ」
ミエインは軽く肩をすくめると、自嘲気味に、
「いつの時代も、世界を動かし奇跡を起こすのは、自分の足で歩き、自分の目で見て、自分の心で世界を感じることが出来る者ですよ」
「…………」
彼女は、まるで自分の役目をわかっているかのようだった。
――役目……
「私の役目とは……なんだ?」
「ん? なんやて?」
「…………」
独り言が聞こえたのか、ウンディーネが首を傾げるが、それには答えず村の方角に振り返る。
「何しに来たんだ?」
「――ちょっと。人にもの頼んどいてそれはないでしょ? 言われた通り、全員ぐっすりおねんねさせといたわよ」
エリスは腰に手をあて、こちらをにらみつける。
「なんや。手ぇ打ったって、このことかいな」
「まあな」
いくら眠っているとはいえ、いつ、誰が目を覚まして気づかれるかわかったものではない。
仕方がないので、エリスにスリープフラワーで確実に眠らせてもらったのだが……
「こいつに頼んだのは、やはり失敗だったか……」
つぶやきが聞こえたのか、エリスは満面の笑みを浮かべ、
「何よ。自分が出来ないからわたしに頼んだんでしょ? もうちょっと感謝しなさい。頭下げて敬意を払いなさい。『エリス様ありがとうございます』と言いなさい。むしろ言え」
「…………」
やはり失敗だった。
「……スリープフラワーを真っ先に習得したほうがよさそうだな」
「なんなら、教えてあげましょうか? ワンレッスン五百ルクで」
「断る」
容赦なく手のひらを差し出すエリスに、即座に断る。
エリスは手を引っ込めると、今度は呆れた顔で、
「にしてもあんた、疲れてるみたいだけど、ちょっとは休んだほうがいいんじゃないの?」
「余計なお世話だ」
しっしっ、と、手を振って帰るように促すが、エリスは帰る気はないらしい。
ロジェ達を眠らせてくれたことには感謝するが、何もここまで出しゃばる必要はないのだが……
エリスは口をとがらせ、
「そんな言い方ないでしょ。ここんとこ、ロクに眠ってないみたいじゃない。疲れてるくせに休もうともしないし。……なんか、疲れるために無理してるみたい」
「…………」
その言葉に、ぎくりとする。
たしかにロアを出てからここに来るまで、夜中に抜け出しては疲れ果てるまで魔法の訓練をしている。
それなのに、眠ってもすぐに目が覚める。
自分でも、体の不調を感じてはいるが――
「……いいんだ。そのほうが、余計な夢を見なくて済む」
「え?」
風の音でよく聞こえなかったのか、彼女は首を傾げるが、答えないままミエインに目をやる。
ミエインは、相変わらず目を伏せたまま、
「ところで、町まで行くのですか?」
「明日、ジャドの町まで行くらしいが……それがどうかしたか?」
彼女は、少し不安げに眉をひそめ、
「気をつけたほうがいい。何か、邪悪な気配がします」
「……なんだそれは?」
ミエインは無言のまま、今日はそれだけで姿を消した。
朝になり、皆から隠れるよう外に出ると、懐から幻想の鏡を取り出す。
「ひどい顔だな……」
鏡に映った自分の顔に、深いため息をつく。
数日前から熱っぽいと思ってはいたが、今朝になってますます体は熱くなり、そのくせ、寒気がする。
この所、食事もほとんど食べていないので、げっそり痩せた気がする。体もだるく、頭もぼんやりして、冴えない。
「キュゥ……」
「…………」
こちらとは対照的に、丸々と肥えたラビが心配そうに見上げてくる。食事を丸ごと残すと不審がられるので、こっそりラビに食べさせていたのだが――さすがに食べさせすぎたようだ。
「――兄さん、こんな所にいたのか?」
「―――!」
とっさにフードをかぶり、振り返る。
ロジェはいつも通りに、
「そろそろ出発するから、準備が出来たら船まで来てくれよ?」
「……あ、ああ」
こちらがひとつうなずくと、ロジェはすぐに立ち去る。
「…………」
こちらを特に気にしていないことに安堵するが、同時に、なんとなく複雑な気分だった。
自分でも、仕方のないことだとわかってはいるが――
「キィッ!」
「…………?」
ラビの視線の先に目をやると、今度は昨日の姉弟がやって来た。
村人の治療が終わった後、旅人が珍しいのか色々聞かれたが(もっとも、一番しゃべっていたのはテケリとエリスだったが)、話足りなかったのだろうか?
「……何か用か?」
懐に鏡をしまいながら聞くと、姉弟は一度顔を見合わせ、
「ねぇ。ジャドの町まで行くんでしょ? またこっちに戻ってくるの?」
コートニーの問いに、今日の予定を思い出しながら、
「……さあ、な。もしかすると、戻るかもしれんが……」
正直、しゃべるのも辛い。話があるのなら手短に済ませて欲しいのだが――その願いが通じたのかどうかは知らないが、二人は再び顔を見合わせ、
「わかった。じゃ、またね」
それだけ言うと、二人そろって走り去る。
「…………?」
結局、なんだったのだろうか。
「――あにょう」
「!?」
背後から声をかけられ、驚いて振り返ると、ニキータが心配そうな顔で立っていた。
「にゃんでしたら、ここに残りますかにゃ? 後のことはロジェさん達にまかせて、レニさんは少しゆっくりしたほうがいいんじゃ……」
「……なぜだ?」
「いや、なぜって……」
ニキータは困った顔で耳を垂らしたが、それを横切り、足早に船へと向かった。
「ホントに水がいっぱいであります」
町に入るなり、テケリは目を丸くして辺りを見渡す。
周囲が荒れた大地であるにもかかわらず、ジャドの町は緑が生い茂り、用水路まで整備されている。広場には豊かさを象徴するかのごとく、女神像が飾られた大きな噴水まであった。さっきまでいたメノス村と比べると、雲泥の差だ。
「ここが将来、ナバールみたいな砂漠になるってのか?」
「きっと、この後、何かがあるんだろうな……」
キュカとロジェの話を聞きながら、辺りを見渡す。
建物が石造りというのはメノス村と同じだが、こちらはなんとも立派な構えの家々が立ち並んでいた。
広場の噴水では子供達が無邪気に水遊びをしており、さらにその向こうに目をやると、大きな建物の屋根が見える。
船からも見えたが、この町で一番大きな建物だ。ウェンデルより規模は小さいようだが、あれがこの町の教会らしい。
たしか、儀式は正午から行われると言っていたが、それまでまだ時間がある。
しばらく、適当に町の中を見て回り――
「うきょ! いいにおいがするであります!」
テケリがそんなことを言い出したのは、ちょうど食べ物の屋台が並んでいる通りにさしかかった頃だった。
特に活気づいているらしく、昼前にもかかわらず多くの人々が行き交い、屋台では売り子や料理人が慌ただしく働いていた。
エリスも足を止め、
「儀式までまだ時間あるんでしょ? なんか食べて行きましょうよ」
ユリエルも少し考えてから、
「そうですね……少し早いですが、ここで昼食にしましょう」
特に異論もなく、各自、適当な屋台を見て回るが――今の自分にとって、この周辺に漂うにおいと熱気は過酷なものだった。
気づかれないよう少し引き返し、人気のない薄暗い路地へと入り込むと、
「うっ……」
吐き気に、思わず壁に寄りかかる。
胃の中はカラのはずなのに、吐き気だけはしっかりする。どうやら、体調不良もピークのようだ。
「――大丈夫?」
「無理せんと、素直に休めばええやろ」
精霊達が姿を現すが、それをにらみつけ、
「……余計なお世話だ。第一、そんなヒマはないだろう」
「キュゥ……」
ついてきたラビが心配そうに見上げてくるが、無視して近くの木箱に腰を下ろし、壁にもたれかかる。すっかり熱くなった体に、ひんやりとした石の冷たさがありがたかった。
吐き気が治まってきたあたりで、ウンディーネに目をやり、
「……ウンディーネ、どう思う?」
「……何がや?」
「この町だ」
一見、豊かな町に見えるが、どうにも違和感を感じる。
「船から見た時、この町の周辺はすっかり荒れ果てて砂になっていた。ここもメノス村と同じようになっていてもおかしくないはずだ。なのに、こんなに水があって、好き勝手に使って……大丈夫なのか?」
ロジェ達も話していたが、この辺りは自分達の時代では砂漠だ。
ナバールの歴史では、飲み水をめぐって部族同士での戦いも起こっていると聞いたことがある。しかし、この町の状況では、到底水で戦いが起こるようには思えない。
ウンディーネは、しばし瞑目していたが、
「……時間の問題、やな」
「?」
「もうじき、水は尽きる」
キッパリと断言する。
「水っちゅーのは、木々が雨水を蓄えて、それが川とかに流れ出すんや。この辺りには、水を蓄える木々もなければ、木々が根付く大地もあらへん」
ウンディーネは険しい顔だったが、同時に呆れているようでもあった。
「たしかにこの町は緑豊かやけど、この町全部の人間をうるおすのは、どう考えても無理や」
「……この町の連中は、気づかないのか?」
いくら教団にそそのかされているとはいえ、周辺がこれだけ荒れているのだ。気づく者がいてもおかしくはないと思うのだが……
ウンディーネも、腕組みをして首をひねり、
「さすがにそれはわからん。せやけど、この荒れっぷり……ホンマは、みんな薄々感じとるのかもな?」
「だったら、なぜ――」
「一度豊かさを手に入れると、それを手放すことを拒む」
顔を上げると、ルナはこちらの頭上を漂いながら、
「手に入れた豊かさに慣れると、今度はさらなる高みを望む。一度そうなってしまうと、もう、何も見えなくなる」
「さらなる高み……」
それはなんだろう。
立派な住まいか? 豪華な食事か?
かつての自分には、それがあったと思う。
なのに、豊かだとは思わなかった。
むしろ――
「自分がなにかを求めることで、誰かが傷ついていても、それに気づかない。気づくのは失ってから……ううん。失わないと、気づかないのよ」
「…………」
否応なしにでも向き合わねばならない状況にならないと、見ようともしない。
その頃にはもう、すべて手遅れで――もう、帰ってこないというのに……
「――あにょう……」
突然声をかけられ、驚いて振り返ると、いつの間にかニキータが立っていた。
「またお前か……」
足音も立てずに現れたので、まるで気づかなかった。いや、単に影が薄いのか……
ニキータは心配そうに、
「オイラ、宿探してきますにゃ。だから少し休んだほうが……」
「余計なお世話だ」
「じゃ、じゃあ、せめてにゃにか食べたほうが」
「いらん」
冷たく突っぱねるが、ニキータは有無を言わさずこちらの額に手を当てる。
「おい――」
「――やっぱり! 熱があるじゃにゃいですか! この所、全然食べてにゃいし、ろくに休んでもいにゃいし! そりゃ、体も壊しますにゃ!」
文句を言うより先に、ニキータが早口にまくし立てる。
――気づいてた?
気づかれないようにしていたつもりだったのだが――まさか、ニキータに気づかれていようとは。どうりで、この所しつこく休むように言ってくるわけだ。
「具合が悪いなら、ちゃんと言わなきゃダメですにゃ。お医者さんにも診てもらったほうが……」
「これくらい、放っておいても治る」
「ダメですにゃ! この所ずっと見てましたけど、悪化する一方じゃにゃいですか!」
いつになく強い口調で言ってくる。普段控えめなだけに、こんなニキータは初めてかもしれない。
「せめてロジェさんには言うかと思ってましたけど、それもにゃいし。オイラ、もう見てられませんにゃ」
「……ロジェのヤツも薄情やな。真っ先に気づくと思っとったんやけど」
ニキータの言葉に、ウンディーネもため息混じりにつぶやく。
「…………」
気づくわけがない。
もう――昔と同じようにはいかないのだから。
「とにかく、ロジェさん達を呼んできますにゃ。どこか宿を見つけて――」
「余計なことをするな!」
思わず怒鳴り――怒鳴ってから、めまいに頭を押さえる。
「大丈夫? 無理しちゃダメよ」
「…………」
ルナになだめられるが、かまわずニキータをにらみつけ、
「……もう少し……ここでの用事が済むまでは、余計なことをするな」
「そんにゃこと言っても……」
「うるさい。私がいいと言っている」
「…………」
ニキータは困った顔をするが、あきらめたらしい。渋々といった様子で、
「……わかりましたにゃ。でも、一段落したら、ちゃんとお医者さんに診てもらってくださいにゃ」
「……わかった」
立ち上がると、ちょうど捜しに来たロジェの声が聞こえた。
「まったく、そんなに掃除が好きなんですか?」
「…………」
勝手にいなくなったことで、ユリエルにまたしても罰掃除を命じられたが――もう、反論する気力もない。
フードを目深にかぶり、なんとか後をついていく。
「レニさん……?」
前に回り込んできたテケリが、下からこちらの顔をのぞき込もうとしてくるが、顔をそらし、歩調を速める。
自分が罰掃除を食らうと、自動的にキュカもとばっちりを食らうわけだが、キュカは文句を言うよりも、怪訝な顔で、
「なあ……なんかお前、ここんとこ――」
――ズシンッ!
『――――!?』
突然町が大きく揺れ、キュカの言葉は途中で遮られた。
揺れは一瞬で収まったものの、立っていられず膝をつき、驚いたラビが胸に飛び込んでくる。
「地震か?」
ジェレミアの言う通り、地震かと思ったが――何かおかしい。
「きゃっ!?」
エリスが短い悲鳴を上げ、周囲からも悲鳴が上がる。
ぱらぱらと、空から何かが降り注いできた。
ラビを抱きかかえたままうずくまり、固く目を閉じると、無数の小さな何かが背を叩く。
ほどなくして顔を上げると、砂ボコリに視界が曇り、あちこちに小石のようなものが散らばっていた。どうやら、降ってきたのはこれらの小石だったらしい。
ホコリに咳き込みつつも周囲を見渡し、すぐ横に頭の大きさくらいの石が転がっていることに気づき、背筋が寒くなる。こんなものが直撃したら、ただでは済まない。
「なんだこりゃ!? どこから飛んできたんだ?」
キュカが服のホコリをはたき落としながら、辺りを見渡す。
幸い、みんなたいしたケガをしていないようだが、通行人の中には石が直撃した者、潰れた屋台の下敷きになった者、壁が崩れている家まであり、さっきまで穏やかだった町に悲鳴が飛び交う。
「――おい、あれ! なんか煙が出てるぞ!」
ロジェが指さした先に目をやると、青い空に大きな黒煙が立ち上っているのが見えた。
黒煙の出所は、周辺の建物より頭一つ突き出た、立派な造りの建物からのようだ。
「うきょ!? 火事でありますか!?」
「あれは……教会じゃにゃいですかね?」
ニキータに言われるまでもなく、教会以外なにものでもない。この町に、教会より大きな建物などないのだから。
慌てて教会に向うが、その途中でもケガをしてうずくまる者や、崩れた建物の下敷きになって助けを求める声が聞こえる。無事だった者も、その手当や救助に必死になっていた。
「…………」
「兄さん、早く!」
「あ、ああ……」
なんとなく後ろめたい気分だったが、今は急がなくてはならない。
ほどなく教会の前に辿り着くと、ここも混乱しているらしく、開いた門の向こうから、関係者達が我先にと逃げ出している。よく見ると、全身が黒く焦げた者もいた。
その人波が少しまばらになるのを見計らい、教会の敷地内へと駆け込む。皆、逃げることに必死なのか、止める者もいない。
煙が出ていたのは中央の、もうじき儀式が行われるはずの祭儀場からだった。風に吹かれて、ここまで焦げた臭いが漂っている。
庭を抜け祭儀場に駆け込むと、ここもウェンデル同様、屋外の祭儀場なのかと一瞬思ったが――
「なんだこりゃ? 真っ黒じゃねぇか」
「これは……さっき降ってきたのは、ここの天井だったようですね」
キュカが目を丸くし、ユリエルも天井を見上げる。
壁や床はススで真っ黒になっており、奥ではまだ、煙が漂っている。
今でも周囲はすさまじい熱に包まれ、立っているだけだというのに汗が噴き出し、靴越しに足の裏が焼けそうだ。今、ラビを床に下ろせば、余熱で焼けてしまうかもしれない。
そしてユリエルの言うとおり、元々は天井があったようだ。もっとも、天井はきれいさっぱり消えてなくなり、青い空が見えていたが。
「火事っていうより、爆発か? 天井が全部吹っ飛ぶなんて普通じゃないぞ」
ロジェの言うとおり、爆発だったらさっきの揺れや石が降ってきたことの説明もつくが、これだけの爆発を起こそうとしたら、一体どれだけのエネルギーが必要になるか……
ふと視線を落とすと、建物の残骸と共に、炭のように真っ黒な、奇妙な形のものが転がっていることに気づく。
煙が徐々に晴れ、それらは一つ、二つと姿を現す。
「な、なによコレ!?」
「…………!」
エリスが顔を青ざめさせ、自分も息を呑む。
それが元々は人だったものだと気づくのに、少し時間がかかった。
もう、性別も年齢も見分けがつかない。ただ、人の形をした炭のようなものとしか表現できないものがあちこちに転がる光景に、全員、言葉をなくす。どう考えても、普通ではない。
時間からして、儀式の準備をしていた関係者なのだろうが、もしこれが儀式の真っ最中だとしたら――犠牲者は、これだけでは済まなかったはずだ。それが不幸中の幸いと言っていいのかどうかはわからなかったが。
「おい! あれを見ろ!」
ジェレミアが指さした先に目をやると、ようやく煙が晴れ、黒く焦げた祭壇が姿を現す。
そしてその上に、火の粉を振りまく巨大な石があった。
ロジェも目を見開き、
「マナストーン!? もう、解放されているのか!?」
「……ちがう……」
ぽつりとつぶやく。
自分でも、なぜそう思うのかはわからない。
わからないが――まるで、マナストーンが怒り狂っているような、そんな気がした。
少なくとも、ちゃんと手順を踏んで解放されたわけではなさそうだ。暴走しているらしく、この惨事の原因は容易に想像出来た。
「――あれ? あの人……」
エリスの声に振り返り、その視線の先に目をやる。人気のない祭儀場の片隅に、ひどく冷静に、祭壇を見つめる男がいた。
どこかで会った気がする。
「ありゃあ、まさか……」
エリスに続いてキュカも駆け出し、その後を追いかける。
「――やっぱり! マハルさん、こんな所で何やってるのよ!?」
「……奇遇だな」
向こうも気づいていたのか、エリスに呼び止められても、特に驚いた様子はない。
男は間違いなく、以前出会ったレジスタンス、マハルだった。どうやら一人らしく、他には誰もいない。
キュカは彼に詰め寄り、
「まさか、てめぇの仕業か!?」
「違う。教会の近くをうろついていたら突然爆発が起こって、来てみたらこれだ」
「それでは、これとは無関係ということですか?」
ユリエルの言葉にひとつうなずく。確かに、彼がマナストーンを操る術を持っているとは思えない。
「では、なぜここに?」
こちらの問いに、マハルは少し考え、
「……ついてきな」
そう言うと、祭儀場横の崩れた壁から、すっかり人気のなくなった教会の中へと入った。