12話 堕ちた騎士道 - 2/3

「ほう。つまり、戦わずして全面降伏すると。そういうことか?」
「そ、そうでございます! この船も好きにしてくださって結構ですから、ここはその……ねぇ?」
「モリエール! 何を言っておるか! 相手は敵じゃぞ!」
 一応中佐としての意地か、モリエールが震えながら必死に相手していたが、敵の大将――四天王、ゲシュタールと名乗った男は、ご丁寧に用意されたイスに足を組んで座るという余裕っぷりだった。
「あいつら、何しにここまで来たんだよ……」
 何しに来た。もちろんタスマニカに対してだ。
 目には目を、ということだろうか。帝国はサンドシップとまったく同じような船を作り、岩山で待ち伏せをしていたようだ。
 被弾により帆柱が一本折れ、甲板の一部も破損し、死傷者も出た。リアルな死の恐怖に兵達は戦闘配備につくどころか、怯え、慌てふためいた。砂漠の上でなければ、武器を捨てて我先にと逃げただろう。
 メレリア提督も必死に説得したが、経験の浅い新兵ではなにをどうすればいいのかわからず、それどころかメレリアやモリエールに反発するありさまだ。結局船は白旗を揚げて停船し、船と船の間に渡し板が架けられ、敵大将の乗船を許してしまった。
 ゲシュタールは笑いながら、
「そうか。我々相手に、はなから戦うつもりもなくここにいた、と、そういうことか」
「そ、そうでございます! 第一、我々が帝国様に勝てるはずがないじゃあないですか!」
「ははは。そうか。勝てるはずがないか」
「そうそう! はははははは!」
「はははははは」
「あははははははは!」
 両者、ひとしきり笑い合い――
「――ふざけるな! それでは貴様、何しにここへ来た!」
「ひぃ!?」
 一変、立ち上がると同時にイスを勢いよく蹴り飛ばされ、モリエールがすくみ上がる。
「お前、ガキのくせにこの船の中佐だそうだな? 年はいくつだ?」
「じゅっ、じゅうよん、です……」
「そうか。まだガキだな」
「そっ、そうなんです! まだまだ未熟なガキなんです! だからまだ、こういうのがよくわからなくって……ははは!」
「――だからどうした!」
「ひっ!?」
 今度は一緒に笑ってはくれなかった。ゲシュタールは『ガキ』相手に怒りを隠そうともせず、
「老いも若いも、高貴も下賤も関係あるか! 中佐を名乗るからにはそれ相応の振る舞いをしろ! それすら出来ないボンクラが、肩書きだけもらっていい気になるな!」
「ごっ、ごもっともです! スミマセンスミマセン!」
 いちいち当たり前のことを言われ、モリエールがペコペコ頭を下げる。
「敵にセッキョーされてらー……」
「ここまで来ると、敵が気の毒……」
 ポポイですら目を点にする。
 目の前で繰り広げられる茶番劇に、労働者達はおろか、味方であるはずのタスマニカ兵の間にすらしらけた空気が漂っていた。
 武器を取り上げられたタスマニカ兵は一カ所に集められ、その周囲を数人の帝国兵に取り囲まれていた。非戦闘員である自分達労働者も同じような状況だ。
 数の上ではタスマニカ兵のほうが多いように見えるが、帝国の船には大勢の兵士が待機している。命令があれば、すぐになだれ込んでくるだろう。
 こうしている間にも、隠れていたタスマニカ兵や労働者が一人、また一人と連行されてくるが、プリムの姿は見当たらない。
「プリム……大丈夫かな」
 まさかこんなタイミングで。
 どこか人目につかない場所に隠れているならいいのだが、男だらけの状況で、若い女が一人。嫌な想像をしてしまい、頭を振る。
「――くだらん。タスマニカにはがっかりだ」
 説教が一段落したのか、ゲシュタールは正座して縮こまっているモリエールを一瞥すると、
「こいつら全員、砂漠に放り出してやれ。獣達の栄養になるくらいの役には立つだろう」
「ええっ!? そんな!」
「――ま、待て!」
 穏やかじゃない言葉に、さすがに焦ったらしい。メレリアは、制止する兵士の手を振り払い、
「ワシはタスマニカ騎士団のメレリアじゃ! この船の提督でもある! 船とワシの命をくれてやる! せめて船員達の命は見逃せ!」
「じいちゃん!?」
 『メレリア』の名に、ゲシュタールは腕組みしたまま、
「ほう? 貴様がメレリアか」
「そうじゃ! ワシの首をくれてやる! それを手柄に、この場は引き揚げろ!」
 ゲシュタールは笑みを浮かべ――その笑みが、すっと消えた。
「うぬぼれるな。老いぼれ」
 怒りというより、むしろ哀れむように、
「見ろ。この船のありさまを。……この船ひとつ、まともに動かせぬ今のお前の命が、私の手柄になるほどの価値があるとでも思っているのか? 取引を求めるなら、それに見合ったものを用意しろ。老いぼれ」
「…………」
 今、提督がどんな顔をしているのかは見えなかったが、反論の言葉が出てくる気配はない。
 ゲシュタールは、腰の剣に手をかけると、
「よぅくわかった。タスマニカとは、こんな砂漠にわざわざ『遊覧船』を作って遊んでいるようなふざけた国。そんな国なら、我らが皇帝陛下に支配されたほうが世のため人のためだろう。……後のことは我々に任せ、消えろ。老いぼれ」
「待ってくれ! 頼む! じいちゃんは……じいちゃんを殺さないでくれ! じいちゃんだけは、どんな時もオレの味方だったんだ!」
「モリエール! よさんか!」
 プライドもへったくれもない。モリエールはゲシュタールに向かって必死に土下座して命乞いするが、もはや彼にとって不快でしかなかったらしい。汚物を見るような目で、
「安い茶番劇だ。それで同情でも誘っているつもりか? くだらん」
 モリエールは額を床にこすりつけたまま、ぷるぷる震えている。
「――うん? それは……」
「あ……」
 思わず身を乗り出す。
 モリエールの腰のベルトに、金色のメダリオンがぶら下がっているのが見えた。
「見せろ」
「……はぃ……」
 ゲシュタールは震えるモリエールからメダリオンを取り上げると、しげしげと眺め――
「こんなふざけた紋章を、なぜお前のようなガキが持っている?」
「へ?」
「なぜお前が持っていると聞いている」
「え? いや、あの……」
 さすがに『奪い取った』とは言えないのか、挙動不審に体を揺らす。
「おい。なんかヤバくないか?」
「うん」
 ポポイの視線に深くうなずき――
「もうしばらく様子を見よう」
「そうだな」
 見捨てることにした。
「どういうことじゃモリエール!」
 メレリアまでもが血相を変え、
「あの紋章は、聖剣の勇者だけが持つことを許されたものじゃぞ! なぜお前が……いや、誰が・・持っていたんじゃ!?」
「誰って……」

 ――ヤバ。

 モリエールが振り返ろうとしたので、とっさに、大柄なおっさんの後ろにしゃがんで隠れる。
「アンちゃん?」
「シッ」
 口に人差し指を立ててポポイを黙らせる。
 今見つかって、いいことなんて何一つない。こっちは丸腰。こんな大勢いるところでポポイの魔法はリスクが大きすぎる。ここはモリエールに、尊い犠牲になってもらうしかない。
 そう決めた次の瞬間、閉まっていた扉が内側から勢いよく開き、誰かが飛び出してきた。
 よりにもよって、ゲシュタールの真ん前を勢いよく横切って現れたのは――
「――プリム!?」
「あ! ランディ!」
 無事だった――のはいいとして。自分の口を手でふさいだ時にはもう遅い。
 彼女は剣を掲げると、
「『聖剣』持ってきたわよーーーーーーー!」
「ぅああああああああああああああああああああああ!?」
 今、一番言っちゃいけないことをでかい声で叫ばれ、思わず頭を抱えて絶叫した。