「……オレの家は、タスマニカでも屈指の名門を誇る騎士の家だ。そのせいか、物心ついた頃から、両親の期待とプレッシャーは相当のものだった」
  ひとまずすぐ近くの食堂に移動し、テーブルに着くと、モリエールが語り出す。
 「だが、何をやらせてもうまく出来ないオレに両親は愛想を尽かし、出来のいい弟ばかりかわいがるようになった。だが、じいちゃんだけはオレをかわいがり、味方してくれた。オレをサンドシップに連れてきたのも、自信をなくしたオレを勇気づけるためだ。それなのにオレは……そんな気持ちも知らず好き勝手やって、その結果がこのざまだ」
 「そっか……辛かったね」
  ぽん、と、モリエールの肩を叩くと、
 「で、僕達が働いた分のお給料の話聞いてないけど、それはどうなってるのかな?」
 「悪魔かお前は!?」
 「労働者を奴隷か囚人扱いして給料ピンハネしたり恩着せてタダ働きさせたりする悪魔の話知ってるけど、聞く?」
 「うっ!?」
  一応自覚があったのか、言葉に詰まる。
  プリムも哀れむような顔で、
 「ホントかわいそう。謝るとかお礼言うとかされるべきなのに、それすらなしにいきなりどうでもいい身の上話聞かされた私達、ホントかわいそう」
 「なんだと!? ずっと思ってたがお前生意気だぞ! 人の苦労も知らないで!」
 「なによやる気!?」
 「――もういい! もうよさんかみっともない!」
  これまで黙っていたメレリアが立ち上がり、大声で怒鳴る。
  そしてこちらに向き直り、テーブルに手をついて頭を下げると、
 「誠に、申し訳ありませんでした! 孫に好き放題させたのも、船がこうなったのも、すべての責任は私にあります! あげくに、勇者殿が乗っていたことも知らず……面目次第もございません!」
 「じいちゃん?」
 「モリエール! お前も謝らんか!」
 「いや、だって、まさか勇者だなんて思わないし、第一言わなかったほうが――」
 「言い訳するな! 見苦しい!」
 「ひぃっ!? ごめんなさい!」
 「ワシにではない!」
 「スミマセン! 申し訳ありませんでしたー!」
  メレリアの一喝にすくみ上がり、慌てて頭を下げる。
 「今回の一件で目が覚めた! お前に『中佐』などもったいない! 一番の下っ端として、一からたたき直してやる!」
 「ええ!? じいちゃん!?」
 「あ、あの、提督……」
  ひとまず間に割って入ると、
 「本人もそんなつもりなかったみたいだし……それに、僕はたいしたものだと思いますよ」
 「え?」
 「あんなおっかない人相手に交渉しようだなんて。普通、怖くて声も出ないのに、すごく勇気のいることじゃないですか。僕は彼に騎士の魂を見た気がします」
 「お、おまえ……」
 「勇者殿……」
  涙目のモリエールとメレリアにほほえむと、この数日間でびっしり書き込んだ手帳を広げ、
 「――というわけでその立派な仕事ぶり。この船で見聞きした内容すべてを責任もってジェマに知らせますね」
 「まま、待て! ジェマ殿!? いや、ちょっとお待ちを!」
 「キサマ! 告げ口か!?」
 「あら。『立派な仕事ぶり』を知らせてなにがまずいの? タスマニカのエリート騎士様ともあろうお方が」
  プリムの嫌味に、モリエールの顔面にびっしり脂汗が浮び上がる。
 「なー。オイラたち、これからどーすんだ?」
 「とりあえずこの船から降りよっか。それからジェマにもきちんと伝えなきゃね」
 「まあまあまあまあ! そう焦らずとも、ここはもう少しゆっくりなさって行かれては!」
 「もう十分堪能しました。今のこの船の状態では送ってもらうどころではなさそうなので、そろそろおいとまします。この船のこと、ジェマにはしっかり伝えておきますね」
 「頼むぅぅぅぅぅぅぅぅ! 本国に知られたらまずい! オレの今後に影響する!」
 「ははは、『立派な騎士道』を貫いただけじゃないですかー。あの見事な土下座、格が違いすぎて僕のような凡人には理解が追いつきません。ぜひとも知らしめないとー」
 「ひょっとして殺そうとしたの怒ってる!?」
 「あ、やっぱホントに自分だけ助かる方向で考えてたんだ? ジェマに報告――」
 「ちちち、ちがう! 誤解だ! そんなこと決してぜんぜんまったく考えてないぞ!」
 「な、なにか欲しいものは!? ワシに出来る限りのものなら、ご用意しますぞ!」
 「欲しいもの……」
  メレリアの言葉に、少し考える。
  改めて考えてみると、欲しいものなんてあるだろうか。
  ここで働いた分の給料は当然いただくが、それをプラスしても、資金に関しては今ある分でしばらくは大丈夫だ。逆に言うと、金さえあればだいたいのものは事足りる。
  今の自分達ではどうにも出来ないもの。なくて困っているもの。
 「特にないですね。じゃあジェマに報告――」
 「いやいやいや! なにかある! きっとある! 絶対ある! あきらめるな!」
 「じゃあ、船を」
――ここはドーンと、この船そのものをいただいちまう、ってのはどうだ?
 セルゲイの吐いた冗談が脳裏をよぎる。
  さすがにこの船をいただくわけにはいかないが、
 「帝国まで行きたいんですけど、船がなくて困ってるんです。帝国まで行ける船、貸してもらえませんか?」
  漁師はもちろん、民間の船でも航海不可。しかしジェマは、帝国に行くと言った。
  つまり、タスマニカの軍艦のような大型エンジンを積んだ船なら、荒れた海でも航海出来るはずだ。
  しかしメレリアは、一瞬、難しい顔で、
 「それは……いや、しかし、帝国へ行ける船となると……」
 「すみません、無茶言って。忘れてください。それじゃあジェマに報告――」
 「なんとかします! なんとか用意しましょう!」
 「え、ほんとですか?」
  なんでも言ってみるものだ。もしくは、よっぽどジェマが怖いのか。
 「それじゃーよー。その船、俺も乗ってやるよ」
 「え?」
  少し離れた席で、イスの背もたれを前に座っていたセルゲイが手を挙げる。
 「なに言ってんだ。船ってのは動かす人間が必要だろーが。操舵士とか航海士とか。危険な海ならなおさらだ」
 「あ、じゃあ、この船の船員、丸ごともらいましょうよ。お給料は全額提督持ちで」
 「は?」
  プリムの言葉に提督は目を点にするが、反論するより先に、
 「――賛成! 俺も行くぜ!」
 「オレもだ! モリエールにゃ付き合い切れねぇ!」
  聞き耳を立てていたのか、わらわらと、労働者達が食堂に押しかけ、この場の勢いに任せて次々と声を上げる。
  どのみち船は爆発で壊れ、しばらくは本国からの救援待ちだ。その間、たいした仕事はないだろう。
 「提督」
  ひとまず、提督に目をやり、
 「いいですよね?」
 「へ?」
 「――中佐さんよ。これからの給料もそうだが、俺達のこれまでカットした給料や残業代も、もちろん全額払ってくれるんだよな? ボーナス込みで」
 「え?」
  おっさん達にすごまれ、モリエールがすくみ上がる。そういえば、船の全権は彼が持っているのだった。
  モリエールはびくつきながら周囲を見渡し、
 「カ……カール……」
  その視線が、机の上で毛繕いしていたカールに留まる。
  何かを期待するようなモリエールの熱視線。その視線を一身に浴びたカールは、
 「――フン」
  鼻を鳴らし、トコトコとこちらに寄ってきた。
  猫にまで、見捨てられた。
  モリエールはがっくりとうなだれ――
 「な……情けない……」
  しかしそれ以上に、メレリア提督はうなだれていた。
* * *
「――よーし、それではしょくん! これより、この船の船長であるポポイ様に『チューセー』をちかい、しっかり働くよーに!」
 『ふざけんな!』
  一斉のブーイングの嵐に押され、ポポイは立っていたタルの上から落ちた。
  数日後、サルタン港に用意されたのは、サンドシップほどではないが周囲の旅客船より一回り大きめの帆船だった。三本の柱に立派な帆がいくつも張られている。
  ここまで大きな船でなくともよかったのだが、帝国までの荒波に耐えられる大型エンジンを積んだ船となると、どうしてもこれくらいの大きさになるらしい。現役の軍艦らしいが、民間の船に見えるよう、外装もカモフラージュ済みだ。
  メレリア提督という人物、これほどの船をわずか数日で用意出来る人だというのに、なんだって孫があれなのか。職務能力の高さと子育て能力は別ということだろうか。
 「ねー。船長ってどうするの?」
 「どうするったって……」
  さすがにそこまで考えていなかった。
  軍艦なので、数人ほど私服のタスマニカ兵が乗ってくれてはいるが、あとはサンドシップの雇われ労働者達だ。顔見知り程度でしかない。
  そこに、セルゲイが不適な笑みを浮かべ、
 「ふっ……そこはお前、百戦錬磨の海の男であるこの俺がだな」
 「ふざけんな! 干上がって丘の上で落ちぶれてたくせに!」
 「勇者の船だぞ! お前みたいな元海賊なんかより、俺みたいなカタギの人間がだな――」
 「オイラも船長やってみたいでやんす!」
 「俺はあの一件の功労者だぞ! それ差し置いてなんでお前らなんだよ!?」
  完全にないがしろにされ、セルゲイが泣きながら訴える。
  いい年したおっさん達とペンギンが船長の座を賭けて争う光景に、プリムは呆れた顔で、
 「どーすんのこれ?」
 「うーん……」
  これでは船長どころではない。誰を選んでも不満を持つ者が出てくるだろうし、その不満はいずれ船内でのトラブルに発展しかねない。
  誰もが納得する船長。そんなのが果たしているのだろうか?
  しばらく考えて、
 「……やっぱり『海の男』って、勇敢であることが求められるよね?」
 「そりゃあ当然だろ! 船の上で育ち、勇敢で、どんな時でも動じず冷静沈着、なにより仕事が出来る……俺以外誰がいる!」
 「セルゲイ! 抜け駆けは許さねーぞ!」
 「オイラだって海で生まれたでやんす!」
 「船の上で育ち、勇敢で、どんな時でも動じず冷静沈着、なにより仕事が出来る……」
  そんなヤツがいるのか。いや――
  視界の端に、カールを抱いたラムティーガの姿が入る。
 「――いた」
  そのすべてを満たすのは、彼しかいない。
  押し合いへし合いをするセルゲイ達を横切り、ラムティーガに駆け寄ると、
 「今日から船長よろしく。カール」
 「にゃぁ」
 『…………』
  船の上で育ち(子猫時代から)、勇敢で(四天王に一撃喰らわせた)、どんな時でも動じず冷静沈着(我関せず)、なにより仕事(ネズミ捕り)が出来る――
 「へー。よかったなー、カール。いや、カール船長!」
 「にゃー」
  ラムティーガが、笑いながらカールを高く持ち上げる。
  意外と、反論はなかった。
  ラムティーガ以外、ただただ、がっくりと、力尽きたようにうなだれるだけだった。
「すっごーい! 金貨一枚で船が買えた!」
 「『借りた』だけです」
  出航準備で慌ただしい船の上で、プリムは目を輝かせてはしゃいでいた。
  アウラ金貨で協力者を雇うことにしたのは、サンドシップから逃げるためだったのに。
  それがどういうわけか帝国行きの船が手に入った。こういうのを『精霊の加護』とでも言うのだろうか?
 「これでやっと帝国ね。ディラックもパメラも、絶対助けるんだから!」
 「うん……そうだね」
  脳裏に、プリムがゲシュタールに捕まった時の光景がよぎる。
  あんな怖い目に遭ったというのに。それ以上のことが待ち構えているかもしれないというのに、不安を感じないのだろうか?
 「アンちゃん、どーしたんだよ。船ん中、見に行こーぜ!」
 「後でね」
 「なんだよ、つまんねーな! もういいよ!」
  ポポイは不満そうに頬を膨らませると、近くを通りかかったデイビットと一緒に船内の探検に行く。
  それを見送りながら、
 「……あの状況で、よく聖剣持って来たよね」
 「え?」
 「普通、隠れるとかするでしょ。危ないと思わなかったの?」
 「隠れる?」
  プリムは、きょとんとした顔で、
 「そんなの、考えもしなかったわよ。届けなきゃって、それしか思わなかったわよ」
 「は? なんで?」
  プリムはニコニコと、
 「だってあんた、聖剣がないとなーんにも出来ないんだもん。そりゃあ心配で、隠れてなんかいられないわよ」
 「……どーせ『聖剣』の付属品ですよ僕は」
  悲しいことに、否定出来ない。
  結局、プリムを助けたのはカール。四天王を倒したのはラムティーガ。自分がやったことといえば、蛇を集めたくらいだ。
  そういう意味では、四天王にケンカを売ったポポイやカールのほうが度胸が据わっている。
 「まあ、そういじけんなって。俺は、なかなかたいしたもんだと思うぜ」
  セルゲイは、ポケットから出したアウラ金貨を見せると、
 「こーんな金貨。持ってるだけでもすげぇってのに、その価値をわかった上で人様にくれてやるっつーその度胸。惚れ惚れするねぇ。気に入ったよ」
 「それは……やってくれたのはセルゲイ達でしょ? 結局、目的とは違うことになったし」
  操舵室を乗っ取り、武器庫から爆弾をかっぱらい……それらは、彼らが勝手に判断してやったことだ。いくらアウラ金貨をもらったからと言って、あの状況でそんなことをやるかどうかは別問題のはず。
 「なに言ってんだ。お前からの依頼は『あの船から降りるための協力』だ。俺は、お前らを船から降ろしてやるためにあの状況を利用しただけ。金相応の仕事はしたつもりだぜ」
 「お金がなければやらなかったってこと?」
 「どさくさに紛れて、自分だけトンズラしてたに決まってんだろが」
 「なるほど……」
  口ではそう言っているが、金があろうがなかろうが、彼ならやった気がする。実際、金貨だけいただいて、自分だけトンズラすることだって出来たはずなのだから。
  納得していないことを察したのか、セルゲイは腰に手を当て、
 「俺はな、結構目が良くてな。多少遠かろうが小さかろうが、割とよく見えるんだよ」
 「はあ?」
 「海賊なんかやってるとなー。古文書だのお宝の地図だの、そういうのに触れる機会が多いんだよ」
  そう言って腰を曲げると、こちらの剣に下げたメダリオンを手に取る。
 「どっかで見たなー、とは思ったんだよ。なんか由緒あるものだったら面白れぇと思ったが、勇者の紋章だったとは驚きだ」
 「ひょっとして、これに興味を持って、手を貸してくれたってこと?」
  つまり彼が協力してくれたのは、善意でもなければ金目当てでもなく、
 「おもしろそーだからに決まってんだろ! 海賊だぞ俺は!」
  胸を張って言い放つと、豪快に笑う。
 「――船が出るぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
  銅鑼の音が鳴り響き、ゆっくりと、船が動き出す。
 「にゃー」
  鳴き声に振り返ると、さっそくお気に入りの場所を見つけたのか、船首に座ったカールが、風に吹かれながら海の先を見つめていた。