16.ひとときの休息2 - 1/2

 地面から足が離れたかと思うと、視界がぐるりと回転する。
 さっきまで上に見えていたものが下に見え、上を向いているわけでもないのに空が見え――
「うぁっ!?」
「ぷぎっ」
 悲鳴を上げると同時に、ぷちっ、と、何か柔らかいものを押しつぶしたような感触を背に感じる。
「……お前、何やってるんだ?」
「ぷぎゅっ……」
 体を起こすと、自らクッションになりに来たのか、砂に沈み、心なし平べったくなったラビがいた。
 振り返ると、腰に手を当てたキュカがこちらを見下ろし、
「これで三回目。またキレイに飛んだな」
「うるさい!」
 怒鳴りながら、服についた砂を払い落とす。ラビは完全に目を回していたが、まあ、放っておけば勝手に目覚めるだろう。
「にしても、お前軽いなー。ちったあ体鍛えたほうがいいぞ」
「余計なお世話だ」
 自分でもいい体格とは思わないが、こうも軽々投げ飛ばされるとは思わなかった。背丈に関しては弟と大差ないはずだが、筋肉量で差があるらしい。
「第一、文句を言うなら最初からロジェでも誘えばいいだろう」
「あー、そのつもりだったんだけどな。釣りに没頭してて、無視された」
「釣り?」
「ま、一人で考え事したい時もあるんだろ。ほっといてやれ」
「…………」
 平べったくなったラビを拾い、砂を叩き落とす。
「それにしても、まさか乗ってくるとは思わなかったぞ。これまで見てるだけだったくせに」
「気が向いただけだ」
 短く返すと、そっぽを向く。
 これまでの旅路でもそうだったが、キュカに限らず、ロジェやジェレミア、ユリエル達は腕が鈍らないよう、体を動かしたり剣の訓練をしていた。こういったものは、やはり相手がいないと張り合いがないらしい。
「とはいえ、やっぱお前じゃ相手にならねーな。とろいし力ないし。弱い者いじめになっちまう」
「…………」
 とりあえず気づかれぬようキュカから距離を取り――懐からワラ人形を取り出すと、おもむろに、片足をへし折る。
「ぬぉっ!?」
 と、同時に、キュカの足もまったく同じようにグキッ! とへし折れ、彼はその場に倒れると、ゴロゴロと痛みにのたうち回る。
「さて、行くか」
 人形を懐にしまうと、キャンプへ戻ろうと砂浜を歩き――
「…………?」

 ――歌?

 潮風に乗って何かが聞こえたが、大きくなってきた波の音にかき消される。波の音に――
 ふと海に目をやると、海面が異様に高くなっていた。これはひょっとすると――
 その『ひょっとする』答えが出るより早く。
「あっ。」
 という間に呑み込まれ、引き潮に容赦なく連れ去られた。

 悪いことをすると悪いことが返ってくる――
 これを『因果応報』と言うが、
「し……死ぬかと……思った……」
 いくら悪さの代償にしても、これは大きすぎないか……
 そんなことを思いつつ、ゲホゴホと飲んだ海水を吐く。海草が体にからみついていたが、取るだけの元気もない。
 人が死にかけたというのに、エリスは心配どころか呆れ果てた顔でこちらを見下ろし、
「……なにやってんのあんた」
「ホント、運が良かったわねー」
 砂浜まで運んでくれた通りすがりのマーメイドも、呆れた顔で、
「たまたま私が通りかかったからよかったけど、そうでなきゃ、アンタ今頃海の藻屑よ」
「くっ……」
 本当のことなだけに、反論の言葉もない。ちなみに一緒に流されたラビは、勝手に砂浜に打ち上げられ、半分砂に埋まっていた。
 エリスは、助けてくれたマーメイドに目をやり、
「あんたは? ひょっとして、マーメイド?」
「ひょっとしてもなにも、それ以外の生き物に見える?」
 そう言いながら、彼女は自分の腰から下のオレンジ色の魚の尾を振ってみせる。手も、指と指の間に水かきがあるものの、肩までの長さの栗色の髪、大きな緑の目と、上半身だけ見ると人間に見えた。
 マーメイドはエリスに興味を持ったらしい。笑顔を向けると、
「私はフラメシュ。あなたは?」
「エリスよ。マーメイドなんて初めて見た!」
 目を輝かせるエリスに、ぽつりと、
「……いつも見ているような気がするが」
「呼んだかー?」
 特別呼んでもいないのに、ウンディーネが勝手に姿を現す。
「精霊は違うでしょ! わたしが言ってんのは海に住んでるマーメイドよ!」
 形だけなら似ていると思ったのだが、確かに、ウンディーネよりフラメシュと名乗ったこのマーメイドのほうが人の姿に近いかもしれない。
 なんとか立ち上がると、濡れた服を絞りながら、
「それにしても、マーメイドというのは深い海の底に住んでいるはずだ。こんな陸の近く、ましてや私達とのんきに話をしてていいのか?」
「まあ、そうなんだけど……歌が聞こえたのよね」
「歌?」
 フラメシュはキョロキョロと辺りを見回していたが、他には誰もいない。最終的にエリスに目を留め、
「ひょっとして、さっき歌ってたのってアンタ?」
「え? まあ、そうだけど」
 そういえば波にさらわれる前、歌が聞こえたことを思い出す。
「きれいな歌声だったから、てっきりセイレーンでも来てるのかと思ったんだけど……なぁんだ、人間さんかぁ」
 大げさに肩をすくめてみせるが、そこまでがっかりしているわけでもないらしい。フラメシュは気を取り直すと、
「ところでさ。アンタ達、どこから来たの? この海岸に人が来るなんて初めてよ。なんか用事でもあるの?」
 その質問に、思わずエリスと顔を見合わせた。

 * * *

「ああ……」
 目の前の光景に、キュカは思わず手を組んだ。

 思えば、女運のない人生でした。

 生まれたのは女の族長が率いる屈強なアマゾネス達に守られた山岳地帯。アルマが振り回す剣やら槍にうっかり刺された幼少期。
 まだまだ世間知らずで、ねーちゃんやねーちゃんやねーちゃんに高い買い物させられたり高い酒代要求されたりヤクザのおっさんけしかけられ、世の冷たさに心が折れた青年期。
 仮面の女将軍や歩く地雷や宗教絡みの凶暴な姉妹に殺されかけたつい最近。
 ……いや、女だけでなく、給料も払わないくせにやたらハイレベルな仕事を要求する上司に、生命保険の申込書を枕元に置いたりこちらの荷物すべてを葬儀プランのカタログに入れ替える死神のような兄弟と、同性にも恵まれていない気もする。
 しかし今、目の前の半分水に浸かった岩に腰を下ろしているのは、屈強な戦士でもなんでもない、笑顔がすてきなぴちぴちマーメイドだった。
「おとーさまおかーさま、うんでくれてありがとう。めがみさま、これまでいかしてくれてありがとう。いまならこころのそこからかんしゃすることができます。ぼかぁいきててしあわせです」
「キュカさんがヘンでありますー」
「安心しろ。元からだ」
「――オイコラお前ら! 人を変人扱いするんじゃねぇ!」
 テケリと正直な回答をするレニに、キュカは思わず怒鳴りつける。
「俺からするとお前らのほうがヘンだぞ! ぴっちぴっちの人魚だぞ!? 本物の渚のマーメイドだぞ!? しかもあんなにカワイイんだぞ!? なのになぜそんなドライでいられる!? 俺は今、この時のために生きていたんだーーーーーーー!!」
「ならば今後、安心して死ねるな」
 海に向かって叫ぶキュカに、レニは濡れた髪を拭きながらつぶやく。
「なんなの、あのモミアゲ……」
「ただの発作です。それより、お聞きしたいことがあるのですが」
「なーに?」
 早速話を切り出すユリエルに、フラメシュは特に警戒する様子もなく顔を向ける。
「私達は、マナストーンと呼ばれる石を探しています。何か心当たりはないでしょうか?」
「マナストーン? うーん……」
「海の中じゃ知るわけないか」
「待って。おとぎ話で聞いたことがあるわ。世界を滅ぼすバケモノを封じてるって石でしょ?」
 早々にあきらめるジェレミアに、フラメシュは難しい顔で、
「もしかすると、ばば様達なら何か知ってるかもしれないけど……」
「何か問題が?」
「問題もなにも、私がここにいて、その上アンタ達とお話してること自体マズイのよね」
 彼女は肩をすくめると、
「堅っ苦しい掟があってねー。人間さんとは関わっちゃいけないの。特に年寄りはうるさいのよ」
「今、思いっきり掟破ってるじゃない。いいの?」
「かまやしないわよそんなの。世界は広いのよ? くっだらない掟に従って、あんな海の底で終わるなんてもったいないわ。一度っきりの人生、思いっきり楽しまなきゃ!」
「まったくもってその通りだ! いいこと言うじゃねーか!」
「まあ、それはそれとして」
 勝手に盛り上がるキュカをさえぎり、ユリエルはフラメシュに目をやると、
「フラメシュさんは、マナストーンに関する情報はご存知ないんですね?」
「うん。なんだったら、ばば様達から聞き出して来ましょうか?」
「え?」
「待て待て。バレるとまずいんだろ? 見ず知らずの人間のために、そこまでしてくれなくてもいいんだぜ?」
 キュカも止めるが、フラメシュはもう決めたらしい。水に飛び込むと、
「いーわよ別に。珍しいものが見れたし、なんだか面白そうだし」
「珍しいもの?」
「我々のことですか?」
 自分を指差すユリエルに、フラメシュは笑いながら、
「そーゆーこと。この海岸に人が来て、おまけに話までしたの初めてだわ。じゃ、明日また来るから」
 彼女は手を振ると、水の中に姿を消した。

 岸辺に腰を下ろしたまま、微動だにしない。
 何かが釣れた様子もない。
 そもそも本気で魚を釣る気なら、時々竿を上げてエサを替えたりするはずだ。しかし、エサはおろか、釣った魚を入れるバケツすらない。
 すぐ後ろを、デスクラブがカサコソ通り過ぎていくが――これにも無反応。
「あいつは何をしているんだ?」
「無の境地で悟りでも開きたいんじゃないのか?」
 レニのつぶやきに、キュカも適当に答える。
 昼食の時も、フラメシュが現れ、呼びに来た時も反応なし。横に置いてやった昼食にも手をつけた様子はない。
 日はずいぶんと傾き、少し離れたキャンプでは、すでに洗濯物を取り込み、夕食の準備を始めている。
「なあ――」
 いい加減やめさせようと口を開いた瞬間、ロジェが、動いた。
 何かかかったのか、突然竿を引き、立ち上がる。
「引いてる!?」
「おいおい、引き具合が半端じゃないぞ!?」
 竿の曲がり具合からして、かなりの大物だ。折れそうな勢いで引かれている。
 そして、

 ――ざぱぁっ!

 激しい水音を立てて。

 通常の1.5倍はあろうかという巨大なラドーンが釣れた。

 ラドーンの巨体は美しい弧を描いて宙を一回転すると、足から豪快に着地する。十点満点の見事な着地だった。
「…………」
「…………」
「…………」
 一瞬の沈黙の後、
「なんつーもん釣るんだお前は!?」
「ええと……じゃあ、名前は『どんべぇ』で」
「誰がいつ名前の話をした!?」
「私は『ラどん』がいいと思う」
「お前は黙ってろ!」
 兄弟の同レベルなネーミングセンスはさておき、ある意味見事な一本釣りだった。が、こんな巨大な海獣を釣られても困る。
 釣ったロジェも戸惑った顔をしていたが、釣られたラドーンは針を吐き捨て、オフオフ言いながらびちびち辺りをうろつき回る。
「ほーら、トモダチだぞー」
「ぷきー!?」
 なだめるつもりなのか天然なのか、レニがラドーンにラビを与えていた。どう見ても餌付けにしか見えない……
 ひとまずそちらは無視して、
「とにかく海に帰してやりなさい」
「あの巨体を俺一人で動かすのは難しいだろ」
「その『巨体』をたった今一本釣りしただろうが!」
 何かが矛盾しているロジェに怒鳴りつける。
 ふと、ラビの悲鳴に振り返ると、ラドーンが鼻先で、ラビをくるくる回していた……
 レニは関心した様子で、
「芸達者だな」
「動物虐待だろーが!」
 ラドーンからラビを取り上げると、ラビは悲鳴を上げる余裕もないのか完全に目を回していた。
 そして、
「うわ吐いた!」
 いきなり胃の内容物のリバースを始め、慌てて放り出す。
「あっ、ラドーンが……」
 ロジェの声に顔を上げると、ラドーンは勝手に内陸に向かってびちびち這っていく。その方角はどう見ても――
「キャンプしてる方角じゃねーか……」
「好きにさせておけばいいんじゃないか? いざとなればテケリに押しつければいいし」
「…………」
 さりげなく責任のなすりつけを行うロジェに何か言ってやりたかったが、適切なコメントが思いつかない。
 思いつかないので、
「とりあえず……戻るか」
 他にどうしようもなかったので、自分達もキャンプへと戻った。

「うきょ! ラドーンであります! でっかいであります!」
「そーだろー。テケリ、かわいがるんだぞー」
「ラジャーであります!」
 無邪気に喜ぶテケリに対し、ロジェはさりげなく責任の所在(飼い主の義務)の押しつけに成功していた。
「…………」
「飼いませんからね」
 ユリエルはそれだけを冷たく言うと、鍋の中身をかき混ぜる。
 とりあえず、キュカはその近くに腰を下ろし、
「それで、次はどこへ向かうんだ?」
「消去法で考えると、後はヴァンドールですね」
 味が薄かったのか、塩を加えながら、
「ヴァンドール帝国は、武力でかなり栄えた国です。特に闇の魔法に関しての研究は盛んだったとか」
「闇の魔法?」
 聞こえたのか、ラビに水を飲ませていたレニが顔を上げる。専門分野なだけに興味があるらしい。
「ヴァンドールは、皇帝自身も魔法使いですにゃ。にゃんでも、跡継ぎもそれ相応の魔力を身につけにゃいと皇位が継承されにゃいとか」
「問題はマナストーンと精霊です。旧ヴァンドール領内にある可能性は高いですが、問題はヴァンドールのどこにあるのか、もしくはすでに持ち出されたのか、精霊が無事か……ヴァンドールに行くだけ行っても、詳細な手がかりがないのでは」
 たしかにそれだけでは、行ったところで無駄足に終わるかもしれない。
「フラメシュさんが、何か情報を持ってきてくれればいいのですが」
「いい子だよな。見ず知らずの、しかも人間のためにさ」
 鼻を伸ばすキュカに、ジェレミアは呆れた顔で、
「あまり期待しないほうがいい。海の中で、人間の国のことがわかるとは思えない」
「でも、今は他にないんだろ? 情報なんてどこに転がってるかわかんねーんだ」
「他……」
 レニが、何かを思い出したのか、
「イザベラなら、何か知っているかもな」
「イザベラさんですか?」
 彼はひとつうなずき、
「イザベラは、何年も世界中を巡っている。本人が知らなくても、詳しい知り合いがいるかもしれん」
「ふむ……そうなると、一度ロアにも行ってみますか。イザベラさんがロアにいなくても、リィ伯爵やバドラ様が何か知っているかもしれません」
「う~……みなさん、むずかしい話は後にして、早くごはんにするであります。テケリもドンべいもおなかすいたであります~」
「はいはい。今出来ましたから、お皿出してください」
 ユリエルは鍋をかき混ぜ――手を止めると、
「……『それ』の食事も用意するんですか?」
 テケリを乗せたラドーンに目を向けた。

 ◇ ◇ ◇

「なによアンタ。朝っぱらから陰気な顔して、気分悪いわね」
「え?」
 早朝。
 昨日と同じ場所で釣り糸を垂らしていると、突然声をかけられた。
 どこから声がしたのか辺りを見渡し、ほどなくして、岸辺から顔を出している濡れた女に気づく。すぐ下は海だ。
 彼女は岸に上半身だけ這い上がると、
「なんだかんだ言ったって、海は私にとっちゃ故郷なのよ。そんなツラして見られたら、いい気はしないわね」
「え、えーと、ひょっとして、キミがフラメシュ?」
 戸惑うロジェに、彼女は目をぱちくりさせ、
「あら? アンタ昨日の……じゃないわね。兄弟?」
「まあ一応……双子の」
 顔をじろじろ見られ、なんとなく目をそらす。
「昨日約束した通り、ばば様達からうまく話を聞き出してきたわよ。他の人達は?」
「まだ寝てるか、準備してるんじゃないかな。呼んでくるよ」
「あ、別に急ぐことないわ。待ってる間、何かお話ししましょうよ」
「話?」
 彼女は岸に腰を下ろすと、
「陸なら、なんかいっぱいあるでしょ? 海にはなんにもないからさ」
「陸の話ったって……」
 いざ問われると、どう話せばいいのかわからない。陸にしかないものの話をしようにも、彼女には形も想像できないだろうから、それも説明しなくてはならない。
 彼女にとって、わかりやすくて身近なものはないかと考えた末に、
「そうだ。こういうのがあるけど」
 ポケットにまんまるドロップが入っていることを思い出し、差し出す。
 フラメシュは目を丸くして、
「なにこれ?」
「蜜を固めて作ったお菓子だよ。口の中で溶かしながら食べるんだ」
「食べ物なのこれ? きれいな玉!」
 フラメシュは包み紙を広げると、まずその形と色に驚いてから、恐る恐る口の中に入れる。
 しばらく、口の中で転がし――
「なにこれ? あま~い!」
 感激したのか、目を見開き、思わず海に飛び込む。まんまるドロップでここまで感動する者は初めて見た。
「甘いものってあんまりないのか?」
「うん。たまに海に落ちた果物を食べることあるけど……こんなに甘いの初めて!」
「そうだよなぁ……海の中じゃ、飴も作れないか」
 そういう意味では、食べ物も限られている。もっとも本人達はそれでも生きて行けるように進化しているのだろうが。
「やっぱい~な~。私も人間に生まれたかったな」
「どうして?」
 彼女は仰向けになって海面を漂いながら、
「だって、こんな中途半端な体でさ。どうせ陸に行けないのなら、いっそ完全な魚に生まれたらよかったのに。そうすれば、余計なことは何にも考えずに、単なる魚として生きることが出来たわ」
「…………」
「ゴメンね。こんな話されても困るわよね」
「……俺とは逆だな」
「え?」
「陸の上なんて、そんなにいいもんじゃないよ。人間同士、いつも争って、憎み合って、ロクなことがない」
「…………」
 フラメシュは、ぽかんとした顔でこちらを見上げていた。
 彼女が人間にあこがれることが出来るのは、人間の醜さを知らないからだ。
 知れば、人間になんてあこがれなくなる。
「あ、ねえ……」
 フラメシュが指し示した方角に目をやり、我に返る。水中に沈めっぱなしだった針に何かかかったのか、竿が引いている。
「なんだ? 大物か!?」
 竿を引くと、重い。
 昨日のラドーンほどではないものの、なかなかの大物のようだ。
「あれ? ちょっと……なにこれ?」
「どうした!?」
 フラメシュの戸惑った声に振り返ると、彼女の周囲に複数の黒い影が集まっている。
 そして、

 ――ざぱぁっ!

 一羽のペンギンが釣れると同時に、フラメシュの悲鳴が辺りに響いた。