21.勇気と願いを - 1/2

「あんたが見張り? 珍しいわね」
 顔を上げると、エリスがいた。寝床から抜け出してそのまま来たのか、髪がぼさぼさのままだ。
 慌てて、最近購入した大振りのマフラーを首に巻くと、
「まだ夜明け前だぞ」
 空を見上げると、木々の向こうにまだ星が見える。いつもなら停泊中の船内で寝ている時間だ。
 彼女はたき火を挟んだ向こう側に座ると、
「嫌な夢ばかり見るの」
「……そうか」
 深くは追求せず、手にした鏡に視線を落とす。
「――ずいぶん古い鏡だな」
「シェイドか」
 精霊の姿を確認すると、幻想の鏡をのぞき込む。
「この鏡……これまでちゃんと見たことがなかった」
 知っているのは古いものだということくらいだ。細かい傷があってもよさそうだというのに、それらしい傷ひとつついていない。
「シェイド。改めて知りたいんだが、タナトスとは一体なんだ?」
 我ながら今さらな質問だ。シェイドは音もなく羽根を動かしながら、
「……邪精霊タナトス。我らはマナから生まれる。そしてタナトスは、『滅びのこだま』から生まれる」
「それだ。そもそも、『滅びのこだま』とはなんだ?」
 タナトスに関する知識は、ほとんどあってないようなものだ。せいぜい、負の感情を求めて生き物を襲い、取り憑くことくらいだ。
 魔女によって生み出された怪物と思っていたが、それも仮説に過ぎない。
「マナとは、マナの樹から生まれる。滅びのこだまも、またしかり」
「しかり?」
 一瞬、思考が止まる。それはつまり――
「つまり……マナと滅びのこだまは、同じということか?」
「? どういうことよ?」
 よくわかっていないエリスに、シェイドは言葉を選びながら、
「マナは、マナの樹が吸い上げたエネルギーをろ過して放出されるもの。かたや滅びのこだまは、マナの樹が吸い上げたエネルギーに含まれる負のエネルギーが蓄積され、あふれ出たもの。同質であり、異質。負だろうが正だろうが、元をたどれば同じエネルギーが発生の源」
「ふぅん……じゃあ、同じ親から生まれた兄弟みたいなもんね」
 そうだろうか。
 何かが違うような気がしたが、本人が納得しているようなので放っておく。
「シェイド。二つの異質なものを同質にするには、『仲立ち』が必要になるな」
「……何を考えている?」
 それには答えず、鏡に視線をやる。
 マフラーをずらすと、服の影に隠れて、じわりと首の皮膚が青黒くなりつつある。
 どうやら、タイムリミットが刻一刻と迫っているようだった。
 
 
「ジャンカさん!」
「……ニキータ? ニキータじゃない! やっと帰ってきたのね!」
 ずいぶん懐かしい気がする。
 以前知り合った、ニキータの雇い主の娘――ジャンカと再会したのは、ウェンデルの街ではなく、その近くの平原に出来ていた集団キャンプのような場所だった。
「一体、どうにゃってるんですにゃ? この集まりは?」
「んー、一言で言うと、難民キャンプ」
「難民?」
 改めて辺りを見渡すと、皆、ここで野営しているのか、複数のテントが設営されて、人々が途方に暮れた顔でたむろしている。
「この前、マナの神殿が占領されて、魔法で動く人形が街中で暴れまわったの。あちこち火事で燃えて……大勢亡くなったらしいわ」
「…………」
 アナイスの仕業だろう。
 アナイスにとって、マナの教会などもはや不要なのだろうが、ポルポタといいロリマーといい、破壊までするとは……
 まるで――いらなくなったものを、この世から消し去ろうとしているみたいだ。
 
 ペダンと同じように。
 
「私は話を聞いただけで、いまいち実感が湧かないけど……ここにも、家族を殺された人がたくさんいて。私もこれからどうすればいいのか……」
「――ジャンカさん! にゃに弱気なことを! こういう時こそ、オイラ達の出番ですにゃ!」
「ニキータ?」
 ニキータはジャンカに詰め寄ると、
「必要な物資の調達! 壊された建物の修繕! やることが山積みですにゃ!」
「ニキータ……あんた……」
 ジャンカは驚き、そして、目を潤ませると、
「つまり、先立つものは用意出来ているってことね!」
 ジャンカは笑顔で、どこからともなく出した一冊の帳簿を突き出す。
 
 品名:ダークプリースト像
 請求額:五万四百八十ルク
 
 ――…………
 
「……さて、そろそろおいとまするか」
 そそくさと立ち去ろうとするキュカの首根っこを、ジャンカは笑顔で、しかしものすごい力で捕獲した。
 
 * * *
 
「くそ、やっぱこーなるのか」
「私、お金のことは一ルクたりとも忘れたことはないのよ」
 ラビ貯金箱をにらみつけるキュカに、ジャンカは険しい顔で腕組みをする。
「うう、割っちゃうでありますか?」
 テケリはラビ貯金箱が名残惜しそうだったが、割らないことには中身が取り出せない。四人、『せーの』で地面に叩きつける。
「小銭ばっか……」
「意外と貯まってたな」
 ジャンカのつぶやきは無視して、おのおの、中身の勘定をする。
 
 結果。
 
「足りないわね」
「…………」
 一人につき一万二千六百二十ルク。キュカの分だけ、手持ちの金を足しても足りなかった。
「なあ……お前ら、一体いつ稼いだんだ?」
「オイラ、行く先々で特産品を仕入れて、別の場所で高値で売りましたにゃ」
 言うなれば需要と供給。ニキータらしい、基本的な商売だった。
 それはわかる。わかるが――キュカは納得出来ない顔で、
「お前らは……なんでそんなに貯まってるんだ?」
 恐らく――というか、間違いなく、この中で一番稼ぎ力などないはずの二人が、一番貯まっている。
 山積みの硬貨を前に、レニはほほえみながら、
「ノームの魔法でダイヤを作って売った」
「テケリは貯金箱に入りきらなかったお金を入れてもらったであります!」
「ありかそんなの!? つか、お前何もしてねぇだろ!」
「ギャーーーーーーー!」
 頭を左右から拳でえぐられ、テケリが悲鳴を上げる。
 エリスは驚いた顔で、
「え? 魔法のダイヤとか、そんなのありなの?」
「普通は値にゃんてつきませんにゃ。透明度は低くいしもろいですから。でも値がついたということは、レニさんの魔法はそれだけ質のいいダイヤを作れるということですにゃ」
「……どうしてそんな能力を黙っていたんです?」
「聞かれなかったからだ」
「…………」
 恨みがましいユリエルの問いに、悪びれもせず答える。
「それはそうと、なんで小銭ばっかなのよ? 紙幣は?」
 首を傾げるジャンカに、彼はきっぱりと、
「紙幣だと貯金箱に入らないから硬貨に換えてもらった」
「あの、にゃにがにゃんでも貯金箱に入れる必要は……」
「『馬鹿と天才は紙一重』とはよく言ったもんだな……」
 頭が痛くなってきたのか、ジェレミアはつぶやきながら頭を押さえる。
「ま、まあ、お金はお金だから、硬貨でも別に構わないけど……あんたどうするのよ?」
「あ……」
 ジャンカの視線に、キュカが硬直する。
 足りないのは一人だけ。ジャンカの冷たい視線に、冷や汗が流れる。
「……なら、これでいいだろう」
 レニが、積んだ硬貨すべて差し出す。
 不足分を差し引いても十分な金額に、ジャンカは驚いた顔で、
「ちょっと、おつりは?」
「必要ない。寄付だ」
「待て! 何が狙いだ!?」
「安心しろ。何も要求はせん」
 焦るキュカの肩に手を置き、ほほえむと、
「ただ、忘れなければいい。この私がお前に施しを与えたというその事実を。そう、一生……」
「……返しゃいいんだろ返しゃ……」
 下唇を噛みながらうめく。
 レニは、今度はニキータに視線を向けると、
「さて、返すものも返したし、ニキータ。お前ともここまでだな」
「へ?」
 きょとんとするニキータに、呆れてため息をつくと、
「忘れたのか? お前は元々、私達を見張るためについてきたんだろう。この通り、私達は弁償代を逃げることなく支払った。これ以上お前がついてくる理由はないはずだ」
「そ、それは……たしかに、そうですけど……」
 戸惑うニキータに、キュカも、
「ウェンデルがひどいことになってるみたいだしな。お前はここで、ジャンカの手伝いしたほうがいいんじゃないのか?」
「ニキータ、私からもお願い。今、物資不足でみんな困っているの」
 ジャンカからも懇願され、ニキータはしばらく考え込むと、
「その……そりゃあ、たしかにオイラ、お役に立つようにゃこともしてにゃいですし……これ以上みにゃさんと一緒にいても、足手まといですし……」
「ええ!? ニキータさん、おわかれでありますか!?」
 予期せぬことにテケリが目を丸くするが、そもそも、こちらの事情にニキータは無関係だ。
「テケリ。これ以上、ニキータを我々の行動に付き合わせるのは酷というものです。これまで以上の危険に、無関係なニキータを巻き込んでもいいんですか?」
「うう……りょーかいであります」
 ユリエルに諭され、肩を落としつつもうなずく。
「あー……オイラ、その……」
 ニキータはこちらとジャンカを交互に見比べると、
「その……お世話ににゃりましたにゃ!」
 深々と、こちらに向かって頭を下げた。
 
 
「……人っ子一人いないな」
 到着したウェンデルの街は、かつての賑わいが嘘のように静まりかえり、ゴーストタウンと化していた。
「ジャンカの話じゃ、ゴーレムがうろついてるんじゃなかったのか?」
「そりゃあ……神殿でもてなしの準備してるってことだろ」
 街の中心に近づくにつれて、様子が変わってきた。
 崩れた建物が目立つようになり、火事で燃えたらしい建物もある。もちろん中には、人間によるどさくさ紛れの略奪もあっただろうが。
「――待て」
 神殿が見えてきた辺りで、突然レニが歩みを止める。
 彼は、姿を現したシェイドに目をやると、
「……いるな」
「ああ。間違いない」
 迷わず肯定する。
「どうしました?」
「二手に分かれよう」
 その提案に、全員、怪訝な顔をした。
 
 ◆ ◆ ◆
 
「ようやく来たか。いずれ来るとは思っていたが……」
「マハルさん!」
 神殿の奥から出てきた男に、エリスが駆け出す。
 結局神殿まで何もなく、入り口前の広場も、人が乗れそうな太い柱が規則正しく並んでいるだけで何もなかった。この柱は、夜、明かりを灯すためのものだろう。
「マハルさん、もうやめましょ。娘さんなら、わたし達も捜すの手伝うから」
「黙れ。裏切り者が」
「どういう約束をしたのか知らないけど、アナイスが約束を守るとは思えないわ。それよりはわたし達と一緒に――」
「黙れと言っただろう! 俺はもう、引き返せないんだ!」
 怒鳴り声に反応したのか、辺りの空間が歪む。
「出たか」
「なんだよこの数!?」
 突然、背後に現れた大量のゴーレム兵に、キュカが悲鳴に近い声を上げる。恐らくこれが、先日、街で暴れたというすべてのゴーレムだろう。
 ゴーレム達は槍を突きつけ、こちらを包囲する。普通に武器を振り回して相手をしたのではキリがない数だったが、
「ジン、来い」
「はいダスー」
 こちらにとっては好都合だ。ジンを呼ぶと、杖を構える。
「おい。何するつもりだ?」
「全員、動くなよ」
 ジェレミアの質問は無視して、目を閉じる。
 元より魔法を動力源に動く人形だ。その禍々しい魔力をたどれば、どこに身を潜めていようと存在は手に取るようにわかる。
 耳元で風が唸り、ジンの気配が溶けて消えると、杖を構え、目を開ける。
「――降り注げ」
 次の瞬間、周囲に渦を描くように、青い雷の嵐が吹き荒ぶ。
 ほとんど一瞬だっただろう。雷は一瞬でゴーレム達の機能を停止させ、地面をえぐり、そのまま地中へと流れていく。
 エリスはぽかんとした顔で、
「うそ、全滅?」
「おっかねー……」
 ガラガラと、無数の甲冑が音を立てて崩れていく。
 杖を肩に担ぐと、
「意地を張るのは勝手だが、それで? この状態で、我々とどう戦うつもりだ?」
「…………」
 まさか一瞬で片づけられるとは思っていなかったのだろう。この光景にマハルも言葉を失い、立ち尽くしていた。
「――やはり、こんな雑魚では無理か」
 マハルの後ろ、神殿の奥から、声が聞こえた。
 新手の登場に、全員に緊張が走ったが、
「にい、さん……?」
 現れた声の主の姿に、エリスが呆然とつぶやく。
「うきょ!? エリスさんのおにーさん、生きてたでありますか!?」
「エリス、全部お前のせいだ」
 カシムの姿にテケリは飛び上がるが、当の本人はエリスに目を向けたまま、
「お前一人のわがままのせいで、父さんが死んで、村も壊滅した」
「え?」
 カシムは無表情に、
「知らないってのは幸せなことだな。父さんが病気で死んだって? 本当はお前を捜してる最中、崖から落ちて死んだんだ。お前が殺したんだよ」
「うそ……」
「――耳を貸すな!」
 ジェレミアはエリスを押しどけると、カシムに剣を突き付け、
「何者だ!?」
「クックックッ……見てわからないのか?」
「ジェレミア!」
 こちらの合図にジェレミアは横に飛びのき、入れ替わりざまに、不気味に笑う顔面めがけてダークフォースの矢を放つ。
 しかし、寸前のところで黒い矢は弾けて消える。
「くだらん小細工しおって。さっさと正体を見せろ!」
「やはり、お前には通じないか」
 身をひるがえすと、一瞬で、今度は十二、三歳くらいの少女の姿へと変わる。
 くすんだブロンドの髪を短く切った、見覚えのある少女だった。
「お前は――」
「アマリー!」
 こちらの声は、マハルの叫ぶような声にかき消される。
「父さん、どうしたの? 早くこの人たちを殺して」
 その言葉に、伸ばしかけたマハルの手が硬直する。
 少女は、マハルに笑顔を向けると、
「それが出来ないのなら、死んで。死んで――ワタシに食われるがいい!」
「マハル!」
 とっさにマハルの前に飛び出すと、結界を張る。
 次の瞬間、結界に鋭い音が響き、銀色の光沢がはじかれる。
 アマリーは空中で一回転し――着地すると、
「クックックッ……皆さま、ごきげんよう。前座は楽しめましたかな?」
「やはりキサマか!」
 着地した瞬間、本来の道化師の姿が現れる。手にした大鎌が不気味に光った。
「今のはどういうことよ!? なんで兄さんが……」
「おや、ご存じでない?」
 死を喰らう男は小首を傾げ、
「ワタクシは、食った魂の者に化けることが出来ましてねぇ。これがまた、皆さん面白いくらいだまされてくれます」
「魂を、食った……」
 呆然とつぶやくマハルに、彼は嬉々と
「あの娘に逃げられて追いかけていたところ、ちょいと小腹が空きましてね。目についたうまそうな魂を捕まえたら、それがまあ、目当ての娘の魂じゃないですか」
「……嘘だ」
「なかなか美味でしたよ。健気で、純粋な心を失わず……ま、それでも死ぬ時は死ぬんですがね」
「嘘だ……嘘だ、嘘だ嘘だァッ!」
「――キサマ!」
 エアブラストを放つが、死を喰らう男は高く飛び上がると、近くの柱の上に降り立つ。
「じゃあ、兄さん……兄さんも、あんたが殺して……」
「おっと、勘違いしないでくださいね?」
 エリスの言葉に、死を喰らう男は鎌でこちらを指し、
「アナタのお兄さんを斬ったのは、そちらの方の弟君ですよ。ワタクシじゃありません」
「うそよ! ロジェがそんなこと――」
「おや? 彼が誰を殺そうとしたのか、もうお忘れで?」
「…………!」
「ま、そんなのどっちでもいいんですよ。誰が手にかけたからといって、死んでしまった事実に変わりはない」
 肩に担いでいた鎌を片手で一振りし、もう片方の手で受け止めると、
「ククッ……皆、うまそうだ。どんな味がするのか、楽しみですよ……」
「お前は食うことばっかりか?」
「――食うこと以外に、なんの意味がある!」
 思わず漏らしたキュカの言葉に、これまでにない激しい反応をする。
「おかしいのはお前達だろう。生きる上で、食う以上に必要なことがあるか? 生き物は食料の確保だけを考えていればいいというのに、お前達は愛だの正義だの、腹の足しにもならないものを求める。無意味だ。実に無意味だ!」
 その豹変にあっけにとられるが、そんなことはお構いなしに、
「私は、食って食って、食い尽くす! この世のすべてを!」
「……それこそ、なんの意味がある?」
「愚問! それこそが私! 死そのものであり、生きることそのもの!」
 命の化身。まるでそう言っているかのようだ。
 ……これまで、食うことにこだわっているのだと思っていたが、どうやら違ったようだ。この怪物が固執しているのは、生きることそのものだ。
 死を喰らう男は、不気味に光る目で一人一人の顔を見渡しながら、
「ククク……お前達は、愚かで、無意味な戦いを何度も起こしてくれる。そのたびに、世界は哀れな魂に満たされる! 食い放題だ……この世は私の牧場! お前達は私の胃袋を満たし、生かしてくれる家畜だ!」
「黙れ化け物!」
 飛んできたゴーレムの兜を柱から降りて避ける。
 兜を投げたジェレミアは双剣を構え、
「さっきからペラペラと……その口、二度と叩けないようにしてやる!」
「カカカ……身の程知らずの小娘が。だがそういう愚か者ほど、魂はうまい!」
 腕一本で大鎌を振るい、突っ込んできたジェレミアをはじき飛ばす。
「――くそっ!」
 地面に叩きつけられ、転がりながら体勢を立て直すが、力の差は歴然だ。
「下がってろ。力任せでどうにかなる相手ではない」
「なんだと!?」
「ああもう! なんでそう毎回短気なのよ! 学習能力ないわけ!?」
「余計なお世話だ! お前なんか毎回キャンキャンわめくだけのくせに!」
「なによ! あんたなんてケガしたってもう治さないわよこの乱暴者!」
 女二人の場外乱闘は無視して、杖を手に死を喰らう男の前に立つと、
「お前の言い分はもっともだ。我々は何度も愚かな戦いを起こし、幾多の命を死に追いやっている。お前に家畜と思われても文句は言えん」
「ほう?」
 こちらの言葉に、意外そうな顔をする。
「アナタが、自らを『愚か』とは。聞きましたよ。なんでも国をひとつ、滅亡に追いやったとか。実際に手を下したのは他人でも、アナタがやったようなものでしょう?」
「そうだ。私がやった」
 迷わず肯定する。
「大量の命を奪い、故郷を滅ぼし、弟からすべてを奪い去った。私がやった。すべて私がやった!」
「…………」
 死を喰らう男から、表情が消える。
 そして、つまらなそうに肩をすくめると、
「開き直りか? 見苦しい」
「何とでも言え。私はもう、逃げも隠れもしない!」
 杖を構えると、辺りに魔力を解放する。
「幻術とは、こう使う!」
 辺りに散乱していたゴーレム達が一斉に起き上がる。
「ギャーーーーー!? じょーぶつしてなのであります!」
 テケリが慌てふためくが、死を喰らう男は呆れた顔で、
「フン。幻術と宣言した上で、こんなこけおどし――」
 次の瞬間、横から降ってきた隕石に、死を喰らう男の言葉は強制終了となった。
 隕石は一瞬で死を喰らう男を押しつぶし、地面にめり込む。
 ゴーレムの幻が消え――キュカがぽつりと、
「えげつない……」
「お互い様だ」
 ゴーレムの幻に気を取らせ、至近距離からのエインシャント。普通なら死ぬところだが、
「――こざかしい!」
 隕石が真っ二つに断たれ、鎌を手に、死を喰らう男が飛び出す。あいにく『普通』の相手ではなかった。
「人間風情が、この私に生意気しおって!」
 その姿が、一瞬で分裂する。
「なな、何人いるでありますか!?」
 とにかく、『大勢』だった。
「そろそろ、か……」
 ユリエルに目配せすると、彼は慌てふためくテケリの腕をつかみ、エリスの肩を叩く。
 分裂した死を喰らう男は、一斉に鎌を構えると、
『一人残らず、喰ってやる!』
 幾重にも重なった声が、辺りに響き渡る。
「フン、出来るものならやってみろ!」
 相手が姿を増やしたのに対し、こちらは自分以外、全員の姿を消し去る。
「……む」
「行け!」
 声と共に、正面の死を喰らう男に向かってありったけのファイアボールをたたき込む。
「なるほど、アナタは専門家でしたね……」
 火に巻かれた分身が消え、柱の上にいた本体と思われる一体が鎌を振り上げる。
「人間風情が、調子に乗るな!」
 辺りにアンティマジックの黒い閃光が広がる。すべての術が強制的に無効化され、隠れていた者が姿を現す。
「なに?」
「何を驚く?」
 死を喰らう男が、驚いた顔で辺りを見渡すが、姿を現したのはキュカとジェレミアだけだった。
 
 ◆ ◆ ◆
 
「二手に分かれよう」
 こちらの提案に、全員怪訝な顔をする。
「エリス。お前、元々ここの神殿で働いていたんだったな? 精霊の話を聞いたことはないか?」
「精霊? うーん……」
 エリスは少し考え、
「……あ。ひょっとして、心当たりあるかも」
「知ってるんですか?」
 聞き返すユリエルにうなずくと、
「わたし、聞いたことあるの。神殿の地下から不気味な呼び声がして……てっきりただの心霊現象だと思って逃げたんだけど、今思うとあれ、精霊だったのかも」
「ただの心霊現象……」
 この女がフェアリーの生まれ変わりなんて嘘だ。根拠はないが、確信する。
「と、ともかくお前は、ルナ達と一緒にウィスプを捜せ。テケリ。しっかり守れよ」
「うきょ!? テケリがでありますか!?」
 驚くテケリの肩を力強く叩くと、
「重大な任務だ。しっかりやれよ」
「ラジャーであります! テケリにおまかせであります!」
「扱いをよくわかってますね」
 手際の良い厄介払いに、ユリエルが感心する。
「では、私もテケリ達と一緒に行きましょう。二人だけでは心配です」
「大丈夫なのか? 二手に分かれて」
 心配するジェレミアに、神殿をにらみつけながら、
「邪気が一カ所に固まっている。だったら敵を我々で引きつけ、その間に捜すほうが早いし安全だ」
「そうは言ってもなぁ……入り口じゃ、おもてなしの準備万端なんじゃないのか?」
 キュカはこちらを向き――辺りを見渡し、
「どこだ?」
「ここだ」
 術を解除し、すぐ目の前に姿を現す。
「インビジだ。これで一時的に姿を消す。その間にお前達三人は神殿の中まで突っ走れ。シェイドは残って私のサポートを」
「……いいだろう」
 うなずき、姿を消す。
「それにしてもお前、何でもありだな。ダイヤ作ったり姿消したり」
「フン。そう思うなら、もっと崇め称えろ。ひざまづけ」
 こちらのもっともな言い分に、ジェレミアは背後から無言でぶん殴った。