「ひどい……」
顔をそむけるプリムとは対照的に、ポポイはぽかんとした顔で、しっかりと村の惨状を見つめていた。
翌朝、たどり着いた小さな村は静まりかえり、乾いた風が吹いていた。
「みんな、どこだ? どこ行ったんだよ?」
人っ子一人いない。焦げて崩れ落ちた小さな木の家の残骸が、あちこちに点在するだけだ。
――服……?
ガレキに挟まれた服に目が留まる。風に飛ばされ、ガレキや木に引っかかった服も一つや二つではない。
なにか妙な感じだった。何かが足りない気がする。
風がうなる。砂埃が渦を巻き、その中心に光が見えた。
「え?」
「――ようこそ。お待ちしていたダスー」
「ジン!?」
光が消えると、そこにいたのは青い肌に黄色い帽子をかぶった小さな人だった。ウンディーネやノームと同じくらいの大きさだ。
「もしかして、精霊?」
「オイラ、風の精霊ジン。以後、お見知りおきを」
「ジン! どうなってんだよ!? なにがあったんだ!? みんなはどこ行ったんだよ!?」
あいさつもそこそこに、矢継ぎ早に問い詰めるポポイに、ジンは沈痛な面持ちで、
「……ひとまず、風の神殿へ。長老がお待ちダス」
「じっちゃんが?」
「な、なんだ。みんな無事なんじゃない! 良かったわね」
「…………」
二人は胸をなでおろしていたが――残念ながら、『みんな』ではなかった。
「じっちゃん! オイラだぞ! かえってきたぞ!」
白い石造りの建物の中に入ると、一瞬、静寂な空気が流れ――祭壇の影から、紫のマントを羽織った、小柄な人が姿を現した。フードの下から、白いヒゲが見える。
「その声は……チビ?」
「じっちゃん!」
ポポイの声に、老人は祭壇の影から出てくるが、どこかおかしい。杖をつきながら、足下を探るように歩いている。
「あの、まさか目が?」
「……突然、帝国の連中が現れて……このざまじゃ」
「帝国!? なんで帝国がこんな所に……」
パンドーラだけではなかった。それにしても、なんだってこんな所に?
「帝国の連中を説得しようとしたのじゃが、その時に目をやられてしもうてな。ほとんど、音だけが頼りじゃ」
そう言って、かぶっていたフードを下ろすと、目に、生々しい傷があった。
「なにこれ!? ちょっとじっとして――」
「無駄じゃ。傷自体は自分ですでに治療した。片目は、少しは視力が回復したが……これ以上は治らんよ」
「そんな……」
制止され、プリムは治療しようとした手を引っ込める。
「な、なあ。ほかのみんなは? みんな、ここにかくれてるんだろ?」
「…………」
「……なあ。なんか言ってくれよ。言えよ! なあ!」
「ポポイ!」
つかみかかるポポイを引きはがす。
長老は、しばしうつむいたまま、小さな声で、
「……すまん。ここにはもう、ワシ一人しかおらん」
「うそだ……」
声が震えている。かける言葉を探すが、見つかるより早く、
「――うそだ! よくさがしたのかよ!? じっちゃん目がみえないから、気づいてないだけだ! オイラがさがしてきてやるよ!」
「チビちゃん!」
一方的に怒鳴ると、神殿の外へ向かって駆け出す。
「……気が済むまで、そっとしてやってくだされ。あの子も、わかっているはずじゃ」
「あの。帝国が来たって……一体、何が目的で?」
過去の世界大戦では、世界統一の名の下に様々な国に戦いを仕向けていたらしいが、この辺りは未開の地で、制圧するような国もないはずだ。
「マナの種子の封印じゃ」
「封印?」
「さよう。マナの種子は、いにしえの空中要塞の封印じゃ。その封印を解きに来たということは、目的は要塞復活に他ならぬ」
「じゃあこの種子、封印が解けてるんだ」
見た目にはわからないが、種子に触れた時、今までにないほどハッキリと何かが見えた。封印を解かれていたことが、なにか影響していたのだろうか?
「ヤツらは鳥の怪物で我らを脅し、種子の封印を解いていった。そして怪物を置いたまま、去っていった。……ヤツらは最初から村を潰すつもりだったのじゃ」
「え? じゃあ、村はその怪物に?」
昨日、一瞬見えた光景が脳裏によみがえる。
長老はうなずくと、弱々しい声で、
「仲間達は、傷ついたワシを神殿に閉じ込め、暴れる怪物を止めようとしたのじゃが……神殿の入り口を封じる魔法が解け、ようやく外に出られた時には、誰もいなかった」
ゴホゴホと咳き込む。しゃべりすぎたようだ。
「おじいちゃん、大丈夫? 飲む?」
プリムが水筒を出し、代わりに受け取ると、ゆっくり水を飲ませる。
一息ついたところで、
「あの、あまり無理にしゃべらなくても」
「いや……いいのです。勇者どの」
「え? わかるんですか?」
「目が見えずとも、ワシにはマナでわかります」
「マナで?」
意味がよくわからない。妖精だけあって、人間には見えないものが見えるのだろうか?
「――そうじゃ。礼が遅れました。チビのこと、そして種子を取り戻していただいたこと、ありがとうございます」
気を取り直したのか、深々と頭を下げる。
「ワシは傷の治療、ジンには生存者がいないか捜索に行かせている間に、何者かに持ち去られてしまいましてな。まったく、面目ない」
「こんな状況じゃ、どうしようもないじゃない。まったくあいつら、人の不幸の隙になにやってんのよ!」
本当に、あの三人にとっては絶好のタイミングだったのだろう。早ければ帝国のいざこざに巻き込まれ、遅ければ自分達と鉢合わせたか、精霊に追い払われたか。
「こうなってしまっては、もはやあなたに賭けるしかない。ここはダメでしたが、せめて、残りの種子の封印を守り、要塞の復活を阻止してくだされ。なにとぞ……」
「はあ……」
またしても賭けられてしまった。
こんな荷が重いこと、なんで自分が。第一、まるで現実味がない。
種子を祭壇に戻すと、
「ひとまず、ポポイを捜してきます。いそうな場所とか……」
「ポポイ?」
「あ、そっか。あいつ記憶を無くしてて、名前も思い出せないって言うからそう呼んでたんですけど……あの、本名は?」
そういえば、『ポポイ』というのは自分がつけた名だった。
しかし、長老は首を横に振ると、
「あの子には、まだ名前はない。本来なら、親となる者が名付けるのじゃが……」
「『親となる者』?」
なんだそれは。両親は?
「ああ……そうじゃった。人間や他の生き物は違うんじゃった。我々妖精は、風と共にマナから生まれる」
「えっと……それって、妖精の両親から生まれるんじゃなくて……なんにもないところから自然発生するってこと!?」
人間どころか、他のどんな生き物ともまるで違う。見た目こそ人間に近いが、根本的な所は、ウンディーネ達、精霊に近いようだ。
長老は苦笑しながら、
「『なんにもない』なんてことはありえませぬよ。世界にはマナが満ちている。気づいていないだけで、勇者殿には見えているはずじゃ。世界を形作るマナが」
「は、はあ……」
「なんだかすごいわね……妖精って」
プリムも目を丸くする。
「あれ? ちょっと待って。それじゃあ、妖精が言う『親』って……」
嫌な予感がする。長老はヒゲをなでながら、
「『名を与えた者』のことじゃ。名を与えること、そしてその名を受け取ることは、親子関係を結ぶ大事な契約であり、絆。そして親を中心に、みんなで育てる。我々はそうして暮らしてきた」
「げ……」
「イヤそうな顔するんじゃないわよ」
気軽に引き受けるんじゃなかった。
今さら後悔しても遅いが……まあ、ポポイだって当初、そこまで重大なことだとは思っていなかったのだろう。
「じゃあチビちゃんは、名前を忘れたんじゃなくて、元からなかったのね」
「そうじゃ。生まれてすぐの妖精は自我がなく、自分が何者かもわからない。だから一番始めに『自分が何者であるか』を教える必要がある。それが『名付け』じゃ」
「……なんで今まで誰も名前つけてないんだよ。も~」
『名付け』というより『定義付け』。
『自分が何者であるか』なんて、こっちが知りたいくらいなのに。
「実は、あの子は十数年ぶりに生まれた子供だったのじゃ」
「え? 妖精って、めったに生まれないんですか?」
長老は首を横に振り、
「いいや。毎年、何人も生まれていたのじゃが、いつからか、子供がぱたりと生まれなくなった。だからみな、あの子の誕生には喜んだのじゃが……」
「何かあったんですか?」
「力が、異常なまでに強かった」
長老はため息をつくと、
「生まれてすぐの妖精は善悪の区別もつかず、『本質』のまま動き回る。普通は他愛ないいたずら程度じゃが、チビに限っては力が強すぎて、エネルギーを発散するために、あちこち壊し回っておった。……大きな災いの予兆ではないか、むしろ災いを引き起こす邪精霊ではないかと言う者も、一人や二人ではなかった」
「災い……」
「なにそれ! まるで、生まれてきたのがいけなかったみたいじゃない!」
プリムの怒鳴り声に、我に返る。
「そりゃあ悪ガキだけど、それもひっくるめてチビちゃんでしょ! 正しい方角に導いてあげるのが大人の役目じゃない!」
「……プリムがそれ言うの?」
自分は『大人の導き』を突っぱねるクセに、よく言えたもんだ。
「もちろんあの子も、いつまでも暴れ回っていたわけではない。自我が芽生えるにつれ力も落ち着き、口も利けるようになっていったが……それでもやはり、みんなあの子を恐れて、親を名乗り出る者はいなかった。そこでワシがと思ったのじゃが、あの子は『仕方なく親になるのか』と怒って飛び出して……その矢先にあの洪水。ワシ以外、誰も捜してはくれなかった」
「…………」
「これで良かったのかもしれん」
「え?」
長老はこちらに向き直り、深く頭を下げると、
「勇者どの、無理を承知でお願いします。あの子を、連れて行ってください」
「連れて、って……」
それはつまり、ポポイを自分の旅の道連れにすることであり、生き残った長老を、一人、置き去りにすることだ。
無理な相談にも程がある。
しかし長老は、迷いのない様子で、
「あれほど強力な力を持って生まれたこと。勇者どのと出会い、名をもらったこと。無関係とはとても思えぬ。……それに、あの子にとって、ここは嫌な思い出しかない。ならばいっそ、この地から離れたほうが幸せというもの」
「でも……ポポイは、ここに帰りたがっていました」
どうしてだろう。
長老の話が本当なら、この村は、ポポイにとって居心地のいい場所ではなかったはずだ。
「何か、帰りたい理由があったんじゃあ?」
「理由……はて?」
心当たりがないのか、首を傾げる。
「ねえ。そんなの後にして、そろそろチビちゃん捜しに行きましょうよ。なんだか心配だわ」
「あ、うん……そうだね」
どのみち、本人にしかわからないことだ。
気を取り直し、神殿から出ようとして、
――ケェェェェェェェッ!
「え?」
「今の声は、まさか!?」
遠くから甲高い声が聞こえた。
ジンが慌てた様子で姿を現すと、
「大変ダスー! アックスビークが、また現れたダス!」
「え? それって……」
「いかん! 帝国が置いていった怪物じゃ! まだ近くをうろついておったか!」
「げ」
そういえばそうだ。長老は『倒した』とは一言も言っていない。となると、完全野放し状態。
「――チビちゃん!」
「プリム! ……ああもう!」
この女、後先考えない。
とは言え、後先考えた所で結局行かなければならないのだ。腹を決めると、プリムを追う形で神殿を飛び出した。