「ねー。ちょっと休憩しない?」
 「…………」
 「あ! 見てあれ! なんか実がなってる! 食べられるかしら?」
 「…………」
 「……いい加減、機嫌直しなさいよ! ちょっと前とまるで態度違うし! あんたってホント、紳士じゃないわよね!」
  ぴたりと足を止める。
  そして遠くの空を眺めながら、
 「……プリムがいきなり全財産無くしたりしなければ、もうしばらく『紳士』でいられたんだろうけどねー」
 「し、仕方ないじゃない! 誰にだってミスのひとつやふたつはあるでしょ!?」
 「そうだね。誰にでもミスはあるよね。それではお帰りはあちらです」
 「帰らないって言ってるでしょ!」
  ミスをしたら、修正しなくてはならない。
  己の判断ミスを今から修正しようと帰宅を要求するが、彼女は頑として首を縦に振らない。
  妖魔の森を出て、途中、小さな村や宿場町に寄りながら上の大地に向かうこと数日。
  プリムが、自分の全財産が入ったポーチの紛失に気づいたのは、夕べ、宿場町で宿を取ろうとした時のことだった。
  すぐ探したものの、いつ、どこで紛失したかもわからず。『資金調達する!』と言って、夜も明ききらぬ早朝から、宿の食堂で働かせてもらうことになったものの――寝坊するわ仕込みの鍋をひっくり返すわ客とケンカするわでものの数時間でクビになり、一ルクも稼げなかった。
  これ幸いと、せめてもの情けで数日分の食料と宿代を渡して帰るよう促し、ポポイだけ連れて町を出たが――まだついてくる。
  川沿いの道を歩きながら、
 「あーもう、疲れたー。おなかすいたー」
 「なー。休憩しようぜー。オイラもハラへったー」
 「まったく……じゃあ火を起こすから、これ洗ってきて」
 「え?」
  どさっと、バッグとは別に持っていた袋を地面に置く。
 「なにこれ? キノコ?」
 「このちっこいのイモか? 木の実もある!」
  袋を開け、ポポイと二人で中身を確認する。
 「見た目は悪いけど、全部食べられるものだよ。木の実はそのまま食べられるし、キノコと芋は焼けばいい。……言っとくけど、マネしてその辺に生えてるキノコとか木の実食べちゃダメだからね。大当たりして死ぬから」
  タダで済ませられるものはタダで済ませたい。時間の合間を縫って、森で収穫しておいたのだ。
  ほとんど自給自足のポトス村では、食料を山に求めるのは当たり前のことだ。釣り好きなボブは趣味と実益を兼ねて川で魚を捕り、ネスも植物をスケッチしてお手製の図鑑を作り、弟に教えながらキノコや山菜採りをしていた。
  火を起こすと、洗った芋を大きな葉で包んで火に放り込み、キノコは竹串に刺して、たき火の周り突き立ててあぶる。
  焼けるのを待ちながら、プリムは胸をなでおろし、
 「なぁんだ。どうとでもなるじゃない」
 「いやー、持つべきものは優秀な子分。これで安心だな!」
 「――で、現実問題、どうする気?」
 「え……?」
  ポポイは無視して、プリムを現実へと引き戻す。
 「無一文で、これから先、どうする気? そりゃ今は夏だし、今日は色々採れたけど、毎回そうとは限らないよね? 第一、耐えられるの? 街についても、お金がなきゃ食事はもちろん宿にだって泊まれない。必要なものも買えない。まさか見ず知らずの人に『タダで泊めてくれ』って頼んで回ったりしないよね? それで痛い目見ても『自業自得』で笑われるだけだから」
 「それは……その……」
  食料や寝床だけではない。金がないと、『安全』が買えない。女性にとっては深刻な問題だ。
  彼女はしばし考え――上目遣いに、
 「……貸して?」
 「いいよ。昨日の宿代返してくれたら。今すぐ」
 「じゃあ……やっぱり、働く!」
 「今朝の惨事忘れたの? 給料どころか弁償要求されなかったのが奇跡だよ」
 「どうしろってのよ!? お金は貸してくれない、働くのも無理! もう、売るものもないわよ!」
 「だから家に帰れって散々言ってるでしょ!」
 「イヤ! ディラック達助けるまで帰らない!」
  半泣きで叫ぶ。とにかく最後はディラックだ。
  一にディラック、二にディラック、三、四もディラック五もディラック。この女、頭の中の大半がディラックだ。
  恋に盲目は結構だが、付き合わされるほうはたまったものではない。この上、金までないとなると、お荷物どころか害悪だ。何の罰ゲームだ。
 「だったらなおさら、家に帰りなよ。『パパ』に頭下げて、お金出してプロに捜索してもらったほうが早いでしょ」
 「捜すわけないじゃない! どうせディラックがいなくなって喜んでるわよ! 昔っからそう! 何でもかんでもお金で解決! 私のことだって全部人任せにしておいて、都合のいい時だけ父親面して!」
  ヒステリックに叫ぶ。彼女にとって父親とは、不信の塊のような存在らしい。
  ……同じ父子家庭だと思っていたのだが、こうも違うのか。
  こちらは、血の繋がりすらないというのに。
 「……で、何度も言ってるけど、どうするの?」
 「え……?」
  叫ぶだけ叫んだものの、何一つ、進展していない。
 「……あーあ。まったく、見てらんねぇなぁ」
  焼けたキノコを勝手に食べていたポポイが、串を捨て、バッグから小袋を出す。
 「ホレ。ねえちゃん、これ使いなよ」
  プリムは受け取った袋を開け――中を確認すると、
 「これ……こんなお金、どうしたのよ!?」
  横からのぞき込むと、ぎっしりと硬貨や紙幣が詰まっているのが見えた。
  ポポイは不敵な笑みを浮かべ、
 「ふっふっふっ。じつはな。オイラへのセンベツにってことで、ドワーフのおっちゃんたちがカンパしてくれたんだよ。オイラはもうすぐ家に帰るし、ねえちゃんが使いなよ」
 「そっか……ありがとう、チビちゃん」
 「なーに。このポポイさまの広すぎるお心に、カンシャカンゲキラビ雨あられで泣いてくれたっていーんだぞー。オイラはアンちゃんみたいにケチくさいことはしないからなー」
 「へー、そっかー」
  ポポイに笑顔を向け、金の入った袋を指さすと、
 「――で、ポポイ。このお金、どうして今出したの?」
 「え……?」
  プリムも、はたと気づいたらしい。顔を上げ、
 「……そうよ。あなた、お金ないって言うから、こないだまで、あなたの分のお金は私が出してたんじゃない」
 「そういえばこの前、大量にお菓子食べてたけど、あれってプリムが買ってあげたの?」
 「え? あんたじゃなかったの?」
  雲行きが怪しい。ポポイは目をそらし、
 「えーと、その……そう! 村に帰ってから、『これまでのお礼』ってことでわたそうと!」
 「……ドワーフ達が『ポポイのために出してくれたお金』を、自分の『村まで送ってくれたお礼』として渡そうと?」
 「いいいいい、いや! そういうわけじゃあ! あーもう、細かいこと気にすんなって! カネはカネだろ!? それでいーじゃん! な!?」
 「……『カンパ』って言うのも、一軒一軒家を回って『家はわかったけどおカネがないんですぅ~』ってしつこくまとわりついて集めたんじゃないだろうな……?」
 「も、もういいだろ! そんなこと言うならわたさないぞ!? あ、ホラ! そろそろイモ焼けたんじゃないか!?」
 「話そらすんじゃ――」
――ぼごぉっ!
『わーーーーーーーーーーーーーーー!?』
  突然、たき火が爆発し、土柱と共に火の粉が周囲に飛び散る。
  転がるように逃げ出し、振り返ると、たき火があった場所には何もなかった。いや、
 「……穴?」
  恐る恐る近づくと、穴が出来ていた。
  穴といっても、クレーターとかそんな穴ではない。まるでなにかの巣穴のように、地下に続いている。爆発したと思ったたき火だが、もしかすると、地下から突き上げられたのでは? 何に?
 「い、今のなに!?」
 「あーーーーーーーーーーーーー!」
  ポポイが大声を上げる。
 「イモ! 持ってかれた!」
 「持ってかれた?」
  土と火の粉に気を取られてよく見ていなかったが、ポポイは何かを見たらしい。穴の中をのぞき込み、怒りで顔を赤くしていた。
 「え?」
  今度は、ずどどどど……と、振動と共に、川上から何かがやって来る音が聞こえた。
 『――クポーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』
 『ひぃっ!?』
  砂煙を巻き起こしながら駆けつけた、白くて丸っこい生き物の集団に、人間二人が思わずすくみあがる。
 「モーグリ!?」
 「え? 本物!?」
  二頭身で、白い体毛に覆われた丸い頭と胴体、背中には飛べないのにピンクの膜状の翼を生やし、頭には先にピンクのボールがついた触覚、顔の真ん中にもやはりピンクで丸い鼻……と、絵本でよく見たまんまの生物が、あっという間にこちらを取り囲む。
  まあ、『かわいい』代表のような生き物ではあるのだが――今、目の前にいるモーグリ達は全員殺気立ち、竹槍に石槍、人里から持ち出してきたのか、さびた鎌や斧、鍋をかぶっていたりと、どっからどう見ても『武装』していた。
 「クポークーポククポクポックポポ、クポッ?」
 「え? なに?」
 「『こっちにモールベアが逃げてこなかったか』って言ってるぞ」
 「……わかるの?」
  ポポイは真顔でうなずく。そしてモーグリに向かって、
 「クーポクク、クポ、クポポポポ! クポクッポポポクポクポッポ! ポポクポ、ポポックポ?」
 「クポクポポ、クポッ。クポクーポ、クポポポポ! ポーポポポ、ポッポクポ、クポッ!」
 「クポ? クーポクク? ポポポポポクポ、ポッポポポクポ」
 「……会話してる……」
  人智を越えた異種族交流に、頭を抱える。
 「クポ! クポポクポ。クッポクポ!」
 「クポー!」
  ポポイとモーグリ達は互いに手を振り――
 「クククポポクポク! クポ! クッポポポポクポクポポポクポーーーーーーーーーー!」
 『クポーーーーーーーーーーー!』
  リーダーらしきモーグリの号令に一斉に武器を掲げると、来た時同様、砂煙を巻き起こしながら走り去って行った。
「……なんだったの? 今の」
 「いやー、しばらく来ないうちに、大変なことになってたみたいだなー」
 「だからなんなんだよ!」
 「アンちゃん。これはセンソーだ」
  問い詰めると、ポポイは真顔で、
 「ながれもののモールベアに、モーグリは家をうばわれそうになって、センソーが起こってるんだよ」
 「はあ? モールベア?」
  頭から背中にかけて針のようなトゲが生えたハリモグラだ。土中を移動し、畑を荒らすことで有名だ。
 「『生かしておく必要はない! 殺せ! 愚かな侵略者どもを一匹残らず殲滅するのだ!』って言ってた」
 「え? モーグリってそんな凶暴なこと言うの?」
 「ターゲットに全力でこび売って近づいて、背後からなぐって身ぐるみはいでく連中だぞ」
 「ゴブリンよりタチ悪いじゃん……」
  ゴブリンが子鬼なら、モーグリは悪魔だ。もちろん人間が勝手に作ったイメージなど、モーグリ達の知ったことではないだろうが。
 「って、それじゃあこの穴……」
 「そーだよ! モールベアだよ! チックショー! イモ盗んでいきやがった!」
 「……仕方ない。早いとこ、この森抜けちゃおう。家までもうすぐなんだろ?」
  ふてくされるポポイをなだめ、バッグについた土を払い落とす。
 「――あれ?」
  プリムもリュックを背負おうとして、辺りをきょろきょろと見回す。
 「どうしたの?」
 「そういえば……チビちゃん。さっきのお金は?」
 「へ?」
  ポポイもきょとんとし、辺りを見渡す。
  座っていた辺りはもちろん、土の下や砂利に埋もれていないか念入りに探すが、見当たらない。
  しばらく探し回り、ある結論にたどり着く。
 「まさか……モールベアが、食料と間違えて持ってった……?」
 「…………」
 「…………」
  ぴゅぅぅ……と、風が吹いた。