9話 忘れられた精霊 - 1/3

「これがお城?」
「おうよ! マタンゴ族が誇る『マッシュ城』だ!」
 城と言っても、パンドーラやエリニースの城のような、人が作ったものとはまるで違う。
 元々空洞が多かった岩山をそのまま利用したらしく、あちこちに穴があり、マタンゴ達が出入りしている。
 朽ちて空洞化した巨大な木で小屋や物見台を作り、流れる川には落ち枝を組んで作った橋を渡している。通るのがキノコだから、これで十分なのだろう。
 水分をたっぷり含んだ土や木々は鮮やかな緑の苔に覆われ、踏むと靴越しに柔らかい感触が伝わってきた。
「うわ~、おもしろーい! 家もちっちゃくてかわいいわね!」
「お、さすがキノコの国! あちこちキノコ生えてるぞ!」
 さっきはお通夜のように泣いてたくせに。早くもそんなことは忘れたかのように、プリムとポポイは素直に感激してはしゃいでいた。
「ところで……こいつはどうすれば?」
「キュ~」
 肩にのしかかってくる白竜を押し返し、トリュフォーに確認する。
 木の小屋は無理だ。マタンゴサイズで、とても入らない。そもそも、入り口を通れるのか?
「それに、いずれは大きくなるんでしょ? 飛ぶ練習もするようになるだろうし……それなりの広さがいると思うけど?」
「そうだな……よし。オマエら、王の間に行ってロープ用意しろ。丈夫なヤツだぞ」
『はっ!』
 トリュフォーの指示に、何匹かのマタンゴが、城の中へと姿を消す。
「なにすんだ?」
「来りゃわかる。こっちだ」
 城の入り口ではなく、城の壁沿いを案内される。
「いいかげん自分で歩いて。歩けるでしょ?」
「キュ?」
 いつの間にか、すっかりおとなしくなった。引きずるのをやめて先を歩くと、のしのしとついてくる。足を止めると、白竜も止まった。
「なんか……あんたについてってない?」
「え?」
「なんでぇ。オマエのこと、親とでも思ってんのか? さっきまで暴れてたくせに、ゲンキンなヤツだな」
「まあ……それならそれで、いいけど」
 頭をなでてやると、気持ちよさそうに目を細める。なつかれて悪い気はしない。
「ところでだな。コイツの名前、『フラミー』はどうだ?」
「え? 名前?」
 そういえば、考えてなかった。
 名前といえばポポイの時のこともあるし、もう少しちゃんと考えたほうがいいかもしれない。
 プリムもあごに指を当て、
「そうねー、白いし……そもそも男の子なの? 女の子なの? ウチで飼ってた犬、マグノリアって名前だったの。お嫁に行っちゃったけど」
「ウチはプッツィだったよ……雑種だし」
「――ちょっと待った!」
犬の名前にまで格差を感じていると、いきなりトリュフォーの待ったがかかった。
「聞いたオレがバカだった! 考えてみりゃあ、別の名前にしようと言われて『ハイ、そーしましょう』なんてオレが言うわけなかった!」
「えー! なんだよ勝手に!」
 つまりフラミーに決定。ポポイが不満げに口をとがらせるが、
「じゃあ、お前ならなんてつけるの?」
「え? う~ん……えーと……あー……『えもにゅー』とか『ぶにゅ』とか……」
「フラミーでいいと思う」
「私もそう思う」
「よし決定」
「あ! なんだよ!」
 約一名を除いて、賛成多数で可決した。
 トリュフォーの案内で、城の側面にあたる開けた場所へとたどり着く。
 見上げると、上はテラスになっているようで、突き出た岸壁に、石を積んで作った柵があった。
「この上は王の間になってるんだ。で、国のモンに話をする時は、ここから話すわけだな」
「へー……」
 どうりで広いわけだ。
 テラスの高さも、人間の背丈程度だが、マタンゴには十分なのだろう。
「トリュフォー様!」
「おお。準備出来てるか? ロープを下ろせ! 引っ張り上げるぞ!」
「というか……」
 マタンゴ達が、用意したロープを下ろしてくれるが、フラミーに振り返ると、
「ねえ。このくらいの高さなら、自力で登れない?」
 言葉が通じるとは思えないが、フラミーは小首を傾げ――
「うわわっ!」
 テラスにいたマタンゴが、慌てて逃げ出す。
 やって欲しいことは伝わったらしい。フラミーは後ろ足で立ち上がると、テラスに手をかけ、翼をばたつかせながらよじ登った。