勝率0%の男 - 1/3

 
「――遅い。遅いですよデント!」
 コーンの口から発せられたのは『おかえり』の言葉ではなく、文句だった。
 デントは兄弟の冷たい出迎えにため息をつき、
「結構急いだんだよ。ヒッチハイクしたりバス乗り継いだり、大変だったんだから」
「ジムの一大事って、何があったんですか?」
 サトシとアイリスの姿に、コーンは目を丸くし、
「おや? キミ達も来たのですか?」
「はい。おひさしぶりです、コーンさん」
「ヤナ~ッ!」
「ヒヤッ!」
 アイリスもあいさつし、ヤナップもヒヤップに駆け寄り、再会を喜ぶ。

 サンヨウジムに緊急事態発生。

 その連絡に、急遽帰ってきたのだ。
 デントは腰に手を当て、
「で、何があったんだい? ジムもレストランも、今日は定休日じゃないだろ?」
 そう言って店内を見渡す。
 レストランに人の姿はない。表の扉にも臨時休業を知らせる貼り紙がしてあった。
 コーンは神妙な顔で、
「先日、ポケモン監察官が来ました」
「監察官!?」
 驚くデントに、サトシは首を傾げ、
「監察官って……ジムリーダーを決めたり、能力を調べるっていう?」
「そうだよ。でも、監察官がどうして……」
「ここ最近のポッドの連敗が耳に入ったようです」

【ポッドの勝率】
 シューティー→敗北
 サトシ→敗北
 カベルネ→敗北
(※対戦順)

「そういや俺も含めて、みんなポッドさんに勝ってたなー……」
「一番バトルが好きそうなのに……」
「昔っから、やる気が空回りするタイプなんだよねー……」
 サトシとアイリスの言葉に、デントがため息と共に肩を落とす。
 デントは気を取り直し、
「監察官が来たってことは、バトルしたってこと?」
「はい。コーンは連勝していたのでおとがめなしでしたが、問題のポッドは見事に負けました」
「てことは……クビ?」
 青ざめた顔で、アイリスが手で首を切るしぐさをする。
「ちょっと待って。ポッドはどうしたんだい? 姿が見えないけど」
「ポッドは今、ジムで特訓中です」
 その言葉に三人は顔を見合わせ、ジムへと向かった。

『トリプルバトル!?』
「はい。コーンが提案しました。我がサンヨウジムのリーダーは三人。ならば、三人総合の能力を見るべきだ、と」
「それで僕を呼んだんだ……」
 ようやく納得する。
「……ホント、余計なこと言ったよな」
 ポッドだった。
 彼はこちらに背を向ける形であぐらをかき、側のバオップ共々負のオーラを放ちながら、
「それで負けちまったら、お前達までクビになるかもしれないんだぞ。三人もいるんだし、俺一人が抜けても問題ないだろ。デントだって無理に帰ってこなくてもよかったんだ」
「何言ってるんだよ。ポッドの危機は僕の危機だよ。ポッドがジムリーダーを辞めるなら、僕も辞める」
「デント……」
 デントの言葉にポッドは顔を上げたが、そこにコーンが、
「辞めたければ一人で勝手に辞めてください。コーンは止めません」
「って、お前がトリプルバトル申し込んだんじゃねーか!」
「まあたしかに、余計なお世話だったかもしれません」
 ポッドは勢いよく立ち上がり、詰め寄るが、コーンは笑顔のまま、
「しかし心優しいコーンは、哀れなポッドにチャンスを与えてあげたのです。なにしろバトルに関しては、このコーンが兄弟最強! デントも『ポケモンソムリエ』の肩書きがあるので、ジムなどなくてもやっていけるでしょう。ですが、ポッドは他にこれといった取り柄がない! コーンにもデントにも負け、この上ジムリーダーをクビになっては――」
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ポッドーーーーー!」
「ポッドさーん!」
 いたたまれなくなったのか、ポッドは泣きながらジムを飛び出し、バオップが、デントとサトシが、慌てて後を追う。
 アイリスはぽかんとした顔でそれを見送り――コーンに目を向けると、
「なにも、傷口に塩を塗るようなこと言わなくても……」
「いいんですよ、あれで」
 コーンは涼しい顔で、
「すぐはい上がってきますから」
「え?」
「おっと。コーンとしたことが、客人にお茶のひとつも用意していませんでした。すぐ用意しますから、三人が戻ってきたらレストランに来るよう、伝えておいてください」
 そう言うと、コーンはレストランへと戻って行った。

「ポッド、元気出しなよ」
「連敗の上クビ寸前まで追いつめられて、どう元気出せってんだよ……」
 デントの言葉にも、完全にいじけた様子で返す。庭の隅に膝を抱えて座り込み、バオップにも顔を見せない。
「あー……こういう時、なんて声かければ……」
「ピカ……」
 思わず追いかけてきたものの、あまりの落ち込みぶりに言葉を失う。
「サトシ。ここは僕に任せて」
 そう言うとデントは膝を曲げ、静かな声で、
「ポッド。ジムリーダーの資質は勝ち負けじゃないってことは知ってるだろ?」
「……負けっぱなしでもダメだろ」
「まあ、それはそうだけど……でも、やる気じゃ誰にも負けてないって」
「でも負けたし」
「今は調子が悪いだけだよ。僕は、ポッドが弱いなんて一度も思ったことないよ」
 その励ましにも、ポッドはため息をつく。
 かける言葉を探していると、
「……デントはいいよなー。やりたいことあって」
 デントより先に、ポッドが口を開いた。
「俺ときたら、バトルは負けてばっかだし。レストランだって俺がお客さんをもてなさなきゃいけないのに、気がつけば俺だけ盛り上がってるし……一緒に生まれたはずなのに、なんで俺だけこうもいいとこなしなんだよ……」
「バトルはともかく、レストランはうまくやってると思うよ。自分だけ盛り上がってるって言ったけど、それだけみんなから愛されてるってことじゃないか」
「?」
「僕達兄弟の中で、ポッドが一番勝っているところだね」
 ポッドは少しだけ振り返り、しばらくデントを見ていたが――再び下を向くと、
「……それがなんになるんだよ」
 深々とため息をつく。
「目先の問題として、俺のバオップであのバオッキーに勝てるわけないじゃねーか」
「バオッキー?」
「バオップの進化系だよ。そうか、監察官は進化系を……」
「――なんだ、そんなことか」
 その言葉に、デントもポッドも顔を上げる。
 サトシは呆れた顔で、
「へーきへーき。相手が進化系だからって、負けるとは限らないって」
「って、お前なぁ! 同情して適当なこと言うんじゃねぇよ!」
 思わず立ち上がり、詰め寄るが、サトシは肩のピカチュウをなでながら、
「だって俺達、進化系のライチュウに勝ったことあるぜ。な?」
「ピカ!」
 サトシの言葉に、ピカチュウも大きくうなずく。
 デントとポッドは目を丸くし、
「へー、ピカチュウでライチュウを……それはすごいね」
「マジかよ? ただ者じゃないとは思ってたけど……」
 サトシがなぐさめでウソをつくとは思えない。
 それに何より、この二人なら本当にやってしまいそうな気がする。バトルしたことがある者なら、みんなそう思うだろう。
「どうだい? ポッド」
「へ?」
「少しは希望、出てきたんじゃない?」
「…………」
「――バオッ! バオーップ!」
 見下ろすと、バオップも『やろうぜ!』と言わんばかりの顔でうなずく。
「……そうだよな」
 ピカチュウに出来たのだ。ならば、バオップだって。
「――そうだ! 戦う前からうじうじ考えるなんて俺らしくねぇ! 要は勝てばいいだけの話だ!」
「その通りだよ! うん、いつもの調子が出てきたじゃないか!」
「そうそう! これまで負けたのはポッドさんが弱かったんじゃない! チャレンジャー(俺)が強すぎただけだ!」
「…………」
 サトシの言葉に、ポッドの燃えかけた炎が一瞬でしぼんだ。

「おや、来ましたか」
 アイリスに呼ばれレストランに来ると、テーブルには紅茶とケーキが並べられ、甘い香りをただよわせていた。
「おお、うまそー!」
「コーンが焼いた特製ケーキです。遠慮なく召し上がってください」
「ありがとう、コーンさん」
「『コーン』で結構ですよ」
「そうだぜ。デントの仲間なら、俺達の仲間だ!」
 ポッドはサトシの頭を帽子ごとわしづかみにし、グシャグシャとなでる。
 席に着くと、アイリスはさっそく紅茶に手を伸ばし、
「この紅茶、いい香り~! デントが入れるのとはまたちがった味わいね」
「へー。どれどれ……」
 サトシも紅茶を軽く冷ましてから口をつけ――足りなかったのか、砂糖を加える。
 コーンはそれに気づき、
「おや、苦かったですか? ケーキの甘さに合わせて茶葉を選んだのですが……」
「この苦いテイスト、サトシにはまだ早かったみたいだね」
 笑うデントに、アイリスもジト目で、
「サトシって、典型的なお子様舌なのよね~」
「アイリスだってミルク入れてるじゃん!」
 口論を始める二人に、ポッドはエプロンを手に立ち上がると、
「しょうがねぇなー。ちょっと待ってろ」
 そう言うと、厨房へと向かう。
 ポッドの姿が消えてから、
「……すいませんね。付き合わせてしまって」
「え?」
「別に、お二人まで来ることなかったんですよ?」
 コーンの言葉に、サトシとアイリスは不思議そうに首を傾げ、
「だって、緊急事態だって言うしさ。仲間のピンチを助けるのは当然だろ?」
「そうそう。協力出来ることは協力しなきゃ」
「そうですか」
 二人の言葉に、コーンはそれ以上何も言わず、微笑む。
 なごやかな空気の中、デントがふと、
「そういえば、監察官が来るのはいつなんだい?」
「明日です」
 その言葉に、全員お茶を吹いた。
「明日!?」
「ちょっと! のんきにお茶してる場合!?」
 アイリスはテーブルから身を乗り出すが、コーンは笑顔のまま、
「焦っても仕方ないですし。それにお客様がみえたら、もてなすのが礼儀です」
「かえって気を使うわよ!」
 デントも引きつった笑みを浮かべ、
「つまり、明日までにコンビネーションを完成させなきゃいけないってわけか……」
「あれ? デント達はトリプルバトルしたことないのか? 三人いるのに」
 意外そうな顔をするサトシに、デントも困った顔で、
「そもそも機会がないんだよね。対戦相手も三人いないと、実戦練習も出来ないんだよ」
「う~ん、俺一人でポケモン三体出しても、指示が追いつかないか……」
 アイリスは呆れた顔で、
「それじゃあぶっつけ本番? それでなんでトリプルバトル提案しちゃったの?」
「ぶっつけ本番でも、兄弟のシンパシー的な? ものでどうにかなると思いまして」
「シ、シンパシー……?」
 その回答に、目を点にする。
「まったく、コーンは……素直に『クビになる時は一緒だ』って言いなよ」
「言ったでしょう。これはポッドへのお情けです」
 デントの言葉に、コーンはそっぽを向く。
「そんなことよりバトルの話です。ポケモンのバランスが良くても、それを生かすコンビネーションがなくては」
『う~ん……』
 全員で首をひねっていると、
「――お待たせ」
 ティーポットとカップを手に、ポッドが戻ってきた。
 ポッドはカップに紅茶を注ぎ、
「こっちならどうだ? ほら、アイリスも」
「ありがとう!」
「わ、わたしは別に頼んでないけど……ありがと」
 そう言うと、二人はポッドが入れた紅茶に口をつけ――目をぱちくりさせる。
「あれ? 苦くない」
「ホントだ。茶葉変えたの?」
「水も茶葉も同じだぜ。ちがうのは、温度」
「温度?」
 ポッドは得意げに指を立て、
「デントが良質の茶葉を選び、コーンが最高の水を用意する。で、俺がベストな火加減でお湯を注ぐ。お茶ってのは、お湯の温度や抽出時間で味や苦味をコントロール出来るんだぜ。ちなみにこれは、ちょっと冷ましたお湯で入れたんだ」
「へー。たしかにこれ、熱すぎないし、飲みやすいや」
「苦すぎず、熱すぎない……」
 ポッドとサトシの言葉に、デントはティーカップに視線を落とす。白い湯気が立っている。
「――二人とも、それだよ! 明日のバトル、その作戦で行こう!」
『へっ?』
 勢いよく立ち上がったデントに、サトシとポッドは目を丸くした。