勝率0%の男 - 2/3

「――いいぞポカブ! 『ニトロチャージ』!」
「ポカーッ!」
「バオップ! もう一度『ほのおのパンチ』!」
「バオーーーップ!」
 夜。
 サトシとポッド二人しかいないジムで、ポカブとバオップが激突していた。
 炎をまとって突っ込んできたポカブに、バオップは『ほのおのパンチ』を叩き込み、その体を吹き飛ばす。
「よし! 『みだれひっかき』だ!」
「ポカブ、『かみつく』!」
「ポカッ!」
 ポカブは素早く体制を立て直すと、接近したバオップの腕にかみつく。
「バオップ!? 振りほどいて『ほのおのパンチ』だ!」
「そのまま叩きつけろ!」
「ポカーーーーーッ!」
 バオップはポカブを振りほどこうとしたが――ポカブはバオップの腕にかみついたままその体を振り回し、地面に叩きつける。
「バオップ!?」
 砂煙が舞い――煙が収まると、そこには目を回して倒れたバオップと、勝利に喜ぶポカブがいた。
「やったー! よくやったぞ、ポカブ!」
「ポカー! ポカブッ!」
 サトシは駆け寄ってきたポカブを抱き上げ、無邪気に勝利を喜ぶが、
「ピカピ。ピーカ」
「へ? あっ……」
 ピカチュウに服を引っ張られ、サトシは我に返った。サトシの向かい側では、倒れたバオップをポッドが抱き起こしている。
「あーあ、また負けか……」
「バオ~」
 バオップも、申し訳なさそうな顔でうつむく。
「えーと、その……」
「――ありがとな。サトシ」
「へっ?」
「全力で戦ってくれて」
 ポッドはサトシに目をやり、
「もしわざと負けられたりしたら、俺、今度こそ立ち直れなかったぜ」
「バオッ。バーオッ!」
 同意するように、バオップもうなずく。
 ポッドはその場であぐらをかき、バオップを膝に乗せると、
「なあ。サトシは一人っ子か?」
「え? うん」
「そうだと思ったぜ。いいよな、一人っ子って」
「そうかな? 俺は兄弟ってうらやましいと思うけど」
 サトシもポカブを抱えて座ると、ポッドは苦笑し、
「兄弟ってのも大変なんだぜ。一番身近なライバルっつーか、恰好の競争相手っつーか……ガキの頃はしょっちゅうケンカしてさ。そのたびに『一人っ子がよかった』ってわめいてたな」
「へー……」
 サトシにはこれまで兄貴分や弟分はいたが、競争相手として見たことはなかった。
 そういった意味では、ポッドとサトシの兄弟観はちがうのかもしれない。
「……焦ってるのかなぁ。俺」
 バオップをなでながら、ポッドは天井を見上げる。サトシも見上げると、天窓越しに星が見えた。
「スタートラインは同じだったのに、気がつけば俺だけ取り残されてさ。二人に追いつこうとしても、まったく追いつかねぇし。ムキになって、空回りしちまうのかな」
「ふぅん……」

 ――あいつならわかるのかなぁ……

 なんとなく、かつてのライバルのことを思い出す。
 今にして思うと、彼も兄に追いつこうと焦っていたのかもしれない。
「――二人とも。特訓はこの辺にして、もう休みなよ」
「デント?」
 いつの間にか、入り口にデントが立っていた。
「明日に備えて、ゆっくり休まないと。疲れを残したままバトルする気かい?」
「そうだな。バオップ、お疲れ。明日はがんばろうな」
「バオッ!」
 ポッドはバオップをボールに戻すと、あくびをし、
「じゃ、俺、もう寝るよ。最近あんまり寝てなかったし……なんか眠くなってきた」
「うん、おやすみ」
 サトシもポカブをボールに戻し、ジムを出ようとすると、
「――サトシ」
 デントに呼び止められ、振り返る。
 デントは一言、
「ありがとう」
「へ? ……俺、なんかした?」
「ふふっ……相変わらずだなぁ。サトシは」
 首を傾げるサトシに、デントは理由を教えることなく、笑った。

 翌日。
 現れたのは、大人のお姉さん三人組みだった。それぞれ赤、青、緑の色違いのスーツ姿で、おそろいのサングラスを身につけている。
 先頭に立つ赤スーツの女性は、サングラスをはずすと、
「約束通り、こちらも三人で来ました」
 続いて、青スーツの女性もサングラスをはずし、
「三つ子同士だなんて、奇遇ですね」
「私達も三つ子の姉妹なんですよ」
 最後に、緑スーツの女性もサングラスをはずし、微笑む。
 サトシとアイリスはぽかんとした顔で、
「イッシュの監察官もジョーイさんなんだ……」
「なんでも出来る人なのね……」
 全員、ジョーイだった。ちがうのは服の色くらいで、顔も髪型もみんな同じだ。
 なんと呼べばいいのかわからないので、サトシは心の中で赤ジョーイ、青ジョーイ、緑ジョーイと呼ぶことにした。
「俺達より息合ってそう……」
「ポッド、戦う前から負けないでよ」
 思わず後ずさるポッドの背を、デントが叩く。
 三人を代表してコーンが前に出ると、
「約束通りこちらも三人、準備出来ています。ルールは三対三のトリプルバトル。我々三人のポケモンすべて、もしくはそちらのポケモンすべてが倒れた時点で試合終了です」
「いいでしょう」
 ジョーイ達はうなずき、バトルフィールドに立つ。
「あ、わたし審判します」
「アイリスに審判なんて出来るのか?」
「サトシが審判するよりマシよ! キバゴをお願いね」
 そう言うと、アイリスはキバゴを残して審判台に立つ。
 デント達もフィールドに立つと、
「ヤナップ、頼むよ!」
「行くぞバオップ!」
「ヒヤップも行くのです!」
 一斉にモンスターボールを投げ、ポケモン達が飛び出す。
 ジョーイ達もボールを手に取ると、
「私達が使うのは、この子達です!」
 そう言うと、赤ジョーイはバオッキー、青ジョーイはヒヤッキー、緑ジョーイはヤナッキーを繰り出した。
「全部僕達のポケモンの進化系か……」
「俺達への当てつけかよ」
 ポッドのつぶやきに、赤ジョーイは笑みを浮かべ、
「挑戦者が進化系を使うなんてよくあること。それにどう対応するかも、ジムリーダーの資質に関わることです」
「それとも怖じ気づきましたか?」
「やめるなら今のうちですよ」
「冗談じゃねぇ! 勝つのは俺達だ!」
 ジョーイ達の言葉に、ポッドは威勢良く返す。
 審判台のアイリスは、すべてのポケモンが出そろったことを確認すると、
「それでは、サンヨウジムのデント、コーン、ポッド対、ポケモン監察官のジョーイ三姉妹による三対三のトリプルバトル、始め!」
 そして、戦いの火蓋が切って落とされた。

 開始の合図と共に、デントのヤナップを中心に、バオップとヒヤップが左右に散る。
「作戦通りに行くよ! ヤナップ、ヒヤッキーに『タネマシンガン』!」
「ヒヤップ、ヒヤッキーに『みだれひっかき』!」
「バオップも行け!」
 ジョーイ三姉妹は、青ジョーイのヒヤッキーを中心にフォーメーションを組むと、
「ヒヤッキー、そのまま動かないで!」
「バオッキー、『やきつくす』!」
「バオーーーーーッ!」
 バオッキーの炎が『タネマシンガン』を焼き尽くし、その炎にヒヤップとバオップがひるんだ。
 そのスキを逃さず、
「今よヤナッキー! ヤナップに『アクロバット』!」
 ヤナッキーはヒヤップとバオップを飛び越え、ヤナップに迫るが、コーンはすかさず、
「させません! ヒヤップ、上空に『みずてっぽう』!」
「バオップ! 『みずてっぽう』に最大火力で『ほのおのうず』!」
 ヒヤップの『みずてっぽう』とバオップの『ほのおのうず』がぶつかり、水が一気に蒸発する。
「何も見えない!?」
「それは相手も同じよ!」
 フィールドはあっという間に水蒸気に覆われ、ヤナッキーの技は不発に終わる。紅茶の湯気を見て、デントが思いついた作戦だ。
「――バオーップ!」
「ヒヤッ!?」
 その時、動きを止めていたヒヤッキーの足下から、バオップが飛び出した。
「いいぞバオップ! ヒヤッキーに『みだれひっかき』!」
「ヒヤップもヒヤッキーに『みだれひっかき』です!」
「ヒヤッ!」
 バオップと同じ穴からヒヤップも飛び出し、二人がかりでヒヤッキーに『みだれひっかき』を喰らわせる。
「水蒸気で目くらましをして、地下から!?」
「――二人とも離れて!」
 水蒸気が晴れると、そこには、エネルギーチャージを終えたヤナップがいた。
「目標ヒヤッキー! 『ソーラービーム』発射!」
「ヤナーーーーーッ!」
 ヤナップが技を放つと同時に、バオップとヒヤップはヒヤッキーから離れる。
 タイミングは完璧。水タイプであるヒヤッキーが喰らえば確実にダウンする。
 はずだった。
「ヤナッキー!」
「ヤナーッ!」
 そこにヤナッキーが飛び出し、自らを盾に『ソーラービーム』を受け止めた。
「ええっ!?」
「バオッキー、『あなをほる』!」
「バオッ!」
 驚くデントをよそに、赤ジョーイのバオッキーが地下へと潜る。それと同時に、
「ヒヤッキー! ヤナップに『ねっとう』!」
 ヒヤッキーの口から、勢いよく『ねっとう』が放たれた。
「ヤナーーーッ!」
「ヤナップ!?」
 熱さにヤナップがひるんだ瞬間を逃さず、
「今よバオッキー! ヤナップに『ほのおのパンチ』!」
 地下に潜っていたバオッキーがヤナップの足下から飛び出し、ヤナップのあごに『ほのおのパンチ』を叩き込んだ。
「ヤナップ!?」
 ヤナップの体は宙を舞い――地面に叩きつけられる。
「ヤナップ、戦闘不能!」
 目を回すヤナップの姿に、アイリスはジョーイ達に向かって手を挙げた。
「バオーッ!」
「まずは一人ですね」
 バオッキーが勝利の雄叫びを上げ、ジョーイ達が微笑む。
 デントは倒れたヤナップを抱き上げ、
「よくがんばったね。ゆっくり休んで」
「ヤナ~ッ……」
 労をねぎらうと、ヤナップをボールに戻す。
 その光景に、ポッドは呆然と、
「そんな……デントが負けちまった……」
 水蒸気で目くらましをしているスキに、ソーラービームの準備と地下からの接近。作戦は悪くなかったはずだ。昨日も、そのための特訓に費やした。
 しかし、いとも簡単に破られてしまった。
「……二人とも、ごめん」
「仕方ないですよ。それにこのコーンがいる限り、簡単にはやられません」
「…………」
 コーンは強気だったが、ポッドの脳裏には、ここ最近の敗北の記憶がよぎった。
 次倒れるのは、もしかすると――
「――ドンマイドンマイ!」
 サトシの声に、顔を上げる。
 サトシはこちらに向かって、
「バトルはまだまだこれからだ! すぐに巻き返せるって!」
「果たしてそうでしょうか?」
 青ジョーイだった。
 彼女は不敵な笑みを浮かべ、
「トリプルバトルの本当の戦いは、そのコンビネーションが崩れた時。一人欠けた今、どう戦いますか?」
「くっ……」
「――ポッド」
 歯噛みするポッドに、デントは静かな声で、
「サトシの言う通り、バトルはこれからだよ。焦らないで」
「わ、わかってるよ!」
 気を取り直し、改めてジョーイ達に向き直る。
「――それでは、バトル再開!」
 アイリスが両手を挙げ、フィールドのポケモン達が身構える。
「もう一度行きますよ! ヒヤップ、『みずてっぽう』です!」
「バオップ! 『みずてっぽう』に最大火力で『ほのおのうず』!」
 コーンの指示に、ヒヤップが上空に『みずてっぽう』を放ち、バオップの炎が水を蒸発させる。
 フィールドが再び水蒸気に覆われるが、
「同じ手が通じると思わないで! バオッキー! 水蒸気を焼き尽くすのよ!」
「バーオーッ!」
 水蒸気を吹き飛ばそうと、バオッキーの口に炎が集まった瞬間、
「――見えた!」
 水蒸気の中、コーンがその炎を見つけた。
 コーンはバオッキーの炎を指さし、
「あそこです! バオッキーに『みずてっぽう』!」
「バオップ、『みずてっぽう』に最高の火加減で『ほのおのうず』!」
 ほとんど同時に、ヒヤップとバオップの技が放たれた。
「バオーーーーーッ!?」
「バオッキー!?」
 二体の技は空中で合わさり、バオッキーに命中する。
 ポッドは腕を振り上げ、
「やった! 『ねっとう』が決まったぜ!」
「うん! 熱すぎずぬるすぎない、ベストな火加減だったね!」
 熱すぎては水が蒸発する。今度は火力を落としたのだ。
「喜ぶのはまだです! バオッキーに『みだれひっかき』!」
「っと、バオップ! お前もバオッキーに『みだれひっかき』だ!」
 コーンは立て続けに指示を出し、ポッドも慌てて指示を出す。
「ヤナッキー! バオッキーを助けるのよ!」
「ヒヤッキーも行って!」
 緑ジョーイと青ジョーイも慌てて指示を出すが、
「させません! ヒヤップ、『どろあそび』で二体の足下を崩すのです!」
「ヒヤーーーッ!」
 コーンは即座に技を切り替え、ヒヤップも方向転換すると、泥でヤナッキーとヒヤッキーの足止めをする。
「『どろあそび』にこんな使い方が……」
「でんき対策以外にも使い道があるんだー」
 サトシのつぶやきに、アイリスも目を丸くする。
 その間、バオップはバオッキーに『みだれひっかき』を喰らわせ、
「――とどめの『ほのおのパンチ』!」
「バオーーーーップ!」
 渾身の『ほのおのパンチ』が、バオッキーに叩き込まれる。
「バオッキー!?」
 吹き飛ばされたバオッキーは地面を転がり――止まった。
「――バオッキー、戦闘不能!」
 目を回すバオッキーの姿を確認し、アイリスはポッドに向かって手を挙げた。