その判定に、ポッドは一瞬ぽかんとしたが、みるみる顔がゆるむ。
そして、
「――やった! やったぞバオップ! 俺達、あのバオッキーに勝ったぞ!」
「バオーップ!」
「やれやれ。一人の力ではないこと、お忘れ無く」
「わかってるって!」
はじゃぐポッドに、コーンは呆れた顔で肩をすくめる。
「バオッキー、お疲れ様。休んでて」
「バオ~ッ……」
赤ジョーイはバオッキーにねぎらいの言葉をかけると、ボールへ戻す。
緑ジョーイは驚いた顔で、
「姉さんのバオッキーを倒すなんて……やりますね」
「でも、まだまだこれからです。一人欠けても、私達のコンビネーションが崩れることはない」
「――それはこっちのセリフだ!」
「デントがいないならいないなりに、どうとでもなりますから」
「あれ? なんだか僕いらない子?」
兄弟の冷たいあしらいに、デントは地味にダメージを受ける。
「口先だけは立派ですね」
「果たして、この先も大口叩いていられますか?」
青ジョーイは微笑むと、
「行くわよ! ヒヤップに『みだれひっかき』!」
「ヤナッキー! あなたもヒヤップに『みだれひっかき』!」
次はヒヤップに狙いを定めたらしい。二体同時に飛びかかる。
「ヒヤップ! 『あなをほる』で地下へ!」
ヒヤップは地下へ逃げ、二体の攻撃ははずれたが、
「逃がさない! ヒヤッキー、穴に『ねっとう』!」
ヒヤップが潜った穴めがけて、ヒヤッキーが勢いよく『ねっとう』を放つ。
「ヒヤーッ!?」
「ヒヤップ!?」
ほどなく、『ねっとう』でやけどしたヒヤップが、湯気と共に穴から飛び出した。
緑ジョーイはそこを逃さず、
「今よヤナッキー! 『かたきうち』!」
「ヤナーーーーッ!」
飛び出した瞬間を狙って、ヤナッキーの『かたきうち』がヒヤップに命中し、壁まで吹き飛ばす。
アイリスは、壁に叩きつけられたヒヤップに駆け寄ると、
「ヒヤップ、戦闘不能!」
ジョーイ達に向かって手を挙げた。
「『かたきうち』!?」
「そう。味方が倒されると威力が倍増する技です。一人倒したと油断しましたね」
「トリプルバトルは最後の一人が倒れるまで続くことを、お忘れなく」
ジョーイ達の不敵な笑みに、ポッドは絶望的な顔で、
「そんな……俺一人で、あのヤナッキーとヒヤッキーを倒せってのかよ……」
「――ポッド! あきらめるな!」
サトシの声に、我に返る。
「ヤナッキーもヒヤッキーもダメージを負っている! 逆転のチャンスはまだある!」
「サトシ……」
その自信のはどこから来るのだろう。
いくらダメージを負っているとはいえ、相手は進化系。普通に考えると、勝ち目などない。
「――ヒヤップ、お疲れ様です。よくがんばってくれました」
コーンはヒヤップをボールに戻すと、呆れた顔でため息をつき、
「まったく、ポッドはいつになったら進化するのです」
そして、ポッドをにらみつけ、
「ピンチのたびに、コーンやデントに助けを求めるのですか? いつも誰かが側にいて、都合良く助けてくれるなんて思わないでください」
「コーン……」
「――ポッド、覚えてるかい?」
振り返ると、デントは笑顔で、
「初めて三人でバトルした時、ポッドが一番強かったじゃないか」
「…………」
デントの言葉に、初めてポケモンを手にした時のことを思い出す。
初めてバトルした相手はコーンだった。そして、次がデント。
どちらにも勝った。
ひさしぶりの一等賞に、その日は一日中はしゃいでいた。
それからも、勝ち負け関係なしにバトルに明け暮れた。とにかくバトルが楽しくて、仕方なかった。
もう一度サトシに目を向ける。
不思議と、その姿が恐いもの知らずだった昔の自分と重なる。
――俺だって……
ポッドはサトシを指さし、
「――よぉーっし、やってやろうじゃねーか! しっかり目に焼き付けろよ! このポッド様の熱いバトルを!」
「おー! がんばれー!」
突然やる気を出したポッドに、サトシは笑顔で手を叩く。
デントとコーンは小声で、
「負けっぱなしの人のセリフじゃないよね」
「あれは単に、己を奮い立たせるために言ってみただけですよ」
「聞こえてるぞお前ら!」
やる気を出したポッドに、ジョーイ達もうなずき、
「そう来なくては困ります!」
「行きますよ! ――ヤナッキー、『かたきうち』!」
「『あなをほる』でかわせ!」
迫り来るヤナッキーを、バオップは地下に潜ってかわす。
「学習能力がありませんね。ヒヤッキー、穴の中に『ねっとう』!」
青ジョーイの指示に、ヒヤッキーが穴の前に立った瞬間、
「――来た! 『ねっとう』に最大火力で『ほのおのうず』!」
「バオーーーーーーーッ!」
バオップは穴の中から『ねっとう』を蒸発させ、その熱気にヒヤッキーは慌てて穴から離れる。
たちまち、フィールド全体が水蒸気に覆われ、何も見えなくなった。
「また目くらましを!」
「学習能力がないのはそっちだ! バオップ! 地面に向かって『はじけるほのお』!」
「バオーーーップ!」
バオップは穴から飛び出すと、炎の塊をフィールドの中心に思い切り叩きつける。
炎は地面にぶつかった衝撃で飛び散り、炎の雨が降り注いだ。
「――ヤナーッ!」
視界ゼロの中、炎を浴びたヤナッキーの悲鳴が響く。
「あそこだ! ヤナッキーに『ほのおのパンチ』!」
「バオーーーーーッ!」
水蒸気の中、バオップは声を頼りに駆け出す。
「ヤナーーーーーーッ!」
視界不良の中、激しい物音とヤナッキーの悲鳴が響き――そして、静かになった。
「ヤナッキー!?」
緑ジョーイの呼びかけにも返事はない。
ほどなくして水蒸気が晴れると、そこには目を回したヤナッキーの姿があった。
アイリスは、ポッドに向かって手を挙げると、
「ヤナッキー、戦闘不能!」
「――よっしゃあ! やったぞバオップ!」
「バオッ! バオーップ!」
勝利に、ポッドとバオップは飛び跳ねて喜ぶ。
デントは満足げにうなずき、
「『はじけるほのお』は味方にも当たる技だからね。当たる味方がいなくなったからこその作戦だ」
「やれば出来るではないですか。まったく、普段からそうしてもらいたいものですね」
はしゃぐポッドに、コーンは肩をすくめる。
「ヤナッキー、お疲れ様」
「とうとう一対一ですね」
ヤナッキーがボールの中に戻り、フィールドにはバオップとヒヤッキーが残った。
しかし、青ジョーイは余裕の笑顔で、
「ですが、三姉妹最強の私に勝つことなど不可能です」
その発言に、ポッドは目を点にし、
「……誰かと同じこと言ってやがる」
「さて、誰でしょう」
コーンはしれっ、とした顔で目をそらす。
「それでは、バトル再開!」
「行くぞバオップ! 『ほのおのうず』!」
アイリスの声を合図に、ポッドは指示を出し――バオップの口から炎が放たれる。
「よし、閉じこめた!」
炎はあっと言う間にヒヤッキーの周囲を取り囲み、渦となって吹き荒れた。
しかし、青ジョーイは顔色ひとつ変えず、
「ヒヤッキー! 『アクアテール』で振り払いなさい!」
「ヒーーーーヤッ!」
大量の水を含んだヒヤッキーの尾に、『ほのおのうず』は内側から真っ二つに切り裂かれ、水蒸気が立ちこめる。
ポッドはひるむことなく、
「ヒヤッキーの足下に『はじけるほのお』!」
炎の塊がヒヤッキーの足下に直撃し、炎が飛び散るが、まるで熱さを感じていないらしい。ヒヤッキーは炎の雨の中を突っ走り、バオップとの距離を一気に詰める。
「決めるわよ! 『アクアテール』!」
「『ほのおのパンチ』で迎え撃てーーーーっ!」
「ヒヤーーーーーッ!」
「バオーーーーーッ!」
ヒヤッキーとバオップの真っ向勝負に、水蒸気が吹き荒れ、視界が真っ白になった。
静かになり――そして、
「――バオップ、ヒヤッキー、共に戦闘不能! よってこの勝負、引き分け!」
水蒸気が晴れると、そこには、目を回したバオップとヒヤッキーが折り重なって倒れていた。
「引き分け……」
その判定に、ポッドはぼうぜんと立ちつくす。
全力で戦った。
なのに、勝てなかった。
「――ポッド」
デントの声に我に返る。
勝ち負けよりも先に、やるべきことがあった。
「バオップ!」
ポッドは倒れたバオップに駆け寄ると、
「ありがとう、バオップ。すごかったぜ」
「バオ~」
抱き起こすとバオップは目を覚まし、力なく笑う。どことなく満足げだ。
「みんな、おつかれさま!」
「すごいバトルだったぜ!」
アイリスとサトシも駆け寄るが、ポッドは肩を落とし、
「……みんな、ごめんな」
「ポッド?」
「負けなかったけど、勝つことも出来なかった。……ダメだなぁ。俺」
「そんなことないって。いいバトルだったじゃん」
「うん。苦みだって、必要なテイストなんだよ」
「――そうですね」
顔を上げると、青ジョーイは涼しい顔で、
「あなた達が弱かったのではありません。私達が強かっただけです」
「え?」
赤ジョーイと緑ジョーイもうなずき、
「あなた達とは監察官の仕事抜きに、またバトルしたいですね」
「その時こそ白黒つけましょう」
その言葉に、ポッドはぽかんとした顔で、
「ってことは……」
「クビはつながった、ということですか?」
「私達をここまで追いつめた相手を、どうしてクビにする必要があるんです?」
デントの質問に、赤ジョーイは微笑む。
青ジョーイも報告書にペンを走らせながら、
「まあ、一人一人の能力には多少不安が残りますが、三人いることですし。本部には『今後の成長に期待出来る』と報告しておきましょう」
その言葉に緑ジョーイは呆れた顔で、
「あなた、相変わらずきびしいわね」
「事実を言っただけです。一対一なら、私だけで全員に勝利していました」
「――なにそれ!? 私達が足を引っ張ったって言うの!?」
「あら、真っ先に倒されたのはどなただったかしら?」
「二人とも、人前で見苦しいですよ! ――今回の件については、近いうちに本部から連絡が来ます。それでは、今後の活躍に期待していますよ」
言い争いを始める赤ジョーイと青ジョーイの背を緑ジョーイが押し、そそくさとジムを後にする。
その光景に、アイリスはぽかんとした顔で、
「どっかで見た光景……」
「三つ子って、どこもあんな感じなのか?」
「さあ……」
サトシのつぶやきに、デントもぽかんとした顔で返すしかなかった。
「みんなありがとな。サトシ、またバトルしようぜ。その時は勝つからな!」
「うん。俺だって負けないぜ!」
「なんだか弟が一人増えたみたいだね」
息のあったポッドとサトシに、デントは思わず笑みをこぼす。
コーンも笑いながら、
「あまり話も出来ませんでしたが……次来た時は、ゆっくりして行ってくださいね」
「はい。また遊びに来ます!」
「その時は、苦くないお茶を出しますから」
「えへへ……はい~」
やはり苦かったらしい。アイリスは照れた顔で頭をかく。
それぞれ言葉を交わすと、サトシ達はジムを後にした。
コーンは去りゆく三人の背に向かって、
「――ベストウイッシュ。よい旅を」
そして、その姿が見えなくなるまで手を振った。
サンヨウジムが見えなくなった頃、
「それにしても、いいの? またジムを留守にしちゃって」
「いいんだよ。いつまでも三人一緒ってわけにもいかないし」
アイリスの質問に、デントは前を向いたまま、
「スタートラインは同じだったけど、ゴール地点まで同じとは限らない。兄弟っていうのは、いずれそれぞれの道を歩かなきゃいけないんだ」
「それぞれの道、かぁ……」
それはどんな道なのだろう。
サトシはふと、前を歩くアイリスとデントの背に目をやる。
いずれ、この二人とも別れる日がやってくる。その時、二人はどんな道を選んで――そして自分は、どんな道を進むのだろう。
確実に言えることは、
「……どんな道でも、俺達はずっと一緒だよな」
「ピカ!」
サトシの肩のピカチュウは、なんの迷いも疑いもなく、元気よくうなずいた。