ツタージャの花かんむり - 2/3

「使用ポケモンは一体。どちらかのポケモンが倒れた時点で試合終了でいいね」
「オーケー!」
「わかりました」
 審判のデントに、サトシとアニスはうなずく。
 サトシはモンスターボールに手を伸ばし、
「よし、それじゃあ――」
「――ミ~ジュ!」
 選ぶより先に、ミジュマルが勝手にボールから飛び出した。
「ミ~ジュ! ミジュマッ!」
 やる気満々のミジュマルに、サトシは苦笑しながら、
「またおまえは……ま、いいや。頼むぞ、ミジュマル」
「ミ~ジュ!」
 ミジュマルは満足げにうなずくと、ホタチを叩く。
 アニスもモンスターボールを手に取り、
「それでは、参ります!」
 ボールを放り投げると、赤い光と共に、全身トゲだらけの丸いポケモンが飛び出す。
「テッシードか!」
 サトシはポケモン図鑑を開き、確認する。
 アイリスは目を丸くし、
「意外とお堅いポケモン使うのね」
「あのトゲはやっかいだよ。草とはがねで相性も悪いし……どう戦うかな」
 デントは両者の準備が済んだことを確認すると、
「それでは、始め!」
 勢いよく手を挙げ、バトルが始まった。
 
 
「行くぞ! 『みずてっぽう』!」
「ミーーーージュ!」
「『ミサイルばり』ですわ!」
「シィーーーーッド!」
 テッシードは勢いよく回転し、『みずてっぽう』に『ミサイルばり』をぶつけるが、
「シィ~ッド!」
「テッシード!?」
 水の勢いに針が蹴散らされ、そのまま『みずてっぽう』がテッシードに命中する。
「パワーはミジュマルが上ね」
「うん。あのテッシードはまだまだ青いテイストだ。相性の悪さはレベル差で補えそうだね」
 しかし、ダメージそのものは少なかったらしい。テッシードはすぐに起きあがり、
「テッシード、『ジャイロボール』ですわ!」
「シィーーーーッド!」
 テッシードの前に光が集まり、勢いよく放たれる。
「ホタチではじき飛ばせ!」
「ジュマーーーーーッ!」
 ミジュマルはホタチを手に駆け出すと、迫り来る『ジャイロボール』をホタチではじき飛ばす。
「ええ!?」
「驚いてるヒマはないぜ! そのまま『シェルブレード』だ!」
 ミジュマルは足を止めることなく、テッシードに迫る。
 アニスは我に返ると、
「テッシード、『ころがる』!」
「シーーーーーーッド!」
 アニスの指示にテッシードは勢いよく地面を転がり始める。
「ジュマーーーーーー!」
「ミジュマル!?」
 転がってきたテッシードに、ミジュマルはホタチごとはね飛ばされた。
「いたそ~!」
「あのトゲだもんね……体も丸いから、よく転がりそうだ」
 アイリスは思わず目を覆い、デントも顔を引きつらせる。
「ミジュ~……」
「ミジュマル! 来るぞ!」
「ジュ?」
 サトシの声に、ミジュマルはホタチを拾いながら振り返る。
 そこには、土をまき散らしながら迫るテッシードの姿があった。
「ジュマーーー!? ジュママーーーーー!」
「落ち着けミジュマル! テッシードに『みずてっぽう』!」
「ミーーージュマーーーーー!」
 サトシの指示に、ミジュマルは足を止め、振り向きざまに『みずてっぽう』を放つが、
「ジュマーーー!?」
 水ははじかれ、テッシードの『ころがる』を再び喰らう。
「ダメだ、勢いが強すぎる!」
 ミジュマルは思い切り吹き飛ばされ、土の上に落下した。
「大丈夫か!?」
「ミ……ミ~ジュ!」
 ミジュマルはすぐ起きあがり、ホタチを叩いてみせる。幸い、ダメージは少なかったらしい。
「………?」
 その時、地面が柔らかくなっていることに気づく。
「そうか、テッシードのトゲのせいで……」
 テッシードの通り道が掘り返されている。まるで、転がりながら土を耕しているみたいだ。
 その時、ひらめいた。
「――ミジュマル! 地面に『みずてっぽう』!」
「ジュマーーーーーー!」
 サトシの指示に、ミジュマルはテッシードではなく地面に向かって水を放つ。
「もう一度! フィールド全体に!」
「ジューーーーマーーーーーーー!」
 ミジュマルは顔を真っ赤にし、『みずてっぽう』を辺り一面に放つ。
「これは――!?」
 サトシの行動に、アニスは目を丸くした。
 柔らかくなった土はみるみる水を吸い込み、泥だまりとなる。
 そしてそのぬかるみに、テッシードのスピードが徐々に奪われて行く。
 サトシは頃合いを見計らい、
「今だ! テッシードに『アクアジェット』!」
「ミーーーージュマーーーーーー!」
 今度は渾身の『アクアジェット』で、テッシードに突っ込む。
「シーーーーッド!」
「テッシード!」
 ミジュマルのダメージ覚悟の突撃に、テッシードは吹き飛ばされ、ぬかるんだ地面に叩きつけられた。
「なるほど。普通の『ころがる』なら地面を踏み固めるところだけど、テッシードはトゲがある。ポケモンとフィールドの特徴をうまく利用したね」
「テッシードのトゲがあだになったってわけね」
 デントとアイリスは目を丸くし、素直に感心する。
 サトシはこぶしを振り上げ、
「よーし! ミジュマル――」
「――テッシード、戻ってください」
『え?』
 アニスの行動に、その場にいた全員が目を丸くした。
 アニスはテッシードをボールに戻すと、
「わたくしの負けです」
 そう言って、頭を下げた。
 サトシとミジュマルは、一瞬、ぽかんとしたが、
「――なんだよそれ!? 勝負はこれからだろ!」
「ジュマ! ミ~ジュマ!」
 サトシはもちろん、ミジュマルも不満をあらわに、跳び上がって手を振り回す。
 アニスはテッシードのボールを手に、困った顔で、
「も、もう結果は見えたじゃないですか。『ジャイロボール』も『ころがる』も通用しませんでした。これ以上はどうしようも……」
「『これ以上』ってなんだよ!? 最後まであきらめるなよ!」
「でも……」
 サトシは怒って詰め寄るが、アニスはうつむいて言葉をにごす。
「アニス。ひょっとして、バトルはいつもそんな感じなのかい?」
「え?」
 デントに聞かれ、アニスは顔を上げる。
「バトルだけじゃない。ジムも挑戦する前からあきらめて。キミはそれでいいのかもしれないけど、ポケモンはスッキリしないんじゃないかな?」
「だ、だって……無理に挑戦しても、いたずらにポケモンを傷つけるだけですし……」
「『でも』とか『だって』とか、人の意見はまったく聞かないのね」
 アイリスも、呆れた顔でため息をつく。
 デントはきびしい顔で、
「バトルは最後までわからないんだ。最後の一撃で逆転する可能性だってある。アニスは、その可能性を自分で摘み取っているんだよ」
「可能性を……わたくしが?」
「そうだよ! なんで自分とポケモンの可能性を信じないんだ? 自分を信じてくれないトレーナーに、ポケモンが応えてくれるはずないだろ!」
 サトシが、怒っている。
 サトシは険しい顔で、
「今のバトル、全然本気じゃなかった。そんなのトレーナーにもポケモンにも失礼だ!」
「そんなこと……わたくし、全力でした!」
「そうは思わなかったけど」
 アイリスの言葉に、デントもうなずき、
「うん。アニスは全力のつもりなんだろうけど……負けると思ったらすぐ降参。ツタージャは、キミのそんなところに嫌気が差して出て行ったんじゃないかな?」
「そんな……」
 デントの言葉に、アニスは言葉を失う。思い当たるふしがあったのだろう。
「――アニス。俺、ツタージャとバトルした時、すげーって思ったんだ」
 サトシの言葉に、アニスは顔を上げる。
 サトシは少し興奮気味に、
「俺のポケモンが次々とやられてさ。前のトレーナーは、きっとすごいヤツだったにちがいないって、そう思ったんだ」
「すごい……? どうして? 会ったこともないのに」
 サトシは笑みを浮かべると、
「そんなのポケモンを見りゃわかる。もっと自信持てよ」
「…………」
「あーもう、泣くなよ」
「だって……うれしくて」
 アニスは大粒の涙をボロボロとこぼし、しゃくり上げながら、
「昔から、なにをやってもうまく行かず……お姉さま達と自分を比べるたびに、自分がみじめに思えて……」
「いじめられたの?」
 アイリスの言葉に、アニスは首を横に振り、
「お姉さま達は、いつもわたくしを優しくはげまし、失敗も笑顔で許してくれました。でも、その優しさに甘えている自分に気づいて……そんな自分を変えたくて、旅に出たんです」
「なるほど……お姉さん達への甘えが、全力を出せない原因だったってわけだ。それを断ち切りたかったんだね?」
 アニスは泣きながらうなずく。
「なあ、アニス。ツタージャって、すっげー頼りがいがあるだろ?」
「………?」
「あいつ、ホントしっかりしててさ。俺も、つい甘えちゃう時があるんだ」
 サトシがなにを言いたいのかわからず、アニスは首を傾げる。
 サトシは言葉を選びながら、
「アニスは、お姉さん達への甘えを断ち切るために旅に出たんだろ? なのに今度はツタージャに甘えてさ。それじゃあ何も変わらない……ツタージャは、自分の存在がアニスをダメにすると思ったんじゃないかな?」
「そんな……それでは、ツタージャはわたくしのために……?」
 サトシはうなずくと、アニスの肩を叩き、
「きっとそうだよ。ツタージャのためにも、もっとしっかりしなきゃ」
 アニスは肩を震わせ――
「うっ……ツタージャ……ツタージャァァァァッ!」
 こらえきれなくなると、声を上げ、わんわん泣き出した。