「……皆さん、申し訳ありませんでした」
泣くだけ泣いたらスッキリしたらしい。赤くなった目をぬぐうと、
「ツタージャ、ごめんね。わたくし、あなたに甘えていたのですね……」
近くにいるであろうツタージャにあやまると、サトシに目をやり、
「お願いです。もう一度、わたくしとバトルをしてください。今度は途中であきらめたりしません。最後まで戦い抜きます!」
「よし! そうこなくっちゃ!」
「――ツタァッ!」
突然、近くの木が揺れ、ツタージャが飛び出す。
「ツタージャ? ……ひょっとして、戦いたいのか?」
「タジャ」
サトシの言葉に、ひとつうなずく。
「……ありがとう、ツタージャ」
アニスもモンスターボールを手に取ると、
「あなたに、今のわたくしの力を見せてあげます!」
天高く放り投げ、赤い光と共にポケモンが飛び出す。
「このポケモンは……」
ゴツゴツした黒い石の体を、三本の足で支えたポケモンだった。体の所々から、オレンジ色の結晶がのぞいている。
「ガントル! テッシードといい、まさに鉄壁ガードのお嬢さまね」
「でも、草タイプにいわタイプは不利だ。どうして……」
ガントルの登場に、デントは首をひねる。
アニスはツタージャに目をやり、
「覚えていますか? ツタージャ」
「ツタ?」
「あなたと一緒にゲットしたダンゴロが、進化したのです」
「ひょっとして、洞窟でゲットしたっていう……」
「はい。ツタージャがいなくなった後、パートナーとしてがんばってくれました」
すなわち、アニスのエースポケモン。そして、ツタージャとの思い出のポケモン。それゆえに、不利を承知で選んだのだろう。
「皆さんのおかげで目が覚めました。今度こそ、この子に勝たせてあげます!」
アニスの熱意が伝わったのか、ガントルの雄叫びが辺り一帯に響き渡った。
「行くぞツタージャ! 『リーフブレード』!」
「『てっぺき』!」
――ガッ!
勢いよく振り下ろされたツタージャのしっぽを、ガントルは真っ正面から受け止める。
「びくともしない!」
「元々、守りに長けたポケモンだからね。『てっぺき』でさらに固くなられたら、物理技はもう効かないよ」
デントの助言に、サトシは、
「だったら『リーフストーム』だ!」
「タ~ジャッ!」
ツタージャの周囲に木の葉が吹き荒れ、緑の渦がガントルに迫る。
アニスはひるむことなく、
「『ロックブラスト』をぶつけるのです!」
「ガアァァッ!」
ガントルの周囲の岩が浮かび上がり、次々と『リーフストーム』にぶつかる。砂煙がもうもうと立ちこめ、視界が悪くなった。
「『ずつき』です!」
「――ガァッ!」
ガントルは砂煙を突っ切り、動きを止めていたツタージャを吹き飛ばした。
「タジャーーーーーーッ!」
「ツタージャ!?」
ツタージャの体は地面を滑り、二転、三転して止まる。
「今です! 『メロメロ』!」
「なに!?」
そこにすかさず、ガントルの『メロメロ』が放たれた。
「タジャ?」
起きあがるより早く、ピンクの光がツタージャの周囲を飛び交い、その身を捕らえる。
「『メロメロ』!? ガントルが!?」
「これはまた……意外なテイストだね」
予想外の技展開に、アイリスとデントは目を丸くする。
「ツタージャ! ツタージャ!?」
「ツタ……タ~ジャ……」
呼びかけるが、ツタージャの体はふらふらし、聞こえている様子はない。
アニスはこぶしを握りしめ、
「やりましたわ! ガントル、もう一度『ずつき』!」
「トルーーーーーガッ!」
アニスの指示に、ガントルは勢いよく駆け出す。
「がんばれツタージャ! アニスに今のおまえの力を見せるんだ! ――『メロメロ』!」
「ツタ……タ~ジャ!」
突っ込んできたガントルに、今度はツタージャの『メロメロ』が襲いかかる。
「ガントル!?」
「ガァ~……」
『メロメロ』はガントルを捕らえ、『ずつき』を不発に終わらせた。
「やった! 効いたわ!」
「サトシの呼びかけで正気に戻ったんだ!」
そして、サトシとツタージャの反撃が始まった。
「ガントルの足を『つるのムチ』で引っ張れ!」
「ツターッ!」
その指示に、ツタージャはガントルの足を『つるのムチ』でからめ取ると、
「タ~ジャッ!」
今度はムチを思い切り引っ張り、ガントルを引きずり倒す。持ち上げることはさすがに無理だが、今のガントルを転ばせるには充分だった。
「ガントル! しっかりしてください! 『つるのムチ』を振り回すのです!」
「トル~ッ!」
アニスの声が聞こえたのか、ガントルはムチが絡まった足を上げると、ツタージャごと振り回す。
「ツターーーッ!?」
「そのまま投げ飛ばしてください!」
「ガァッ!」
足を振り下ろした拍子にムチはほどけ、ツータジャの体は空に舞い――地面に向かって落下する。
このまま地面に激突すれば、大ダメージは免れないが、
「――そのまま『リーフブレード』で着地しろ!」
サトシの指示にツタージャは体を丸め、『リーフブレード』の構えを取る。
そして、
「ターーーージャッ!」
しっぽを地面に叩きつけ、衝撃を逃がすと、自分は無事に着地する。
「『リーフブレード』を守りに!?」
アニスは驚きで目を見開いた。
普通なら、あきらめて地面に叩きつけられている。
なのにサトシは、あきらめなかった。
「まだまだこれからだ! ツタージャ! もう一度ガントルの足を『つるのムチ』でからめ取れ!」
「タジーャッ!」
「ガントル、『ロックブラスト』! ガントル!」
アニスも指示を出すが、ガントルはふらふらしたまま、技を出さない。
「まだ『メロメロ』が効いてるんだ」
「自分が教えた『メロメロ』でピンチになるなんて……」
皮肉な展開に、デントとアイリスは緊迫した面持ちで状況を見守る。
「つるを縮めて一気に接近しろ!」
ツタージャはつるを縮め、ガントルにしがみつくと、
「行けぇ! 『リーフストーム』!」
「タ~~~ジャッ!」
ツタージャとガントルを中心に、草の渦が吹き始める。
「ガントル! ――あきらめないで! 『ロックブラスト』!」
「ガアアアァァァァァァァッ!」
その時、ガントルが正気に戻った。
勇ましい咆哮を上げ、岩が浮かび上がる。
岩はそのまま、ツタージャの『リーフストーム』に巻き込まれるように呑まれ、あっという間に二体を覆い隠した。
「ツタージャ!」
「ガントル……お願い!」
やがて、『リーフストーム』と『ロックブラスト』の渦が収まり――視界が開けると、そこには目を回したガントルが倒れていた。
そして、
「……タジャッ」
ひょっこっ、と、ガントルの下からツタージャが顔を出す。とっさにガントルの下に潜り、身を守ったようだ。
デントは手を挙げ、
「ガントル、戦闘不能! ツタージャの勝ち!」
「――やったなツタージャ!」
「タ~ジャッ!」
ツタージャはガントルの下から飛び出し、サトシの元に駆け寄る。
アニスも倒れたガントルの前に膝をつくと、
「……負けてしまいましたね」
「トル~……」
アニスになでられ、ガントルは申し訳なさそうにうつむく。
しかし、アニスは笑みを浮かべ、
「でも、こんなに気持ちのいい負けは初めてですわ」
「ガァッ!」
ガントルも、満足げにうなずく。
「今度はあきらめなかったもんね」
「うん。あそこで『ロックブラスト』が来るとは思わなかったよ」
アイリスとデントも、アニス達の健闘を称える。
「ありがとうございます。初めて本当のバトルをしたような気がしますわ」
「だろ? 全力でバトルすれば、勝っても負けても気持ちいいんだ。ツタージャ、おまえも――」
サトシは足下に目をやり――
「あれ? ツタージャ?」
ツタージャがいないことに気づき、辺りを見渡す。
「――ツタッ」
ほどなく、ツタージャがなにかを手に戻ってきた。
花かんむりだった。
「タジャッ」
ツタージャはアニスの元に駆け寄ると、花かんむりを差し出す。
「…………」
アニスは、ぽかんとした顔で花かんむりを見つめ――
「……ありがとう。ツタージャ」
「タ~ジャ」
アニスが花かんむりを受け取ると、ツタージャはさっさと背を向ける。
アニスは、花かんむりを懐かしい目で見つめ、
「まだ旅に出たばかりの頃、よく作ってあげましたね」
「そうなの? じゃあ、さっき捨てたのは……」
「きっと、アニスのことを思い出して辛かったんだよ。忘れてなんかいなかったんだね」
「ええ。もう、それだけで充分です」
アニスは、ツタージャの花かんむりを手に立ち上がると、
「本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げる。
「皆さんのおかげで、自分がいかに未熟者か、よくわかりました。もう、ツタージャを返してほしいなんて言いません」
「え?」
「わたくしにこんなことを言う資格はないのですが……ツタージャのこと、よろしくお願いします」
「アニス……」
アニスはサトシに向かって再び頭を下げると、今度はツタージャの背に向かって、
「ツタージャ。わたくし、あなたに認めてもらえるトレーナーになってみせます。その時は、またバトルしてくださいね」
「……タジャッ」
ツタージャは背を向けたまま、軽く手を上げ――近くのしげみの中に身を隠す。
「まったく、素直じゃないなー」
「ふふっ、相変わらずですね。ツタージャは」
隠れているつもりなのか、しげみからしっぽがはみ出している。
しばらく前まで垂れ下がっていたしっぽは、今は、空に向かって元気よく伸びていた。