「ごめんごめん、冗談だって」
「おなか壊すわよ?」
「ミジュ……ミジュミジュ~!」
サトシとアイリスの言葉にも、ミジュマルはきのみをやけ食いを止めなかった。
デントはシンジに目をやり、
「それにしても、なんでミジュマル?」
「進化後に期待出来る」
シンジが差し出した図鑑には、ミジュマルの最終進化系であるダイケンキの画像が表示されていた。
サトシは苦笑しながら、
「あはは……たしかに、シンジ好みの強そうなポケモン」
「ポケモンは進化後の姿が長いからな」
そう言って、図鑑をポケットに戻す。
「――ジュマッ!?」
振り返ると、ミジュマルがきのみを喉につまらせ、ツタージャに背中をムチ打たれていた。
「ジュ~」
「ツタッ」
なんとか飲み込み、胸をなで下ろすミジュマルに、ツタージャは呆れた顔でため息をつく。
「おなかいっぱいになって、ちょっとは機嫌直ったか?」
「ジュッ」
ミジュマルはサトシから目をそらし、残っていたきのみを手にシンジに駆け寄ると、
「ミジュ~。ミジュ、ミジュマ!」
「いらん。余り物を人にやろうって?」
差し出されたきのみを、シンジは冷たく拒絶する。
「ありゃりゃ……シンジになついちゃったよ」
「わかんないものねー。性格は正反対なのに」
「う~ん、足りないものを補い合うというか、正反対のほうが案外うまく行くんじゃないかな? ちょうどサトシとシンジの関係みたいで」
『絶対ちがう』
デントのテイスティングを、サトシとシンジは同時に否定した。
「――お待たせ~」
その声に振り返ると、黒いタンクトップの上に白いブラウス、デニムのパンツ姿の女性がやってきた。両手にはビニール袋を提げている。
「ヨウコさん!」
「あら、サトちゃんじゃない! ――あ、シンちゃん。ダンゴロ団子とマッギョ焼き買ってきたけど食べる? こっちはモンメンあめ」
「いらん! 買いすぎだ!」
シンジは母が差し出した袋を即座に拒む。どう考えても二人で食べきれる量ではない。
ヨウコはあらためて、サトシ達に振り返ると、
「みんな元気だった~? あ、デンちゃん。ジムのこと、ごめんね~」
「――余計なことをしゃべるな!」
「へ?」
突然の謝罪。そして慌てるシンジに、デントは首を傾げ、
「ジムがどうかしたんですか?」
その言葉にヨウコは驚き、シンジは頭を抱えた。
「え? 知らないの? デンちゃん、サンヨウジムのジムリーダーなんでしょ?」
「どうりで何も言ってこないと思ったんだ……」
「え?」
二人の様子に、デントの顔からみるみる血の気が引く。
デントはシンジの両肩をわしづかみにすると、
「な、なに!? なにかあったのかい!?」
「いや、知らないなら知らないで……」
「言って! 全部言ってよ!」
ただ事ではない雰囲気に、サトシも怪訝な顔で、
「サンヨウジムに挑戦したのか?」
「挑戦したのは私なんだけど、ちょっとね……」
「あれは悲惨だったな……」
観念したのか、シンジは淡々と語り出した。
●対戦相手は『サトシのピカチュウを倒した』という理由でコーンを指名
●ヨウコはいきなりダストダスを出した
●サンヨウジム→締め切り空間
●悪臭によりジムリーダー二人+応援団全員戦闘不能(※ヨウコ本人はガスマスク装備)
●救急車、なぜかレスキュー隊まで出動。テロと勘違いした通行人の通報により警察も出動
●コーンが入院した
●レストランに保健所が入り、一週間の業務停止命令
●翌日の新聞に載った
「――ということがあってだな……」
「デントー!」
「気をしっかり持って! デントー!」
話が終わるより早く、デントが仰向けにひっくり返った。
サトシとアイリスに体を支えてもらいながら、デントは引きつった顔で、
「ちょ……ちょっと待って……初耳なんだけど……」
「きっと、デントに心配かけまいと黙っていたのね!」
「いい兄弟じゃないか!」
アイリスもサトシも必死にフォローする。
ヨウコとシンジは、デントを哀れむような目で、
「あらー、これを知らなかったということは……」
「あんた、街で自分の死亡説が流れてることも知らないのか?」
「もうやめて! デントになんの恨みがあるの!?」
「『全部言え』って言うから……」
目に涙すら浮かべるアイリスに、シンジは困った顔をする。
「それにしても、おまえ平気だったのか? その場にいたんだろ?」
不思議そうな顔をするサトシに、シンジは首を横に振り、
「一部始終窓の外から見ていた。イヤな予感がして、最初からジムには入らなかった」
「予感がしたなら止めてよ!」
「そうは言っても……ダストダスの使用は禁止されているわけじゃない。臭いだけで」
「あの子、気が高ぶると臭いがコントロール出来なくなるのよねー。今後の課題ね」
デントの涙の訴えに、親子は謝罪はしたが反省はしていない顔だった。
「それじゃあ、バッジはゲット出来なかったんだ?」
「ううん。『バッジやるから帰ってくれ』って。不戦勝ってやつね」
「あの赤いヤツ、泣いてたな……」
「あ、そう……」
その光景を想像し――サトシ達は心の中で、サンヨウジムへのお悔やみを申し上げた。
「観客は多いのに、挑戦者は少ないな」
コジョフーから帽子を返してもらった後、集合場所の大会本部席があるテント前まで来たものの――集まった挑戦者の数に、サトシは拍子抜けした。二十人もいない。
シンジは挑戦者を数え、
「フン、腕試しにもならんな。十五人しかいないじゃないか」
「あら、十六人よ。はいこれ」
「は?」
ヨウコがシンジに差し出したのは、『3』と書かれた番号札だった。エントリーした時もらえるものだ。
「おい、まさか――」
「ちゃーんと、エントリーしといたわよー。ちなみにママは十番」
「勝手なことをするな! 第一、俺のポケモンはみんな進化済みで、条件に合わないだろう!」
「だからぁ、私のヒメちゃん貸すんじゃない」
「絶対イヤだ!」
差し出されたヒメグマのモンスターボールを、シンジは全力で拒絶する。
サトシとアイリスは悪意ある笑みを浮かべ、
「シンジがヒメグマか……」
「『シンちゃん』にはぴったりかもね~」
「勝手に決めるな! 第一、優勝したところで賞品も出ないんだぞ! 出場してなんの得がある!」
「あら、勝敗関係なしに、ポケモンにはクッキー、トレーナーにはサイコソーダがひとつずつもらえるわよ?」
その回答に、シンジは悲しいやら情けないやら微妙な顔で、
「俺のバトルはクッキーとサイコソーダ一本分の価値か……」
「安くなったなー。おまえのバトル」
「言っておくが、その『安いバトル』に出るんだぞ? おまえ」
「あはは~。まあ、賞品目当てじゃないし」
シンジの皮肉を、サトシは笑って受け流す。
「とにかく俺は棄権する」
「ええ~!? いいじゃない! 出ましょうよ!」
「しつこい! ヒメグマで出られるか!」
「――ミジュ!」
その時、なんとなく出しっぱなしにしていたミジュマルが手を挙げた。
ミジュマルはシンジに向かって、
「ミ~ジュ、ミジュミジュ、ミ~ジュマ!」
そう言うと、ホタチを叩く。これはもしや――
「――そうか! おまえが出るんだな!?」
「は?」
サトシはミジュマルを抱き上げると、シンジに差し出し、
「だからぁ。こいつ、ヒメグマの代わりに自分が一緒に出るって言ってるんだよ!」
「ミジュマ!」
シンジはぽかんとしたが――すぐにミジュマルを押し返すと、
「断る。なんでおまえのポケモンで出なきゃいけないんだ」
しかしサトシは、押し返されたミジュマルを再び押し出し、
「じゃ、ヒメグマで出るか?」
「だからイヤだと言っている!」
再び押し返す。
『――えー、お待たせしました。それでは試合の組み合わせを発表します!』
その時、スピーカーを手にした大会スタッフの声が辺りに響いた。
スタッフは手を挙げ、
『まず第一試合! エントリーナンバー八番! 八番の方はこちらへお越し下さい!』
デントはアイリスの番号札に目をやり、
「あれ? アイリスじゃないの?」
「えっ?」
言われて、アイリスは自分の番号札に目をやり、
「ホントだ! いきなりなの?」
『続きまして、エントリーナンバー三番! 三番の方もこちらまでお越し下さい!』
――三番――
サトシ達の視線が、シンジが手にした札に一斉に集まる。まちがいなく『3』と書かれていた。
「あらあら、おもしろい組み合わせねー」
「うーん、今日の再会といい、不思議なデスティニーを感じるね」
「ただの確率の問題だ!」
デントの意味不明だが気持ちの悪い言葉に怒鳴り返す。
サトシはミジュマルを下ろすと、
「ミジュマル、第一試合だぞ! ほら急げ!」
「ミ~ジュ!」
その背を押し、勝手に送り出した。
「勝手なことをするな!」
「いいじゃん。もらえるとしたらミジュマル選ぶんだろ?」
「あれは単なるたとえ話――」
『――エントリーナンバー八番と三番の方~! いませんか~?』
再度、スタッフの声が響く。少し焦っているようだ。
「よーし……」
アイリスは、ぱんっ! と、自分の頬を両手で叩くと、
「相手にとって不足なし! 行くわよキバゴ! シンジ!」
「キバ!」
気合い充分に拳を振り上げ、キバゴと共に駆け出す。
「だから俺は出ないと――」
「いーからいーから! みんな待ってるんだから、早く行けって!」
「おい……」
シンジの意志など無視して、サトシはその背を強引に押した。