「シンジ、覚悟しなさい! わたし達が勝つんだから!」
「キバッ! キババ~ッ!」
「ミ~ジュ! ミジュミジュ!」
「…………」
どうしてこうなった。
やる気満々のアイリス、にらみ合うキバゴとミジュマルとは対照的に、シンジはどこか投げやりな気分でフィールドに立っていた。
司会が前口上を述べている間、図鑑を開き、ミジュマルが使える技を確認する。みずてっぽう、シェルブレード、そしてアクアジェット……
「まあ、こんなものか……」
こうなったからには仕方ない。図鑑をポケットに戻すと、
「先に言っておくが、おまえのトレーナーと同じようなバトルはしないからな。覚悟しておけ」
「ミ~ジュ! ミジュミ~ジュマ!」
「……わかってないだろおまえ」
ミジュマルの笑顔に不安しか感じなかったが、もはや手遅れだ。
その一方、観客席でアイリスとシンジの様子を眺めながら、デントはぽつりと、
「シンジはやる気ゼロだね」
強引に出されたのだから仕方ないといえば仕方ないが、この温度差。
「ひょっとして、わざと負けてさっさと帰ろうと思ってるんじゃあ……」
「――シンジに限ってそれはないだろ」
「ないない。あの子、負けず嫌いだもの。筋金入りの」
言いながら、ヨウコは自分のバッグを探る。
「なに探してるんですか?」
「やっとシンちゃんのバトルが生で見られるんですもの~。記録撮っておこうと思って」
バッグから出したのは、ビデオカメラだった。
ヨウコはカメラの電源を入れると、シンジに向かって、
「シンちゃーん! なんかおもしろいことやってね~! 動画サイトに流すから~!」
「流すな!」
シンジは苦情を返すが、その光景がバッチリ録画される。
「――それでは第一試合、始め!」
そうこうしているうちに、試合開始の声が響いた。
「キバゴ、『ひっかく』攻撃!」
「キバー!」
アイリスの指示に、キバゴはミジュマルに向かって駆け出すが、
「『みずてっぽう』で押し返せ」
「ジュマーーーーーーッ!」
「キバ~ッ!?」
ミジュマルの『みずてっぽう』が、迫るキバゴを押し返す。
「キバゴ!? もう一度『ひっかく』攻撃!」
「『シェルブレード』ではじき返せ」
ミジュマルはキバゴが連続で振り下ろしてきたツメをホタチで牽制し、
「ミ~ジュマーーーー!」
「キバーーーーッ!」
渾身の『シェルブレード』が、キバゴをはじき飛ばす。
一方的にやられるキバゴに、シンジは呆れた顔で、
「まさか、『ひっかく』しか出来ないのか?」
ドラゴンタイプなだけに耐久力はあるようだが、動きやパワーはミジュマルが上だ。
シンジはため息をつくと、
「話にならんな。――ミジュマル、『アクアジェット』!」
『――あっ!』
その指示に、観客席のサトシとデントが目を丸くした。
「サトシ、まさか『アクアジェット』のこと……」
「あっちゃ~。言うの忘れてた……」
案の定、ミジュマルの体はキバゴを飛び越え、あさっての方角へと飛んで行く。
シンジは目を丸くして、
「おまえまさか……コントロール出来ないのか!?」
「ミジュ~~~~~ッ!?」
コントロールを失ったミジュマルは、フィールド上空をぐるぐる飛び回る。本人もどうすればいいかわからないようだ。
シンジはありったけの声を張り上げ、
「ええい、右だ! 右へ行け!」
「ミッジューーーーーーー!」
指示が聞こえたのか、ミジュマルはなんとか右へと曲がる。その先には、
「へっ?」
サトシがいた。
ミジュマルの『アクアジェット』はサトシに見事命中し、その左右にいたデントとヨウコに水を浴びせる。
ずぶ濡れになったヨウコは、怒るどころか感心した顔で、
「……やるわねシンちゃん。事故を装い、カメラを破壊するなんて……」
カメラは水でショートし、煙を吹き出す。おかげでこれまでの記録は闇へと葬られた。
「ピカピー!?」
「サトシ!?」
「シ……シンジのヤロ~……」
我に返ったピカチュウとデントが、慌ててサトシを介抱する。そして、
「ミ……ミジュ~……」
サトシを倒したミジュマルが、目を回しつつも立ち上がった。
ミジュマルのガッツに、シンジは意外そうな顔で、
「おまえ、まだ戦うつもりか?」
「ミ~ジュ~」
シンジの期待(ないが)に応えたい一心で、ミジュマルはフィールドに戻った。
しかし、ダメージは大きかったらしい。足下はフラフラし、目の焦点も合っていない。
これ以上のバトルは無理――棄権すべきかシンジが迷ったスキを、アイリスは見逃さなかった。
「今よキバゴ! 『りゅうのいかり』!」
「キ~バ~ッ!」
アイリスの指示に、キバゴの腹に青白い光が集まり始める。
「………!?」
まずい。
渦巻くエネルギーに、本能が危険信号を点滅させる。
そして理性よりも本能が、体を動かした。
「――いっけーーーーーー!」
「バゴーーーーーーッ!」
そしてキバゴの『りゅうのいかり』が、ミジュマルに向かって放たれた。
「ミ、ミジュ~!?」
迫り来る『りゅうのいかり』に、ホタチではじけるかはじけないか、逃げるべきかとどまるべきか、ミジュマルが右往左往していると、
「――エレキブル!」
ミジュマルの目の前に、突如、黄色い体に黒の縞模様のポケモンが出現した。
「『まもる』!」
「――ブルーーーーーッ!」
そのポケモンは手をかざし、『りゅうのいかり』を受け止めると、相殺する。
「ミジュ?」
ミジュマルは尻もちをつき、ぽかんとその背を見上げた。
それがシンジのポケモンだとミジュマルが理解すると同時に、
「――シンジ選手、ルール違反により失格! よってこの勝負、アイリス選手とキバゴの勝利!」
アイリスの勝利を告げる声が、辺りに響き渡った。
「おまえ、ハメただろう!」
「えーと、うっかりしてたというかその……ごめん」
「『ごめん』で済んだらジュンサーさんはいらん!」
「なんだよ! シンジだってあの『アクアジェット』、俺を狙っただろ!」
口論する二人を、ヨウコは止めるどころか写メを撮りながら、
「あはは、ガキっぽくてかわい~! レイちゃんに送っちゃお」
「ヘンなものを送るな!」
「はい、送・信☆」
「くっ……!」
「ブル~」
エレキブルが、なだめるようにシンジの肩を叩く。ずいぶん慣れている。
アイリスは上機嫌に、
「まあまあ、負けたからって八つ当たりするんじゃないわよー」
「おまえもおまえだ! 今の『りゅうのいかり』、あのままだと俺にも当たっていたぞ!?」
「えへへ……ちょっと張り切りすぎたわね」
「キバ~」
シンジの苦情に、アイリスとキバゴはそろって頭をかく。
「ミジュ~!」
そこに、ダメージから回復したミジュマルがやってきた。
シンジは、駆け寄ってきたミジュマルを冷たく見下ろし、
「結局、余計な恥をかいただけだったな。まったくおまえは――」
使えないヤツだ。
サトシは、ひさしぶりに出るかと思ったが、
「ミ~ジュッ! ミジュミジュ! ミジュマ!」
ミジュマルが、満面の笑顔で飛び跳ねる。
デントはあごに手を当て、
「お礼を言ってるのかな?」
「反則負けしてまで、エレキブルを出してくれたもんね」
「ミ~ジュ!」
「…………」
ミジュマルの無邪気な笑顔に、毒気を抜かれたらしい。シンジはため息をつくと、
「……仕方のないヤツだ」
――あ、進化してる。
かつてのシンジなら出なかった言葉に、サトシは笑みを浮かべ、
「それじゃあ、俺のうっかりも『仕方なかった』ということで……」
「それとこれとは話が別だ」
逃げようとするサトシの首根っこを、シンジはすかさず捕まえた。
「ミ~ジュ!」
参加賞のクッキーに、ミジュマルは目を輝かせた。想像以上にうまかったらしい。
「ピカ~」
「ジュマッ」
ひとつくれと手を出すピカチュウに、ミジュマルはそっぽを向くと、
「ミ~ジュ。ミジュミジュ」
ひとつどうだ? と、隣のシンジにクッキーを差し出す。
さすがにそれは受け取らなかったが、
「……別におまえを助けたわけじゃないからな」
「ミ~ジュ!」
全然わかっていないようだが、これ以上引っ張るようなことでもないので、シンジはサイコソーダを一口飲む。
その味は、いつもよりしょっぱいような気がした。
「ひさしぶりのバトルだな」
今度の試合はサトシとデントだった。フィールドでは、ポカブとイシズマイがにらみ合っている。
「サトシ。初めてバトルした時、キミはヤナップにミジュマルを出してきたね」
「ああ。あの時は色々言ってくれたよな」
相性を無視したサトシに、デントはトレーナーとしての未熟を説いたが――奇しくも今、デントはサトシと同じことをしている。
デントはそのことを懐かしむように、
「おかげで、僕もまだまだ熟成が足りないってことがわかったよ。でも、今はちがう」
デントは何か策でもあるのか、自信たっぷりに、
「相性をひっくり返すバトル……今度はサトシに味わってもらうよ!」
そして審判の手が振り上げられ、戦いの火蓋が切って落とされた。
「ポカブ、『ニトロチャージ』!」
「『からにこもる』!」
炎をまとって突っ込んできたポカブを、イシズマイは背中の石にこもって受け止める。
「『ひのこ』だ!」
「ポカ……ブーーーーー!」
「そのままこらえるんだ!」
降り注ぐ『ひのこ』に、イシズマイはからにこもったまま微動だにしない。
「もう一度、『ひのこ』!」
「ポカーーーッ!」
熱で石が赤くなる。一見、石の家がダメージを防いでいるように見えるが、中は相当熱いはずだ。
「どうしたデント! 守ってばかりじゃ勝てないぜ!」
どう見てもデントが不利。
それなのに、デントの顔から余裕は消えなかった。
サトシはそれに不審を抱いたが――考えても仕方ない。
「ポカブ、『ニトロチャージ』!」
「ポカーーーーーーーーッ!」
炎をまとったポカブの体が、からにこもったままのイシズマイを吹き飛ばす。
しかし、吹き飛んだのは――
「石だけ!?」
吹き飛んだのは背負っていた石だけで、肝心のイシズマイがいない。
よく見ると、さっきまでイシズマイがいた場所に穴が開いていた。
デントは不敵な笑みを浮かべ、
「じゃあそろそろ、僕達のテイストを堪能してもらおうか。――イシズマイ!」
「――マイマーイ!」
その時、ポカブの足下からイシズマイが飛び出した。
この不意打ちにポカブは吹き飛ばされ、地面を転がる。
デントはその瞬間を逃さず、
「今だ! 『シザークロス』!」
「マイ、マーーーーーイッ!」
イシズマイは勢いよくポカブに接近すると、『シザークロス』を繰り出す。
観客席のアイリスは、もらったマッギョ焼き(つぶあん)をほおばりながら、
「石を……おとりに、したのね。さすが……デント」
「しゃべるか食べるかどっちかにしろ」
アイリスは紙袋からマッギョ焼きをひとつ取り出し、シンジに差し出すと、
「シンジはマッギョ焼きって頭から食べる? しっぽから食べる?」
「そもそも食わん」
「じゃ、わたしが代わりにいっただきまーす!」
「…………」
アイリスは二つめのマッギョ焼き(カスタード)を、大口を開けてかぶりつく。
その頃フィールドでは、イシズマイが『きりさく』でポカブを追いつめていた。
「――もう一度! 『きりさく』攻撃!」
「かわせ!」
「ポカッ!」
イシズマイは立て続けに技を繰り出し、ポカブも必死にかわす。
「いいぞポカブ! 『たいあたり』!」
「『あなをほる』!」
サトシの指示にポカブが走るが、イシズマイが地中に逃げるほうが早かった。石がないぶん、スピードが上がっている。
「どこだ!?」
サトシは地面を注意深く観察するが――見当をつけるより早く、地面に転がっていたイシズマイの石が、動いた。
「さあ、フィニッシュだ!」
「マイ……マーーーーーイッ」
自分の石の下から現れたイシズマイは、石を背負うと同時に、すぐ近くにいたポカブにツメを振り下ろした。