2.始まりの予感 - 3/3


「……どういうことだ?」
 豪華な調度品に囲まれた応接間に通され、二人になった瞬間、開口一番に出たのはその言葉だった。
 街で出会ったのはまぎれもなく、幼なじみであり、かつてのペダン国王・アナイスだった。
 しかし、今、目の前にいるアナイスは、面影こそあるものの、どう見ても青年――むしろ自分と同い年か、少し年上に見える。背も伸びたようだ。
 こちらからすれば、ついこの前まで少年だった者が、突然大人の姿で現れたのだ。驚くなというほうが無理だった。
 彼は持っていた棒状の包みを壁に立てかけると、これだけは以前と変わらぬ邪気のない笑みを浮かべ、
「どういうこと……か。そうだね。僕も驚いたよ。あれから五年くらい経ってるのに、キミは何も変わってないからさ」
「五年?」
 怪訝な顔をするこちらは無視して、アナイスはソファにゆったりと腰を下ろし、
「もしかして、キミがこの世界へ来たのはつい最近……ってことかな?」
「……お前は、私達よりさらに五年前のこの世界に流れ着いた……ということか」
 考えてみれば、たとえ同じ世界にたどり着いたとしても、時間軸まで同じとは限らない。
 むしろ、自分とロジェ達が、ほぼ同じ時間軸で、同じ場所にたどり着いたことのほうが不思議だ。
 アナイスは、こちらの回答に満足げな顔でうなずき、
「そういうことかな? でも不思議だね。キミより年下だった僕が、今じゃそれを追い越しちゃったんだからさ」
「…………」
 扉の前に立ったまま、無言でアナイスをにらみつける。
「何? 何か気に入らないことでも? ああ、お茶ならもうじき来るから」
「茶などいらん。それより、どういうことだ? この建物はなんの施設だ? なぜお前が、ここで偉そうにふんぞり返っている?」
「いっぺんに聞かないでよ」
 肩をすくめつつも、彼はしぐさで、テーブルを挟んだ向かいの席に座るよう勧める。
 仕方なしに勧められた席に座ると、なぜかラビも足下についてきた。
 アナイスはラビを見下ろし、クスクス笑いながら、
「ここは光の神殿……マナの女神を信仰する神殿さ。で、僕はここの主教をやっている」
「お前が?」
 アナイスは懐から一枚の仮面を取り出す。
 白塗りの、顔全体を覆うタイプの仮面で、アナイスはそれを身につけるでもなく、
「そう。『光の主教』ってね」
 言いながら、自身の顔の前まで持ってくる。
「……なんだ? その仮面は」
「商売道具だよ。あんまり信者に顔を知られると、街とか自由にうろつけないしさ。それに上に立つ者は、ちょっとは人と違う格好でもしとかないと」
「くだらん。仮面をつけたくらいで、何が変わる」
 呆れ半分に言ってやるが、彼は仮面をしまいながら、
「そうバカに出来ないよ? 実際、バジリオスだって、あの仮面があるのとないのとじゃ、将軍としての迫力に違いが出るしね」
「…………」

 ――バジリオスのマネか?

 そういえば、アナイスは小さい頃、バジリオスのことを姉のように慕っていたと聞いたことがある。実際、子供の頃は彼女のことをよく話していた。
 もっともここ数年、そんなそぶりを一度も見たことはないが。
「にしても、皮肉な話だね。これまで、キミのことを僕が『主教』って呼んでたのに、今じゃ僕が『主教』と呼ばれるようになってさ。……ああ、そういえば、キミはもう『幻夢の主教』じゃなかったっけ?」
「…………」
「『幻夢の主教』じゃないんなら……キミは誰だろうね? 『亡霊』が、化けて出てきたのかな?」
 目を細め、嫌味ったらしく言ってくる。
 わき起こる怒りをこらえ――そして同時に、二人きりであることに感謝しながら、
「……ああ、そうだな。どうやら供養が足りなくて、『レニ』が化けて出てきてしまったようだよ」
 なんとか、それだけを絞り出す。
「――そうそう。忘れるところだったよ」
 アナイスは突然立ち上がると、さっき壁に立てかけた細長い包みを手に取り、布を取る。
「――それは!」
 見覚えのある黒い杖に、思わず立ち上がる。
 間違いない。この世界に来て早々、奪われた自分の杖だ。あの後売り飛ばされて、ここまで流れて来たのだろう。
「ホント、闇市で売られてたのを見つけた時は『まさか』と思ったよ。一体どうしたのさ? 大事な杖じゃないのかい?」
「返せ!」
 身を乗り出すこちらに、アナイスは自分の後ろに杖を隠すと、
「返す? ダメだよそんなこと言っちゃあ。正規のルートじゃないとはいえ、僕はちゃんと自分のお金を出してこの杖を買ったんだ。返せって言うんなら、それ相応のお金を出してもらわないと」
「…………」
 いくらだ、とは聞かないでおいた。どのみち、余計なものに使える金など持っていない。
 それに――今の自分に、あの杖は不釣り合いだ。
 あきらめてソファに座り直したところで、扉をノックする音が響く。
「どうぞ」
「――失礼します」
 扉が開き、ティーセットの乗ったワゴンと共に、若い女が入ってくる。
 彼女も神官か何かなのだろう。青い髪を結い上げ、白地に青い縁取りの法衣を着ている。年は自分と同じくらいだろう。
 彼女は無言のまま、ポットからお茶を注ぎ、前に置くが――正直、飲む気にはなれなかった。
「ああ、ルサ。ちょっと待って」
 立ち去ろうとする女を、アナイスは呼び止め、
「悪いんだけど、彼の連れをここまで案内してくれないかな? 同じ顔をしたのがいるから、見ればわかるよ」
 言われて、ルサと呼ばれた女はこちらの顔を一瞥(いちべつ)し、
「かしこまりました」
 アナイスに向かってうやうやしく頭を下げると、あらためて部屋を後にする。
「……なぜ、ロジェと一緒だとわかる?」
「だってさっき、『私達』って言ったろ? ロジェ達のことじゃないのかい?」
「…………」
 無言の肯定と受け取ったらしく、彼もソファに座り、
「にしても、ヤツらもご苦労なことだね。わざわざ古代のファ・ディールにまでやってくるなんてさ」
「そんなことはどうでもいい。まだ質問に全部答えていないぞ。なぜ、お前が主教なんだ? ここに来てから、一体何をしていた?」
 アナイスは苦笑いを浮かべ、
「あくまで質問攻め、か。キミにとっては最近だろうけど、僕にとっては五年ぶりの再会なんだ。もっと楽しもうよ」
「知ったことか。第一、マナの教団だのなんだの……わからないことだらけだ」
 問いつめるこちらとは対照的に、アナイスはのんびりとお茶を飲みながら、
「答えない……と言ったら、どうする? お得意の古代魔法で吹っ飛ばしてくれるのかな?」
「…………」
 無言でにらみつけるが――アナイスは何もかもお見通しと言わんばかりに、
「無理しなくていいよ。どうせ……キミ、魔法使えないんじゃないの?」
「…………」
 何も言い返せないでいると、アナイスは満足げな笑みを浮かべ、
「やっぱりそうか。そうでなきゃ、みすみす愛用の杖を奪われるようなこともないしね」
「違う。杖は落としたんだ」
「ははは。じゃ、そういうことにしといてやるよ。……で、どうして魔法が使えないのか、その理由はわかるかい?」
「…………」
「わからないキミじゃないだろ?」
 これまで、ロジェ達には言わないでおいたが……考えられる理由は、ひとつだ。
 観念すると、忌々しげにアナイスをにらみつけ、
「……元々、魔法とはマナの女神の力を借りて行使(こうし)するもの。私は女神を裏切って、大魔女の側についたからな……」
「ふふっ、今さらマナの女神についたところで、都合のいい話だよ。アニスに呪われた裏切り者なんて、女神も受け入れたりはしないさ」
「……それなら、お前だって同じだろう」
 そうだ。共に大魔女アニスの側につき、マナの世界をメチャクチャにしたのだ。魔法が使えない理由がそれなら、アナイスも――
 しかし、アナイスは不敵な笑みを浮かべ、
「ところが、僕の場合はそうでもないんだよね」
 ぱちんっ、と指を鳴らすと同時に、火の玉を生み出す。
「―――!?」
 素直な反応に満足したのか、アナイスは火を握りつぶして消すと、こちらに目をやり、
「どう? 僕の側につかない?」
「……なに?」
 一瞬、言葉の意味が理解出来なかったが、アナイスは口元に笑みをたたえたまま――しかし、目は本気で、
「さっきの質問……もう想像はついてるだろうけど、『マナの教団』なんて都合のいい隠れ蓑(みの)だよ。いや、元々はちゃんとした団体だったんだけどね、作り替えてやったのさ。僕達の都合のいいように」
「作り替えた……? 『僕達』だと? 一体、五年の間に何をやって……」
「簡単なことさ。マナの女神とは別の力――それを手に入れただけのこと」
 その言葉に、一瞬、あの黒い鏡が脳裏をよぎる。
「――まさか!? アニスの黒い鏡!」
 ロジェとマナの聖剣で砕かれたはずの、大魔女アニスの黒い鏡――
 しかし、この時代からすれば、それは遠い未来でのこと。この時代で現存したっておかしくはない。
 しかし、アナイスは意味深な笑みを浮かべたまま、
「さて、それはどうかな。何も、大魔女の鏡だけとは限らないだろう?」
「……どういう意味だ?」
「それを教えて欲しければ、僕の質問に答えてもらいたいな。もう一度言うよ。僕の側につかない? 一緒に、新しい世界を創ろうじゃないか」
「…………」
 すぐに返事をしないこちらに、アナイスはさらに、
「悪い話じゃないと思うけど? 魔法は使えるようになるし、なんなら、もう一度『幻夢の主教』に戻してあげようか?」
「…………」
 主教云々についてはともかく、魔法が使える――それについては、確かに魅力を感じた。
 少し前まで、鏡の魔力に魅入られ、世界をメチャクチャにしてまで新しい世界を創ろうとした。
 あの時は自分の望むものすべてが手に入るような、そんな気がした。
 なのに、夢の鏡が砕けた途端、すべてを失い、今ではただの『レニ』だ。なんの力もなく、何も出来はしない。
 そんな自分に、一体なんの価値がある?
 これは、チャンスなのだ。
 すべてをやり直す、チャンス。
「――さあ、どうする?」
 答えに、迷いはなかった。

 ◇ ◇ ◇

「ダメだ。全然見つからねーな……」
 公園に戻ってくるなり、さすがに疲れた様子で、キュカが絶望的にうめく。
 先に戻っていたロジェも、首を横に振り、
「こっちもだ。……本当に、どこに行ったんだ?」
「ラビきちも見つからないであります~」
 テケリもクタクタに疲れた様子で、ベンチに腰掛ける。
 宿を取ってきたジェレミアとテケリも遅れて捜索に加わったものの、未だ見つけることが出来ないでいた。
 見上げると、空はあかね色に染まり、日没までもう時間がない。
 数時間前までごった返していた通りからは人の姿がほとんど消え、たまに僧兵の姿を見かけるだけだ。
 少し遅れて、ユリエルとジェレミアも公園に戻ってきたが、結果は聞くまでもなかった。
 ジェレミアは、怒りでこめかみを引きつらせながら、
「トラブルに巻き込まれたか……また、どこかで捕まっているのかもな」
 今度は、さすがに誰も否定しなかった。
「……捕まっているかどうかはともかく、たしかに、トラブルに巻き込まれて、身動きがとれない状況である可能性はあります」
「でも、それだと本当に捜しようがねーぞ。建物の中なんかにいられちゃ、見つけるなんて無理だ」
 ほとんどの商店は閉店準備を始めている。まさか、民家を一軒一軒回るわけにもいかない。
 ロジェは少し考えると、全員の顔を見回し、
「――わかった。俺一人で捜すから、みんなは宿で待っててくれ」
「ロジェ一人で、でありますか?」
 不安げなテケリに、ひとつうなずくと、
「このままだと日没だ。全員でうろついてたら、僧兵に見つかりやすくなる。だったら、俺一人で捜したほうがいい」
「待ってください。これだけ捜して見つからない以上、同じことです」
 ユリエルが制止するが、ロジェは肩を怒(いか)らせ、
「だったらどうするんだよ!? このまま放っておくのか!? もしかすると、この前みたいに本当にトラブルに巻き込まれて、危ない目に遭っているかもしれないんだぞ!?」
 思わず大声で怒鳴り返す。
 怒鳴り返してから、
「……ゴメン」
「いえ……かまいません。この中で、彼の身を一番案じているのはあなたですから」
「…………」
 ロジェは肩を落とし――ふと、気配を感じて振り返る。
「……誰だ?」
 背後に立っていたのは、青い髪を結い上げ、白地に青い縁取りの法衣を着た女だった。
「あなたは? もしや、神殿の方ですか?」
 不審者と思われたのだろうか?
 しかし、女はユリエルの問いには答えず、ロジェの顔をじろじろ眺め――
「……お連れ様がお待ちです。どうぞこちらへ」
 それだけ言うときびすを返し、歩き始める。
 一行は顔を見合わせたが――すぐに、その後を追った。

 ◆ ◆ ◆

「……今、なんて言った?」
 アナイスの顔から笑みが消える。
 レニは、アナイスの目を真っ直ぐ見据え、
「……断る、と言ったんだが?」
 もう一度、繰り返す。
 自分でも、なぜかはわからない。
 異世界のアニスと戦うと、無茶なことを決めたロジェ達。
 新しい世界を創ろうと言うアナイス。
 どう考えても、後者を選ぶべきだ。現に一度、本気でそれやろうとしたのだから。
 ただ、それをやり直すだけのこと。
 だというのに、気がつけばそう言っていたのだ。今さら引っ込めるわけにはいかない。
「本気で言っているのかい?」
「本気だろうと偽りだろうと関係ない。お前の遊びに付き合うつもりはない」
 こちらの言葉に、アナイスは鼻で笑うと、
「ハッ――呆れたな。あれだけ好き勝手にやっといて、今さら『やめた』って言うのかい? 所詮、その程度の覚悟だったってことか」
「私は、『お前の遊びに』付き合うつもりはないと言ったんだ。……私は私で、勝手にやらせてもらう。それだけだ」
 しばらく、にらみ合いが続いたが――先に引いたのはアナイスだった。
「……そうか。やっぱり、キミも僕から離れていくんだね」
「…………?」
 一瞬、言葉の意味がよくわからなかった。
 だが、そんなことはどうでもいい。
「帰るのかい?」
 無言で立ち上がるこちらを、特に引き止める風でもなく聞いてくる。もしかすると彼自身、こちらがどう答えるか、だいたいの予想はついていたのかもしれない。
「正直、聞きたいことは色々あるが――もう、これ以上話をしたところで無駄だ」
「そうだね。そろそろ時間みたいだし」
 その言葉と同時に扉を叩く音が響き、あのルサという女が入ってくる。
「連れてまいりました。今、入り口でお待ちです」
「そう。いいタイミングだね」
 アナイスも立ち上がると、レニに目をやり、
「ふふっ……お迎えが来てくれて、嬉しい?」
「頼んだ覚えはない」
「相変わらずだね。まあいいや。――ルサ。悪いけど、彼らを送ってやってくれ。あと、何か困ってるようなら聞いてあげてくれる? キミのほうで適当にやっておいてよ」
「かしこまりました」
 ルサは一礼すると、部屋を出て行く。自分も、ラビを連れてその後に付いていくが――
「そうだ。次のマナの祝日の朝、儀礼の広場に来るといいよ。面白いものを見せてやるから」
「面白いもの?」
 足を止めて振り返ると、アナイスは意味深な笑みを浮かべ、
「それともうひとつ、いいこと教えてやるよ。今の教団に従えないってヤツらが集まって、レジスタンス活動をやってるんだ。そいつらに当たってみるのもいいかもね」
「…………」
 なぜ、わざわざそんなことを?
 一瞬、首を傾げそうになったが――アナイスのことだ。どうせ、対抗勢力があったほうが面白い……そんなところだろう。
 今度こそ部屋を出ると、背後から、
「じゃあね。亡霊さん」
「…………」
 その言葉に振り返ることなく、無言で扉を閉めた。

「ラビきち~。無事でよかったであります~」
 ラビをなで回して再会を喜ぶテケリは無視して、取っておいた宿の一室に集まり、全員顔を見合わせる。
 なんとも粗末な作りの部屋で、小さめのベッドが三つと、窓にかけられたカーテンとロウソク以外、なんの備品もない。まさに、寝るためだけの部屋だ。
 ユリエルは真ん中のベッドの上に、青い輝きを放つ魔導球を置き、
「これでナイトソウルズは動くはずです。課題はひとつクリアですね」
 案内してくれたルサが、魔力を注いでくれたのだ。これでしばらくは飛行可能だろう。
「それにしても、あのルサって女、なかなか美人だったよな。まあ、もうちょっと愛想があれば、もっと美人だったんだが」
「お前にしてみれば、美人だったら誰でもいいんだろう」
 ジェレミアの言葉に、壁にもたれていたキュカはあごに手を当て、
「そうでもないぜ? どんなに美人でも、どっかの誰かみたいに凶暴なのは――イデデデデッ!」
 いつもテケリにやっている要領で、ジェレミアは容赦なく、キュカのこめかみを左右から拳でぐりぐりえぐる。
「誰もお前だとは言ってないだろ!」
「フン」
「うきょきょきょ! ちょっとはテケリの痛み、わかったでありますか? ――ギャー!」
 今度はテケリが、キュカにこめかみをえぐられ、悲鳴を上げる。
「……それにしても、なぜあなたが神殿に? 一般人は立ち入れないと聞きましたが」
 後ろの騒ぎは無視して、ユリエルは一番端のベッドに座るレニに目をやる。
 レニは無表情に、
「……知り合いに、会った」
「知り合い?」
 聞き返すロジェに、ひとつうなずき、
「アナイスだ」
 その名に、全員の動きが止まる。
「アナイス……無事だったのか!?」
「……ああ。それどころか、マナの教団の主教ときた」
「主教!?」
 身を乗り出すジェレミアを、ユリエルは手で制し、
「とにかく、順番に話してください。何があったのかを」
 全員の視線がこちらに集まり――ため息をつくと、言われた通り、順番に話し始めた。

「……まったく、改心するどころか、悪人っぷりに磨きがかかってどうすんだか……」
 呆れた様子で、キュカがため息をつく。
「アナイス……五年経っても、全然変わってないんだな……」
 一方で、ロジェは呆れというより、どこか悲しげだった。
「言ったはずだ。あれがそんな簡単に変わるものか。ますます嫌味な顔になってはいたが……」
 思い出すと、腹が立ってきた。
「ロジェ達は、アナイス王とは幼なじみだったでありますよね? 昔はどんな感じだったでありますか?」
 聞かれて、ロジェは天井を見上げ、
「そうだな……弟みたいなもんだったよ。人を困らせるのが好きで、よくイタズラとかしてたっけ」
「ヤツ自身のことなどどうでもいい。それよりも、わずか五年で主教にまでのし上がるなど……可能だと思うか?」
 ユリエルも思考を巡らせ、
「そうですね……やはり、突然入り込むよりは、権力者に近寄って気に入られるか、すでに乗っ取ろうと動いていた集団がいて、そちら側についた、と考えるほうがまだ自然でしょう」
 言ってから、「あくまで仮説ですが」と、付け加える。
「だがよ、そんなに都合良く行くか? 傍目には身元不明の不審人物だぞ」
 キュカのもっともな疑問に、視線は、自然とレニに集まる。
「……鏡に匹敵するちから、か」
「なに?」
 レニは、アナイスの言葉を思い出しながら、
「どうやら、何かしら強大な力を手に入れたようだ。それをちらつかせて、上り詰めた……という可能性もある」
「なんだそりゃ? まさか、あの黒い鏡みたいなのがまだあるってことか?」
 キュカの言葉に、テケリは目を丸くして、
「鏡はロジェが壊したであります! もうないであります!」
「……テケリ、ここは古代のファ・ディールです。この時代からすれば、鏡が砕けるのは遠い未来のことですよ」
 混乱するテケリに、ユリエルは呆れた顔で説明する。
「……兄さん、どういうことなんだ? まさか、またアニスの鏡が……?」
 不安そうなロジェに、レニは首を横に振り、
「……違う気がする」
「違う?」
「はっきりとは言わなかったが……鏡とは別のちから……それを感じる」
「お前、そんなことわかるのかよ?」
「…………」
 レニは、疑わしい目で見てくるキュカは無視して、
「あとひとつ。次のマナの祝日の朝、儀礼の広場で面白いものを見せると……そう言っていた」
「面白いもの?」
 聞き返すロジェに、ひとつうなずき、
「それがなんなのかは知らないが……まあ、『儀礼の広場』ということは、何かの儀式だろうな」
「フン。どうせロクでもないことに決まっている。それより早く船まで戻ったほうがいい」

 ――確かに……

 ジェレミアの意見はもっともだった。
 ナイトソウルズをあまり長く放置して、山賊やモンスターに壊されてはたまったものではない。
 とはいえ、今日はすでにドリアードの日。今から船に戻っていては、マナの祝日に間に合わないだろう。
「では、こうしましょう。船まで戻るグループと、ここに残って、その『面白いもの』を見に行くグループ。これでどうです?」
「――あたしが船まで戻ろう。こんなところでじっとしているのはゴメンだからな」
 ユリエルの提案に、ジェレミアが間髪入れず名乗りを上げる。
「はいはーい! テケリも行くであります!」
 テケリが元気に手を挙げるが、ジェレミアは容赦なくにらみつけ、
「ダメだ。お前が一緒だと、余計に遅れる」
「う~……」
 不満そうに頬をふくらませるが、事実なだけに反論出来ないらしい。
「では、私も行きましょう。さすがに、ジェレミア一人に行かせるわけにもいきませんしね」
「じゃあ俺も――」
 ユリエルに続き、ロジェも言いかけて、止まる。
 後に残ったのは、キュカ、テケリ、レニの三人だった。
「――って、ちょっと待て! 俺は嫌だぞ! 『コレ』と残るのは!」
「……コレ?」
 キュカに指さされ、レニはこめかみを引きつらせる。
 たしかに、慣れない旅で疲れている上、アナイスに直接誘われたレニが、船まで戻れるわけがない。
 かといって、テケリと二人で置いていくのも不安すぎる。
 ジェレミアは、さも当然と言わんばかりに、
「何を言っている。そもそも、そいつを『監視する』と言い出したのはお前だろう」
「いや、そうは言ったが――」
「俺が残るよ。だから船には――」
「そうやってお前にまかせて、どうなった?」
「…………」
 ジェレミアの手痛いツッコミに、キュカもロジェも言葉を失う。
 ユリエルは、ロジェとキュカを見比べ、
「まあ……キュカなら世渡り上手ですし、二人をまかせても大丈夫でしょう」
「いや、でもな……正直、コイツとは相性最悪なんだが」
 キュカは、なんとかロジェに代わってもらおうと食い下がるが、面倒だったのか、ジェレミアはキュカをにらみつけ、
「くどい。もう決まりだ。船へはあたしと隊長とロジェで戻る。お前は二人のお守りでもしてろ」
「…………」
 ある意味、隊長であるユリエルよりも権力の強いジェレミアがそう言ったら、もう決まったも同然だった。キュカは、がくっ、と肩を落とす。
「……黙って聞いていれば、まるで私がトラブルを起こすこと前提に話してないか? お前達」
「ここに来るまで、どれだけトラブル起こしたと思ってんだお前は……」
 キュカはますます肩を落とす。
 頼みの綱と言わんばかりに、すがるような目でロジェを見るが――ロジェは、しばらく考えた後、
「まあ……キュカなら大丈夫か」
「おい!?」
 頼みの綱は、あっさり切れた。
「大丈夫であります! テケリにまかせれば、鬼にカナブンであります!」
「フン。こんなヤツに監視されるのは不本意だが、まあ、『召使い』とでも思えば我慢出来るだろう」
「…………」
「――急いで戻るから! 兄さんも、わざわざ人を怒らせるようなこと言わないでくれ!」
 無言で枕を手にするキュカを、ロジェが慌てて止めに入る。
 キュカはロジェの胸ぐらをつかみ、
「ロジェ! お前の兄貴の傍若無人、なんとかならねーのかよ!? いくらなんでも『召使い』はねーだろ『召使い』は!」
「では、『下僕』」
「同じだ! しかも響きが余計悪い!」
「兄さん! 頼むから余計なことは――」
「フン」
 そっぽを向くレニに、さらに腹を立てるキュカ、必死でなだめようとするロジェ――
 その光景を眺めながら、
「さて、夕食に行きましょうか」
「そうだな」
「テケリもおなかすいたであります!」
 三人を残し、ユリエル達はさっさと一階の食堂へと下りていった。