「なぜ……こんな事に……」
ナイトソウルズの外に出て、巨人が出てくるのを待ちながら、ぽつりとつぶやく。
「そう気を落とすなって。たかがまんまるドロップ二十個分じゃないか」
「その『たかがまんまるドロップ二十個分』が、俺にとっちゃ命取りなんだよ!」
この雪の降る中、元気に剣を振り回してウォーミング・アップするロジェに、血涙を流しながら怒鳴る。
仕事は、もっとよく選ぼう。
固く誓うが、もう遅い。
MOBを召喚したい所ではあったが、どうやらこの辺りには資源になるものがないらしく、自分達でどうにかするしかないようだ。
「クソッ。こうなったら、なにがなんでも俺が仕留める。うっかり殺しちまっても知るか」
「いやぁ、人間、お金が絡むとどこまでも汚くなれるんですねぇ」
「まったくだ。欲に目がくらみ、他の誰かを不幸のどん底に蹴落としてでも金を得る――極悪非道の金の亡者だ」
「…………」
一番金を要求してきたはずのユリエルとジェレミアの言葉に、キュカは頬に汗を流し、
「……なあ。なんか、俺一人だけ悪いみたいに言われてないか?」
そのつぶやきに、なぜか一緒に船から下りたレニは、
「心配するな。お前の身に何かあったら、お前の取り分は葬儀代として私がきっちりもらってやる」
「……お前より先には絶対死なねぇ」
彼の場合、いっそ葬儀屋ビジネスを始めたほうがあっという間に稼げるのではないかと思ったが、口には出さないでおいた。本当にされたら怖い。
「ほら、兄さん。あぶないから船に戻って」
「フン」
ロジェに背中を押され、船内に戻る。
それを見送りながら、
「……あいつ、葬式が趣味なのか?」
「ふむ。冠婚葬祭のプロが知り合いにいると、なにかと便利ではありますが」
「冠婚葬祭がしょっちゅうあったら困るだろ!」
素直な感想を述べる。
「それより、声が近づいてきたぞ」
ジェレミアが双剣を構え、声が聞こえてくる方角をにらみつける。
森の中とは言え、船の周辺は開けた空き地だ。子供を助けるには、否応なしにでも森から飛び出すしかない。
ロジェも戻り、四人、それぞれ背を向け、出てくるのを待つ。
――ゥオオオォォォォォォォォォォォォォ!!
「――来た!」
ロジェの声に、一斉に振り返る。
どうやらロジェが向いていた方角から迫ってきているらしく、轟音を立てながら、何かが迫ってくる。
木をへし折りながら。
「オイ……」
嫌な予感に。全員凍り付く。
しかし、そんな不安を訴えるより早く、目的のものが現れた。
『キャゥッ! キュウゥッ!』
巨人の子供が、希望に満ちた声を上げ――そしてこちらは、一瞬、言葉を失う。
『――デカッ!』
ドゥ・カテなどと比べた自分達がバカだった。
現れたのは、軽く三メートル近くある、とてつもなく巨大なドゥ・ミールだった。
◆ ◆ ◆
「見ろ。バカどもが虫ケラのように慌てふためいているぞ」
「……あんた、自分の弟がそれに含まれてていいわけ?」
こちらと同じように、並んで船の外を見下ろしていたエリスが呆れた顔で返す。
船の中から文字通り高みの見物を決め込み、逃げまとう四人を目で追う。
レニは、キュカがすんでの所で巨人の拳を避けるのを眺めながら、
「チッ、避けたか。チョコマカ逃げずに一発くらい喰らえばいいものを……」
「あ、あにょぅ……ホントにお葬式が必要ににゃるんじゃ……」
やはり一緒に外を見ていたニキータが、ガタガタ震えながらつぶやく。
「ねぇ。気になったんだけど、なんで葬儀屋がこんなトコにいるわけ?」
「…………」
本気で葬儀屋と勘違いしているのか、エリスが不思議そうに聞いてくる。
せっかくなので、
「……私の実家は代々葬儀屋で、複雑な事情があって、先日、たたんできた所だ」
「えー!? つまり倒産!? 事業に失敗しちゃったの!? 三代目が潰すって話はよく聞くけど、それ? 商才ないのねー」
「…………」
その返しに――レニは、後ろのテケリに目をやり、
「……自分で自分を貶(おとし)めてしまったような……」
「でも、間違ってはいない気がするであります」
「…………」
何も言い返せず、肩を落とす。
「で、でも、葬儀屋さんはにゃくてはにゃらにゃい大事な仕事ですにゃ。その若さでちゃんとお勤めを果たしていたんにゃら、すごいことですにゃ」
なぜかニキータに励まされ、気分がさらに沈む。
「たしか、五年前に跡を継いだんでありますよね?」
「…………」
窓の外に目をやると、ロジェ達や巨人はこちらの死角に行ってしまったのか、巨人の咆哮(ほうこう)は聞こえるものの、姿が見あたらない。
ぼんやりと、小降りになった雪を眺めながら、
「私の初仕事は、先代の……父の葬儀だった」
自分だけではない。歴代の主教の初仕事といえば、ほとんどが先代――自分の親の葬儀だ。
正直な話、その時のことはよく覚えていない。ただ、ロジェがひどく気遣ってくれたことだけは記憶に残っている。そしてアナイスは、いつも通り無神経に笑っていた。
そのことにロジェは腹を立てていたが、自分は怒りよりも、妙な不気味さを感じた。
そして、父との別れの後――
「…………」
「あー……なんか、ヤなこと思い出させちゃった?」
急に黙り込んだこちらを気遣ってか、エリスが、申し訳なさそうにこちらの顔をのぞき込んでくる。
「いや……別に」
どうしてこんな話をしてしまったのか、自分でもよくわからなかったが――突然船が揺れ、その場に膝をつく。
エリスは窓の外に目をやるなり、
「ちょっとー! 船、攻撃されてるじゃない!」
立ち上がり、外に目をやると、ドゥ・ミールが、巨大な雪玉を作って船に投げつけている。
「うきょっ!? みなさん、どこ行っちゃったでありますか!?」
「……逃げたな」
船が攻撃されているにもかかわらず、ロジェ達四人の姿が見あたらない。どうやら手に負えず、逃げ出したようだ。
そしてドゥ・ミールは、我が子を救おうと船に向かって雪玉を投げつけ、そのたびに揺れる。
「――無事かー!?」
そこに、ロジェ達と出撃していたウンディーネが姿を現す。
ウンディーネは困った顔で、
「すまんなー。あんなゴツイの手に負えんから、今回はあきらめるっちゅーことで話がついたんや。ミッション失敗」
「ほう」
デカいことを言っていたわりには、なんともあっさり下した決断。とりあえず心のメモ帳に、『モミアゲいびりネタ』としてしっかり書き込んでおく。
「それにしても、まさか船をほったらかしにして逃げるとは……」
「それなんやけどな。船、動かされへん?」
「動かすでありますか?」
ウンディーネの言葉に、船内の顔ぶれをぐるりと見回し――
「――無理だ。他の方法を考えよう」
「あ! テケリ、できるであります! ジェレミアさんがやってるの、いつも横で見てるであります! 実際にやったことはないでありますが!」
「それより子供解放すればいいじゃない。そうすりゃ向こうもどっか行くわよ!」
「子供……」
テケリは無視して、今もぶら下がった巨人の子供に目をやる。少し離れた地上では、親が雪玉を作っていた。今度はかなり大きなものをぶつけるつもりらしく、喰らったらさすがにまずいかもしれない。
親子の距離は、どんなに手を伸ばしても到底届かない。この高さからだと――
…………。
「――ニキータ。来い」
「はい!?」
レニは道具入れから折りたたみナイフを取り出し、さらに隅に置かれていた長いロープを担ぐと、ニキータを指名して甲板へ出る。
「あ、あにょぅ……にゃんでオイラを……?」
寒さと不安に震えるニキータの問いには答えず、昔読んだ本のことを思い出す。
「……世の中には、命綱をつけて高所から飛び降りるという馬鹿なスポーツがあるらしい」
「? は、はあ」
冷たい風と雪が吹きすさぶ中、なんとか甲板の先端に辿り着くと、ニキータの体をロープの片側でぐるぐる巻きにし、その反対側端は手すりに縛り付ける。
何度か引っ張り、ゆるまないか確認すると――ニキータにナイフを突きつけ、
「では、手すりの向こうに行ってもらおうか」
「――はい!?」
悲鳴じみた声を上げるニキータに対し、レニは真顔で、
「いいから行け。でないと耳をそぎ落とす」
「…………!」
『殺す』ではなく『そぎ落とす』という、具体的かつ、本当に実行に移しそうなことを言われてニキータは凍り付き――
……逆らう根性があるわけもなく、結局、言われた通りに手すりを乗り越え、わずかな足場と手すりに必死でしがみつく。
「あ……あにょぅ……」
ガタガタと、寒さとは別の何かが原因で震えるニキータに、あえて笑顔で、
「ちなみにロープの長さは知らん。だから長すぎて地面に激突する可能性もあるが――まあ、下は雪だから大丈夫だろう」
「いやあの、これは一体――」
「万が一のことがあったとしても、葬儀くらい私がしてやる。遺骨はジャンカの元に届けよう」
「ってちょ――」
「では、逝ってこい」
言うと――ニキータを思い切り突き飛ばす。
「――ギャアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」
ニキータの悲鳴が響き、甲板の上の余っていたロープがみるみるうちに下へと落ちていく。
ニキータは、ギリギリ、雪面に触れるか触れないかの位置で停止するが、そこに、
『ウガアアァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』
怒り狂った巨人が、雪玉作りを中止して、ニキータ目掛けて突進する。
すべては計算通りだった。
そしてタイミングを見計らい、
「――今だ!」
巨人の子供を吊していたロープをナイフで切断する。
『――ギャゥッ!?』
『!?』
――ゴンッ!
……勝負は、一瞬でついた。
巨人がニキータ目掛けて突進し、ちょうど子供の真下にくるタイミングでロープを切り――
ドゥ・ミールは、我が子の頭突きを脳天に喰らい、ずしん……と、親子そろって雪の上に倒れた。
それを、甲板から身を乗り出して確認し――ぱちんっ、と、ナイフを折りたたむと、
「フン。これでミッションクリアだ」
「……鬼や」
レニの行動に、さすがのウンディーネも、引きつった声でつぶやいた。
……かくして、百戦錬磨の戦士達がなしえなかったことを、二十一年箱入り生活の男が、わずか三分で片づけたのだった――
「……まさか、本当に殺さず仕留めるとは……」
目を回しているドゥ・ミールの親子を前に、さすがのユリエルも呆然とつぶやく。
そして地上に降ろされたニキータは、膝を抱えてガタガタ震えながら、
「……高いのコワイ……高いのキライ……高いのイヤ……」
まるで心に深い傷が出来たかのように、何かブツブツとつぶやいている。
エリスは半眼になってレニをにらみつけ、
「……ちょっと。トラウマになってるじゃない」
「大丈夫だ。モミアゲが、私とニキータ、それぞれに慰謝料として百ルクずつくれるらしい」
「オイ!? 勝手に決めるな! 払うならお前が払うべきだろ!?」
勝手に他人の金で解決しようとするレニに、キュカが手を止めて怒鳴る。
意識を失っているスキに、ロジェとキュカがノコギリで巨大なキバを切断しようとしているのだが、まるで切れない。
「これ、どうやって切るんだよ……」
刃こぼれしたノコギリを前に、ロジェが困った顔でつぶやく。
想像以上に頑丈らしい。剣はもちろん、ノコギリも歯が立たないのでは――
「――そんなものでは切れないでしょう」
「誰だ!?」
突然、降って湧いてきた声に、ジェレミアが真っ先に振り返る。
いつの間にやってきたのか、こちらから少し離れた場所に、三体のマミーシーカーと共に、分厚い防寒着を着込んだ人物が立っていた。フードのせいで顔が見えないが、女のようだ。
「雪原に向かう船を見たと聞いたから、もしやと思って来てみれば……まさか、巨人を倒すなんてね」
言いながら、かぶっていたフードを下ろす。
「――あー! オマエは!」
「ルサ!?」
ウンディーネとレニの言葉に、全員、とっさに身構える。
身構えるこちらに、ルサは一瞬、きょとんとしたが――すぐに、
「……別に、今、戦う理由なんてないでしょう?」
「…………」
本当に戦う気はないらしく、肩をすくめて見せる。
ただ一人、ウンディーネは怒りに満ちた顔で、
「なにゆーとんねん! マナストーンをどうしたんや!? さっさと返せ!」
食ってかかるウンディーネに、ルサは首を横に振り、
「残念だけど、すでにエネルギーは解放されているわ。もう手遅れよ」
「なんやてー!?」
「ちょっと、落ち着きなさいよ!」
今にもトライデントをへし折りそうなウンディーネを、エリスがなだめる。
「そんなことより、あなた達の今の目的は巨人のキバでしょう? ――お前達!」
ルサに呼ばれ、三体のマミーシーカーが前に出る。
「そいつのキバを切り取ってちょうだい。さっさとしないと、目を覚ましてしまうわ」
ルサの指示に、一体のマミーシーカーが巨人のキバをレーザーでいとも簡単に焼き切り、残り二体のマミーシーカーがその巨大なキバを一本ずつ、軽々と担ぎ上げる。
「オイ、金は?」
「これでいいでしょ?」
担いでいた荷物の中から皮袋を取り出し、キュカに投げてよこす。
「二本だから、ちょうど一万ルク。確かに渡したわよ」
「ちょっと待て。この大きさだぞ? もうちょっとはずんでくれても良くないか?」
キュカが値段交渉を持ちかけるが、ルサはしれっ、と、
「ビラには『本数で買い取る』とは書いてあったけど、『大きさで買い取る』とは書いてなかったでしょ? どんなに大きくても、一万ルクは一万ルク」
「この女……」
キュカのこめかみに青スジが浮かぶが、ルサは、もう用事は済んだと言わんばかりにこちらに背を向ける。
――……剣?
ルサの腰に下げた剣に気づくが、それよりも、
「……そのキバをどうするんだ?」
「加工して、部品にするそうよ。普通の金属だと、魔法の流れが悪くなるとかでね」
特に隠す様子もなく、あっさり答える。
彼女は、手の空いたマミーシーカーの肩につかまり、背の出っ張りに足を掛けると、
「それより、そいつがそろそろ目を覚ますわよ」
ルサの言葉に振り返ると、巨人は身じろぎし――目を開ける。
「それじゃあ、わたしは帰るわ。あんた達も、用が済んだのなら帰りなさい」
そう言うと、ルサや巨人のキバを担いだマミーシーカー達は、雪をものともせずに走り出す。
あっという間に姿は見えなくなり――そして、自分達の後ろでは、
『――ウガアアァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』
『ヒィッ!?』
意識を取り戻したドゥ・ミールが飛び起き、全員、悲鳴を上げながら全速力で船へと逃げ込んだ。
* * *
「……雰囲気が違ったな」
船で移動中、受け取った金を配分していると、レニがぽつりとつぶやく。
「ルサのことか?」
「ああ」
聞き返すロジェに、ひとつうなずく。
道案内の時に顔を合わせただけのロジェはともかく、こちらは一度、殺されかけている。あの時の雰囲気と比べると――
キュカも金を数える手を止め、考えるが、
「仕事の時と、プライベートの違いじゃねーのか? お前だって、初めて会った時と今とじゃ雰囲気違うぞ」
「……そんなに違うか?」
どうやら、自分では普段通りのつもりらしい。意外そうに目を丸くする。
近くにいたテケリも、レニの顔をジロジロ眺めながら、
「ん~。初めてお会いした時は、なんだかヤバそうな目をしてたでありますが……テケリ、今のほうが好きであります!」
「……ヤバそう……」
その言葉が納得いかないのか、懐から鏡を取り出し、のぞき込む。
とりあえずレニは放っておいて、再び金を数え――
「――よし。配分はこれでいいな?」
ずらりと、数え終わった金を床に並べると、半ばヤケクソ気味に床を叩き、
「隊長に二千、ジェレミアに千、エリスに五百! これでいいだろ!?」
「いやぁ、助かります」
ユリエルは、遠慮のカケラもないにこやかな笑顔で金を受け取り、ジェレミアとエリスも金を受け取り、間違いがないか数える。
さらに四等分した金を指さし、
「で、俺達の取り分だ。一人につき千六百二十五ルク」
「――そうそう。忘れる所でした」
ふいに、ユリエルが荷物をあさり、何か包みを取り出す。
「ちょうどいいと思い、買っておきました。よかったらどうぞ」
と言って、包みを広げる。
その中からは、背中に筋状の穴がついた陶器のラビが四つ出てきた。しかもそれぞれ色違いで、黄、ピンク、青、緑の四色。
初めて見るらしく、レニは首を傾げ、
「なんだこれは?」
「貯金箱です。中は空洞になっていて、この穴からお金を投入し、貯めます。ちなみにこの貯金箱には取り出し口がないので、中のお金を出す際はカナヅチで破壊します」
レニの問いに、ユリエルは懇切丁寧に説明をする。
レニは一番近くにあった黄色い貯金箱を手に取ると、ひっくり返し、
「フム。三百ルクか……」
底に貼られていた値札を確認する。
「……なあ、隊長」
「すいません。ダークプリースト型はなかったんです」
「いや、そうじゃなくて。大事な軍資金をこういうのに使うってのはどうかと思うぞ!」
「テケリはピンクでいいですか? 大事に貯めるんですよ」
「ありがとうであります! 大事にするであります!」
「聞けよオイ!」
こちらのツッコミは無視して、レニは真っ先に自分の取り分を手元に寄せると、さらにキュカの取り分から二百ルク差し引く。
「って、何やってんだ?」
「……巨人を倒した者に、お前が百ルク出すのだろう?」
言いつつ、自分のラビ貯金箱(黄)に百ルクを投入する。
「そしてこちらは、ニキータの取り分」
「うにゃっ!?」
ニキータの貯金箱(青)に、さらに百ルク投入する。
「待て待て! なんかおかしくないか!? ニキータ突き落としたのはお前だろ!」
「勘違いするな。私達が二人がかりで倒したんだ。二人に払うのが礼儀だろう」
「た、助かりますにゃ~。ありがとうございますにゃ」
暗に、『お前のダイブは百ルクの価値』と言われているも同然だが、そんなことはともかく、
「ちょっと待て! お前達で百ルクを半分にすりゃいいだろ! なんで一人百ルク渡さにゃならん!? 返せ!」
「もう入れてしまった」
レニは容赦なく、目の前で貯金箱に全額投入する。こうなっては、もう破壊しないかぎり取り出せない。
ロジェは驚いた顔で、
「兄さん、全部入れたら、自分の使えるお金がなくなるんじゃあ……」
「では、モミアゲに払ってもらうとしよう」
「オイ!?」
キュカは思わず、レニの胸ぐらをつかむが、
「――うるさい! 金のことでギャアギャア騒ぐな!」
「そうよ。男が百ルク程度のお金でもめるなんて、見苦しいわよ!」
ジェレミアとエリスに一喝され、押し黙る。
「ま、まあまあ。兄さん、お金の価値とか、まだあんまりわかってないんだからさ。ここは大目に」
間に割って入ってきたロジェに、キュカは呆れた顔で、
「あのな。お前がそうやって甘やかすから――」
「それはそうとさ。しばらく前に立て替えてやった酒代がまだ返ってこないんだけど」
その言葉に――キュカは、ぴたりと停止する。
しばらくして、
「……なんのことだ?」
意味がわからず聞き返すと、ロジェは荷物の中から一枚の紙を取り出し、
「ほら、半年前に一緒に飲んでたらサイフ忘れたとか言ってさ。ちゃんと借用書もあるぞ」
ぺらっ、と、ロジェが広げた紙を見ると、酔って書いたのか、少々いびつな文字で五百二十八ルクという金額が書かれていた。ちゃんと自分のサインもある。
「――なんだこれ!? 知らねーぞこんなの!」
「でも、キュカの字だろ?」
「…………」
言葉をなくしていると、ロジェは笑顔で、
「で、いつ返してくれるんだ?」
「……い、いや、酒の席でのことだし……って言うか、なんでこんなトコまで借用書持ってきて――」
「いつ返してくれるんだ?」
「…………」
完全に言葉をなくし、黙り込んでいると、後ろから、たたみかけるかのように、
「――ほう。踏み倒す気か?」
振り返ると、レニは大変素敵な微笑みを浮かべ、
「人にはあんなことを言っておいて、いざ自分の身に降りかかると返せない。まったく、こんなモミアゲに負けたのかと思うと、馬鹿馬鹿しくて笑えるな」
「うぐっ……!」
言葉に詰まらせていると、ロジェはさらに、
「荷物整理してたら、色々出てきたんだよな。これは三ヶ月前、こっちは二ヶ月前、これも半年前か? 全部、ちゃんと控えてあるぞ。ひとつずつ返してくれよ?」
言いながら、ひょいひょいと、荷物の中から数枚の借用書を出す。そのどれもに、金額と共にきっちりとキュカのサインが記されていた。
「なんでこんなもんが……!」
「ほう。これだけの金を借りておきながら、まだ返していないとはな。それでよくもまあ、人のことを言えたものだな?」
「…………」
何も言い返せないでいると、ロジェが、
「兄さん、そんなこと言わないでくれよ。キュカが借りた金返さないなんて、あるわけないだろ」
さわやかな笑顔で言い切る。
そしてロジェは、さっきの借用書を再びキュカに突きつけると、小首を傾げ、
「で、いつ返してくれるんだ?」
「…………」
~報酬の配分~
ユリエル:二千ルク(軍資金含む)
ジェレミア:千ルク(人件費)
エリス:五百ルク(情報提供料)
ロジェ:五百二十八ルク(返金)
テケリ:千六百二十五ルク
ニキータ:千七百二十五ルク(一部慰謝料)
レニ:千七百二十五ルク(一部賞金)
キュカ:八百九十七ルク
追記:ちゃんと領収書までくれました。