16.ひとときの休息2 - 2/2

「さらわれた!? お前、一緒にいながら何やってんだ!」
 その報告に、真っ先に怒ったのはキュカだった。
「それが、何が起こったのか俺にもさっぱり……」
「さっぱりもなにも! すぐ追いかけるとかしなかったのかよ!?」
「水の中でどーしろって言うんだよ!?」
 頭ごなしに怒鳴られ、さすがに腹が立ってきたのか怒鳴り返す。
「責めるのはその辺にして、どうします? 何か手がかりは?」
「手がかりは……」
 ユリエルに聞かれ、ロジェはロープで縛ったものを前に出す。

 ペンギンだった。

 服を着て帽子をかぶった、ペンギンだった。
「うきょ! ペンペンであります!」
「うわ、初めて見た! かわい~!」
 真っ先にテケリとエリスが目を輝かせ、ペンギンに駆け寄る。
 それを尻目に、大人達は一瞬の沈黙ののち、
「これは?」
「釣った」
「昨日のラドーンといい、まともなのを釣れないのかお前は……」
「――ぎゃー! かんだであります! このペンギン、かんだでありますー!」
 振り返ると、ペンギンに噛まれたテケリが赤くなった指を押さえてのたうち回っていた。
 ペンギンはツバを吐き捨て、
「気安くさわるからでやんす」
「しゃべった!?」
 驚くエリスに、ペンギンは不快感をあらわに、
「そんなにペンギンが珍しいでやんすか? ネコが長靴履いてるってのに、ペンギンがしゃべるのがそんなにおかしいでやんすか?」
 自然と、ニキータに視線が集まる。
 ニキータはペンギンを眺め、
「ひょっとしてこのペンギン、海賊ペンギンじゃにゃいですか?」
「海賊? ってことはまさか、フラメシュさらったのお前らか!?」
「まさか、肉が目当てか?」
「肉?」
 驚くキュカに、レニも驚いた顔で、
「知らんのか? マーメイドの肉を食うと不老不死になるという言い伝えがある」
「え? マジっすか? すごいでやんす!」
 その言葉に、ペンギンが目を輝かせる。

 …………。

 レニは前髪をかき上げると、遠いまなざしで、
「どうやら、余計なことを教えてしまったようだ……」
「お前ってやつは……」
 キュカは涙を流しながら、目をそらすレニを締め上げる。
「それを知らなかったってことは、何が目当てだったんだ?」
「この海岸にあのマーメイドがよく来ることは、じぜんちょーさで知ってたでやんす。マーメイドは『げーじつ的』でやんすから、金持ちに売り飛ばして金にするでやんす」
 ジェレミアに聞かれ、ペンギンは笑いながらペラペラ答える。
 ウンディーネは血相を変え、
「それ、まずいんとちゃうか? マーメイドは水から引きはがされると発火して、すべてを焼き尽くす煉獄の妖女になるっちゅー言い伝えがあるんや」
「単なる言い伝えじゃねーのか?」
「言い伝えがホンマやろーがデタラメやろーが、マーメイドは水から離れたら生きられへん。はよ追いかけんと!」
「無駄でやんす! マーメイドは今頃とっくに船で運ばれているでやんす。今さら追いかけたところで手遅れでやんす!」
「あれ? じゃああんた置いてけぼり? これからどうすんの?」
 エリスの素朴な疑問に、ペンギンが凍りついた。
 そして、
「オカシラ~! 助けてほしいでやんす~!」
 悲痛な叫びが、海岸にこだました。

「俺が船長のバーンズだ!」
 海岸に縛り付けたペンギンを放置して数分。
 仲間が一人(一羽?)いないことにようやく気づいたのか、複数のペンギンを引きつれ、巨大な海獣が現れた。
 テケリは目を丸くして、
「オットセイであります!」
「セイウチだ!」
 オットセイ、いや、セイウチは即座に否定した。
 バーンズと名乗ったセイウチは、腕組みをして踏ん反り返ると、
「ウチのが世話になったようじゃねぇか。引き取りに来てやったぜ」
「その前にフラメシュを返せ! 何もしてねーだろーな!?」
 即座にキュカが食って掛かるが、セイウチは耳? をかきながら、
「なんのことだ? 俺はただ、釣り人に釣られたドジな部下を捜しに来ただけだ」
「とぼけんな! こいつがマーメイド連れ去ったって白状してるぞ!」
 バーンズは舌打ちすると、
「まったく近頃のペンギンときたら……デイビット! おめー余計なことペラペラしゃべってんじゃねぇ!」
「え!? しゃべっちゃいけないことだったでやんすか!?」
「仮にそうじゃなかったとしても、余計な情報与える必要はねぇと言ってるんだ! ちったあ自分で考えろ!」
「困った部下を持つと苦労しますね」
「いや、まったくだ」
「……セイウチと分かり合ってどうするんだ……」
 なぜか分かり合うユリエルとバーンズに、ジェレミアがぼそりとつぶやく。
「それにしても、ホントにペンギンの海賊なんているのね」
「オイラも驚きましたにゃ。単にゃる噂とばかり」
「猫に言われる筋合いはねぇ! ……それはそうと、なんでこの海岸に人間がいやがる。この辺に人里なんてないはずだぞ」
「通りすがりです」
「どうやったらこんなとこ通りすがるってんだ」
「それはともかく、フラメシュさんを返していただきたいのですが」
「返さないと言ったら?」
「それは――」
「――ぎゃー! 目が回るでやんすー!」
 悲鳴に振り返ると、昨日のラドーン(まだいた)が、縛ったペンギンを鼻先でくるくる回していた。
「ああ、デイビット!」
「デイビットをぶっころがすとは卑怯な!」
「オニ! アクマ! 人でなし!」
「ペンギンをぶっころがすとは……おめぇ、人じゃねぇ! ラッコだ! 心の中で悪のラッコを飼ってやがる……!」
 ペンギンだけでなく、バーンズまでもが恐れおののき、後ずさる。
 ツッコミ所は色々あったが、ロジェは脱力した様子で、
「ペンギンとセイウチに『人じゃない』って……」
「あの、私がやれと言ったわけでは……テケリ、なんとかしてください」
「ドンべい、やめるでありますー!」
 さすがにペンギンとセイウチに人でなし呼ばわりされるのは嫌だったのか、ユリエルはテケリに助けを求め、テケリもラドーンにペンギンを回すことを止めさせる。
 が、
「ああ! 鼻で投げ飛ばした!」
「デイビットーーーーーーー!」
「今助けるでやんすーーーーーーーー!」
 ラドーンは鼻先でペンギンを持ち上げ、ぽーーーーん、と、海へと放り投げた。そして仲間のペンギン達はそれを追って、次々と海へと飛び込んでいく。

 ……ざざ~ん……

 すべてのペンギンがいなくなり、海岸が、再び静かになる。
「――人質逃がしてどうする!?」
「人質じゃないでありますペン質であります!」
「どっちでもいい! どーすんだよ!」
 キュカに詰め寄られ、テケリはラドーンにしがみついて反論する。
「……まあ、なんだ。デイビットも戻ったし、それじゃあ俺はこの辺で……」
「待て、セイウチ」
 背を向け、海へ帰ろうとするバーンズの尾ひれを、ジェレミアはすかさず踏みつけた。

「オカシラを返すでやんすー!」
「デイビットに続きオカシラまで! 卑劣でやんす!」
「それでも人でやんすか!?」
「お前らに言われたかねぇ!」
 好き勝手に騒ぐペンギンに、キュカが怒鳴り返す。
 ペンギンには逃げられたものの、今度は船長のセイウチを人質に、ペンギン達と対峙していた。
「ねー。この茶番、いつになったら終わるの?」
「こっちが聞きたい」
 飽きてきたのか、適当な場所に腰を下ろして見守るエリスに、ジェレミアもうんざりした顔で返す。
「それはそうと、フラメシュは無事なんだろうな?」
「フン、ちゃんとここにいるでやんす!」
 そう言って、ペンギン達が運んできたのは巨大なタルだった。
「フラメシュ!?」
 そのタルの中で、頭だけ出した状態で、フラメシュがぐったりしていた。
「おいお前ら! 俺の渚のマーメイドに何をした!?」
「なにもしてないでやんす! 勝手に気絶したでやんす!」
 キュカに怒鳴られ、ペンギンが慌てて反論する。
「それよりオカシラ、すごいでやんすよ! マーメイドの肉を食べると、不老不死になるでやんす!」
 一羽のペンギン――さっき逃がしたデイビットのようだ――が、余計なことを伝える。
「みんな不老不死になれるでやんす! そうすりゃ、オイラ達は最強の海賊団になれるでやんす!」
「いや、それはただの言い伝え……」
 レニが口を挟むが、すっかり信じてしまったのか、ペンギンは聞く耳持たずに興奮した様子で訴える。
 しかしバーンズは、ため息をつくと、
「じゃあおまえ、食ってみろ」
「へ?」
「そのねーちゃんを食ってみろ」
 デイビットはフラメシュに目をやり――そして、隣のペンギンに目をやると、
「……おまえやるでやんす」
「え!? いや、オイラよりおまえが――」
「いやいや、ここは言い出しっぺが――」
 誰が食べるのか、押しつけ合いが始まる。
 しびれを切らしたのか、バーンズは縛られたまま、
「バカヤロウ! マーメイドを食う根性もないヤツが、不老不死だのなんだの騒いでんじゃねぇ!」
「で、でもオカシラ、不老不死になりたくないでやんすか?」
「不老不死だぁ?」
 バーンズは大きく息を吸い込み、全身に力を込め――

 ――ぶちっ!

『おおっ!?』
 ロープが、切れた。
 思わず拍手がわき起こったが、バーンズは気にも留めず、
「バカヤロウ、俺達は海賊だぞ! 常に命がけだからこそ、生きる喜びがあるんだろうが! 不老不死になんかなっちまったら、全部台無しだ!」
「おお……!」
「オ、オカシラ……!」
 ペンギン達が、感極まった様子でその場に膝をつく。
 そしてデイビットを始めとするペンギン達は、涙を流しながら、
「オカシラ……! オイラがまちがっていたでやんす! 不老不死なんて、オイラ達には必要ないものだったでやんす!」
「まったくその通りでやんす! オイラ達、ちっぽけだったでやんす!」
「さすがオカシラでやんす! 一生ついて行くでやんす!」
 口々にそう言うと、バーンズの元に集まる。
 バーンズは海に向くと、
「よぉーし、おまえら! ここにお宝はない! それがわかったんなら船に帰るぞ!」
「ラジャーでやんす!」
 そして海賊達は、次々と海へ飛び込み、船へと帰って行った。
 それを見送り――
「逃げた……」
「とんだ茶番でしたね……」
 ロジェとユリエルは、ぽつりとつぶやいた。
 朝っぱらから、一体なんだったのだろう。
 その場にいた全員の心に去来したのは、海賊が去った安堵ではなく、奇妙な脱力感だった。

「大丈夫か?」
「う~……ひろい目にあっら~……」
 慎重にタルを横倒しにし、キュカが赤ら顔のフラメシュを引っ張り出す。
 別に気絶していたわけではなかったらしく、ろれつの回らない様子で、砂浜にぐったりと横たわる。
「うわ、なにこれ。酒臭っ」
「よりにもよって酒ダルか」
 タルに染み付いたにおいに、エリスは鼻を押さえ、ジェレミアも顔をしかめる。
「あのペンぎンろも~。こんろあっららゆるひゃ~ん……」
「すっかり酔ってますにゃ」
「さすがにこれは……回復を待つしかないですね」
 いくらタルの中身が海水でも、マーメイドを酔わせるには充分だったようだ。
 ひとまず酔ったフラメシュを、昨日彼女と話をした岩場に運び、半分水に浸かるよう岩にもたれさせる。
「ああ……俺の渚のマーメイドが……こんな酒臭くなっちまって……」
「別にお前のものになった瞬間なんてないけどな」
 はらはらと涙を流すキュカに、ロジェが冷静につっこむ。
「――うきょ? ドンべえがいないであります!」
 突然、テケリが声を上げる。そういえば、あのラドーンがいつの間にかいなくなっている。
「帰ったんだろ」
「テケリになにも言わずに帰るなんて、そんなはくじょーものじゃないであります!」
「そんなこと言われてもな……」
 ラドーンにしてみれば、テケリに断りを入れる義理などないはずだが……
「――ぷきーっ!」
 悲鳴に振り返ると、砂浜で、ラビが宙を飛んでいた。
「ラビきち!?」
「増えてる!?」
 どこから湧いてきたのか、三匹の小さなラドーンが、鼻先でラビを投げ合って遊んでいた。
「このラドーン、子供ですにゃ」
「まさかとは思いますが……」
 近くの岩の陰から、オフオフ言いながらあのラドーンが姿を現す。体が、縮んでいる。
 ユリエルは確信した様子で、
「産んだみたいですね」
「ひょっとして、お産場所探して俺達に寄ってきたんじゃぁ」
「野生動物なら、人間警戒しなきゃダメだろ」
「どんべぇじゃなくてどん子だったんだな」
「名前はどうでもいいから」
 一人、勝手に納得するロジェに、キュカのツッコミが入る。
「すごいであります! ちびどんべいかわいいであります!」
「生まれてすぐ、こんな遊びが出来るんだな」
「ぷきーーーーーー! ぷきぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
 テケリとレニは関心した様子でラドーン親子を見守り、そして海岸には、ラドーンの兄弟にもてあそばれるラビの悲痛な叫びがしばらく響いた……

 * * *

「今日は災難だったな」
「ホント、もうなにがなんだか」
 昼を過ぎた頃、ロジェ達が様子を見に来ると、フラメシュはエリスと談笑していた。酔いはすっかりさめたようだ。
「そうそう、マナストーンのことだったわよね。竜を訪ねたらどう?」
「竜?」
 彼女は南西の方角を指差し、
「ここからだと、ヴァンドールの手前になるかしら? その辺に、竜の住み家があるって聞いたわ。竜は物知りだって言うし、何か知ってるかも」
「竜……ですか」
「竜、ねぇ……」
「どしたの?」
「あ、いえ、人間が竜の住み家に踏み込むのは、危険ではないかと」
 苦い顔をするユリエル達に、フラメシュは口をとがらせ、
「なによ、せっかくばば様達から有力情報聞き出してきたってのに」
「有力情報?」
「ずっと昔、人間と竜が、マナストーンの所有権を巡って戦ったことがあるって話」
「本当か!?」
 ジェレミアに詰め寄られ、フラメシュは驚きつつうなずく。
「竜の住処の場所はわかりますか?」
「えーと、たしか……」
 聞かれて、ニキータは地図を広げ、
「たしか、この辺りですにゃ」
「ヴァンドールとの国境付近ですね……フラメシュさんの話が本当なら、きっと闇マナストーンのことです」
「ばば様の話じゃ、その戦いで人間がマナストーンを手に入れ、それから急速に国が発展したそうよ」
「でも、十年前の戦で竜族は滅びたと聞きましたにゃ」
 ニキータが口を挟む。
「ヴァンドール軍が竜族の住み家を襲撃して、その戦いで竜はほとんど殺されたと……そう聞きましたにゃ」
「竜を倒すなんて、そんなに強かったのか? ヴァンドールは」
 ロジェの疑問にニキータはうなずき、
「ヴァンドールは魔法で有名な国ですにゃ。魔法兵器の開発も盛んで、その兵器でたくさんの国が苦しめられましたにゃ。さすがの竜も、かなわにゃかったんですにゃ」
「となると……仮に生き残りがいたとしても、相当人間を恨んでいると思って間違いないですね」
「行ったところで殺されますにゃ。やめといたほうがいいですにゃ」
「あら。どこにだって、変わり者の一人や二人、いるものよ」
 しっぽを丸めるニキータに、フラメシュは、
「鳥達に聞いたの。すっごく頭が良くて、優しい石の竜がいるって。もちろん、その竜がマナストーンのありかを知っているとは限らないけど……話くらい聞いてくれるかも」
「……確かに、可能性がゼロではないのなら、当たってみる価値はあるかもしれませんね」
「おいおい、正気か? それよか、イザベラやリィ伯爵に当ったらどうだ?」
 竜には散々苦しめられただけに、キュカは止めようとするが、ジェレミアは、
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、か……ふん、せっかくだ。生き残りがいるなら、今のうちに退治しておくべきかもな」
「お前まで……」
 強気な発言に、呆れて言葉を失う。どうやら次の行き先が決定したようだ。
「行っちゃうの?」
「元々、ここには休憩で来たものですから」
 溜まった洗濯物や船内の掃除など、一通りのことは片付いた。次の行き先が決まった以上、もはやここにいる必要はない。
 フラメシュは残念そうな顔をしたが、どの道、彼女に引き止める理由はない。その代わりに、
「ねえねえ。竜のこと教えてあげたんだからさ、代わりに『アレ』ちょーだい」
「アレ?」
「俺の熱い抱擁か?」
「冗談は顔だけにして」
 真顔でキッパリと言い切られ、キュカは傷ついた顔ですごすご引き下がった。
「あ。ひょっとして、これのことか?」
 ピンと来たのか、ロジェはポケットからまんまるドロップを取り出す。
「そうそう、これこれ」
 満足げにまんまるドロップを受け取るフラメシュに、エリスは驚いた顔で、
「お礼がこんなのでいいの?」
「アンタ達にとっちゃ『こんなの』でも、私にとっちゃ『お宝』なの」
「価値観の違いか」
「そーゆーこと。あ、それと、私のことを言いふらしたりしないでね。さすがに今回みたいなことがまたあったら嫌だし」
「確かに。あのペンギン連中、あきらめたように見せかけて、実は俺達がいなくなるのを待ってるだけかもしれねぇしな」
「――ドンべえ、どうしたでありますかー?」
 ラドーンにつつかれ、テケリはオフオフ言っているラドーンの声に耳を傾ける。
「お前、言葉わかんのか?」
 テケリは、真剣な顔でラドーンと向き合い――
「おふおふ?」
「確かに、ペンギン達がまた来るとやっかいですね」
「あ! 無視しちゃイヤであります!」
 何もなかったことにされ、テケリはユリエルの服を引っ張る。
「大丈夫よ。『またペンギンが来たら、アタシがぶっころがしてやる』ってさ」
「は?」
 フラメシュは笑いながら、
「そのラドーン、この海岸でよく会うのよ。お産が近いって言ってたけど、まさかアンタ達のとこにいたとはね。見張っててくれたのかしら?」
「フラメシュさんとオトモダチだったでありますか?」
 驚くテケリに、ラドーンはオフオフとうなずく。
「それはまた……頼もしいですね」
「よくよく考えたら、一番活躍したのアイツだったし……」
「――ぎゃー! テケリをぶっころがしちゃイヤでありますーーーーー!」
 何を思ったか、ラドーンはテケリを鼻で持ち上げ――そして、海岸にテケリの悲鳴が響いた。

 * * *

 人間達と別れた後、フラメシュは仰向けになり、海の上を漂っていた。
 さっきまでの騒がしさが嘘のように、静かだった。いつもの海だ。
「……あ」
 静かだと思っていた海に、何かの機械音が響く。
 そして上空に巨大な鳥のような――船のようなものが現れ、一瞬影を作ったかと思うと、あっという間に飛び去った。
「…………」
 フラメシュは海上を漂いながら、ぽかんとそれを見送る。
 陸の上を自らの足で歩き、船を浮かべて水の上を進み、さらには空まで。
 つくづく人間というやつは、ずるい。

 ――陸の上なんて、そんなにいいもんじゃないよ――

「……フン、だ。どこにだって行けるくせに、ぜーたく言って」
 わかっている。夢は、夢であるうちが楽しくて、美しい。現実を知ると、がっかりするだけ――

 それでも、何も知らないまま終わってしまうよりは。

 海から離れられないマーメイドは不満そうに頬を膨らませると、まんまるドロップの包みを広げ、口へと放り込んだ。