「なんだこりゃ……いつもと全然違うじゃねぇか……」
フリックは呆然と、光に包まれた塔を見上げた。
『マナの塔』と呼ばれる、イルージャ島に古くからある塔の前に立っていたのは、オレンジ色の長髪を後ろでしばった、剣士風の少年だった。
マナの村で一緒に育った少女・ティスが、マナの塔に閉じこめられている――
そう聞いて、周りが止めるのも聞かず、飛び出してきたのだが……塔は不思議な光に包まれ、周囲の森からは動物の気配すらしない。
そんな目の前の光景に少し怖じ気づきつつも、勝手に飛び出してきた手前、逃げるわけにもいかない。
「……よ、よし。行くぞ」
自分で自分に言い聞かせると、一歩足を踏み出し――
「――フリックにいちゃん!」
「うひょをぉ!?」
突然、背後から湧いてきた声に飛び上がる。
フリックは尻もちをついたまま後ろを振り返り、
「心臓飛び出るかと思っただろーが!」
「ほえ?」
怒鳴られたほうは普通に声をかけたつもりだったらしく、目をぱちくりさせて首を傾げる。
背後の草むらから出てきたのは、頭に大きなターバンを巻き、だぶだぶの黄色いローブを着た、まだ十歳にも満たないマナの村の子供だった。
「――ポップ、ダメだろ。こんなとこに来ちゃあ」
尻のホコリをはたきながら、お兄さんっぽく注意するが、
「ボクもいっしょに行く!ボクもティスおねえちゃんたすける!」
ポップはフリックの注意などどこ吹く風で、強い意思表明をする。よく見ると、小さな体に見合わない、大きなフレイルを背負っていた。
フリックは頭をかきながら、
「でもなぁ。何がどうなってるかわかんねぇし……」
「――いいじゃないか。どのみち、引き下がるつもりもなさそうだよ?」
ポップの後を追ってきたのか、水の精霊・ウンディーネが姿を現す。
「ウンディーネ!来てくれたのか!」
「ボクもいるよー」
つむじ風と共に、風の精霊・ジンが姿を現す。
「話を聞かないせっかちさんに、ハイ。お届け物」
「なんだこりゃ?」
ジンから渡されたのは、なにかの板に、金色の枠が取り付けられたものだった。
「『マナフレーム』って言う、ボン・ボヤジ博士の発明品だそうよ。ワッツからあなたに届けてくれって頼まれたのよ」
月の精霊・ルナが姿を現し、簡単に説明する。
ワッツとはイシュの王で、今日、たまたま村に訪れていたのだ。ちなみに、ボン・ボヤジはイシュの発明家だ。
「それに、この『ジェム』ってのをはめ込んで使うそうだ。ま、詳しい理屈は後にして……とりあえず、使えって言ってんだから使ってみろよ」
火の精霊・サラマンダーも姿を現し、赤い石を差し出す。
「じぇむ?」
「あ、さっき、ワッツのおじちゃんが、そんちょーに見せてたヤツ!」
ポップが、サラマンダーが手にした赤い石を指さす。
フリックは受け取った石――ジェムを、首を傾げつつも、マナフレームにかちりとはめ込む。
「……これでいいのか?」
こんな石ころ……といぶかしがった次の瞬間、ジェムが淡い光を放つ。
「な、なんだ?」
「フリックにいちゃん、はやくティスおねえちゃんをたすけないと!」
「え?あ、ああ。そうだな」
そうだ。今はそれどころではない。
精霊達もひとつうなずき、
「わたし達も手伝うわ。行きましょう!」
「サンキュー!――よし!行くぞ!」
フリックはマナフレームを懐にしまうと、さっき、一瞬怖じ気づいたことなど忘れて、光るマナの塔へと走り出した。
「……どーなってんだ一体……」
もう、本日何度目かのセリフをつぶやきつつ、フリックは剣を片手に大きく息を吐いた。
マナの塔は魔物であふれ、進めど進めど階段が見あたらない。
「……理由はわからないけど、空間がねじれて、塔の構造が変わってしまっているのね……」
ルナが注意深くあたりを見渡しながら説明する。
「こりゃあ普通に進んでもムダだな。おまけにこの魔物の数……体力を消耗するだけだ」
サラマンダーが火を吹いて、ラビを追っ払いながらぼやく。
「普通に進んでもムダって……じゃあ、どうすりゃ……」
話の途中で、再び空間がねじれ、コウモリの魔物――バットムが姿を現す。
「また!うっとーしぃ!」
フリックは剣を振るい、魔物を一刀両断する。
ウンディーネは、軽く拍手をしながら、
「やるねぇ。この平和な世の中で、剣の修行なんか無意味って思ってたけど、そうでもなかったみたいだね。……皮肉な気もするけど」
「まあ、な……」
フリックも、複雑な笑みを浮かべる。
強くなることを目指して、村長・モティの指導の元、剣の修行を積んできたのだが、平和な世の中では意味のないこと……
だというのに、その修行が今、まさに生かされている。
正直、嬉しい反面、平和じゃなくなったのかと思うと、複雑な気分だった。
「それに引き替え、あっちは……」
「ほわわわわっ!」
「わー!危ない!危ないから!」
ポップが、大きなフレイルを振り回し――いや、本人は振り回しているつもりなのだろうが、傍目には、どう見ても振り回されているようにしか見えない……
近くにいたジンが逃げ回り、しばらくして、ポップは目を回してその場に尻もちをつく。
「ほえぇ~……」
「何やってんだおまえ……」
呆れつつも、立ち上がるのを手伝ってやる。
「それにしても、ここ、どの辺なんだ?空間がねじれてるったって、まだ階段も上ってない――」
言いながら、近くの窓から外を見下ろし――
「――げ」
軽く身を乗り出して見てみると、階段を上った記憶はないというのに、四階分くらいの高さがあった。
「ホラ。こっちを見てごらんよ」
ジンに促され、今度は少し離れた別の窓から外を見ると、今度はすぐに地面だった。
「こ、これが空間のねじれ?」
「これで、うかつに動き回ってもムダってわかったろう?」
「この歪みを戻さないと、捜しようがないわ。ヘタすると、私達も出られなくなるかもしれない」
「――あ。それならボク、いーもの持ってるよ!」
ルナの言葉に、ポップが手を挙げて、ロープのようなものをフリックに差し出す。
「これ……魔法のロープじゃないか!村長の家にあったはずだけど……」
「エヘヘ……」
あいまいな笑みを浮かべて頭をかくポップに、フリックは半眼になって、
「ははーん……さてはおまえ、勝手に持ってきたな?ぬしもワルよのぅ……」
「いえいえ、おだいかんさまこそ……」
「アンタ、ポップにヘンな遊び教えてんじゃないよ」
ウンディーネが呆れた様子でツッコミを入れる。
「まあ、これで帰りの心配は消えたみてぇだが……問題は、どうやってティスを捜すかだな……」
サラマンダーが本題に戻す。
「なにか手がかりでもあれば……」
「……待って」
なにかを感じたのか、ルナが注意深くあたりを見回す。
「かすかにだけど……人と、精霊の気配を感じる。近いわ。こっちに向かってる」
「ティスか!?」
言われて、フリックはあたりを見回し、他の精霊達も気配を探る。
「こっちよ!ついてきて!」
言われるまでもなく、飛び出すルナにフリック達も後を追った。
どれくらい走っただろうか。
はぐれないよう、フリックはポップの手をつかみ、精霊達もとらえた気配を逃さないよう注意を払いながら、走る。
「うわっ!」
角を曲がろうとしたところで、フリックの鼻先を黄色いものがかすめる。急に止まったせいで、後ろを走っていたポップやウンディーネが足やら頭やらに激突し、その勢いで、フリックは床とキスするはめになった。
「――にゃにゃっ!?おみゃーはフリック!大丈夫かにゃ?」
「何やってんのよアンタ達……」
捜していた声とは違ったが、聞き覚えのある声に、痛む鼻をさすりながら顔を上げる。
「な……なんだ、おまえらかよ……」
「あ~!タンブルおねえちゃんとワンダラーのおじちゃん!」
フリックの背に乗ったまま、ポップが嬉しそうな声を上げる。
遭遇したのは、同じ村に住む、赤いドレスに、緑の髪を肩のあたりで切りそろえた弓使いの少女・タンブルと、長い耳に丸まったシッポ、赤茶けた体毛を持つ、ニキータ族の風来坊・ワンダラーだった。
「みなさん、気をつけて!」
タンブルの後ろにいた木の精霊・ドリアードが注意を促しながら、イバラのツルでラビをなぎ払う。
どうやら、二人はラビの群れと交戦中だったらしく、さっきフリックをかすめたのも、ワンダラーがハンマーで弾いたラビだったようだ。
「ボサッとしとらんで手伝わんかい。数が多くて、手こずっておった所じゃ」
土の精霊・ノームが、床に倒れたままのフリックの額を叩く。
どうやらルナが感じた気配は、この二人と二体の精霊だったようだ。
「まったく……言われなくたって!」
いまだに背中に乗っていたポップを押しどけ、剣を構える。
ラビといえば、可愛い見た目とおとなしい性格のおかげで、ペットとして飼えるくらいのモンスターだが……
――ホント、どうなってんだ一体……?
目の前にいるラビの大群は、黄色い体毛を逆立て、低いうなり声を上げている。その姿からは『凶暴』という言葉しか浮かばない。
「はぁっ!」
飛びかかってきたラビを剣でなぎ払い、足下に寄ってきたものは蹴飛ばし、とにかく、後ろのポップをかばうような形で応戦する。
ラビ自体はそんなに強いモンスターではないが、いかんせん、数が多すぎる。
しかも、
「うぉっ!?」
ぴゅん!と、フリックの眼前を矢が通り過ぎる。
「――ごめーん!失敗しちゃった~」
「ちゃんと狙えー!あぶないだろー!」
タンブルの矢が四方八方に飛び交い、ヘタに動くと自分にグサリと刺さりそうで怖いという状況だった……
それを見かねたのかは知らないが、
「――ええい!しゃらくせぇ!」
サラマンダーが炎で出来た体をさらに膨らませ、ラビの群れの中に突っ込む。
「サラマンダー!?」
「巻き込まれないよう気ぃつけろよ!」
その言葉に、フリックはとっさにポップを小脇に抱えて来た道を走り、タンブルとワンダラーも攻撃をやめて猛ダッシュでその場を離れる。
「――食らえー!」
威勢のいいサラマンダーの声が聞こえ――次の瞬間、
――ドムッ!
一帯が紅蓮一色に染まり、恐る恐る戻ってくると――こんがり焼けたラビが累々と転がる中、
「ま、こんなもんだろ!」
と、サラマンダーが胸を張り、勝利宣言をしていた。