「……そう。ごめんね。ホントなら私達がしなきゃいけないこと、キミにさせちゃったね」
  自分が寝ている間のことを聞き、そしてこちらも、伝えておいたほうがいいことだけを伝えると、クリスは疲れ切った顔でそう答えた。
  静かになったタイミングを見計らって、会議していた部屋に顔を出すと、クリスが一人、壁にもたれて座り込んでいた。集まっていたメンバーは全員帰ったようだ。
 「あの人との因縁を作っちゃったのは僕だし。僕がやらなきゃいけないことだったんだよ。きっと」
  せっかく四天王の一人を討ち取ったというのに、お互い、まるで嬉しくない。
  なにしろ死人が多すぎた。
  翌日には、あちらの予定通り城での惨事はレジスタンスの仕業とされ、少なくはない死人の数が公表されたらしい。
  こちらは元々少人数で、死人は出なかったとはいえ――結局レジスタンスは、一般市民の間でもテロリスト扱いとなった。
  果たして、行った意味はあったのだろうか?
 「……たまに思うんだ。何もしなけりゃよかったんじゃないかって」
  壁に背を預け、膝を抱えたまま口を開く。
 「『しなかった後悔のほうが辛い』ってよく言うけど、そんなの嘘。『やらなきゃよかった』って、後悔してばかり。……今回は、特に」
 「…………」
  部屋を見渡す。家具ひとつなく、敷物すらない。一応カーテンはかけられていたが、中が見えないようしっかりと閉じられていた。
 「他のメンバーは?」
 「カートとコートニーは残るって言ってくれたけど、他は見事に逃げられちゃった。『あんたにはついて行けない』ってね」
  肩をすくめ、自嘲気味に笑う。
 「みんな、がっかりしたんだろうね。私がただの小娘だって。……父親の無念を晴らしたいんじゃなかったのかって、責められちゃった」
  レジスタンスの前リーダーだった彼女の父は、皇帝に殺されたという。本当は、殺したいほど憎いはずだ。
 「……でも、私怨のために仲間を道連れにしないのは、リーダーとして正しいと思うけど」
 「『革命も起こせない根性なし』」
 「え?」
 「ゼノアに言われちゃったよ。……普段から、皇帝への不満や恨みばっかり言ってるくせに、いざ実際、皇帝に呼び出されたら、みんなビビってシッポを巻いて逃げた。その程度の組織しか作れなかったのは、私がその程度だったから」
  かける言葉が思いつかず、無言で話を聞く。
 「今回のことで身に染みたよ。私は父さんを死に追いやった皇帝に『嫌がらせ』をしたかっただけ。『革命』を起こすほどの根性も覚悟もないんだ、って。なんとかしてくれる都合のいい『誰か』が現れて、その人がなんとかしてくれるのを期待してたんだ、って……」
 「その『誰か』が僕だと思ったの? なんで?」
  クリスは苦笑すると、
 「ジェマさんから聞いたよ。パンドーラのこと。ただの男の子が、一国のピンチを救うなんて普通じゃ考えられない。聖剣だけの力じゃないはずだって、そう思った」
 「僕の力だって言うの?」
 「そうじゃなきゃ、私達、今ここにいないよ?」
 「…………」
  剣を手にすると、ためらわなくなる。相手が怪物だろうと、人であろうと。
  しかしそれは、聖剣のせいじゃなかった。
――ああ、そうか。
 元からそういうヤツだったのだ。
  『殺す』と決めたから殺した。それだけだった。
  クリスはこちらの気も知らず、
 「キミが私の立場なら、むしろ大勢で乗り込んで、そのまま皇帝の首を取って、国を乗っ取ったかもね」
 「いや、さすがにそこまでは……」
 「単身で四天王の首取っといて、何言ってんの?」
  それを言われると、何も返せない。
  クリスは立ち上がると、頭を下げ、
 「……ごめん。キミには謝らなきゃいけないって思ってた。巻き込んだこと。卑怯者で、本当にごめんなさい……」
 「……勘違いしないで。僕も僕で、行く用事があったから行っただけ。感謝ならゼノアにするべきだよ」
 「でも、ゲシュタールを討つと決めたのも、本当に討ち取ったのもキミでしょう?」
 「それは……」
  そうなのかもしれない。
  ゼノアは、自分が有利になるための『カード』ではあったが、行動を決める『鍵』ではなかった。
  『鍵』は、ディラックだ。
  ゲシュタールには申し訳ないが、彼は『ついで』に過ぎなかった。
 「見捨てて逃げることだって出来たのに、キミはそれをしなかったね」
 「見捨てる勇気がないだけ」
  ディラックなんて、『どうでもいい人』のはずなのに。
  『どうでもいい人』だが――プリムにとっては、命を賭けられるほど『大事な人』らしい。
  未来なんてわからないのに。
  『賭けた』結果、ゼロどころかマイナスになることだってあるのに。
  なのにそんな未来は想像もしないで、脳天気な夢を描いている。
  正直、うらやましいくらいだ。
 「『見捨てる勇気』、か。うちの父さんは、どうだったのかな」
 「お父さん?」
 「レジスタンスの始まりって知ってる?」
  無言で首を横に振る。
 「軍備の増強のため、皇帝が増税に次ぐ増税を行っているのは前にも話したよね? 年々大きくなる税の負担に、国民の不満が溜まりに溜まって、城の前で抗議活動をするようになったんだ。それがレジスタンスの始まりで、その中に私の父さんがいた」
  始まりとは、だいたいがそういうものなのだろう。自らレジスタンスを名乗ったというより、活動を見た周囲がそう呼び始めたのかもしれない。
 「レジスタンスの活動はどんどん広がって、気がつくと、父さんはみんなのリーダーになっていた。でも、大きくなりすぎたんだろうね。ある日、レジスタンスの集会に大勢の兵士がやって来て、中心人物を一斉に捕らえたんだ」
 「もしかして、クリスのお父さんも?」
  しかし、クリスは首を横に振り、
 「その日は、私が風邪で寝込んでたから行かなかったんだ。でも……そのときに、カートやコートニーの両親が捕まって……父さんは、仲間の解放を求めて、一人で行っちゃった。止めたけど、聞いてくれなかった」
 「…………」
 「で、結局、先に捕らわれた仲間共々、大衆の面前で生きたまま火あぶりにされたというわけ。処刑の日、みんな最初は毅然と振る舞っていたけど、迫り来る火と煙にどんどん苦しくなっていって……最後はなりふり構わず泣き叫んで、命乞いして、誰かを罵って……静かになった。ある意味とても……人間らしかった。今でも夢に見る」
  目を背け、逃げ出したくなる光景だっただろうに。当時、少女だったはずの彼女は、逃げずに父の最期を見届けたということか。
 「ずいぶん後で知ったけど、お父さん、『仲間を売った』って疑われてたんだ」
 「え?」
 「あの日、集会に来なかったのは、取り締まりがあることを知ってたからだって。ショックだったなぁ……私が風邪引いたおかげで助かったと思っていたのに、私のせいで、あらぬ疑いをかけられてたなんて」
  こういう時、なんて言えばいいのだろう。
  結局、かける言葉が思いつかぬまま、クリスは淡々と、
 「私、父さんが行ってしまったのは、皇帝と戦うためとか、仲間を救うためとか、リーダーとしての責任とか、そういう格好いい理由だと思ってた。でも、わからなくなった。本当に捕まった仲間を助けるためだったのか、仲間と信じてた人達に疑われて、いたたまれなくなって行ってしまったのか……どっちだったとしても、結局私は独りぼっち」
 「…………」
 「ごめんね。こんな話、されても困るよね」
 「あ……いや、別にかまわないけど」
  確かに、どうして自分にそんな話をするのだろう。カートやコートニーもいるだろうに。
  ……いや、第三者だからこそ、話しやすいのかもしれない。
 「結局私、何がしたかったんだろ」
  大きくため息を吐くと、天井を見上げ、
 「よそ者にすがる、チャンスは無駄にする、メンバーにも見限られて……父さんの無念を晴らすためだと思って、消滅状態だったレジスタンスの活動を復活させたつもりが、結局、何も出来なかった。この上なくみっともないって言うのに……正直今、ホッとしてるんだ」
 「レジスタンス、やめるの?」
  無言で首を横に振る。
 「私はまだ生きてる。たった三人でも、やめない限り終わりじゃない。私になにが出来るのか……もう一度、よく考えてみるよ」
  顔を上げると、彼女はさっぱりした笑顔で、
 「聞いてくれてありがとう。ほんと、ごめんね」
 「これからどうするつもり?」
 「ひとまず、マリクトさんに相談しようかと」
 「マリクトさん? ああ、タスマニカの……」
  ノースタウンで出会った老女を思い出す。
  近寄りがたい雰囲気の老人だったが、正体はタスマニカのスパイだった。下水を使ってサウスタウンへ入る方法を教えてくれたのも彼女だ。
  しかし、タスマニカのスパイに頼るということは、
 「タスマニカに亡命でもする気? クリスがレジスタンスの活動を始めたそもそものきっかけって、まさか――」
 「『やる』と決めたのは私」
  言い切るより先に回答する。
 「私には、父さんしかいなかったから。孤児院に入れられた後、『反逆者の子』ってこっぴどくいじめられたよ。今思うと……そのみじめさから逃げ出したかっただけなのかもしれない。私には、憎しみしかすがるものがなかったから」
  だからつけ込まれたのか。
  フタを開けてみれば、『か弱そうだ』と思った年下の少女は、完全武装で勝手に敵地に突撃する大人顔負けの猛者で、『頼りになる』と思っていたこちらのお姉さんこそが、『ずるい大人』に利用されたか弱い少女だった。
  もしかすると、思っていた以上に、自分には人を見る目がないのかもしれない。
 「亡命なんかしない」
  振り返ると、クリスは顔を上げ、
 「決めたんだ。もう、すがるのはやめる。でなきゃ、いいように利用されるだけ。……そもそも、人にすがってるようなヤツに、人助けなんて出来るわけがなかったんだよ」
  利用されている自覚はあったのだろう。少し安心した。
  クリスは腰に手をあて、
 「キミ達はどうするの?」
 「港にタスマニカからカツアゲした船があるから、それで帝国を出るよ」
 「……やっぱり、キミなら皇帝の首取れると思う……」
 「あと、パメラのことなんだけど……パンドーラに帰してあげたいんだけど、僕達はこれからマンダーラに行くし……」
 「わかった。その辺も込みで、マリクトさんに相談しておくよ。タスマニカはパンドーラと同盟国だから、タスマニカ経由で帰してあげられるかもしれない」
 「お願い」
  出来れば、プリムとポポイもなんとかしてくれ。
  そう言いたいところだったが、堪えてクリスを見送る。
  ……まだ縁の薄いパメラはまだしも、すでに『お仲間』認定されているあの二人をクリス達に預けては、今度はクリス達が危険だ。どのみち、本人達が素直にあちらに行ってくれるとも思えない。
  とにかく今は、一刻も早く帝国から離れることが優先だ。帝国を出て、マンダーラへ向かおう。
 「マンダーラ?」
  ふと気づく。なぜマンダーラに行かねばならない?
――賢者ジャッハに会え。
 そうだ。ルカにそう言われたのだ。会ってどうする? 修行?
  ……たしかに『修行』は必要と感じているが、それならジェマに頼めばいいではないか。
  パンドーラにいる間、ジェマやパンドーラ兵から基本的な剣の使い方を教わりはしたが、ほんの数日だ。その後は、早朝に、教わった通りの訓練メニューの繰り返しと、道中、襲ってきたモンスター相手にほとんど我流で戦ったくらい。おかげで、ゲシュタールには申し訳ないことをしてしまった。
  それとも、彼女の言う『修行』とは、そういうものではないというのだろうか?
 「アンちゃん! もうだいじょーぶなのか?」
  クリスと入れ違いに、ポポイと、紙袋を持ったプリムが入ってきた。
 「よかった。気分どう? 高くてこんなのしか買えなかったんだけど、食べる?」
 「いや、いい……」
  差し出された乾しネコアンズを断る。見切り品か、色が黒ずんで古そうだった。
 「パメラとは話出来たの?」
 「うん。……ごめんね。心配かけて」
  少しは気分が晴れたのか、多少は表情が明るかったが――『多少』なのは、肝心の人が、まだ戻っていないせいだろう。
 「今から帝国出るけど、異論はないよね?」
 「うん」
 「あ? ディラックのにーちゃんは?」
  まったく状況を理解していないポポイがきょとんとする。
  プリムは腰を落とし、ポポイの顔をのぞき込むと、
 「チビちゃん、今はもういいの。……生きてさえいれば、必ずまた会えるから」
 「ん?」
  ポポイは首を傾げるが、プリムは無視して振り返ると、
 「それで、次はマンダーラに行くんでしょ? たしか、古い寺院があるのよね?」
 「うん、マンダーラ……」
  一応うなずくが――うなずいてから、
 「……あのさ。なんか当然のように言ってるけど。なんで僕と一緒に来る気でいるの?」
 「なに言ってんだ? いっしょなのはとーぜんだろ。なあ、ねえちゃん」
 「へ? え、ええ……」
  ポポイはまったく答えになっていない答えを返し、プリムも慌ててうなずく。まるで『仲間』のようだ。
  自然とため息が出た。人の気も知らないで。
――危険だな。
 タナトスが、自分へ向けた言葉を思い出す。
  ……先の『安全』を得るためにやったつもりのことが、さらなる『危険』を呼び込んだだけだった。
  今回以上の危険が、この先に待っているというのに。
  ゲシュタールとの勝負は『勝った』のかもしれないが、昔から、勝って『いいこと』なんてなかった。
  『勝った』ことで恨まれ、仕返しされる。そんなこと、とっくの昔にわかっていたはずなのに。
  ふと、視線を感じて顔を上げると、プリムがどこか不安そうな顔で、
 「……あの、ランディ。大丈夫?」
 「なにが?」
 「なにがって……なんとなく」
  なんとなく、なんだ?
 「――おい、準備出来てるか? もうここを出るから、お前らも急いでくれ」
 「あ、うん……」
  呼びに来たカートに返事をし、まとめておいた荷物を担ぐ。
  ずいぶん遠回りした気がするが、本来の予定コースにようやく戻れた。
  一路、マンダーラへ。