18話 ついで - 4/4

「……そう。ごめんね。ホントなら私達がしなきゃいけないこと、キミにさせちゃったね」
 自分が寝ている間のことを聞き、そしてこちらも、伝えておいたほうがいいことだけを伝えると、クリスは疲れ切った顔でそう答えた。
 静かになったタイミングを見計らって、会議していた部屋に顔を出すと、クリスが一人、壁にもたれて座り込んでいた。集まっていたメンバーは全員帰ったようだ。
「あの人との因縁を作っちゃったのは僕だし。僕がやらなきゃいけないことだったんだよ。きっと」
 せっかく四天王の一人を討ち取ったというのに、お互い、まるで嬉しくない。
 なにしろ死人が多すぎた。
 翌日には、あちらの予定通り城での惨事はレジスタンスの仕業とされ、少なくはない死人の数が公表されたらしい。
 こちらは元々少人数で、死人は出なかったとはいえ――結局レジスタンスは、一般市民の間でもテロリスト扱いとなった。
 果たして、行った意味はあったのだろうか?
「……たまに思うんだ。何もしなけりゃよかったんじゃないかって」
 壁に背を預け、膝を抱えたまま口を開く。
「『しなかった後悔のほうが辛い』ってよく言うけど、そんなの嘘。『やらなきゃよかった』って、後悔してばかり。……今回は、特に」
「…………」
 部屋を見渡す。家具ひとつなく、敷物すらない。一応カーテンはかけられていたが、中が見えないようしっかりと閉じられていた。
「他のメンバーは?」
「カートとコートニーは残るって言ってくれたけど、他は見事に逃げられちゃった。『あんたにはついて行けない』ってね」
 肩をすくめ、自嘲気味に笑う。
「みんな、がっかりしたんだろうね。私がただの小娘だって。……父親の無念を晴らしたいんじゃなかったのかって、責められちゃった」
 レジスタンスの前リーダーだった彼女の父は、皇帝に殺されたという。本当は、殺したいほど憎いはずだ。
「……でも、私怨のために仲間を道連れにしないのは、リーダーとして正しいと思うけど」
「『革命も起こせない根性なし』」
「え?」
「ゼノアに言われちゃったよ。……普段から、皇帝への不満や恨みばっかり言ってるくせに、いざ実際、皇帝に呼び出されたら、みんなビビってシッポを巻いて逃げた。その程度の組織しか作れなかったのは、私がその程度だったから」
 かける言葉が思いつかず、無言で話を聞く。
「今回のことで身に染みたよ。私は父さんを死に追いやった皇帝に『嫌がらせ』をしたかっただけ。『革命』を起こすほどの根性も覚悟もないんだ、って。なんとかしてくれる都合のいい『誰か』が現れて、その人がなんとかしてくれるのを期待してたんだ、って……」
「その『誰か』が僕だと思ったの? なんで?」
 クリスは苦笑すると、
「ジェマさんから聞いたよ。パンドーラのこと。ただの男の子が、一国のピンチを救うなんて普通じゃ考えられない。聖剣だけの力じゃないはずだって、そう思った」
「僕の力だって言うの?」
「そうじゃなきゃ、私達、今ここにいないよ?」
「…………」
 剣を手にすると、ためらわなくなる。相手が怪物だろうと、人であろうと。
 しかしそれは、聖剣のせいじゃなかった。

 ――ああ、そうか。

 元からそういうヤツだった・・・・・・・・・・・・のだ。
 『殺す』と決めたから殺した。それだけだった。
 クリスはこちらの気も知らず、
「キミが私の立場なら、むしろ大勢で乗り込んで、そのまま皇帝の首を取って、国を乗っ取ったかもね」
「いや、さすがにそこまでは……」
「単身で四天王の首取っといて、何言ってんの?」
 それを言われると、何も返せない。
 クリスは立ち上がると、頭を下げ、
「……ごめん。キミには謝らなきゃいけないって思ってた。巻き込んだこと。卑怯者で、本当にごめんなさい……」
「……勘違いしないで。僕も僕で、行く用事があったから行っただけ。感謝ならゼノアにするべきだよ」
「でも、ゲシュタールを討つと決めたのも、本当に討ち取ったのもキミでしょう?」
「それは……」
 そうなのかもしれない。
 ゼノアは、自分が有利になるための『カード』ではあったが、行動を決める『鍵』ではなかった。
 『鍵』は、ディラックだ。
 ゲシュタールには申し訳ないが、彼は『ついで』に過ぎなかった。
「見捨てて逃げることだって出来たのに、キミはそれをしなかったね」
「見捨てる勇気がないだけ」
 ディラックなんて、『どうでもいい人』のはずなのに。
 『どうでもいい人』だが――プリムにとっては、命を賭けられるほど『大事な人』らしい。
 未来なんてわからないのに。
 『賭けた』結果、ゼロどころかマイナスになることだってあるのに。
 なのにそんな未来は想像もしないで、脳天気な夢を描いている。
 正直、うらやましいくらいだ。
「『見捨てる勇気』、か。うちの父さんは、どうだったのかな」
「お父さん?」
「レジスタンスの始まりって知ってる?」
 無言で首を横に振る。
「軍備の増強のため、皇帝が増税に次ぐ増税を行っているのは前にも話したよね? 年々大きくなる税の負担に、国民の不満が溜まりに溜まって、城の前で抗議活動をするようになったんだ。それがレジスタンスの始まりで、その中に私の父さんがいた」
 始まりとは、だいたいがそういうものなのだろう。自らレジスタンスを名乗ったというより、活動を見た周囲がそう呼び始めたのかもしれない。
「レジスタンスの活動はどんどん広がって、気がつくと、父さんはみんなのリーダーになっていた。でも、大きくなりすぎたんだろうね。ある日、レジスタンスの集会に大勢の兵士がやって来て、中心人物を一斉に捕らえたんだ」
「もしかして、クリスのお父さんも?」
 しかし、クリスは首を横に振り、
「その日は、私が風邪で寝込んでたから行かなかったんだ。でも……そのときに、カートやコートニーの両親が捕まって……父さんは、仲間の解放を求めて、一人で行っちゃった。止めたけど、聞いてくれなかった」
「…………」
「で、結局、先に捕らわれた仲間共々、大衆の面前で生きたまま火あぶりにされたというわけ。処刑の日、みんな最初は毅然と振る舞っていたけど、迫り来る火と煙にどんどん苦しくなっていって……最後はなりふり構わず泣き叫んで、命乞いして、誰かを罵って……静かになった。ある意味とても……人間らしかった。今でも夢に見る」
 目を背け、逃げ出したくなる光景だっただろうに。当時、少女だったはずの彼女は、逃げずに父の最期を見届けたということか。
「ずいぶん後で知ったけど、お父さん、『仲間を売った』って疑われてたんだ」
「え?」
「あの日、集会に来なかったのは、取り締まりがあることを知ってたからだって。ショックだったなぁ……私が風邪引いたおかげで助かったと思っていたのに、私のせいで、あらぬ疑いをかけられてたなんて」
 こういう時、なんて言えばいいのだろう。
 結局、かける言葉が思いつかぬまま、クリスは淡々と、
「私、父さんが行ってしまったのは、皇帝と戦うためとか、仲間を救うためとか、リーダーとしての責任とか、そういう格好いい理由だと思ってた。でも、わからなくなった。本当に捕まった仲間を助けるためだったのか、仲間と信じてた人達に疑われて、いたたまれなくなって行ってしまったのか……どっちだったとしても、結局私は独りぼっち」
「…………」
「ごめんね。こんな話、されても困るよね」
「あ……いや、別にかまわないけど」
 確かに、どうして自分にそんな話をするのだろう。カートやコートニーもいるだろうに。
 ……いや、第三者だからこそ、話しやすいのかもしれない。
「結局私、何がしたかったんだろ」
 大きくため息を吐くと、天井を見上げ、
「よそ者にすがる、チャンスは無駄にする、メンバーにも見限られて……父さんの無念を晴らすためだと思って、消滅状態だったレジスタンスの活動を復活させたつもりが、結局、何も出来なかった。この上なくみっともないって言うのに……正直今、ホッとしてるんだ」
「レジスタンス、やめるの?」
 無言で首を横に振る。
「私はまだ生きてる。たった三人でも、やめない限り終わりじゃない。私になにが出来るのか……もう一度、よく考えてみるよ」
 顔を上げると、彼女はさっぱりした笑顔で、
「聞いてくれてありがとう。ほんと、ごめんね」
「これからどうするつもり?」
「ひとまず、マリクトさんに相談しようかと」
「マリクトさん? ああ、タスマニカの……」
 ノースタウンで出会った老女を思い出す。
 近寄りがたい雰囲気の老人だったが、正体はタスマニカのスパイだった。下水を使ってサウスタウンへ入る方法を教えてくれたのも彼女だ。
 しかし、タスマニカのスパイに頼るということは、
「タスマニカに亡命でもする気? クリスがレジスタンスの活動を始めたそもそものきっかけって、まさか――」
「『やる』と決めたのは私」
 言い切るより先に回答する。
「私には、父さんしかいなかったから。孤児院に入れられた後、『反逆者の子』ってこっぴどくいじめられたよ。今思うと……そのみじめさから逃げ出したかっただけなのかもしれない。私には、憎しみしかすがるものがなかったから」
 だからつけ込まれたのか。
 フタを開けてみれば、『か弱そうだ』と思った年下の少女は、完全武装で勝手に敵地に突撃する大人顔負けの猛者で、『頼りになる』と思っていたこちらのお姉さんこそが、『ずるい大人』に利用されたか弱い少女だった。
 もしかすると、思っていた以上に、自分には人を見る目がないのかもしれない。
「亡命なんかしない」
 振り返ると、クリスは顔を上げ、
「決めたんだ。もう、すがるのはやめる。でなきゃ、いいように利用されるだけ。……そもそも、人にすがってるようなヤツに、人助けなんて出来るわけがなかったんだよ」
 利用されている自覚はあったのだろう。少し安心した。
 クリスは腰に手をあて、
「キミ達はどうするの?」
「港にタスマニカからカツアゲした船があるから、それで帝国を出るよ」
「……やっぱり、キミなら皇帝の首取れると思う……」
「あと、パメラのことなんだけど……パンドーラに帰してあげたいんだけど、僕達はこれからマンダーラに行くし……」
「わかった。その辺も込みで、マリクトさんに相談しておくよ。タスマニカはパンドーラと同盟国だから、タスマニカ経由で帰してあげられるかもしれない」
「お願い」
 出来れば、プリムとポポイもなんとかしてくれ。
 そう言いたいところだったが、堪えてクリスを見送る。
 ……まだ縁の薄いパメラはまだしも、すでに『お仲間』認定されているあの二人をクリス達に預けては、今度はクリス達が危険だ。どのみち、本人達が素直にあちらに行ってくれるとも思えない。
 とにかく今は、一刻も早く帝国から離れることが優先だ。帝国を出て、マンダーラへ向かおう。
「マンダーラ?」
 ふと気づく。なぜマンダーラに行かねばならない?

――賢者ジャッハに会え。

 そうだ。ルカにそう言われたのだ。会ってどうする? 修行?
 ……たしかに『修行』は必要と感じているが、それならジェマに頼めばいいではないか。
 パンドーラにいる間、ジェマやパンドーラ兵から基本的な剣の使い方を教わりはしたが、ほんの数日だ。その後は、早朝に、教わった通りの訓練メニューの繰り返しと、道中、襲ってきたモンスター相手にほとんど我流で戦ったくらい。おかげで、ゲシュタールには申し訳ないことをしてしまった。
 それとも、彼女の言う『修行』とは、そういうものではないというのだろうか?
「アンちゃん! もうだいじょーぶなのか?」
 クリスと入れ違いに、ポポイと、紙袋を持ったプリムが入ってきた。
「よかった。気分どう? 高くてこんなのしか買えなかったんだけど、食べる?」
「いや、いい……」
 差し出された乾しネコアンズを断る。見切り品か、色が黒ずんで古そうだった。
「パメラとは話出来たの?」
「うん。……ごめんね。心配かけて」
 少しは気分が晴れたのか、多少は表情が明るかったが――『多少』なのは、肝心の人が、まだ戻っていないせいだろう。
「今から帝国出るけど、異論はないよね?」
「うん」
「あ? ディラックのにーちゃんは?」
 まったく状況を理解していないポポイがきょとんとする。
 プリムは腰を落とし、ポポイの顔をのぞき込むと、
「チビちゃん、今はもういいの。……生きてさえいれば、必ずまた会えるから」
「ん?」
 ポポイは首を傾げるが、プリムは無視して振り返ると、
「それで、次はマンダーラに行くんでしょ? たしか、古い寺院があるのよね?」
「うん、マンダーラ……」
 一応うなずくが――うなずいてから、
「……あのさ。なんか当然のように言ってるけど。なんで僕と一緒に来る気でいるの?」
「なに言ってんだ? いっしょなのはとーぜんだろ。なあ、ねえちゃん」
「へ? え、ええ……」
 ポポイはまったく答えになっていない答えを返し、プリムも慌ててうなずく。まるで『仲間』のようだ。
 自然とため息が出た。人の気も知らないで。

 ――危険だな。

 タナトスが、自分へ向けた言葉を思い出す。
 ……先の『安全』を得るためにやったつもりのことが、さらなる『危険』を呼び込んだだけだった。
 今回以上の危険が、この先に待っているというのに。
 ゲシュタールとの勝負は『勝った』のかもしれないが、昔から、勝って『いいこと』なんてなかった。
 『勝った』ことで恨まれ、仕返しされる。そんなこと、とっくの昔にわかっていたはずなのに。
 ふと、視線を感じて顔を上げると、プリムがどこか不安そうな顔で、
「……あの、ランディ。大丈夫?」
「なにが?」
「なにがって……なんとなく」
 なんとなく、なんだ?
「――おい、準備出来てるか? もうここを出るから、お前らも急いでくれ」
「あ、うん……」
 呼びに来たカートに返事をし、まとめておいた荷物を担ぐ。
 ずいぶん遠回りした気がするが、本来の予定コースにようやく戻れた。
 一路、マンダーラへ。