「プリム。わかってるとは思うけど、気づかれないようにね」
 「わかってるわよ。帰ってからゆっくり会えばいいんだもの。第一、こんな汚い格好見せられないわ!」
 「……そういうもんですか」
  会いたい会いたい言ってたくせに。
  つくづく、女心はわからない。
  城の中の捜索が終わったらしい。王国兵達が、城の門から列をなして出てきた。
 「ディラック!」
  プリムは隊列の中から目当ての人を見つけ出そうと茂みから身を乗り出し、必死に目をこらす。
  薄暗い上、ギリギリ顔が見えるか見えないかの距離。自分も隊列の顔ぶれを凝視しながら、
 「ところで、どんな人なの?」
 「一番いい男よ」
 「……もうちょっと具体的に」
  どうやら、プリム本人に捜してもらうしかなさそうだ。
  ぞろぞろと、兵達は城から出て行き――どれくらい経ったか、最後の兵が出てきた。
 「なー。まだ見つからないのかー?」
  待ちくたびれたポポイが、うんざりした顔でプリムの服を引っ張る。
 「プリム?」
  見つかったなら、騒ぎそうなのに。
  最後の兵士が城の門を閉じ、隊列へ戻っていく。
 「どうしたの?」
 「いない……」
  呆然とつぶやく。
 「え? 見落とした?」
 「追うわよ!」
 「――待ちな」
  エリニースに呼び止められ、プリムが足を止める。
 「……そうかい。あいつは、アンタが捜してるヤツだったかい」
 「え?」
 「金髪の若い男だろ? 討伐隊の隊長だ」
  その言葉に、プリムはエリニースに詰め寄り、
 「どういうこと? みんな無事なんじゃなかったの!?」
 「おい、よせ!」
  ルガーが、プリムとエリニースの間に入る。
  エリニースは杖でこちらを差し
 「そこのボウヤと同じさ。一人だけ、アタシの術がまったく効かなかった」
 「術が、効かない?」
  そういえば、魔法が効かなかったことにひどく驚いていたことを思い出す。
 「こんなことは初めてだった。さすがに慌てたよ。向こうは殺す気満々。アタシ自身は、攻撃魔法は不得意だったからね。とっさに思いついて、タナトスの元へ送ってやった」
 「タナトス?」
 「アタシに、薬草と引き換えに街の連中の生気を抜くよう持ちかけた、帝国四天王の魔術師さ」
 「帝国……四天王!? 帝国が絡んでるの!?」
 「テーコク?」
 「……場所を変えよう。こっちだ」
  長くなると思ったのだろう。槍を担いだルガーに促され、森の中を進む。
 「こっちこっち」
  ルガーとチットの案内で、小さな泉へとたどり着く。ここなら休憩するのも良さそうだ。
  エリニースは水辺の倒木に腰を下ろすと、
 「初めてタナトスに会ったときは震えたよ。同じ魔法使いの直感というか……本能で、コイツには勝てない。逆らっちゃいけないと悟ったね」
 「それで……ディラックは、どこに?」
 「今さら隠す必要もないね。城下町の南の、古代寺院さ。アタシが抜いた分の生気もそこに送った」
 「南の寺院に?」
  そういえば、ジェマが向かうと言っていた場所だ。
  プリムは肩を震わせ、
 「どうして……どうしてなのよ!? どうしてディラックを!」
 「俺が殺されかけたからだ」
  プリムの動きが、止まる。
 「ルガーがいなけりゃ、アタシもまずかったね。タナトスの元に送るのが精一杯だった」
 「そんな……」
 「アンタの恋人は、仲間の救出と、王国兵としての使命を果たそうとしただけ。……すまないね。こっちも、ルガーを失うわけにはいかなかった」
 「…………」
 「あの、プリム……」
  なんて声をかければいいのだろう。
  落とした肩が、かすかに震えている。もしや泣いているのかと思ったが、
 「――なーんだ。寺院に送っただけで、他は何もしてないんでしょ? だったら、そこまで迎えに行くわ!」
  明るい笑顔を上げる。
  なんなんだろう、この子は。泣きわめいて不運を嘆いても、一方的に責めてもかまわないのに。
  もしくは、彼女にそうさせてしまうほどの何かを、ディラックとやらは持っているというのだろうか?
  ため息をつくと、
 「……付き合うよ」
 「え?」
 「迎えに行くんでしょ?」
  そんなに意外だったのだろうか。こちらの言葉に、プリムはぽかんとした顔をする。
 「なー。さっきから、テーコクとかシテンノーとか、なんだそれ?」
 「えーと……ヴァンドールっていう、すっごく大きな国のことだよ。皇帝っていうのは、ようするにそこの王様」
  かなりおおざっぱに説明する。ポポイにはこれくらいが限界だろう。
 「四天王ってのは、皇帝直属の四人の側近のことさ。タナトスは、そのうちの一人。アタシみたいな御山の大将とは格が違うよ」
 「皇帝の側近!? なんでそんなのが……」
 「パンドーラが危ないってことだよ」
 「え?」
 「ディラックさんだけじゃないよ。この国そのものが、帝国に攻め滅ぼされようとしてるってこと」
  帝国の登場で、ようやく合点がいった。
  街での騒動、魔女にはなんの得もない。つまり、黒幕がいる。
  恐らく、魔女への使者を殺したのも帝国だろう。おかげで今、すべての疑いと戦力は魔女へ向けられている。この隙に攻め込まれたら、ひとたまりもない。
 「まさかアタシが、こんなに早くやられたなんて向こうも思ってないだろうけど……でも、時間の問題だね」
  エリニースは少し考え、
 「先に、地底神殿へ」
 「神殿?」
 「なんだかよくわかんないけど、寄り道してる場合?」
 「だから急ぐのさ。アンタも恋人助けたいだろう?」
  『恋人』の言葉に、プリムも黙る。
  エリニースは聖剣に目をやり、
 「その剣から、水のマナのにおいがしたんだよ」
 「水の……マナの種子のこと?」
 「やっぱりそうかい。聖剣を通じて、水のマナの種子がアタシの魔法からアンタを守ったんだろう」
 「あ、そっか」
  聖剣を手に取る。
  うろ覚えだが、聖剣と種子を共鳴させた時、ルカがこれで種子の力が世界中どこにいても聖剣に届くと言っていたような気がする。そしてそれが、聖剣復活の近道だとも。
 「でも、あいつは根本的に何かが違った。守られているというより……あれは、すでに何かの魔法にかかっていたような……」
 「ディラックさんのこと?」
 「――もう! そんなのどうでもいいわよ! こっちはすぐにでも寺院に行きたいのよ!」
  プリムがしびれを切らすが、エリニースは首を横に振り、
 「相手は帝国四天王。そのまま行ったって返り討ちか生気を抜かれて操り人形だ。だったらせめて、地底神殿の土のマナの種子と聖剣を共鳴させな。気休め程度かもしれないが、ないよりマシだ」
 「あ、そうか……」
  水の種子だけで、エリニースの術が効かなくなったのだ。そこに二つ目の種子とも共鳴させれば、さらに強力な守りとなる。
  しかし、ふと思い出す。そういえば、元々ここまで来た理由は――
 「でも地底神殿の入り口は、エリニースさんが……」
 「なんだって?」
  エリニースは驚いた顔をし――そして頭を抱えると、
 「……あー、そうだった。しまったね。すっかり忘れてたよ」
 「魔力を失ったなら、一緒に神殿の封印も解けてるんじゃないのか?」
 「いや。あそこの封印は、万が一アタシが死んでも大丈夫なよう、魔力を封じ込めたオーブを使った。今のアタシはただのばーさんだし……そうだね」
  エリニースは話について行けず、チットと干しネコアンズをかじっていたポポイに目を向け、
 「おい、チビ」
 「チビ言うな!」
 「おまえ、今すぐ魔法を覚えな」
 「は?」
  唐突な要求に、きょとんとする。
 「あのオーブは、水の魔法じゃないと壊れないんだよ。――おい、ルサ・ルカ!」
  泉に向かって呼びかける。
 「どうせのぞき見してるんだろ? アタシがただのババアになって、森の結界がなくなったからね」
  風が吹き、木々が揺れ、水面が波打つ。
 『――呼んだか? エリニース』
 『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
  突然泉から出てきた少女に、プリム達はもちろん、ルガーまでもが悲鳴を上げて逃げ出す。
 「ルカ様!?」
 「アンタ、つくづく心霊現象だね……」
  ルカより悲鳴に驚いたのか、エリニースは尻もちをついたままにらみつける。
  プリムは木陰に隠れたまま、
 「ななな、なになに!? ここで亡くなった人!?」
 「なんまいだぶなんまいだぶなんまいだぶ……迷わず成仏を……」
  心霊現象に弱かったのか、ルガーにいたっては手を合わせて謎の呪文を唱え出す。どこの宗教だ?
 「えと……水の神殿のルサ・ルカ様。あの、ひょっとしてこれって、水?」
  時折、風で体が揺らぎ、光が反射する。頭から小魚が飛び出し、水に落ちた。
  ルカは無表情に、口すら動かさないまま、
 『さよう。水に姿を映しているだけじゃ。声も、水の神殿からおぬしらの心に直接飛ばしている』
  今度はエリニースに目をやり、
 「知り合いなんですか?」
 「フン、森から近いしね。第一、あんな神殿に二百年も、地縛霊みたいに居座ってりゃあね」
 「あ、ホントに二百歳行ってるんだ……」
  エリニースの言葉に、ようやく信じられる気になる。
 「まあいい。時間がない。おまえのとこの精霊を送っとくれ。大至急、そこの二人に魔法を覚えてもらう」
 「へ?」
  エリニースの指さした先。
  そこにはポポイだけでなく、プリムもいた。
  プリムは、きょとんとした顔で自分を指さし、
 「私も?」
 「耳とんがってる女は、魔力が強いんだよ」
  そう言って、頭巾をずらして自身のとがった耳を見せる。
 「ま、絶対そうってわけでもないし、使いこなせるかは別問題だけど……試す価値はある」
 「私が、魔法……」
 「おもしろそうじゃん! オイラ、やるぞ!」
  乗り気のポポイとは対照的に、プリムは困惑した顔で、
 「あの、魔法を覚えろったって、どうやって?」
  泉の水面が揺らぎ、ルカの隣に水の塊が出てくる。
  水は、長い髪を束ねた少女のような形になるが、下半身が魚の形をしていた。
――マーメイド?
 肌が青く、ポポイより小さい。右手に金色の腕輪をして、三つ叉のモリを持っていた。
 『水の精霊、ウンディーネじゃ。神殿に、いつも結界を張ってもらっている』
 「みなさん、こんにちは」
 「はあ……どうも」
  精霊は丁寧に頭を下げる。もはやここまで来ると、妖精だの精霊だの、驚く気にもならない。
 『魔法を覚えるのに、一番手っ取り早い方法じゃ。ウンディーネ』
 「ではお二人さま。わたしの前へ」
  言われるまま、プリムとポポイはウンディーネの前に並んで立つ。
 「あなた、ちょっとしゃがんでもらえます? もうちょっと近く……そう。目を閉じて」
  ウンディーネが二人の額に向かって手をかざす。
  ルガーは怪訝な顔で、
 「……なにやってんだあれ?」
 「魔法を使えるようにしてもらってるってことかな……」
  なんとなく、この前、ルカにケガを治してもらった時のことを思い出す。
  あの時は、なにかされている感じはしなかったのに、確かに傷が治っていた。
 「――はい、もう結構です。これでお二人は、わたしの力をいつでも呼び出すことが出来るようになりました」
  手を下ろし、ウンディーネがにっこりほほえむ。
  プリムは自分の両手を見下ろし、
 「って、そう言われても……何やったのよ?」
 「ま、ピンと来ないのは仕方ない。魔法の一歩は、自分の内なるマナに気づくことから始まる。そして次は、世界に満ちるマナを感じ取れるようになること。そういった修行を経て、ようやく魔法を扱う修行に入るわけだけど……アンタらは今、その行程をすっ飛ばして己のマナと精霊の力を引き出すすべを身につけた。これは反則行為だよ」
 「反則?」
 「――おおーーーーーーーー!」
  ポポイの声に振り返ると、大木の幹が、巨大な氷の塊に覆われていた。
 「できたぞウンディーネ! どーだこれ! スゲーだろ!」
 「ドアホーーーーーーーーーーー!」
  エリニースの真空飛び膝蹴りが、ポポイの体を吹っ飛ばす。
 「意外と武道派!?」
 「俺達もよく蹴られたからな……」
 「おばーちゃんになってもかわらないぞ……」
  ルガーとチットが遠い目でつぶやく。
 「加減もしないで! だからこういうやり方は嫌いなんだよ! どーすんだいこれ!?」
  ぴくぴく突っ伏すポポイに怒鳴りながら、気の毒なことになっている木を指さす。
 「まかせて」
  ウンディーネがモリを杖のように振うと、氷が一瞬で溶けて水になった。
 「さすが妖精だけあって、飲み込みが早いですね」
 「フン。力だけあったって、コントロール出来ないんじゃ害悪だよ」
  感心するウンディーネに対し、エリニースは腰に手を当て、ため息をつく。
 「とはいえ、これなら地底神殿のオーブを壊すくらいは出来そうだ。チビにはガンガン働いてもらうよ」
 「う~……オイラの天才的な魔法みて、けるかふつ~……」
 「うん、すごいすごい。天才」
  目を回すポポイを助け起こしてやる。魔法のことは知らないが、こんなすぐ使えるとは。
  ふと思いつき、ウンディーネに振り返ると、
 「ねえ、僕も使えたりするの? 魔法」
 『おぬしはやめたほうがいい』
  すかさずルカが、制止する。
  ウンディーネも困った顔で、
 「聖剣の持ち主であるあなたは、すでにマナの種子と『繋がり』が出来ている。そこでさらに魔法を使おうなんてしたら、互いのマナがぶつかって、とても危険なんです」
 「はあ……?」
 「ヘタすると、死ぬよ。アンタ」
 「はい!?」
  エリニースからの予期せぬ死の宣告に、思わずすくみ上る。
 「へへへ、残念だったなアンちゃん! まー、これでちったぁオイラのありがたみがわかるってもんだろ」
 「はいはい……ところで魔法って、どんな感じなの?」
 「えーとだな、こう、体の中がカーッとなって、そんでワーッってかんじにぶわーって!」
 「プリムはどんな感じなの?」
  聞かなかったことにしてプリムに目を向けると、彼女は困惑した顔のまま、
 「……チビちゃんが出来たんだし、私も、もう魔法が使えるってことよね?」
 「はい。力は引き出しました。あとはあなた次第です」
 「私次第……?」
 「なー。ねーちゃんもやってみろよ。どんな魔法だ?」
 「どんな、って言われても……」
  ただただ困惑しているその顔に、聖剣を抜いた直後の自分を思い出す。
  戸惑うのは当然だ。昨日までお城でドレスを着ていた女の子が、今日はこんな森で、魔法だなんて。
 「魔法にも向き不向きがあるからね。そこのおチビは、どうやら攻撃的なのが得意なようだ。アタシみたいに守りや呪術的なものを得意とする魔法使いもいる。お嬢ちゃんは何だろうね」
 「はあ……」
  結局表情は晴れないまま、肩を落とす。
 『ランディ。地底神殿の後、南の寺院に行くようじゃが……』
 「あ、はい。あそこには、ジェマが先に行ったはずなんですけど……」
 『そうじゃ。しかし、それっきり、ジェマの気配が感じられなくなった』
 「え?」
  そんなことまでわかるのか。
  しかし、それよりも、
 「昨日の今日だし、まだ何か調べているんじゃあ?」
 『そうかもしれぬが、エリニースの話が本当なら、あそこには帝国四天王がいるということになる。……さすがのジェマも、危険じゃ』
 「そんな……」
――ジェマ!
「――聖剣の修理代!」
 『おぬし、本音と建前が逆になっとるぞ』
 「いいかチット。あれが人間だ」
 「うん。オイラ気をつけるぞ」
  なぜかチット達の視線が冷たくなったが、それどころではない。
 「じゃあルカ様。寺院に行ったら、ついでにジェマも捜してきます」
 「ついでか」
  なぜかルガーが悲しそうな顔をしている気がしたが、きっと気のせいだろう。
 『ともあれ、まずは地底神殿へ。……健闘を祈る』
 「――あ! ちょっと待って! もうひとつ、聞きたいことがあるんですけど!」
  消えかけたルカを、慌てて呼び止める。
  ルカは、再び水に姿を映し出すと、
 『なんじゃ?』
 「あの、『聖剣』ってなんなんですか?」
  木を切りたければ斧を使えばいい。
  料理をするなら包丁を使えばいい。
  では、剣は?
  草を刈るなら、鎌のほうが向いているだろう。
  狩りをするなら、弓や槍のほうが安全だ。
  剣は、なんのために『剣』であるのだ? 戦うためか? 何と?
  こちらの気持ちを知ってか知らずか、ルカは淡々と、
 『マナの分解と再構築。それを可能とするのが聖剣であり、それを実行出来るのが聖剣に選ばれし者。ふたつでひとつ。別々では、人はただの人でしかなく、剣はただの剣でしかない』
 「はぁ……?」
 『聖剣をただの殺しの道具だと思っているうちは、聖剣もお主も不完全……いずれ聖剣の意味を理解し、真の勇気を身につけられるよう、祈っておるぞ』
  そう言うと、今度こそただの水となって姿を消す。
――『聖剣』の、意味……?
「――さあ、話が終わったなら、後は行動あるのみだ。行くよ」
  エリニースの声に振り返る。
 「え? 行くって……」
 「俺が近道を案内する。……とはいえこの面子じゃ、ガイアのへそに着くのは夜になるだろうが」
 「エリニースさんも?」
 「都の騒動が解決するまで、森から離れるよ。ドワーフ達ならかくまってくれるだろ」
 「おい。この槍、持ってくれ」
 「え?」
  ルガーは穂先がむき出しの槍をこちらに押し付けると、エリニースに目をやり、
 「俺がおぶってやる。さすがにもう、この森を歩くのは無理だ」
 「……苦労かけるね」
  エリニースはかすかに笑うと、赤い靴を脱ぎ、プリムに差し出す。
 「ホレ嬢ちゃん。アタシの靴、貸してやるよ」
 「え?」
 「――プリム! 足!」
  思わず叫ぶ。靴替わりに巻いた布が、赤く染まっていた。
 「ごめん! もっと早く気づけばよかった……」
 「え? あ、いや……」
  ハイヒールよりマシだと思ったが、しょせんは布を巻いただけだ。こんな石や木の根で覆われた森の中では、たいして役には立たなかった。
 「いいわよ、もう。忠告聞かなかった私のせいだし。自業自得よ」
 「いいから座って!」
  適当な岩に座らせると、布をほどく。足のあちこちにあざや切り傷があり、爪も割れていた。
  昨日は喉が渇いた腹が減ったと騒いでいたくせに、こんな肝心なことに関しては何も言わない。つくづく、この女は訳がわからない。
 「まったく、女の子がそんな傷だらけで……ルガー、治療してやりな」
 「仕方ない……」
 「え? 治療って……」
  ルガーがプリムの前にしゃがみ、足に手をかざすと、ほどなく青白い光が体を包む。
 「これって……」
  傷が、みるみるふさがっていく。
  割れた爪が剥がれ落ちると、その下に、新しい爪が生えていた。
  ついでに、腕や肩の傷にも手をかざす。
 「終わったぞ」
  促され、腕の包帯も解くと、跡形もなく傷が消えていた。
 「あなた、魔法が使えたの!?」
 「……そんなにおかしいか?」
  素直に驚くプリムに、ぶっきらぼうに答える。
 「心と体は直結しているからね。すなわち、体を鍛えるとは心を鍛えること。そういうヤツほど、傷を癒す魔法に長けている」
 「あの、ありがとう!」
 「フン」
  礼を言うと、さっそくエリニースの靴を履く。
 「ちょっと小さいかも……」
 「ドワーフのとこで、新しいのこしらえてもらいな。それまでの辛抱だ」
 「じゃ、そろそろ行くぞ。オイラもお手伝いするぞ!」
 「あ、コラ! オイラを差しおくな!」
  チットが先頭を走り出し、ポポイがその後を追う。朝から歩きっぱなしだというのに元気なものだ。
 「プリム? どうかした?」
 「え? ……う、ううん。大丈夫。あ、その槍、私が持つわ。どうせ手ぶらだし」
 「え?」
  返事も待たず、プリムは槍をひったくると、先を行くポポイ達の後を追った。