心配して駆けつけたものの。
 「うっそー……」
  プリムが、呆然とつぶやく。
  ポポイを見つけた時、勝負はすでについていた。
  さっきの奇声の主だろう。全身が緋色の羽毛に覆われた巨大な鳥だったが、翼はなく、頭にいきなり足が生えているような奇妙な姿をしていた。
  しかしその怪物は、地面から突き出た巨大な岩と岩に挟まれて、動けない状態だった。
 「ケェ……」
  怪物は一声鳴いて――トサカのように燃えていた火が、消えた。
 「す、すごいダスー……大人の妖精達が太刀打ち出来なかった怪物を、一人で……」
  ポポイは杖を掲げたまま尻もちをつき、荒い呼吸を繰り返していたが、
 「は……ははは……はははははは! どーだ! やっぱオイラは天才だろー! アンちゃん抜きで、一人でこんなバケモノ退治できるんだからさー!」
  立ち上がると、胸を張って笑い出す。
 「これでオイラのすごさがわかっただろ! オイラの魔法があれば、どこに行っても敵なし! これほどたよりになるのって、ほかにはいないだろ! なぁ!?」
  大声で笑い飛ばし――その声が、どんどん小さくなっていく。
 「……こんなにすげーんだぞ。こんなにたのもしい仲間、ほかにいねーだろ……なんで……なんで……」
  背を向けたポポイの肩が、だんだん震えていく。
  それから間もなく、悲鳴のような声を上げて、泣いた。
「あのさ。名前、どうする?」
 「あ?」
  神殿への道すがら、一応聞いておく。
 「仮の名前だと思って、適当につけちゃったからさ。……新しい名前、長老さんからもらったら?」
  ポポイはきょとんとしていたが、すぐに、
 「なんだよそんなこと。今さらかわっちまってもメンドーだろ」
 「いや、でもさ……」
 「いいんじゃない? かわいいし」
  プリムまでもがそんなことを言う。あまり深く考えてつけたわけでもないのに。
 「どうして村に帰りたかったの?」
 「んー?」
 「長老さんから色々聞いた。居心地のいい所だったとは思えないけど」
  足を止めると、ポポイは腕を組み、首をひねり――
 「――わっかんね!」
 「は?」
 「わっかんねーよそんなもん!」
  あっけらかんと答える。
 「でもさ。苦労すんのはどこ行ったっておなじだろ? だったら、ここでいい! ここに、オイラの旗を立てるんだ!」
 「……そう」
  意味わかって言ってるのかな。
  そうは思ったが、確かなのは、自分とはまるで違うということ。
  向けられる悪意を避け、安全な場所を探してやり過ごすようになった自分とは。
 「……チビや」
 「じっちゃん?」
  気配に振り返ると、ジンの誘導で、長老がこちらに向かっていた。
 「おじいちゃん、大丈夫なの? 神殿から出て」
 「ジンから話は聞いた。……あの怪物がいなくなったのなら、もう安心じゃ。……チビ、ありがとう。よくやったな」
 「へん! あんなの、オイラの手にかかりゃあ朝メシまえよ!」
  目を赤く腫らしたまま、胸を張る。
  長老は口元に笑みを浮かべ――そして、静かな口調で、
 「……チビ、よくお聞き。この世からマナが消えたら、どうなるか」
 「え?」
  改まった長老の言葉に、ポポイはきょとんとする。
 「マナは、世界を構築するもの。そして我ら妖精や精霊は、人間や動物と違い、その器そのものがマナなのじゃ」
 「はあ……?」
  よくわかってないのか、生返事を返す。
 「肉体を持たぬ我らにとって、マナとは自分達の存在そのもの。それが失われた時、我らもまた、消えゆくさだめ。悲しいことじゃ……」
 「え?」
  消える?
  ポポイはピンとこなかったのか、不思議そうな顔をしている。
  長老は言っていた。『風と共にマナから生まれる』と。
 「あ、あの。世界からマナが消えると、妖精や精霊はもう生まれなくなって……器がマナってことは、器自体もなくなるってことで……」
  頭の中が混乱している。言いたいことはハッキリしているのに、言葉となって出てこない。
  脳裏に、服だけ残った廃墟の光景がよぎる。
  人は死ぬと肉体が残るが、妖精には『肉体』そのものがない。つまり、何も残らない。
  つまり、マナが消えるということは、
 「消えちゃうのか? オイラ」
  こちらが言えないことを言ったのは、ポポイだった。
  長老に目をやると、無言のまま、深くうなずく。
 「ちょっと! 大変じゃない!」
 「要塞が復活すれば、世界中のマナは食い尽くされ、ワシらの存在も危うくなるじゃろう。なんとしても、それを阻止せねばならん。それが出来なければ――」
 「なぁんだ、カンタンじゃねーか!」
  慌てふためくプリムとは対照的に、ポポイは陽気な声で、
 「ようは、テーコクの連中ぶっとばせばいいってことだろ? そうすりゃマナも消えない。それでオッケーだ!」
 「あのな、ポポイ……」
  そんな簡単なことじゃない。
  わかっているのかいないのか、いつもの調子で、
 「まかせろよじっちゃん。オイラには天才的な魔法のソシツと、優秀な子分もいる。ちょっくらいって、かたづけてきてやるよ! そうすりゃ、みんな安心してかえってくるさ!」
 「…………」
――仕方ない、か……
 もうこうなったら、連れて行くしかない。
  ポポイは自信満々に振り返ると、
 「で、これからどうすりゃいい?」
 「……何も考えないで言ったの?」
  まあ、何か考えてるとも思えないが。
  脱力感に頭を抱えつつ、
 「聖剣の復活には、マナの種子との共鳴が必要だって聞きました。今のところ、ここと、水と、土の種子とは共鳴させましたけど……他の神殿の場所はご存知ないですか?」
  長老は、しばし考え込み、
 「……ここから東にマタンゴ王国がある。そこの王なら、なにか知っているはずじゃ。そしてもう一つ。その地で白竜を捜しなさい」
 「白竜?」
 「世界を丸のみにした蛇の腹から現れ、世界にありとあらゆる感情を運んだ黒き竜。そして、最後に現れた白き竜。……『最後の希望』を運んだと言われる白き竜の末裔が住んでいると言われておる」
 「おとぎ話の生き物なんじゃあ?」
  長老は首を横に振ると、
 「大森林で見ませんでしたか? 黒い鳥のような竜を」
 「あれは……あれが神獣!?」
  そういえば、ジェマやルカが話していた。人が作り出した要塞に神が怒り、遣わした神の獣。
 「あれこそが、いにしえの時代、マナの要塞と戦った神獣の末裔じゃ。普段は雲より高い上空を飛んでおるが、大森林は大地からマナが豊富にあふれ出るせいか、マナを求めて地上近くを飛んでおるのじゃ。だから目につきやすい」
 「それじゃあ、あの黒いの、この辺だけじゃなくて世界中飛んでるってこと?」
 「遠目には鳥にしか見えぬし、地上に降り立つこともないから、気づく人間はおらんじゃろうがな」
 「へー……」
  降り立たないということは、常に飛びっぱなし。雲より高く飛んでいるとなると、たしかに気づく人間はそうそういないかもしれない。
 「白竜は、あれとよく似た姿をしておる。聖剣を運んだとも言われる竜じゃ。きっと助けてくれる」
 「はあ……」
  助けといっても、具体的になんだろう?
  ジンが持ってきた地図を受け取り、場所を確認すると、
 「とりあえず……行ってみよっか」
 「……申し訳ありません。恩人に、何一つお礼が出来ませんで」
 「なに謝る必要があるのよ。おじいちゃんだけでも無事で、ホントに良かった」
 「すみません……ありがとうございます」
  プリムにも、何度も頭を下げる。何も謝ることなどしていないというのに。
 「……チビすけ、勇者殿の力になるのじゃぞ。どうかくれぐれも、気をつけて」
 「そんなもん……オイラがついてるんだ。百人力に決まってんだろ」
 「そうよ! 私もいるんだから、きっとなんとかなるわよ!」
 「おう! アンちゃんもねーちゃんも、あらためて、よろしくな!」
 「うん、よろしく……」
――あれ……?
 何かを忘れている気がする。
 「それじゃあじっちゃん! いってくる!」
 「うむ。気をつけて行くのじゃぞ」
 「チビちゃんのこと、まかせてください。それじゃあ、お体には気をつけて」
――あれ?
 やはり、違和感を感じる。
  しかし、それがなんなのか答えにたどり着く間もなく、ポポイの故郷を後にした。