8話 風の孤児 - 2/2

「しっかりして! ねえ! 起きて!」
 プリムが必死に呼びかけながら、魔法で白竜の傷を治癒するが、ぴくりとも動かない。
 傷も塞がらず、呼吸も完全に止まっていた。
 死んでいる。
あの息づかいも、もう聞こえない。まぶたも閉ざされ、開かない。
 触れてみると、まだ温かい。
 しかし触れているそばから、このぬくもりがどんどん失われて行くのを感じる。
 ほんのついさっきまで、動いていたはずなのに。
「そんな……」
 プリムが、その場でへたり込む。
「なんでだよ! クッソー! さっきのヘビ、せっかくやっつけたってのによ!」
 ポポイが地団駄を踏み、動かなくなったグレートボアをにらみつける。
 きっとさっきの炎は、最後の力だったのだろう。
 あんな余計な消耗がなければ、助かったかもしれない。氷漬けにした段階で、仕留めてしまえばよかったのだ。なのに、油断してしまった。
 助けようとして、助けられて。結局、何も出来なかった。
「アンちゃん?」
「……行こう」
 今さら後悔したところでどうにもならない。
 あきらめて来た道を引き返そうとして――プリムが、再び魔法で治癒を試みていることに気づく。
「プリム?」
「だって……さっきまで動いてたじゃない……」
 しばらくして、ようやくあきらめたのか、うなだれて肩を震わせる。
 この子、こんなことでも泣けるんだな。
 別に何か思い入れがあるわけでもないはずなのに。それとも、自分が冷たいだけなのだろうか?
「ねえちゃん……行こうぜ。な?」
「…………」
 こういう時、なんて声をかければいいのだろう。ディラックなら、気の利いた慰めの言葉でもかけてやるのだろうか?
 なんともいえない居心地の悪さに、後ろを向き――複数の足音に気づく。
「――おお! グレートボアだ! 死んでるぞ!」
 騒がしい声と共に、巨大キノコに短い手足が生えた生物が、わらわらと現れた。

 突如、集団で現れたキノコの群れ。
 その中の一体が、前に出ると、
「グレートボアを倒してくれたんだな! いやー、本当になんて――」

 ――どすっ!

 駆け寄ってきたマイコニドの腹目がけて、鞘に収めたままの剣で突きを放つ。
「アンちゃん!?」
「気をつけて! 胞子吸ったら死ぬよ!」
 グレートボアの次はマイコニドとは。いつでも剣を抜けるよう、構える。
「ちょ……ちょっと待……」
「え? 死ぬって?」
 驚く二人に、マイコニドから目をそらさぬまま、
「マイコニドを退治したある猟師が、じわじわ弱って、苦しみながらとうとう死んだって話がある。医者が死体を解剖したところ、肺の中から小さなマイコニドがうじゃうじゃと……」
「きぃゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「よるな! あっち行け! シッシッシッ!」
「ま……待て……オレ、マイコニドじゃねーし……」
「毎年、それで死んでる人がいるんだ! だからうかつに近付いちゃダメだ! 巣を見つけた時は、胞子撒かれる前に離れたところから火矢で巣ごと焼き殺さないと!」
「ああ! 堂々と焼殺計画が!」
「お待ちください! 我々はマタンゴ族! 野蛮なマイコニドとは違います!」
「マタン……は?」
 どっかで聞いた気がする。
 そういえば、マイコニドは笠がピンクだった気がするが、今、目の前にいるキノコは青や黄色とカラフルだ。逆に毒々しいが。
 キノコ達は慌てふためいた様子で、
「人様に向かって胞子ばらまくとか! そんな野蛮なことしません!」
「こちらの方は我がマタンゴ王国国王、トリュフォー様です! 白竜が、我々を苦しめているグレートボアと戦っていると聞き、駆けつけたのです!」
 よっぽど焦っているのか、早口にまくし立てる。
 プリムは小声で、
「ね、ねぇ、マタンゴ王国って……ポポイのおじいちゃんが言ってたとこじゃあ?」
「ヘンな名前の国だなー、と思ってはいたけど……」

 ――キノコの国……

 モーグリとモールベアが戦争してたり、菌類が王国築いていたり、上の大地はどうなってんだ。
 とりあえず剣を引っ込めると、
「えーと……ごめん」
「ま、まあ……生きてりゃ誤解はつきものだしな……ごふっ」
「トリュフォー様ーーーーーーーーー!」
「お気をたしかに! トリュフォー様!」
「こ、後世には、凶暴な蛇と戦った勇猛な王だったと……」
「そんな縁起でもない! 逝ってしまうにはまだ早うございます! トリュフォー様ーーーーー!」
 目の前で繰り広げられるキノコ達の愁嘆場。思わず見入ってしまいそうになったが、我に返ると、
「あの、プリム」
「へ? ――ああ!」
 ようやく考え至ったのか、プリムは慌てて、ぴくぴくしている国王に駆け寄り、治癒魔法をかけた。

「では改めまして……マタンゴ王国国王・トリュフォー様のおなぁ~りぃ~!」
 マタンゴの高らかな声が響くと、通ってきた通路から、王冠をかぶった青紫のマタンゴが登場した。
「こちらにおわすお方こそ、我がマタンゴ王国国王、トリュフォー様でございまする」
「うむ……この度のそなたらの働き、実に見事であった。礼を言うぞ」
「はあ……」
「そこからやり直すわけ……?」
 鼻? というより口のやや上になぜか生えてる細くて長いヒゲ? を伸ばしながら、国王・トリュフォーがご大層な挨拶をする。国王の意地か、通り道に家臣が整列し、花をばらまきながらの謎演出つきの再登場だった。
「さて、気を取り直して……残念だ。間に合わなかったか」
「あ……」
 後ろの白竜に視線を戻す。
 トリュフォーは、さすがに神妙な面持ちで、
「白竜は、オレ達にとっちゃ守り神のような存在だ。それを殺しちまうとは……おっかねえヘビだよ。オレの親父も、仲間も、大勢あれにやられた」
「蛇ってキノコ食べんの……?」
 肉食じゃなかったっけ? そんな疑問は意に介さず、頭に王冠を乗っけたキノコの王は、頭? 笠? を下げると、
「……白竜は残念だったが、親父や仲間の仇は討てた。改めて礼を言うぞ。聖剣の勇者さんよ」
「え? 勇者って……」
「謙遜すんなって。オレ達の国の言い伝えにあるんだよ。世界の危機に現れる聖剣の勇者。そして、その勇者をサポートする白竜」
 そして剣にぶら下げたメダリオンを指さすと、
「それになにより、その趣味の悪い紋章が動かぬ証拠だろーが」
「あー……」
 そういえば、身分証みたいなものだからと受け取ったが、まさかキノコに通じるとは思わなかった。もしかすると、自分で思っている以上に、知られた紋章なのかもしれない。
「それにしても、ヘンだな。白竜は常に空を飛んでいて、地上には降りてこないんだ。あんなヘビにやられるはずはないんだが……」
「――ア、アンちゃん……」
 服を引っ張られ視線を落とすと、ポポイが怯えた様子で、
「なんか、聞こえなかったか?」
「え?」
 言われて、周囲を見渡す。
 風に揺られて、木々がざわめく音がする。
 その音に混じって、なにか聞こえた。
 鳴き声だ。
「なにかいる!」
 声の出所を探す。
 鳴き声と言っても、不思議と危険な感じはしない。
 高く、澄んだ声だった。
「――ねえ、ここ! 後ろになんかない!?」
 プリムが、白竜の後ろの岩場を指さす。
 白竜の巨体に隠れて気づかなかったが、岩と岩の間に隙間があり、穴になっているようだった。
「――キュゥ……」
「いた!」
 暗い穴の奥に、白い影が見えた。
 向こうもこちらの姿に驚いたのか、一度引っ込んだものの、顔をこちらに向ける。その顔はどう見ても――
「子供!?」
「ちょっと! キノコの学芸会見てる場合じゃないじゃない!」
「オレらのせいかよ!?」
 トリュフォーの苦情は無視し、白竜の子供に近寄るが、驚いたのか空洞の奥に引っ込む。
 トリュフォーはヒゲを伸ばしながら、
「そうか、だから地上に降りてたんだな。子供はまだ飛べねぇからな」
 子供と言っても、親竜と比較しての大きさだ。恐らく馬や牛くらいの大きさはある。しっぽの長さを加えれば、もっとだ。
 再び白竜が顔を出す。宝石のようなきれいな青い目で、こちらをにらみつける。
「かわいー……って、そんなこと言ってる場合じゃないわよね。どうするのよ? こんなとこに、一人でほっとけないわよ!」
 プリムの言葉が現実に引き戻す。
「なあ、じっちゃん言ってたよな。『白竜の力を借りろ』って。コイツに荷物もってもらってさ、つれて行こうぜ!」
「無茶言わないでよ。子供ったってこの大きさだし、まだ飛ぶことも出来ないみたいだし。馬やチョコボじゃあるまいし、連れ回せるわけないでしょ」
 第一、『力を借りろ』とはそういうことじゃないだろう。それならチョコボを買うことを考える。
「じゃあどーすんだよ! 置いてけぼりにしろってか!?」
「誰もそんなこと言ってないよ」
 まさか、自分達の旅に連れてはいけない。かといって、ここに置き去りも出来ない。
「――よし、決めた!」
 突然、トリュフォーが手を叩く。
 振り返ると、彼は胸を叩き、
「オレに任せろ! コイツ一匹くらい、どうとでもなる!」
「トリュフォー様!?」
「そんな無茶な! そもそも、生態もよくわからない――」
「うるせぇ! 無茶かどうかなんて知るか! 生態なんてこれから調べりゃいい! わかったら城まで連れてってやれ!」
「はあ……」
 なんとも向こう見ずな王様だったが、慣れているのかすぐあきらめたらしい。従者達は白竜の子供に近寄り、
「さー、こっちに……イデデデデ!?」
 手を伸ばしたところで、噛まれた。
 警戒心か、悲鳴のような声を上げ、頭を振ってマタンゴ達をはじき飛ばす。
 トリュフォーは白竜の前に立つと、
「言うこと聞け! 悲しいけど、オマエの母ちゃんはもう死んじまったんだ! ここに一人でいたら、オマエまで死んじまうんだぞ!」
「死んだ……」

 ――お前の母親は、死んでしまってもうおらんのじゃ。

 脳裏に、ずいぶん昔の記憶がよぎる。
 ある日ふと、『母親』というものが自分にはないことに気づき、投げかけた問いに、養父は困った顔でそう答えた。
 死というものの意味自体はよくわかっていなかったと思う。しかし、もう二度と会えないのだということ。なんとなく、それだけは理解した。
 母親のことは、ともすれば忘れてしまいそうになるのに、突然出てくる。自分で思っている以上に、気になっているのだろうか?
「――ああ、もう!」
 マタンゴ達を押しのけ、白竜に近寄る。
「あ、あぶないですよ!」
「危ないも何も、ここから引っ張り出さなきゃならないんでしょ?」
 近寄ると、白竜は威嚇し、かみつこうと口を開けるが――それをかわし、首根っこをわしづかみにすると、
「お前も意地張ってないで、こっち来る!」
「キュゥ……」
 力任せに、隙間からずるずると引きずり出す。
 だいたいの動物は、首根っこをつかむとおとなしくなるが、この竜も例外ではなかったようだ。幸い、暴れることなく静かになった。
「ところで、何か乗せられる台とかないの?」
「え? いや……あいにく、ちょうどいいものがございませんで……」
「しょうがないなぁ……自分で歩ける? それともこのまま引きずられたい?」
「キュ~」
「このままがいいの? お尻痛くなるけど知らないよ」
 なんとなくこのままが良さそうなので、そのまま引きずって親竜の横を通り過ぎる。
 通り過ぎたところで、ふと振り返る。
 最初は苦しそうにしていた親竜の顔は、静かに眠っているだけのような、穏やかな顔に見えた。

 * * *

 子供とはいえ、グレートオックスほどの大きさはある白竜を、一人で引きずって行くのを眺めながら――ポポイがぽつりと、
「なあ、ねえちゃん」
「うん」
「あんなくそ重い剣がアンちゃんだけにふりまわせるのは、聖剣にえらばれたからだとか思ってたんだけどさ」
「うん」
「ちがうのかな」
「否定出来ないわね」
 トリュフォーもまた、ぽかんとした顔で、
「近頃の人間ってのは、ずいぶん怪力になったもんだな……」

 ――ただの馬鹿力……

 運命的もへったくれもない。
逆にリアルすぎて、乾いた笑いが自然と出てきた。