世界一の悪い子 中編 - 1/3

3.あなたしかいない

 ――ユミル? なんで?
 間違いない。ユミルだ。じゃあ私、死んじゃったの? ここって『あの世』なの?
 混乱する私をよそに、ユミルは呆れた顔で、
「お前、性懲りもなくまーた死のうとしてんのかよ? 私との約束は忘れたのか?」
 ――だって私、生きてちゃダメだよ。とんでもないことしでかして、のうのうと生きてなんかいられない。もう約束どころじゃないの、ユミルだってわかるでしょ?
「ああそうだ。お前は私の願いを裏切った。だがなぁ、生きてる限り『約束』は終わらない。お前に約束を果たす覚悟があれば!」
 ――それって、今からでも約束を守れってこと? そんなの無理だよ。手遅れだよ!
「手遅れでもやらなきゃいけねぇんだよ! 今から!」
 ――今から? 今から私に何が出来るの? わかんない。わかんないよ!
「じゃあ私が、これからお前がやることを具体的に教えてやる。いいか? お前はただ、一人の誠実な男を好きになり、そいつとの子を身ごもった。それがたまたまタイミングの悪い時期だった。それだけだ!」
 ――え? でも私、あの人のことは……
「うるせぇ! とにかくお前は、エレンのクソ野郎のことなんか知らぬ存ぜぬだ! 考えてもみろ! おまえが『正直者のいい子』になって、それで誰が幸せになる? お前だけだろうが! お前だけが幸せになって、あの男は不幸のどん底にたたき落とされる! アルミン達もさぞかしショックだろうよ。仲間と信じてたはずのお前が一番の裏切り者だなんて。ミカサは殺しに来るだろうなぁ? あのおっかねぇ兵長も、お前を女王にしちまったケジメをつけに来るかもよ? あの二人相手にお前を守るなんて、軍隊だろうが巨人の群れ用意しようが不可能だ」
 ユミルはそう言って笑いながら、首を斬るジェスチャーをする。
「なにより民も黙っちゃいねぇ。エレンを止めることもせず、だからといって率先して参加したわけでも、仲間を助けることも、民のために何かしたわけでもない『無能な女王さま』なんかいらねぇで、全方面からポイされておしまいだ」
 ――そうだよ。私、なんにもしなかった。それは事実なんだから、みんなから捨てられたって文句言えないよ。
「だから私が拾ってやるって言ってんだ! いいか、ヒストリア。島の外で、大勢の人が虫けらみたいに踏みつぶされて死んでいる。なのにこの島の連中ときらた、人にそんなひどいことやらせて喜んでいるときた」
 ――だって世界は、この島を滅ぼそうとしたから。
「ああそうだ。やられたらやりかえす。世界はずっとその繰り返しだった。なにしろやられっぱなしじゃナメられる。ひざまずいたら奴隷。人としての尊厳を守るためには、滅ぼし合うことこそが『正しいこと』だと思っていたからだ。だがなぁ! そんな『正しさ』はクソだ! お前はこれから、そのクソみてぇな『正しさ』にケンカ売る、超悪い子にならなきゃいけねぇんだよ!」
 ――無理だよ! 私にはそんな力ないよ! 『正しさ』と戦うなんて!
「人類史上、一番悪いことしたヤツが、今さらなにいい子ぶってやがる! とっくに手遅れなんだよお前は! それだけお前がしたことは悪すぎた! 甘ったれるな! お前はもう、自分のために生きることも、あの世に逃げることすらも許されねぇんだよ! だったらとことん悪党になって、世界中を騙し抜け! そのためには、どんなにみっともなくても、お前は『女王さま』の椅子にしがみつくしかねぇんだよ!」
 ユミルは私の両肩をつかみ、泣きそうな顔で、
「お前がいなくなったら、投げられた石のつぶては誰が受け止める? 誰に投げられる? お前はこれから、島中、世界中の子供達の盾となって、そのつぶてを全身で受け止めなきゃならねぇんだよ! お前はもう『母親』なんだぞ!?」
 ――母親……私が……
「私は、ずっと見ている」
 肩から、ユミルの手が離れた。その瞬間、本当の『お別れ』を直感した。
「お前は一人じゃない。進み続ければ必ず味方は現れる。だから――お前を泣かせた最低のクソ野郎なんかのために死ぬな。お前のために泣いてくれる、最高のバカのために生きろ! ヒストリア!」
 ――ユミル? 待って! ユミル!
「――あ、言い忘れるところだった。あのクソ野郎、死んだぞ」