ジンの日。まだ日が出て間もない時間。
「じゃあ、兄さんとテケリのこと、頼むよ」
「……ああ……」
ロジェの言葉に、見送りに外まで出てきたキュカは、げんなりした顔で返事をする。
ロジェは、そんなキュカを励ますように、明るい笑顔で、
「兄さん、世間知らずだし傍若無人だし無神経だし金銭感覚ゼロだし上座の人だし昔っから悪さしては俺に罪かぶせたり色々苦労するかもしれないけど、根は優しい人だから、仲良くやってくれよ?」
「その言葉のどこをどう解釈したら『根が優しい』にたどり着くんだ!?」
励ましにもならなかった。
キュカの全力のツッコミに、ロジェは頬をかきながら、
「キュカとは合うと思うんだけどなぁ」
「本気でそう思うか? ん?」
問いつめるが、ロジェは相変わらず困った笑みを浮かべるばかりだった。
一方で、ユリエルも、
「まあ、テケリもいますし、なんとかうまくやってください」
「それはそれで心配なんだがな」
確かに、誰とでも仲良くなれるというのはテケリの美点ではあるが、同時に、なにかトラブルを起こしそうな気もする。
芯はしっかりしているとは思うのだが……
「なるべく急いで戻るからさ。それまで、教団のこととか色々調べておいてくれよ」
ジェレミアも腰に手をあて、
「まったくだ。こっちはほとんど休みなしで行くんだ。それくらいのことしっかりやっておけ」
「へいへい……」
――だったらお前が残ってくれ。
出かけた言葉をなんとか飲み込む。
仮にジェレミアが残ることになったら、それはそれで心配だ。地雷ふたつをテケリに任せるに等しい。
「……今、なにか思ったか?」
「いや、何も」
――読心術の心得でもあるのかコイツ?
内心、冷や汗をかきつつも、首を横に振る。
「では、行きましょうか。急げば、祝日の昼には戻ってこれるはずです」
「ああ。頼むぜ」
「それと、キュカ」
ユリエルは二人を先に行かせ、キュカにだけ聞こえるよう、小声で、
「言うまでもないとは思いますが……『彼』のこと、頼みますよ」
「……ああ」
念を押され、うなずくと、ユリエルは足早に二人の後を追う。
三人の姿が見えなくなり、宿に戻ろうとした所で、
「――おい、モミアゲ」
背後からかけられたその声に、全身から力が抜け、その場に膝をつく。
「……お前、今なんつった?」
「ロジェ達はもう行ったのか?」
「無視か」
よろよろと立ち上がり、振り返ると、まだ寝ていると思っていたレニが立っていた。
キュカは頭をかきながら、
「……見ての通り、ロジェ達ならもう行った」
「そうか……」
一瞬――ほんの一瞬だが、その顔に不安の色が浮かんだ――ように見えた。
「なんだ? 見送りたかったんなら、もっと早く起きろよ」
「フン。聞いただけだ」
ぶっきらぼうにそう言うと、さっさと宿へと戻る。
ロジェ達が戻るまでの二日間は、長くなりそうだった。
「…………」
「…………」
「…………」
そのテーブルにただよう異様な空気に、通りかかった店員は怪訝な顔をする。
遅れて起きてきたテケリを加えて朝食となったが――誰も口を開こうとしない。
いや、一応テケリが盛り上げようと色々奮闘するが、適当に返されて終わるだけだった。
「あうぅ……お二人とも、怖いであります……」
テケリは今にも泣きそうな顔で、膝の上のラビの背をなでる。
やはり、ロジェが残るべきだった――とは思うが、もう遅い。
「……で、今日はどうする?」
食べ終わり、ようやくキュカが口を開く。
「そ、そうでありますねー。天気もいいし、お散歩でも!」
「一人で勝手に行け」
「……あうぅ……」
レニが、口を拭きながら冷たく言い放つ。
レニの言葉に、キュカはふと思いつき、
「……そーかそーか。じゃ、お前は今日一日、ここで留守番だな。俺達は出かけるから」
その言葉に、レニはこめかみを引きつらせ、
「……そうか。では、私は留守番をすることにしよう。その間に私がいなくなったとしても、どうせその責任は全部お前が取るわけで、私は関係ないしな」
「…………」
「…………」
「……結局、こうなるわけか」
目抜き通りを歩きながら、キュカはため息混じりにつぶやく。
「キュカさん、見張り役が見張りを放棄しちゃダメであります」
「…………」
テケリにまで言われ、肩を落とす。どちらかと言うと『見張り』というより『保護者』の気分だ。
キュカとしては、ユリエルに念を押されたとはいえ――やはり、なんとなく気に入らない。
問題の人物はと言うと、こちらのことなどおかまいなしに、露店の商品を物珍しそうに眺めている。その光景は完全なるお上りさんだった。
何を見ているのかと、後ろからのぞき込むと――ダークプリーストの人形が、ズラリと並んでいた……
「…………。行くぞ」
「一個くらい買って行くか?」
「いらねぇ」
レニの首根っこをつかむと、有無を言わさず引きずって行く。
「レニさん、ダークプリーストが好きでありますか?」
「いや、考えたこともない」
「だったら、なおさらいらねぇだろ!」
ダークプリーストというと、スリング攻撃(※投石紐。遠心力をつけて石などを思い切りぶん投げる。当たると痛い)でボコボコにされたりと、あまりいい記憶がない。
しばらく街の中を探索するが――昨日もそうだったが、人がごった返し、なんともにぎやかなものだった。
「見た感じ……俺達の時代と、そう変わりはないよな」
段差や階段が多く、街全体が黄色いレンガ造りなせいか、なんとなくペダンを思い出す。
いや、ペダンというより――
「気になってたんだが……この街、なーんか、どっかで見たような気がするんだよな」
「なに?」
レニが驚いた顔で聞き返してくるが、キュカは無視して、街を見回す。
決まりなのかは知らないが、似たような黄色いレンガ作りの建物で統一されており、地面にもレンガが敷かれ、間隔を置いてなにか模様が施されている。
模様自体になにか意味があるようには感じなかったが……なにか、引っかかる。
テケリも首をひねり、
「ん~。たしかに、どこかで見たような気がするでありますが……なんでありますかねぇ?」
「まったく、なんかスッキリしねーな」
頭をかくキュカを、レニは半眼でにらみつけ、
「……そもそも、ここはいにしえのファ・ディールだ。記憶にあるわけがない」
「そりゃそうだけどよ……」
もっともだったが、どうにも納得がいかない。
「それより、これからどうする? 教団のことを調べるにしても、どう調べるんだ?」
「もうお昼でありますよ」
テケリの言葉に空を見上げると、太陽がほぼ真上にまで来ていた。
街の中を見て回ったものの、肝心の教団に関する話はまったく集まっていないが――
二人の視線に、キュカは不敵な笑みを浮かべ、
「これでも、傭兵として世界中渡り歩いてたんでな。ついてきな」
そう言うと、それ以上は答えず、ある場所へと向かった。
◆ ◆ ◆
「……呆れたな」
席につくなり、冷たくキュカをにらみつける。
最初は飲食店かと思ったが、中に入ったとたん、酒のにおいが鼻についた。
「いやいや『情報』ってのは、こういう場所に集まるもんだぜ」
露骨に不快な顔をするこちらに対し、キュカは上機嫌で、卓上に置かれたメニューを広げ――
「…………」
「フン」
古代語だということを思い出したのか、困った顔でこちらに目をやるが、無視する。
「キュカさん、単にハメはずしたいだけじゃないでありますか?」
テケリまでもが呆れている。
連れてこられたのは、寂れた裏路地の小さな酒場だった。昨日見つけ、目をつけていたらしい。
こういう所は初めて来たが、席の大半が埋まり、昼にもかかわらず皆酒を飲んでいる。
キュカは注文を取りに来た店員に、適当に酒とつまみを注文し、
「おい。お前もなんか飲むだろ?」
「……酒など飲まん」
冷たく突っぱねる。
「つまんねーヤツだな……じゃ、テケリと同じでいいな」
店員が去り、あらためて顔を見合わせ、
「それで? どうやって『情報』を聞き出すんだ?」
「まあ、見てろって」
ほどなくして、注文していた酒のボトルがテーブルに置かれ、キュカは酒をグラスに注ぐと立ち上がり、
「――よう、そこのお嬢さん。実はこの街に来たばっかりでな。色々教えてもらいたいんだが――」
酒の入ったグラスを片手に、カウンターに座っていた金髪女の隣に図々しく座り、声をかけている。
「…………」
「ナンパでありますねぇ」
その光景を白い目で眺めながら、遅れて運ばれてきたジュースをグラスにそそぐ。
数分後。
「首尾はどうだった?」
「……見ての通りだ」
こちらの嫌味な質問に、不機嫌顔で頬のビンタの跡を見せる。
「何をしに行ったんだか……」
「いや、一応収穫はあったぞ」
キュカは座ると、つまみのジャーキーをかじりながら、
「戒律とやらが厳しくなったのは、二年ほど前……ちょうど、主教が代わった頃からだそうだ。それまでは、夜の外出禁止なんてなかったらしい。この店も、本当なら酒は出しちゃいけねーことになってるらしいぞ」
「…………」
――夜、出歩かれて困る理由でもあるのか?
首をひねるが、答えになりそうなものが思いつかない。まあ、あの主教の性格からして、単なる嫌がらせの可能性もあるが。
「なんだか、カイリツ カイリツと、カタ苦しいでありますな」
「まーな。そうなると、当然反発する連中も出てくる。実際、これまで教団の儀式が邪魔されて、ケガ人が続出してるそうだ。この前は死人も出たらしい」
「…………」
アナイスが言っていたレジスタンスの連中のことだろうか。
しかし、死人が出たということは、ずいぶん過激な集団と思ってよさそうだ。
「その、反発している集団と接触出来ないのか?」
「さすがに、どこに行けば会えるなんてことはわかんねーな。そんな簡単にわかったら、とっくに教団が見つけてるだろ」
「やはり、儀式の時しかないか……」
一体、どういう暴動を起こしているのかは知らないが、飛び込むしかない。
「あと、もうひとつ――」
「まだあるのか?」
聞き返すと、キュカは真顔で、
「……あのねーちゃん、なかなかの巨乳だ。しかも金髪碧眼の美女! そんな美女が一人酒だぞ? このままじゃ、どんな悪党に狙われるかわかんねぇ。そういうわけで俺は彼女の安全のためにもう一度行って来るから、お前らはここでおとなしくしてるよーに」
早口でそう言うと――再び、さっきの女の隣に行く。
「…………」
「キュカさんが一番あぶないであります」
テケリのツッコミに、ため息で相づちを打つ。
結局、マナの祝日まで待つしかない。
それまでどうするかだが、やはり関係者でないと、これ以上の情報は期待出来そうになかった。
「……さて、どうしたものかな」
つぶやき、ジャーキーを口に入れる。
初めて食べるが、質が悪いのか、元々こういう食べ物なのか、かなり固い上に、塩が利きすぎている。好んで食べるようなものではないな……と、胸中でうめく。
テケリもジャーキーをかじりながら、
「レニさんは、お酒は飲まないでありますか?」
「あまり飲まんが……」
飲む機会がないというのもあったが、周りが、酒の類を近づけないようにしていた気がする。
しかしテケリは、
「大人なのにお酒を飲まないなんてもったいないであります。テケリも、早くみなさんと一緒に飲みたいであります」
「……そんなに飲みたいものか?」
酒といえば子供の頃、イタズラでロジェとアナイスのジュースに酒を混入したら、二人とも見事に酔っぱらい、後でこっぴどく叱られた記憶がある。
…………。
「ところでテケリ。ラビはどうした?」
唐突に聞かれ、テケリは一瞬きょとんとしたが、すぐに、
「――あー! ホントであります! まったくしょうがないヤツであります!」
テケリがラビを探して床にはいつくばっているスキに、まだジュースが半分残っていたテケリのグラスに、ボトルの酒を混入する。
ほどなくして、ラビを捕まえてきたテケリが戻ってきた。
「まったく、ラビきちは困ったヤツであります」
ラビを抱えたままイスに座り、グラスの中身が増えていることに気づきもせず、ぐいっ、と、一気に半分ほど飲む。
「……ぷはーっ。一仕事の後はこれに限りますな!」
「……一仕事?」
ラビ捕獲のことだろうか?
それにしても、味が変わっていることに気づかないのだろうか……
しばらく様子を見るが、特に変わる様子はない。
――なんだ。つまらん。
昔これをやった時は、アナイスは練習中のセイントビームで壁を破壊したというのに、テケリは何事もなく酒入りジュースを飲んでいる。
あきらめて、なにか食事でも注文しようとメニューを手にしたあたりで、
「――おうコラ! てめぇ、人の女に何してやがる!」
その怒鳴り声に振り返ると、さっきからキュカが口説いていた女の後ろに、大柄な男が立っていた。
どうやら女は一人で酒を飲んでいたわけではなく、男と待ち合わせをしていたようだ。
「まったく……どこにでも、品性のないヤツはいるものだな……」
男の登場に、さすがのキュカも慌てた様子だったが、席を離れる様子はない。
当の女のほうは、どこかおもしろがる様子でそれを眺めている。
一触即発の雰囲気だったが、無視して再びメニューに視線を落とし――今度は、
「――待つであります! そこの悪党!」
その声に驚いて顔を上げると、別のテーブルの上――食事中の客がいたが、まるでおかまいなしだ――に、ラビを小脇に抱えたテケリが仁王立ちになって、カウンターの向こうの店主をなぜか指さしていた。
「――あっちあっち!」
店主は小声で、キュカの胸ぐらをつかんでいた男を指さす。
テケリは、あらためて男のほうを指さすと、
「待つであります! そこの悪党!」
「……さっきも言ったぞ。それ」
キュカのツッコミは無視して、
「イヤがる女性をムリヤリ連れて行こうとするなど、テケリの正義がゆるさないであります!」
「……別に嫌がってないし、連れて行こうともしてないと思うが……」
メニューで顔を隠し、他人のフリをしながら、聞こえないようにつぶやく。
男は呆れつつも、キュカから手を離し、
「おいボウズ。あのな、この女は――」
「だまるであります!」
テケリは、男の言葉を最後まで聞かず、
「とにもかくにも! テケリの怒り、食らうであります! ――とうっ!」
言うだけ言うと、持っていたラビを思い切り投げる。
ラビは弧を描いて宙を舞い――キュカ達とはまったく無関係のテーブルに、がっしゃーん! と墜落し、料理をまき散らす……
しーん、と、店内は一瞬静まりかえり、
「――このクソガキ! なにしやがる!」
料理を台無しにされた客達が、顔を真っ赤にして立ち上がり、店内は一気に騒がしくなった。
「うきょっ!? ラビきち、なぜそこにいるでありますか!?」
「どう投げたら、あの方角に飛ぶんだ……」
やはり他人のフリをしつつ、つぶやく。
「ふざけんじゃねーぞ! このガキ!」
「うきょっ!?」
男が投げ返したラビは見事にテケリの顔面に命中し、テケリはラビと一緒に、テーブルをひっくり返しながら転落する。
テケリはラビと一緒に目を回していたが、今度は客同士でもめだした。
なんとなく雲行きが怪しくなってきたので、メニューで顔を隠したまま、コソコソとテーブルの下に隠れようとした所で――どこからともなく、
「――そいつだ! そいつがガキのジュースに酒入れてるのを見たぞ!」
――ギクッ!
誰が言ったのかは知らないが、複数の視線が突き刺さるのを感じる。
「ほう。テメーか」
テーブルの影から顔を出すと、さっきまでキュカに絡んでいた男が、ゆっくりこちらの席に近づいてくるのが見えた。
――これは……まずいな。
頬に冷たい汗が流れる。
「おい、この落とし前はどうつけてくれるんだ?」
「ふっ――」
観念してテーブルの下から出ると、メニューを元の位置に戻す余裕さえ見せながら――びしっ! と、キュカを指さし、
「すべての責任はそこのモミアゲが取る!」
迷うことなくキュカに全責任を押しつける。
「――ちょっと待てオイ! いくらなんでもそんなのアリか!? つーかモミアゲ言うな!」
キュカの苦情は無視して、男は激怒した様子で、
「てめぇ! ふざけんな!」
つかみかかってくる手をなんとかかわし、とっさに酒のボトルをつかむと、男の頭めがけて思い切り振り下ろす。
がしゃーん! と、ボトルが砕け、残っていた酒が飛び散り――
それを合図に、乱闘が始まった。
「……まったく、男ってのはみんな血の気が多いんだから……」
同じテーブルの下で、酒の入ったグラスを傾けながら、あの金髪女が呆れた様子でつぶやく。見たところ、女はキュカと同い年くらいのようだ。派手なアクセサリーを身につけているせいか、華やかな印象を受ける。
「一応言っておくが、私は何もしてないぞ。酒を混入しただけで」
最初の一撃の後、どさくさに紛れてテーブルの下に避難したのだが、誰も気づかない。
そこに、なぜかこの女も避難してきた。
女は笑いながら、
「立派な諸悪の根源じゃないの。……ま、みんな、内心どこかで暴れたかっただろーから、ちょうどよかったんじゃない?」
「そうなのか?」
「そうよ。……ただでさえ、この街は縛りが厳しいからね。憂さ晴らししたくて、昼間っからお酒飲んで……なにか理由をつけて暴れるのよ」
「……憂さ晴らし、か」
一見平和で、行き交う人々は、なんの悩みもなさそうな顔をして歩いている。
その平和な顔の裏で、みんな色々ため込んでいるということか――
「ところであんた、旅の人? どこから来たの?」
「ペダン」
「…………? 聞いたことないわね……」
怪訝な顔で首を傾げる。まあ、当然と言えば当然だ。
「ところで、今度、教団の儀式があると聞いたが、なにか知っていることはないか?」
聞かれて、女は少し考え、
「そーねぇ……あんたのお連れさんに話したこと以外だと……そうそう。今度の儀式は、とても重要なものだって聞いたわ」
「重要?」
女はひとつうなずき、
「詳しくは知らないけど、これまでは祈りを捧げたり、女神様の言葉を伝えたりとか、そんなのだったけど……今度のは違うみたい。熱狂的な信者はみんな行くでしょうね。あたしは行かないけど」
「なぜ?」
こちらの問いに、肩をすくめると、
「だってそれだけ重要な儀式ってことは、反教団の連中はぜったい邪魔しにくるわよ。確かに最近の教団はヘンだけど、それに対向してる連中だってやりすぎだわ」
「その連中……具体的に、何を訴えているんだ?」
女は少し考えてから、
「んー、まず、戒律が厳しすぎるからどうにかしろってのと、身分制度ね。最初の頃はみんな応援してたわよ。でも、どんどんやることがエスカレートしていって、今じゃただのテロリスト」
呆れたようにため息をつくが、すぐに、
「でも、教団は教団で、異端者は容赦なく捕まえて、粛清(しゅくせい)とか言って処刑。……あたし達みたいな一般人は、両方に怯えながら、おとなしく日々の生活送って、それ以外は見ないふり。……まったく、誰が一番悪いのかしら」
最後は、どこか悲しげにつぶやく。
「――マズいぞ! 僧兵が来た!」
その声に、テーブルの下から顔を出すと、店内で暴れていた客は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、店員も、酒と、気絶している客を慌てて隠す。
「――あ! てめぇ、人が狙ってた美女と何勝手に仲良くしてやがる!」
顔にアザを作ったキュカがこちらに気づき、怒鳴りつける。
テーブルの下から出てきた女は、こちらの腕にこれ見よがしにしがみつくと、
「ゴメンなさいね~。私、年下が好みなの」
「……は?」
眉をしかめるこちらに対して、女は楽しそうだ。
「くっ……うらやま――いや、ンなことより逃げるぞ!」
キュカは伸びていたラビをこちらに放り投げ、自分はテケリを小脇に抱えると、店の裏口から外へ飛び出した。
店からかなり遠ざかると、キュカはテケリを地面に置き、深いため息をつく。
「はぁ……まったく、お前がいるとロクなことがないな」
「私のせいだと言うのか?」
「どっからどう見てもお前のせいだろ!」
「あら、あたしをしつこく口説いてたあんたのせいでもあるんじゃないの?」
「…………」
なぜかついてきた女に言われ、キュカは言葉をなくす。
まあ、確かにテケリに酒を飲ませたレニも悪いが、見張り役のくせに二人から離れて女を口説きにかかっていたキュカも悪い。
「どっちもどっちね」
女がケラケラ笑う。
「お前……なんでいるんだ?」
目を覚ましたラビを放し、あらためて女に目をやると、彼女もこちらに目をやり、
「あら。あれほどあたしを熱心に口説いておきながら、それはないでしょ?」
その言葉に――キュカは突然、こちらの胸ぐらをつかみ、
「テメー! 勝手に何ナンパ成功させてやがる!?」
「格の違いだ」
「なんだと!?」
血涙を流しながら、心底悔しそうに怒鳴るキュカに、冷静に返す。
よほどおかしかったのか、女は腹を抱えて笑っている。
「――おい。一緒にいた男はいいのか?」
襟元を直しながら聞くと、女は手を振りながら、
「いーのいーの。あいつ、あたしの友達の恋人だったんだけど、ひどい男でね。酒癖悪いし暴力振るうし、別れた後もお金要求してくるって言うのよ! あげくにあたしをしつこく口説いてくるもんだから、今日あたりビシッ! と言ってやろーと思って呼び出したんだけど……あんたがぶん殴ってくれてスカッとしたわ。ありがとね」
「……そ、そうか」
根本的に何も解決していないような気もしたが、とりあえず礼だけは受け取っておく。
「――おい。いつまで寝てんだ?」
「……うきょ?」
キュカに蹴られ、ようやくテケリも目を覚まし、頭を抱えながら起きあがる。
「うぅ~……頭がぼんやりするであります……」
レニは迷うことなく、
「イスから落ちて頭を打ったんだ。たいしたケガじゃなくてよかったな」
「そうでありますか? そういえば、なんとなく頭が痛い気がするであります」
さらりと嘘を教えると、すんなり信じる。頭が痛いのは、たぶん酒のせいだろう……
必死で笑いをこらえながら、
「お前……おもしろいヤツだな」
「うきょっ!? なんで笑ってるでありますか!? テケリ、ヘンなこと言ったでありますか?」
「いや……そのおめでたさというか……くっくっ……あははっ……!」
「あ! その笑いは人をバカにしてる笑いでありますね!? ヒドイであります! テケリはいつもいっしょーけんめいであります!」
「ははははは!」
とうとう破顔して笑い出す。
あまりのおかしさに、腹が痛い。
その一方で――
「……笑ってる……? あの陰険主教が?」
その光景に、キュカが呆然とつぶやく。
邪悪な笑顔なら見たことはある。
しかし、今、目の前で笑っているのは、どう見ても普通の青年――ロジェとまったくなんの変わりもない。
テケリ風に言わせてもらえば、それこそ霞でも食っていそうな印象があっただけに、ひどいギャップを感じた。顔はロジェと同じなのだが……
キュカは、手をぶんぶん振り回して抗議の声を上げるテケリに目をやり、
「お前……たいしたヤツだな」
「うきょっ!? テケリ、ホメられてるでありますか!?」
「ああ」
うなずくと、テケリは難しい顔をして首をひねる。
女も笑いながら、
「あんた達、おもしろいわね。あ、あたしはジャンカ。あんたは?」
「……レニ」
「テケリであります!」
聞かれて名乗る二人の後ろで、キュカだけは不満そうに、
「俺が聞いた時は名乗らなかったクセに……」「キュカさんは下心が見え見えだから、警戒されるであります」
「…………」
テケリの言葉に、何も言い返せない。
「あたし、そろそろ帰らなきゃなんないけど……もし、なんか聞きたいことがあったら『ジェマの騎士』までいらっしゃいよ」
「どこだそこは?」
「あたしんち、道具屋やってるの。うちの店は神殿に商品を納品したりしてるからね」
「なるほど……」
どうりで教団のことに詳しいわけだ。
「この近くにあるから、探せばわかるわ。じゃあね、レニ、テケリ。今日の情報料はサービスにしといてあげるわ~!」
ジャンカは手を振りながら、小走りで去って行く。
「……って、俺にはなんもなしか?」
「うきょきょ! キュカさん、カンペキにフラれたであります!」
笑うテケリの脳天に、キュカは無言で拳を振り下ろした。
~本日の収穫~
・教団に関する情報を得る。
・酒場でケンカをする。(レニの攻撃力+1)
・美女のナンパに成功する。
◇ ◇ ◇
腰をおろしたまま空を見上げると、星がきれいに瞬いていた。
「兄さん達……大丈夫かな?」
誰にともなくつぶやく。
たき火を見ていたジェレミアは、顔を上げ、
「世間知らずとはいえ、子供じゃないんだ。さすがに取り返しのつかないトラブルは起こさないだろう」
逆を言えば、取り返しのつくトラブルは起こすかもしれないわけだが……
「……心配してもしょうがないか。俺が見張っておくから、二人とも休んでくれよ。急いだから疲れてるだろ?」
正直ロジェも疲れているが、モンスターが出る以上、火を絶やすわけにはいかない。
しかし、二人はすぐにはうなずかず、
「その前に……聞いておきたいことがあるのですが」
「?」
ユリエルに目をやると、めずらしく少し悩んだようだが、
「正直、聞きにくい話ではあるのですが……あなたは、自分の兄のことをどう思ってますか?」
「どう……って……」
急な質問に戸惑っていると、ジェレミアも、
「キュカも言っていたな。お前にしてみれば、親友や恋人の仇のようなものだ。実の兄とはいえ、恨みやそういう感情は沸いてこないのか?」
「…………」
別に、二人はレニのことが気に食わなくて、こんなことを聞いているわけではない。
今はよくても、いずれぶつかる問題だ。そのことを心配しているのだろう。
ロジェは、しばし考え――
「……俺にも……わからない。あの時は、色んなことがいっぺんにあって、考えてる時間なんてなかったし。最近になって、ようやっと考える時間が出来たけど……」
言いながら、たき火の中に乾いた枝を放り込む。
「あの戦いで、自分の兄が関わっていることに気づいたのは?」
「わりと最初のほうだよ。信じたくはなかったけど……」
アナイスまで出てきて、兄が絡んでいないわけがない。本来、彼がペダンの暴挙を制止せねばならない立場なのだから。
しばらく、ぼんやりとたき火を眺め――ぽつりと、
「……俺、やっぱり宮殿を出なきゃよかったんだ」
「なぜだ?」
ジェレミアが聞き返すと、ロジェは悔やんでも悔やみきれないと言わんばかりに、
「だってそうだろ? 俺が宮殿を出て目を離しているスキに、あの優しかった兄さんが、たった五年であんなひねくれた性格に……」
『…………』
二人とも、一瞬、なにかもの言いたげな顔をしたが、ロジェは気づかぬまま、
「俺が宮殿を出たりしなければ、あんな戦い、最初から起こらなかったんだ。そうすれば、ペダンも……滅びたりしなかった」
「…………」
ジェレミアは、何も言わなかった。
代わりにユリエルが、
「もし、そうだとして……本当に、何も起こらなかったでしょうか? 最悪、二人そろって大魔女の鏡に魅入られたかもしれませんよ?」
「そうかもしれないけど……」
どちらにせよ、起こってしまった事実は、今さら変わらない。
ロジェはため息をつくと、
「正直な話、宮殿の外での生活は、苦労もしたけど楽しいもんだったよ。でも……一人になると、思い出すのは兄さんのことばかりだった。俺が外で楽しくやっている間、兄さんは、あの宮殿で孤独に貴重な青春無駄遣いしてるんだって……」
「あの。彼がひねくれた理由についてはもういいですから」
「……誰がヤツの干物ぶりを話せと言った」
言われて、自分でも話の論点がズレていることに気づく。
ユリエルはため息をつくと、
「二人とも、もう休んでください。見張りは私がしておきますから」
「え? でも――」
「途中で交代してください。夜が明けたら、すぐに出発です」
ロジェは少し考えた後、
「わかった。後でちゃんと起こしてくれよ?」
「ええ。……あまり、自分を責めないように」
「………。ああ」
起こってしまったことは、もうどうにもならない。
ならば、これからどうするか。そのほうがよっぽど重要だ。
空を見上げると、相変わらず星がきれいに瞬き、こちらを見下ろしていた。