「もー! なんでみんなついてこないのよ! そろいもそろって迷子になるなんて、信じらんない!」
「まったくでありますな! いい大人が、困ったものであります!」
ずかずかと先頭を歩くエリスに、テケリも口をとがらせてついていく。
向こうからしてみれば、『迷子』はこちらなのだろうが、この二人には通用しそうもない。
戻ろうにもどこをどう走ったのかもわからず、仕方なしに進んでいるわけだが――
「――待て」
エリスの肩をつかんで止めると、物陰に隠れる。
慎重に通路の先をのぞくと、数体のマミーシーカーが、何か作業をしている。
「水晶を運んでるでありますか?」
「……そのようだな」
だいぶ奥まで来たが、この辺りになると壁自体が水晶で出来ているらしく、少々薄暗いものの、歩くには不自由しないくらいだ。
そしてその水晶を、マミーシーカーがレーザーで適当な大きさに切り取り、荷台に積んでいる。外で見かけたマミーシーカーが運んでいたのも、おそらくこの水晶だろう。
「あんなの、どうするのかしら?」
「さあな。……どちらにせよ、ここは通れない。他を探すぞ」
二人を促し、別の道を探す。
どうやら作業現場のまっただ中に迷い込んだらしく、あちこちでマミーシーカーがうろついている。
そのたびに、迂回したり別の道へ進んだりしているのだが――
「テケリ達、どんどん深くへ向かってないでありますか?」
「……仕方ないだろう」
言いつつも、正直、自分が今、どこを歩いているのかわからなくなってきた。
「も~。なんにも考えなし? 呆れたわね」
「お前に言われる筋合いはない」
口をとがらせるエリスに、こめかみを引きつらせながら返す。
早い所ロジェ達と合流したい所ではあるが、こうもマミーシーカーがうろついていたのでは、思ったように身動きがとれない。
足を止め、肩を落とすこちらに、エリスは腰に手を当て、
「ねぇ。あんた、てっきり魔法使いだと思ってたんだけど……違うの?」
「…………」
エリスの素朴な問いに、黙り込む。
たしかに、魔法さえ使えれば、状況はもっと変わっていたかもしれない。
しかし――
「マナの精霊魔法も、所詮は破壊の力……そんなもの、私が再び手に入れた所で……」
「…………?」
エリスは怪訝な顔をし、口を開こうとするが、それより先に、
「――キュィッ!」
「ラビきち? どこ行くでありますか~!?」
突然、これまでおとなしくしていたラビが奥へと跳んでいき、テケリが後を追う。
「なになに~? なんか面白いものでもあるの~?」
あっさりと関心が移ったらしく、エリスまでその後を追って走り出す。
「おい! 敵がいるかもしれないんだぞ!?」
「この状況じゃ、どこ行っても同じよ~!」
「…………」
なんともお気楽な返事に、もはや呆れて言葉も出ない。やむなく、自分も後を追って走り出す。
ようやく二人に追いつき、膝に手を当てて肩を大きく上下させる。
――こんなに走ったのは……久しぶりだ……
こちらの世界に来てからというもの、走ってばかりのような気がする。突然の環境の変化というものは、想像以上に酷なものらしい。
「ラビきち~。どこ行くでありますか~?」
どうやら行き止まりのようだが、よく見ると通路の下に小さな横穴がある。ラビはその横穴に入り込んだらしく、二人ともしゃがみ込み、中をのぞき込んでいる。
「一人くらいなら入れそうね」
「おい……」
止める間もなく、テケリが床に這いつくばって穴の中に入り、エリスもその後を追う。
「…………」
一瞬、そんなモールベアのようなことに抵抗を感じ、ここで待とうかと思ったものの――
「――うきょっ! すごいであります! レニさんも、早く来るであります~!」
穴の向こうから、テケリの呼び声が聞こえる。どうやら危険はないらしい。
――仕方ない……
ため息をつくと、膝をつき、穴の中へと這って入る。
「…………?」
穴の向こうから、何か音が聞こえた。
初めて聞く音に眉をひそめつつ、穴の向こうへと急ぐ。
「――キュイッ」
ラビに迎えられ、体を起こす。
ずいぶんと開けた空間に出たらしい。服のホコリをはたき落としながら立ち上がると、辺りを見回す。
「これは……」
「すごいであります! キレイであります!」
はしゃぐテケリとエリスは無視して、広間の奥にある、さっきの音源に目が留まる。
「あれは……滝か?」
本物は初めて見たが、噴水とはまるで違う。
エメラルド・グリーンに輝く水が、はるか頭上の壁面から、力強い音を立てて深い谷底へと流れ落ちていく。
「すっごいわねー! こんな氷の洞窟で、なんで凍らないの?」
たしかに、普通なら凍ってしまうはずだ。
それだけではない。腰の長さにまで伸びた、濃い青や紫色の花のようなものが床一面にびっしり生え、太陽光ではあり得ない、不思議な光を放っている。
「植物……なのか?」
一見、植物の形をした氷のような感じだったが、軽く触れると、普通の植物と同じように揺れる。
とがった花弁はまるで薄い氷のようで、手で軽くつまんでみると、簡単に砕けて破片が散った。
「まさか……氷晶花?」
「ひょうしょうか、でありますか?」
「極寒の地にしか咲かない、氷の花だ」
手短に答えると、身をかがめてじっくり観察する。
自分達の時代では、もう絶滅したらしいが、まさか、こんな形でお目にかかれるとは。
花をかき分け、滝の側まで行くと、水しぶきが飛んでくる。見下ろすと、何メートルも深い谷底まで、水が勢いよく落ちていた。
普通なら下は真っ暗なのだが、不思議な光があふれている。この洞窟内にあふれる光と同じ色だ。
「なるほど……このマナを含んだ水が、洞窟内の結晶の元、ということか……」
止まることなく流れ続けることで、凍り付かずに済んでいるのか、それとも別の力なのかはわからないが、少なくとも、この洞窟内にこの水が行き渡っているのは確かなようだ。
――……、…………。
「―――!?」
突然、水音とは違う何かが聞こえた。周囲を見回しても、自分達以外、誰もいない。
隣のテケリに目をやるが、こちらは何も聞こえないのか、のんきに滝を眺めている。
――幻聴……? でも、この滝、どこかで……
どこで見たというのだろう?
……いや、考えてみれば、最近になって初めて外の世界に出た自分が、こんなものを見たことあるはずがない。
しかし、引っかかる。
「ねえ。ちょうどいいから、ここで休憩しましょ。あの人形もいないみたいだし」
エリスの提案に、思考はいったん中断される。
「賛成であります! テケリも疲れたであります!」
テケリも挙手して賛成する。
「ほら。あんたもこっち来なさい」
エリスが、花畑で遊んでいたラビを抱き上げようとして、
「――ぅぎゃあ!?」
年頃の娘にあるまじき悲鳴を上げる。
エリスはラビを放り投げると、
「血ぃ出た! 何よこのラビ! わたし、なんかした!?」
ラビに思い切り指を噛まれたらしく、どばどばと血の流れる右手を見せつける。
「性格が悪いヤツにはなつかないんじゃないのか?」
「だったらあんたになつくわけないじゃない!」
「…………」
力強く断言され、言葉をなくす。
「ま、まあまあ、お二人とも。エリスさん、テケリがケガの手当してあげるであります」
「…………」
子供に気を使われ、とりあえずエリスは、噛まれた右手をテケリに差し出す。
「なんなのよ、も~」
エリスの不満のこもったつぶやきを聞き流しながら、適当な岩場に腰を下ろす。
指にハンカチを巻いてもらったエリスは、こちらの膝の上にやってきたラビをにらみつけ、
「納得いかないわね~。普通、そのテの小動物は、わたしみたいな可愛い女の子になつくもんじゃないの?」
「知るか」
なぜかはよくわからないが、しょっちゅうこのラビにつきまとわれるのは確かだ。まあ、害はないので放っておいているが。
「それにしても、ロジェ達、大丈夫でありますかねぇ?」
「……そうだな」
向こうからすれば、大丈夫じゃないのはこちらだろうが……まあ、今のところ敵の姿も見あたらない。ヘタに動き回るよりは、じっとしておいたほうが得策だろう。
テケリとエリスも適当な所に腰を下ろし、しばらく滝の音だけが響く。
「ねぇ。あんた達ってさ、どこから来たの?」
退屈だったのか、ふいに、エリスがそんなことを聞いてくる。
「……聞かない約束だったんじゃないのか?」
「生まれ故郷の話くらい、いいじゃない。ニキータがペダンから来たって聞いたって言ってたけど、どこなの?」
「ニキータが?」
そういえば、ジャンカに出身を聞かれ、答えてしまったような気がする。それを又聞きしたのだろう。
「生まれ故郷……」
どんなに考えても、あの宮殿のことしか思い出せない。
周囲の者も、一生宮殿を出られない自分を気にしてか、ペダンのことについてはあまり話さなかった。
「う~ん、そうでありますねぇ……ジャングルがあって……あったかくて……小さな島で……」
テケリがあごに手を当て、高い天井を見上げる。
説明しようとしているのだろうが、うまく考えがまとまらないらしい。
「……テケリ。お前にとって、ペダンはどんな国だった?」
質問の仕方を変えてやると、テケリは迷うことなく、
「みなさんと出会った国であります!」
「なに?」
想像していなかった答えに、目をぱちくりさせると、テケリは無邪気な笑みを浮かべ、
「だって、ペダンに生まれなかったら、みなさんとお会いできなかったであります! レニさんと会ったのも、ペダンであります!」
「……ペダン……初めて会ったのが……」
自分はずっとミラージュパレスにいて、彼らはそこへやってきただけだ。
『ペダンで会った』など、考えたこともないが――なるほど。確かに、あの宮殿もペダンの一部であることに違いはない。
そう思うと、自然と笑いがこみ上げてきた。
「お前……やっぱり、面白いヤツだな」
「あー! また! なんでテケリを笑うでありますか!?」
テケリは口をとがらせて抗議するが、無視してしばらく笑うと、
「お前みたいなのが側にいれば、あんなことにはならなかったんだろうがな」
「?」
テケリは不思議そうに首を傾げるが――ふいに、立ち上がる。
「ちょっと。ここで待ってたほうがいいわよ?」
エリスが止めようとするが、テケリは滝から少し離れ、
「……何か……聞こえたであります」
「なに?」
自分も立ち上がり、耳を澄ませると、さっき聞こえたものとは違うが、確かに何か聞こえる。この音は――
滝から離れ、耳を澄ませて音の出所を探す。
――ゴッ!
「――――!?」
突然、轟音と共に、近くの壁面が爆発した。
「――うきょっ!?」
とっさに、横にいたテケリを抱き寄せ、壁に背を向ける。
細かく砕けた破片が背を叩き――しばらくして振り返ると、人の背の高さくらいの位置に、ぽっかりと穴が空いていた。
「まさか……」
穴の向こうに目をやると、一体のマミーシーカーが現れ、こちらに視線を止める。
「みみみ、見つかったであります!」
マミーシーカーはこちらの姿を確認すると、穴から飛び降りる。
「――兄さん! テケリ! エリス!」
マミーシーカーの後を追って、ロジェや他の面々も穴から飛び降り、さらにその後を追って、数体のマミーシーカーが次々と――
次々と――
「――何体いるんだ!?」
「どうやら騒ぎに気づいて、作業をしていた人形が続々と援軍に」
「ごめん兄さん! 今、俺達のほうがピンチなんだ!」
「笑ってる場合か!!」
恐怖で抱きついてきたテケリをなだめつつ、ヤケクソ気味な笑顔で説明するユリエルとロジェにツッコミを入れる。
「……感動的な再会だな」
「いや、まったく」
ジェレミアとキュカが、皮肉全開でつぶやく。
「ちょっと! それよりどうするのよ! 逃げ場ないわよ!?」
エリスの声に、今の現実に目をやる。
ダース単位で現れたマミーシーカーに、こちらはなすすべなしだ。
マミーシーカーは氷晶花を踏み散らかし、こちらを包囲する。そして、後ろは滝。
エリスの言う通り、逃げ場なし、だ。
――……け……て……たす……
「――――!?」
その声は、さっきよりもハッキリと聞こえた。
「――テケリが足止めするであります! その間に逃げるであります!」
「一分と持たねーだろ! すぐに追いつかれる!」
「やはり根本的に破壊できないことには、どうにもなりませんね」
他の者には聞こえなかったのか、皆、目の前の人形に気を取られているようだ。
いや、ただ一人、エリスが怪訝な顔で、
「ねえ……今、誰かなんか言わなかった?」
誰にともなく聞くが、それどころではないのか、取り合う者はいない。
――聞こえてる……? 幻聴じゃ、ない。
エリスが聞こえたものと自分が聞こえたものが同じとは限らないが、何かが聞こえたのは確かなようだ。
しかし、一体どこから?
――こっち……ここや……
すべての神経を声がするほうへ傾け、後ろの滝に目をやる。
「まさか……水の中!?」
思わず声に出してしまい、ロジェ達が驚いてこちらに振り返る。
「兄さん?」
「あぶねぇ!」
キュカの声に振り返ると、一体のマミーシーカーがこちらに向かってエネルギー弾を放つ。
他の者達は左右に散るが、突然のことに反応が遅れた。
「兄さん!?」
「―――!」
エネルギー弾が足下に突き刺さり、体が浮いたかと思うと――
次の瞬間には、砕けた足場ごと、滝壷へと真っ逆さまに落ちていた。
――ここ、は……
深い水の中に落ちたにもかかわらず、不思議と心は落ち着いていた。
目を開けると、洞窟内で見たものよりも大きなマナの結晶が、至る所、草のように生い茂り、水中にもかかわらず、明るい。
その光景を――素直に、奇麗だと感じた。もしかすると、こんな感情を抱いたのは初めてかもしれない。
――こっち! こっちや!
声がしたほうに目をやると、ラビくらいの大きさの青い玉が視界に入った。
表面に不思議な白い文様が描かれ、内側からうっすらと光が漏れている。
導かれるようにそれの前に降り立つと、これまでよりもハッキリと、
『頼む~! こっから出してーや!』
なまりのある、女の声が聞こえた。
――まさか、精霊?
そうだ。この滝は夢で見たのだ。
そして、精霊がどうとか……
『この際、あんたでええわ! これに触れるだけでええねん』
「触れるだけで……いいのか?」
言ってから、おかしいことに気づく。
水中のはずにも関わらず、息苦しくない上、声まで出る。
もしかすると、本当にただの水ではないのかもしれないが、今はそれよりも、
「しかし……なぜ私なんだ?」
『あーもー、ゴチャゴチャゆーとらんと、さっさとせぇ!』
「…………」
声に急かされ、意を決して、両手で玉に触れる。
――ドクンッ!
「!?」
触れた瞬間、心臓が飛び上がるような不思議な感覚に襲われるが、手は玉から離れず、頭の中に、どこかの風景が流れ込んでくる。
――これ……は……
精霊の記憶の一部だろうか? 激しく燃えさかる炎の中でうごめく、いくつもの不気味な黒い影――
肌が焼けるような感覚に、まるで、その現場に立っているかのような錯覚に陥る。
『――こっから出るには、強い魔力を持ったヤツの協力がいるねん!』
精霊の声に、我に返る。
「今のは――」
『出る時にめっちゃ強い力が発生するさかい、うまくコントロールしてや! いくで!』
こちらに発言のスキも与えず、言うだけ言うと――魔導球が、強い光を放ち始める。
「――なっ……! ちょっと待……」
とたんに、まるで血液が沸騰するかのように体が熱くなり、奥底から、力が沸いてくるのを感じる。
感じるが――
――ダメだ! 抑えられない!
胸中で絶望的に叫ぶ。
そして上では、突然発生した氷の柱が、縦横無尽に暴れ回った。
◇ ◇ ◇
「なっ……なんだ? 今の……」
突然、足下から発生した何本もの氷の柱を前に、唖然とする。
かろうじて避けたものの、あと少し遅れていたら串刺しになっていただろう。
「今のはメガスプラッシュでしょうか?」
こちらもなんとか避けたらしく、ユリエルがひょっこりと氷柱の影から顔を出す。
「ヴァルダが使っていたのと比べると強すぎないか? まるでコントロールできていない」
こちらは避けきれなかったのか、ジェレミアはコートの裂け目に気づき、不機嫌そうに眉をしかめる。
一応、全員無事のようだが、マミーシーカー達は避けきれなかったらしい。全身が凍ったものもいれば、体の一部が凍って停止したもの、柱に串刺しにされ、完全に破壊されたもの……天井に届かんばかりの勢いで伸びた氷の柱を前に、背筋が寒くなる。
おまけに花畑はメチャクチャになり、振り返ると、滝も凍ってしまったようだ。
「――兄さん!?」
その凍り付いた滝の前に、青ざめた顔のレニが立っていた。
水の中に落ちたはずなのだが、なぜか濡れていない。特にケガもしていないようだ。
そしてその後ろから、青い光が現れる。
「――ぬぁんじゃこりゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
光が、白いトライデントを持った人魚を形作ったとたん、悲鳴が響き渡る。
「ウンディーネ!?」
ロジェの声は無視して、ウンディーネはレニの前まで来ると、
「どないしてくれんねん! 滝は凍るし氷晶花もメチャクチャやないか!」
怒鳴りつけるが、レニはウンディーネなど眼中にないのか、壊れたマミーシーカーと荒れ果てた氷晶花の花畑に目を向けたまま、ぽつりと、
「これ……を……私、が……」
かろうじてそれだけをつぶやくと――そのまま、力なく倒れる。
「兄さん!?」
駆け寄り、慌てて抱き起こすが、完全に意識を失ったのかぐったりしたまま動かない。
テケリとラビも駆け寄り、顔をのぞき込みながら、
「レニさん、大丈夫でありますか?」
「……気を失っただけだ。しばらく休めば良くなるはずだ」
「ホントでありますか? よかったであります!」
ひとまずレニをテケリに任せると、ウンディーネに目をやり、
「ところで……今のは……」
「やっぱりお前の仕業か?」
キュカに問われると、ウンディーネは腕組みをして、
「まあ、そうなんやけど……まさか、暴走するとは思わんかったわ」
言いながら、凍り付き、完全に停止した人形をぺちぺち叩く。
「それでもまあ、助かったわ。コイツらときたら、洞窟中の水晶を根こそぎ持って行きよって」
「何があったんです?」
ユリエルの問いに、ウンディーネはあごに指を当て、
「ん~……簡単に説明するとやな、ある日突然、この人形引き連れて、わけのわからんヤツらがやってきたんや。たしか、アナイスとルサとかゆーとったかな?」
「なに?」
ジェレミアが眉をひそめると、ウンディーネは凍った滝――凍ったことで現れた、裏側のくぼみに目をやり、
「あそこや。あそこに水のマナストーンがあったんやけど……持ってかれてもーた。でもって、ウチは魔導球の中に封じられるわ、洞窟は好き勝手に荒らされるわ……まったく、情けのぉて泣けてくるわ」
言うと、背を向けて深いため息をつく。
たしかにウンディーネからすれば、守るべきマナストーンを奪われ、あげく封じられたのでは、面子も丸つぶれだろう。
「――だったら、テケリ達といっしょに行くであります!」
「なんやて?」
ウンディーネが驚いて振り返ると、テケリはいつものお気楽な調子で、
「盗られたのなら、取り返せばいいであります。テケリ達がお手伝いするであります!」
「おいおい、また勝手なことを……」
「でも、マミーシーカーに対向するには、精霊の力が必要なんじゃないのか?」
周囲を見渡すと、氷柱に貫かれ、完全に壊れたマミーシーカーの無惨な姿があった。精霊の力がなければ、今ごろどうなっていたか……
しかしキュカは、意識を失ったレニをあごで指し、
「だがよ、肝心の『魔法使い』がアレじゃあな」
「…………」
ラビが心配そうに鼻でレニの肩をつついているが、身じろぎひとつしない。
ウンディーネはしばし考えていたが、
「――よし。アンタらが何者かはよぉわからんけど……なんや心配やしな。ついてったるわ」
「いいんですか? あなたにしてみれば、我々は得体の知れない集団ですよ?」
「まあそうやけど、助けてもろうた借りがあるし。それに……」
ユリエルの言葉に、ウンディーネは、にんまりと笑みを浮かべ、
「なんとな~く、面白そう、や・か・ら☆」
言うと、こちらの頭上をくるくる飛び回る。
「ほな、よろしゅう頼むで。――外まで案内したるわ」
ウンディーネはあっさり決めると、もはやマミーシーカーになど目もくれず、洞窟の外へと向かった。
◆ ◆ ◆
目が覚めると、ベッドの上にいた。
そのままぼんやりと天井を眺めるが――やがて、体を起こす。
体を起こしてから、身を切るような冷たい空気に震える。
「キィ……」
小さな声に毛布をめくると、寝ぼけ眼のラビが顔を出す。どうやら、こちらのベッドの中に潜り込んで眠っていたらしい。
隣のベッドを見ると、テケリが幸せそうな顔をして眠っていた。どうやら、ロリマーの宿のようだ。
「まったく……寝るならあっちで寝たらどうだ?」
ため息混じりに言ってやるが、ラビはおかまいなしに膝の上に乗ってくる。なぜかは知らないが、すっかりなつかれてしまったようだ。
テケリを起こさないよう身支度を調えると、勝手についてくるラビと共に宿の外に出る。
まだ明け方近くらしく、人の気配はない。
うっすらと明るくなってきた空を見上げると、相変わらず灰色の雲が空を覆っていた。
「…………?」
街の北側に目をやると、丘の上に大きな建物の影が見える。
――あれが……教団の本部、か?
ここからでは天気が悪いこともあって、黒い影にしか見えないが――まるで街を見下ろすように建っている。どうやら、この街のどこからでも見えるようだ。
「――キミ」
突然、背後から声をかけられ、思わずすくみ上がる。
慌てて振り返ると、布包みを持った一人の若い女が立っていた。
腰まで届くオレンジ色の髪に羽根飾りのついた青い帽子をかぶり、体のラインがわかる大胆な服を着て、白い肌を惜しげもなくさらしている。
この極寒の地で、だ。
「……何者だ?」
足下のラビさえも毛を逆立て、必死に威嚇している。今にも飛びかかりそうだ。
しかし、女はラビなど意に介さず、
「失礼。……私はイザベラ。ある人物に頼まれて、キミに届け物を持ってきた」
女――イザベラはそう言うと、持っていた布包みの中身を見せる。
それは、金色の器のようなものだった。
大きな丸い器を中央に配し、その周囲半分を、三日月を連想させるように大小異なる数個の器が配置されている。
なんにせよ、普通の『器』として使用するには変わったデザインだ。
「これは?」
「『月読みの鏡』……人の宿命を読み取ると言われる鏡だそうだ。受け取るがいい」
言うと、その『月読みの鏡』を差し出す。
さすがにすぐには受け取らず、怪訝な顔で、
「なぜこれを私に? 第一、誰がこんなものを……」
「フフッ。まあ、当然の疑問だな。だが、やると言っているのだから、もらってやれ」
言うと、半ば強引に、布包みごと鏡をこちらに押しつける。
とりあえず、それを受け取りながら、
「では、お前は何者だ? ……人ではないな?」
この問いに、イザベラは意味深な微笑みを浮かべ、
「ロアに、私の友人が住んでいる。詳しい話はそこでするとしよう。……近いうちに来たまえ」
そう言うと、こちらに背を向け、歩き出す。
「――そうだ。忘れる所だった」
突然足を止めると、こちらに顔だけ向け、
「『双子の片割れが死す時、大いなる災いが目覚め、世界を混沌の闇へと誘(いざな)うだろう』……」
「…………? なんだそれは?」
意味がわからず聞き返すと、彼女はにっこり微笑み、
「予言だそうだ。意味はよくわからんが――確かに伝えたぞ」
そう言うと、今度こそ、どこかへと去っていく。
しばらく、その後ろ姿を見送り――
「……双子の……片割れ?」
姿が見えなくなった頃、ぽつりとつぶやく。
世の中に、双子などいくらでもいる。
いるというのに――なぜか、他人事のように思えなかった。
もっとも、仮にその『双子』が自分達のことを指していたとしても、
「死ぬのは……私のほう、か」
自嘲気味に笑うと、ラビが心配そうにこちらを見上げていることに気づく。
包みを置いて、代わりにラビを抱き上げると、頬に、何か冷たいものが触れた。
見上げると、灰色の空から白いものが降ってくる。
「……雪?」
手のひらで受け止めるが、一瞬、美しい結晶が見えたかと思うと、あっという間に溶けて消えた。
すでに積もった雪なら見たが、実際に降ってくる所を見るのは始めてだ。
「…………」
不思議な気分だった。
本当なら、一生、見ることすら許されなかったというのに……今、それを見るどころか、肌で感じている。
しかし、そのために支払った対価を考えると、素直に喜ぶことは出来なかった。
――すべてを失って……やっと……
……自分は、一体何を望んでいたのだろう。
何か『想い』があって行動を起こしたはずなのに、それがなんだったのか、どうしても思い出すことが出来ない。
「――なにやっとんねん。こんな朝はように」
ふいに、青い光が視界を横切ったかと思うと、水の精霊が姿を現す。
「? お前、どうして……」
「ん? ああ、アンタらと一緒に行くことになったさかい、よろしゅう頼むで」
「そうか……」
深くは追求せず、舞い落ちる雪をぼんやりと眺める。
人の気配はおろか、鳥の鳴き声も聞こえない。しんしんと、雪が積もる音だけが聞こえる。
しばらくて、
「……洞窟でのこと、悪かったな」
ウンディーネは一瞬、きょとんとしたが、
「……ああ、あれな。いきなり頼んだウチも悪かったし、もう過ぎたことや。それにあの滝も、いつ止まってもおかしなかった」
「そうなのか?」
聞き返すと、ウンディーネも雪を眺めながら、
「何年も前からマナは減少を続けとったんやけど、そのペースがますます速くなっとるんや。氷晶花も、ホンマやったら洞窟全体にもっと生えとったんやけど、今じゃ滝の近くだけ……遅かれ早かれ、ああなる運命やったんや」
言うと、何かを差し出す。
「これは……氷晶花?」
手のひらを差し出すと、ウンディーネは氷晶花の青い花弁を乗せる。
ひんやりと冷たい、不思議な光を放つ氷の花は、手のひらの上で簡単に砕けた。
「キレイなもんは壊れやすいんや。よう覚えとき」
「……ああ」
氷晶花のかけらは冷たい風に吹かれ、雪と共にどこかへと消え去った。