13.その心のままに - 2/4


「くそっ、つまらん出費をした」
 早足でずかずか歩きながら毒づく。相変わらず、エリスの姿は見あたらない。
「なあ。人に占ってもらうんじゃなくて、自分で占えないのか?」
「自分で……」
 サラマンダーが姿を現したので足を止める。周囲に人の気配はなく、白い猫が通り過ぎていくだけだ。
 この道になんとなく見覚えがあると思ったら、いつの間にか、宿泊していた宿の裏側まで来たらしい。自分がいた部屋の窓が不用心にも開けっ放しになっているのが見えた。
 その窓から、
「ホレ、持って来たったで~。試しにやってみぃ」
 取りに行っていたのか、ウンディーネが風呂敷包みを運んできた。
 ウンディーネは、すとん、と、風呂敷包みをこちらの腕の中に落とし――包みを解くと、月読みの鏡が姿を現す。
 ……考えてみればそうだ。占いやまじないといえば、自分の専門ではないか。
 人がいないことを確認すると、足下に月読みの鏡を置き、ウンディーネが水を注ぐ。
「…………」
 この程度の占い、簡単なものだ。
 あんなわけのわからないフルーツ女に金を払ってまで占ってもらうなど馬鹿げている。何しろ、格が違う。
 水が動きを止めるのを確認すると、水面に手をかざし、目を閉じ、呪文を唱える。
「キュッ?」
 ラビの声が聞こえたが、無視して集中する。
 ざわざわと、風がないのに水面が波打つのがわかる。
 うっすらと目を開けると、水面は白く輝き、ぼんやりと文字が浮かび上がってきた。
「…………?」
 波打つ水面が次第に収まり――はっきりと、こう出た。

『大顔面に待ち人あり』

 …………。

「なんでやねん!」
 すこーんっ! と、思い切り蹴飛ばした月読みの鏡は、水をぶちまけ、ごろんごろんと薄暗い路地を転がった。

「うにゃ? レニさん、帰ってたんですかにゃ?」
「エリスさんはどうしたでありますか?」
「お前らか……」
 戻って来るかもしれないと宿で待っていると、エリスではなくテケリとニキータが先に帰ってきた。どうやら買い物に行っていたらしく、二人とも両手に荷物を抱えている。
 もう昼を過ぎてしまい、腹が空いたのか、ラビが訴えかけるような目でこちらを見上げていたが、あいにくそんな気分ではない。
 二人は部屋の隅に荷物を置きながら、心配そうに、
「もしかして、怒らせてフラれたとか……」
「レニさん、女性に対する甲斐性なさそうでありますから……」
「……なんの話だ?」
「スイマセンにゃただちょっと気を利かせたほうがいいかにゃーにゃんて余計なお世話をついつい焼いてしまっただけで悪気は一切にゃいんですにゃ!」
「ギャー! イタイでありますテケリなんにも悪いことしてないでありますなんでえぐるでありますかー!?」
 ぐりぐりと、二人セットでこめかみをえぐってやる。今頃になってようやく、何も言わずに出かけたのではなく、置いていったのだと気づく。
「そもそも、何に気を利かせたんだ?」
 ニキータはえぐられた頭をさすりながら、
「だ、だって、夜中によく二人で会ってるみたいですし……」
「…………!?」

 ――なぜそれを!?

 危うく声に出しそうになったが、努めて冷静を装い、テケリに聞こえないよう小声で、
「なんの話だ?」
「安心して下さい。誰にも言ってませんにゃ」
「そういうことを聞いてるんじゃない!」
「ギャーーーーーーー!!」
 もう一度、ニキータだけをいつもより多めにえぐっておく。
「ところで、エリスさんはどうしたでありますか?」
 テケリに改めて問われ、ニキータを解放してやると、これまでのことを簡単に説明する。
 二人は目をぱちくりさせ、
「エリスさん、お兄さんがいたでありますか?」
「家出とにゃると……ちゃんと話し合わにゃいと、ヘタすれば、こっちがエリスさんを誘拐したにゃんて話になりかねませんにゃ」
「誘拐……」
 そんなことは思いつかなかったが、彼女の家族からすれば、そう見えても仕方ないかもしれない。
「とにかくエリスを見つけねーと! 話はそれからだ!」
 サラマンダーが声を荒げ、そこに、開けっ放しになったなった窓から風が吹き込み、ジンが戻って来た。
「困りましたダス~。町の外に、一人で出て行っちゃったダス~!」
「なに?」
 意外な言葉に、目を丸くする。
 てっきり、放っておけば宿に戻ってくると思っていたのだが、事態はややこしい方角へ向かっているらしい。
「止めたけど、聞かないんダス。ウルカン鉱山の方角ダス~」
「ウルカン鉱山?」
 ロジェ達が、精霊とマナストーンを探しに行った場所だ。ロジェ達の元に行ったのだろうか?
「まったく、そんな所に行ってどないするつもりや」
「この調子だと、お兄さんに捕まるのも時間の問題ね」
 ルナの言う通り、彼のあの様子だと、エリスを見つけるまで捜し続けるだろうが、
「……いいんじゃないのか? それはそれで」
「そりゃあまあ、家出はよくにゃいですけど……レニさん、それでいいんですかにゃ?」
 ニキータが耳を落として不安げに聞いてくるが、それから目をそらし、ベッドに腰を下ろすと、
「私には……もう、帰る場所すらないがな」
 そのことに気づいたのは、いつだっただろう。
 外に出たことすらなく、『帰る』という概念そのものがなかった。
 ……なんとなく、エリスがうらやましい気がする。
「――そんなことより! エリスのヤツ、ウルカン鉱山に行っちまったんだぞ!?」
 突然、サラマンダーが声を張り上げる。
「ワッツも言ってただろ! あそこは道が入り組んでて、一度迷ったら出るのも捜すのも大変だ! 帰る帰らないどころじゃなくなるぞ!」
「女の子一人じゃ危険ダス~!」
 サラマンダーに続き、ジンも声を上げる。
 確かにその通りだ。たとえ魔物に遭遇しなくても、遭難する可能性はある。
「とにかく家に帰らせるにしても、見つけるのが先や」
「……そうだな」
 ため息をつくと、杖を手に取る。
「テケリも一緒に行くであります!」
 テケリはこちらの服をつかむが、その手を放すと、
「精霊もいるし、大丈夫だ。それより、お前はニキータと一緒にユリエルとワッツを捜せ。何も言わずに全員いなくなったら、後で罰掃除だのなんだの押しつけられるぞ」
『うっ』
 その可能性に気づいたのか、二人は顔を引きつらせる。
「あと、コイツのことも頼む」
「キュッ!?」
 有無を言わさずラビをテケリに押しつけると、ラビはテケリの腕の中で嫌そうにじたばたするが――あきらめたのか、耳をたらす。
「頼んだぞ」
「……ラジャ、であります」
 不満そうだったが、ラビを抱きかかえ、テケリはうなずいた。

 * * *

 ――大臣殿は、突然の発作で亡くなった――

 散り際に、バジリオスはそう言った。そして自分も、それを信じた。もしかすると、他殺より『病死』のほうが、まだ気が楽だったからかもしれない。
 しかし――そのことに疑念を抱くようになったのは、この世界に来てからだった。
 バジリオスを疑っているわけではない。
 だが、真実とは限らない。
 以前ユリエルにも話し、それ以来もなるべく考えないようにしてはいるものの、ふとした拍子に考えてしまう。
 バジリオスが知らなかっただけで、もしかすると――
「――おい、どうした?」
 何度も呼んでいたらしい。キュカの声に、ジェレミアは現実に引き戻される。
「あ、ああ……どうした?」
 慌てて返事をすると、ロジェが一方を指さし、
「地図にない道があるんだ」
 ロジェの指さした先に目をやると、これまでと雰囲気の違う道があった。
 入り口そのものは壁に突然穴が空いたような感じで、のぞき込むと奥へと道が続いているようだ。キュカの手から地図を取り上げ、確認するが、たしかにこんな道はない。
 ……坑道の探索を開始して、どれくらい経っただろう。暗くて時間がわからないが、もう昼を過ぎているかもしれない。
 その間、地図に描かれている道をひとつずつ調べていったものの、地図にない道が出てきたのはこれが初めてだ。
「自然に出来たんじゃないのか? 地震か何かで壁が崩れて、どこかの穴と繋がったとか……」
「それにしてはきれいすぎないか?」
 こちらの意見に、ロジェが反論する。
 ランプの明かりを頼りに、改めて穴の中を見渡すと、たしかに穴は大きく、しかも幅や高さが均等になっている。それに、天井や壁が崩れたのだとしたら、下は土砂で埋もれているはずだ。
 ロジェも同じことを思ったらしく、
「やっぱり、誰かが掘ったんじゃないのか?」
「でも、これだけの穴を掘ろうと思ったら一人じゃ無理だろ。掘った土を運ばにゃならんし……ワッツが知らないってのも妙だ。穴の形もこれまでと違うぞ」
 キュカは容赦なく疑問点を挙げる。
 これまで通ってきたのは坑道として掘られた人口の穴だ。壁や足下も平らにならしてあり、崩れないよう柱で補強もされていた。
 だというのに、この穴は筒状の丸い穴で、幅も均一になっている。そのせいできれいだと感じたのだろうが、これはまるで――
「何かが通った跡、じゃないのか?」
 なんとなく言ってみたのだが、言ってから、自分でもそれが的を射ているような気分になる。
 よく見ると、足下には何か鋭いものでえぐったような跡がある。それに人が掘ったのだとしたら、床はもっと平らにするだろう。なのに床だけでなく、壁も天井も曲線を描いている。
 キュカは頭をかきながら、穴を見回し、
「ちょっと待てよ。もしその通りだとしたら、この穴のデカさからして、ずいぶんデカい生き物ってことになるぞ」
「だろうな。このくらいのデカイ怪物が、穴の中を掘り進んだとしたら……」
 言いながら、近くにいたロジェの背丈と天井の高さを比べてみるが、ロジェの頭のてっぺんから天井まで、軽く一メートルの空間がある。幅も同じくらいだろう。
 そのくらいの巨大生物がいることを想定し――
 突然、キュカがぽんっ、と手を打ち、
「よし、引き返そう」
 まったく迷いのない、真っ直ぐな目で言う。
「待て。逃げるのか?」
「逃げるも何も、もし本当にこんなデカい化け物がいたりしたら、俺達だけでどう対処するんだ!?」
「片づける」
 さも当然のように答えるが、ロジェがぼそっ、と、
「もしヘビみたいな生き物だったとしたら、幅や高さに、さらに長さもプラスされるわけだから……」
「こんなデカいヘビがいるか!」
「どっちにしても、今日は様子を見に来ただけだろ? 地図にないような道に行って迷ったりしたら、隊長の大目玉を食らわされることになるぞ。精霊もいないんだ」
「…………」
 キュカの言い分はもっともだ。
 しかし、後日出直すとなると、その時はやはり彼も――
「せっかくだ。化け物がいるかどうかだけでも確認しておこう」
「おい――」
 キュカが止めようとするが、止まる気はなかった。
 ロジェの手前、口には出せなかったが――

 これ以上、叔父の仇かもしれない者の手を借りるなど、まっぴらごめんだった。

「結構深いな」
 穴は下へ向かって掘られているらしく、先の見えない穴の中を歩いていると、いつまでも終わりがないような妙な錯覚すら感じる。
「どんどん急になってねーか?」
 キュカの言う通り、最初はなだらかだった坂道が、どんどん急になってきた。
 穴は、坑道と坑道の隙間を縫うように掘られ、途中、坑道と繋がっている箇所もあったが、進むにつれてそれもなくなった。坑道から遠ざかっているのかもしれない。
「もしかすると、ホントに何かが通った跡なんじゃあ……」
「だったらますますヤバいぞ。この穴がその化け物の巣に繋がってるってことだろ?」
 さすがに不安を感じたのか、男二人の歩みが遅くなっているが、かまわず、
「帰りたければ帰っていいぞ。あたしは……もう少し、奥まで行ってみる」
 そう言うと先へ進もうとするが、キュカはこちらの腕をつかみ、
「ちょっと待て。ここにマナストーンがあると決まったわけじゃないんだ。むやみに危険な場所に踏み込んで、マナストーンどころじゃなくなったらどうする」
「…………」
 キュカが正しいことはわかっている。
 わかっているが――
「――なあ。何か聞こえないか?」
 突然、ロジェがそんなことを言い出す。
 言われて耳を澄ませると、遠くから、ガリゴリと音が聞こえ、足下が揺れる。
 音が大きくなるにつれ、揺れも大きくなり、天井からパラパラ砂が落ちてきた。
「何か来る!?」
 身構えるが、激しい揺れに立っていることも困難になり、壁にもたれかかるのとほぼ同時に、

 ――ボゴッ!

「――――!?」
 突然、自分がもたれかかっていた壁がふくれあがり、気がついた頃には、体が宙に浮いていた。
「だから言わんこっちゃねー!」
 キュカの絶望的な叫び声が聞こえたが、答える間もなく体は地面に叩きつけられ、それきり、何も聞こえなくなった。

 ◆ ◆ ◆

 広い草原を横断する一本の道がある。
 この道は、ウルカン鉱山が最盛期の頃、鉱山からポルポタの町まで鉱石を積んだ馬車が頻繁に行き来し、そうするうちに自然と出来た道だそうだ。当時の名残か、車輪に踏まれなかった道の真ん中だけ草が生えていた。
 最初は、片側の轍(わだち)の上を歩いていたが、試しに真ん中の草の上を歩いてみると、歩くたびに柔らかい草の感触が靴越しに伝わり、サクサクと小気味よい音がする。
「まったく、こんなことで草原に来ることになるとは……」
 風が吹くと緑の草原が心地よい音を立てて波打ち、太陽の光を反射して輝く。海もそうだったが、これも、今まで想像でしか知らない光景だ。
 草原とは『一面雑草が生えたような場所』としか思っていなかったが、吹く風は心地よく、草の香りを運んでくる。ジャングルの濃い緑の匂いとは違う、太陽の光をたっぷり浴びたさわやかな香りだ。風のせいか、暑いとは感じなかった。
「どうせならピクニックで来たかったわね」
「フン」
 ルナの言葉に我に返り、止まりかけていた歩みを早める。
 しばらく道沿いに歩いていると、だんだん木々が増え、森の向こうに岩山が見えた。
「あれがウルカン鉱山か」
 道は一本しかないので間違いないだろう。森の向こうに、巨大な岩山がどっかりと横たわるように存在していた。
 ワッツが、昔は鉱石の採掘でにぎわっていたと言っていたが、草原とうってかわって、うっそうと生い茂った森のせいか、寂しい雰囲気がする。
 もしマナストーンがあるとしたら、隠し場所としてはちょうどいいのかもしれないが……
「…………?」
 森の途中、木製の古い道しるべが立てられていた。
 文字がかすれて読めなかったが、恐らく、鉱山への立ち入りに関するものだろう。それ自体はどうでもいいのだが、その道しるべの向こうの木の枝に、何かが引っかかっていた。
「これは……」
 近づいてよく見ると、見覚えのある青いリボンが、ちょうど目の高さの枝に結んであった。
 さらにその周辺の低木には、誰かが通ったのか、枝が折れた跡まである。
「こっちに行くぞ」
 精霊達の返事も待たずリボンを懐にしまうと、茂みをかき分け、道からどんどんはずれる。
「この先はたしか……」
「知っているのか?」
 ルナはこちらの前に出ると、導くように先を行く。
 しばらくして茂みを抜けると、岩山の前に出た。
 ゴツゴツした巨大な岩壁だったが――何かおかしい。
「この岩……」
 妙な凹凸がある。その形は、まるで人の顔のような――
「――ようこそ、人の子よ」
 どこからともなく声が聞こえ、慌てて周囲を見渡す。しかし、誰もいない。
 目の前の岩壁に視線を戻し、じっと見ているうちに――その岩壁に二つの切れ目が走り、ゆっくりと動き出す。
 二つの切れ目はまぶただったらしく、それが開くと目が現れ、ギシギシと音を立てながら、口が、鼻が動き出す。顔だ。
 目の前で、巨大な岩の顔が動くさまをぽかんと見上げ、
「まさか……ガイア? 本物の?」
「ニセモノのガイアがおるわけないやろ」
 ウンディーネが呆れた顔で言うと、ガイアに目を向ける。
 資源として使われているガイアの石だか、世界のどこかに、『大地の顔』と呼ばれる本体が存在すると聞いたことがある。まさか、こんな所でお目にかかれるとは夢にも思わなかった。
 ガイアは懐かしそうに目を細めると、精霊達に視線を向け、
「精霊達も久しぶりだね」
「よーう、ガイア! 久しぶりだな!」
「こっちに女の子が来なかったダスか?」
「来たよ」
 ジンの問いに、挨拶はそこそこに、ガイアはあっさりと答える。
「ひどく慌てていたようだ。彼女なら、奥へ行ってしまった」
「奥?」
 見たところ、この周辺に道などないはずだが――
「――だったら、話は早いな」
 その声に振り返ると、茂みの向こうからカシムが姿を現した。どうやらこちらの後をつけてきたらしい。
 彼の姿に、目をぱちくりさせると、
「なんだお前。結局逃げられたのか」
「女の子の足に追いつけんとはなぁ」
「うるさい!」
 図星だったのか、顔を赤くして怒鳴る。
 彼は気を取り直すと、こちらを指さし、
「第一、おかしいのはそっちだろう。家出人を連れ戻しに来て何が悪い」
「……でも、無理矢理連れ戻したって、また逃げられるのがオチだと思うけど……」
 ルナの言葉に、反論の言葉が思いつかなかったのか、黙り込む。
「家出ってことは、なんか理由があるんだろ? その理由が改善されない限り、連れ戻すだけ無駄だと思うぞ」
「…………」
 サラマンダーの言葉にも、彼は反論はしなかったが――ぽつりと、
「……お前達は、何も知らないからそんなことが言えるんだ」
「?」
 カシムはしばらく地面をにらみつけていたが、顔を上げると、
「あいつは、逃げ出しただけだ。自分のわがままのために、何もかも、全部放り出したんだ」
「…………」
 一体、なんのことを言っているのかはわからない。
 だが、逃げ出したいほどの何かがあったのだろう。
「……何はともあれ、彼女を追いなさい。危険が迫っているようだ」
「なに?」
 ガイアに目をやると、ガイアは静かな口調で、
「この奥は、ウルカン鉱山と繋がっている。そして、地下深くにマナストーンが眠っている……」
「マナストーンが? ということは精霊……も……」
 言いかけて、ふと、あることを思い出す。

 大顔面に待ち人あり。

「ん? どないしたん?」
「……いや、なんでも……」
 軽いめまいに、頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
 一方で、カシムは首を傾げ、
「マナストーン? それがエリスとなんの関係があるんだ?」
「――マナストーンを狙ってるヤツらがいるダスー! もし鉢合わせたら、大変ダス!」
 ジンが、とっさにエリスの危機を臭わせる発言をする。
「そうよ。家出がどうこう言ってる場合じゃないわ」
「兄貴なら妹守ってやれ!」
「…………」
 ルナとサラマンダーも、ジンに合わせて騒ぎ出し、カシムは渋々と、
「……わかった。お前達と一緒に行ってやる。ただし、エリスが見つかった後のことは俺達の問題だ。余計な口出しはするな」
「まあ、別にかまわんが……」
 どのみち、口出し出来る問題でもない。
「気をつけなさい。恐ろしいものが入り込んでいる」
 ガイアはそう言って口を開くと、顔は周囲の岩と同化し、その口は、洞窟への入り口となった。

「なんだか、ガイアに食われたみたいだ……」
「なにゆーとんねん。ガイアは大地そのものや」
 ガイアの口を嫌そうな顔でくぐるカシムに、ウンディーネは口をとがらせ、
「どこにおっても、あんたらはガイアを踏みつけとるんや。地面があることに感謝せぇ」
「なら、ガイアは我々の墓所でもある、ということか」
「……また縁起わりぃこと言いやがるな」
 サラマンダーが横をすり抜け先頭に来ると、辺りを照らす。
 この洞窟は自然に出来たものらしく、足場が悪い。幅も狭くなったり広くなったりしながら、下へと続いている。
 踏み外さないよう、慎重に足場を確認しながら下りていると、
「おい」
 突然、後ろのカシムが口を開く。
「お前、なぜエリスと一緒にいた?」
「? 留守番をしていたんだが……」
 言いかけて、この回答が彼の求めているものではないと気づき、
「ほとんど成り行きだ。あの女、自分も一緒に行くとか言って強引に――」
「何も妙なことはしていないだろうな?」
 どうやら、この回答も求めているものとは違ったらしい。足を止め、振り返ると、彼は殺気だった様子で、
「何も知らない田舎娘なのをいいことに、いいように利用したりしてないだろうな!?」
「なんでだ!?」
 カシムの被害妄想を全力で否定するが、それだけでは納得しなかったらしい。彼はこちらの胸ぐらをつかんで、
「第一おかしいだろ! 年頃の娘が! こんな得体の知れないヤツと一緒にいるなんて! それで何もないとか言われて信用出来るか! どうせ好き勝手にもてあそんで、最後はポイ捨てするつもりだろう!」
「…………」
 ツッコミ所は色々あったが、かっくんかっくん高速で揺さぶられ、反論するにも反論出来ない……
「すっげー被害妄想……」
「まあ、妹想いと思えば……」
 迷惑だった。
「あの~。その辺は大丈夫ダス~。他に連れもいるし、第一、オイラ達がついてるダス~」
「……そうか」
 ジンの言葉に、彼はようやくこちらを解放するが、揺さぶられたせいで頭がクラクラする。
 ……なんとなく、やりにくい相手だった。
 誰にともなく、ぼそりと、
「エリスが家出したの、あいつのせいじゃないのか?」
「シッ。聞こえる」
 ウンディーネが口に指を立てる。
 とりあえず、襟元を正しながら、
「こっちだって聞きたいことはある。お前、なぜワッツの家に来たんだ?」
「ああ……」
 問われて――カシムは、ふっ、と、遠い目で、
「町で、わけのわからんフルーツ女に捕まった。しつこく占いをやっていけと言うから、仕方なくエリスの行方を占ってもらったら、『ヒゲに脈あり』と出た」
「…………」
「無視してもよかったんだが、アテもないから紹介してもらったドワーフの鍛冶屋になんとなく当たってみたらドンピシャだった。一発目だった」
「…………」

 ――何者だあの女……

 商売スタイルを変えればもっと儲かるのでは? と思ったが、まあ、占い師本人があのスタイルで満足しているのなら何も言うまい……
「そんなことより急ぎましょう。こんなことやっている間に、エリスが危ない目に遭っているかもしれないわよ」
 ルナに促され、再び歩き出すと、さっきまでと違う道に出た。
 これまでは狭い道だったのだが、足下や壁がなだらかで、穴の幅も均一になっている。
「もしかして、坑道に出たのか?」
「それにしては……妙やな」
 ウンディーネは首を傾げるが、少なくとも、自然に出来たものとは思えない。もっとも、自分は『坑道』というものがどんな造りなのか知らないが。
 振り返ると、自分達が出てきた穴は壁の亀裂のようで、何かの拍子にこの穴と繋がったのだろう。
「ロジェ達もいるはずだが……」
「そっちとうまく合流出来りゃいいんだけどな」
「……ちょっと待って」
 突然、ルナが辺りの気配を探るように、目を閉じる。
「近くに誰かいるわ」
「ひょっとして、ロジェ達か?」
「エリスじゃないのか? エリスも、ガイアの口からこの中に入ったんだろ?」
 カシムの言う通り、その可能性もある。
 とにかく、ルナの案内で奥へと進む。途中、他の道もあったが、ひとまずルナが感じた気配へ向かってしばらく歩き――だんだん、足下が柔らかくなってきた。
「…………?」
「掘ったばっかりって感じだな」
 カシムの言う通り、掘られたばかりの土の上を歩いているらしく、歩くたびに足が少し埋まる。
「だが……ここは廃坑のはずだ。誰が掘ったというんだ?」
「――おい、あれ!」
 サラマンダーが指さした先に、何か影が見えた。
 慌てて駆け寄ると――どこか見覚えのある格好をした傭兵らしき成人男性Aが、まるで何かにひかれたかのように、泥まみれのうつぶせ状態で倒れていた。
「…………」
 しばらく、無言でそれを見下ろし――土に埋もれた体に、ザクザクザクッ、と、さらに土をかぶせてやる。足で。
「オイッ!?」
 カシムが驚いた顔でなぜか肩をつかんできたので、淡々と、
「埋葬しないと腐るだろう」
「まだ生死確認してないだろ!?」
「大丈夫だ。すぐに死ぬ」
「トドメ!?」
 とりあえずカシムは無視し、さらに土をかぶせようとするが、
「――殺す気か!?」
 男性Aが、がばっ! と体を起こしたので、未遂に終わった。

「はー……まったく、ひどい目に遭った……」
「そうか。それは大変だったな」
「一番の災難は、お前とこんな所で再会しちまったことなんだけどな」
 言うと、全身泥まみれのキュカは、ウンディーネに濡らしてもらったタオルで顔を拭く。
「それにしても、なんでお前がここに……」
「エリスを見なかったか?」
 こちらを押しどけ、問いつめるカシムに、キュカは目をぱちくりさせ、
「エリス? ……お前誰だ?」
 簡単に説明すると、キュカは体中の土を落としながら、
「あの状況で知ってるわけないだろ。それにしても、なんだってこんな所に逃げ込むんだか」
「ロジェ達はどうした?」
 問われて気づいたらしく、周囲を見渡すが、いればこちらが先に気づいている。キュカはため息をつくと、
「完全にはぐれたみたいだな。まったく、ジェレミアのヤツ……」
「ジェレミアがどうかしたのか?」
 首を傾げるが、キュカはそれについては答えず、こちらに注意を促すように、
「いいか。ここは怪物の通り道だ。暗くて姿はわからなかったが、土の中からでっかい化け物が出てきて、それにやられた。途中までロジェも一緒に逃げてたと思ったんだが……」
 ため息をつき、肩をすくめる。
「どうやら、心配なんはエリスだけやないみたいやな」
「急がないと、怪物に食べられちゃうダス~」
 ウンディーネだけでなく、ジンまで不吉なことを言い出す。
「ルナ、どうだ? 何か気配は感じるか?」
 キュカがここにいるということは、ロジェ達も近くにいるはずだ。エリスも、うまい具合に誰かと合流していればいいのだが……
 ルナはしばらく気配を探っていたが、やがて、
「……かすかにだけど、精霊の気配がする。近いわ」
「なに?」
 マナストーンがあるなら、精霊がいても不思議はない。どうやらガイアの口が近道になっていたらしい。
「エリスのヤツ、まさかそこに?」
「? なぜそう思う?」
 カシムの言葉に首を傾げると、彼はルナの視線の先に目をやり、
「あいつは、昔から精霊の類を感じ取る能力があったからな。本人に自覚がなくても、無意識に引き寄せられているかもしれない」
「…………」
 言われてみれば、ロリマーの水晶の洞窟で、彼女もウンディーネの声を聞いていた。
 自分に精霊の声が聞こえたのは、単に幼い頃から精霊の力を使役(しえき)するための訓練を受けていたからだろうが、多少なりとも魔法を使えるエリスが、無意識に精霊の気配に誘われることがあっても不思議はない。
「だったら、ジェレミアもそっちに向かっているかもな。ジェレミアのヤツ、マナストーンを見つける気満々だったから」
「様子を見に行くだけじゃなかったのか?」
 驚いて聞き返すと、キュカは何度目になるか、再びため息をつき、少し考えてから、
「……エリスの言ってた通りかもな。正直認めたくはないが、俺達の中で一番役に立ってるのはお前みたいだから、なんとなく悔しいんだろ」
 そう言ってから、「一番余計なトラブル起こすのもお前だけどな」と付け足す。
 ……そんなことを言われたのは初めてだ。
 これまでしてきたことは、本来『出来て当たり前』のことばかりだった。
「とにかく行ってみよーぜ。じっとしてても仕方ねぇ」
「あ、ああ……」
 サラマンダーに促され、再び、ルナの先導で、どこへ続くともわからぬ穴の中を歩き出した。