ゆらめく祈りの塔 - 2/4

「荷物運びの帰り道、塔が光っているのが見えたにゃ」
ラビが一掃された後、ワンダラーが事情を話す。
「これはタダごとじゃにゃいと思って、たまたま居合わせたノームと一緒に入ったんにゃけど……出られなくて困ってたにゃ」
「私達も似たようなものです。タンブルの薬草探しを手伝っている途中で……」
言いながら、ドリアードがタンブルに目をやると――
タンブルはラビの焼死体、いや、ラビの丸焼きをひょいひょいと袋に詰めていた……
「何やってんだおまえはー!?」
「ふっ。これだけあれば当分お肉には困らないわね」
フリックのツッコミは無視し、タンブルは、ラビの丸焼きをどんどん袋に詰めていく。
「アンタもなにやってるのよ。これだけのごちそうを前にして、なんのリアクションもできないわけ?」
「ごちそう!?」
確かにまあ、あんな小さな村ではラビ肉などごちそうなのだが……
サラマンダーは眉をつり上げ、
「おいコラ!ティスが大変だってのに、そんなことやってる場合か!?」
「日々の生活だって大切よ!第一、こういう状況だからこそ食料はきっちり確保!それが、私の十七年の人生で学んだことよ……」
ふっ……と、遠い目で虚空を見上げる。(ラビ肉片手に)
「タンブル……」
フリックがうつむき、肩を振るわせ――
「――まったくそのとおりだ!食べ物を粗末にしちゃいけない!ポップ!おまえも手伝え!」
ひょいひょいひょいっ、と、フリックまでもが賛同して、ラビの丸焼きを袋に詰めていく……
「ボクも~!」
「頼むから、おみゃーはこっち側にいるにゃ……」
ラビ肉拾いに走ろうとするポップの首ねっこを、ワンダラーがつかんで止める。
「ホント……人間ってたくましい……」
ウンディーネの呆れきった言葉に、フリックとタンブルを除く全員が賛同した。

「さて、問題はこれからどうするかよね」
持てるだけのラビ肉を拾った所で、ようやく話が戻る。
「帰りは問題ないってわかったけど……ティスがどこにいるか、わからないの?」
「わかってたら、とっくに見つけてるよ」
フリックが肩をすくめる。
「……じっとしていても仕方ないにゃ。とりあえず進んでみるのはどうにゃ?万が一のことがあっても、魔法のロープがあるなら安心にゃ」
時間が惜しいこともあって、ワンダラーが話をまとめる。
「オーケー。それじゃ、進んでみよう」
反対する声もなく、全員ひとかたまりになって歩き出す。
途中でも、ゾンビやバットムなどの魔物が道を阻み、それらを蹴散らしながら進むのだが――
「――タンブル!おまえ最近、特訓サボってんだろ!あぶねーったらありゃしない!」
「何よ!私はアンタみたいに毎日毎日修行しかしないのと違って、色々忙しいの!むしろ、それくらい避けなさいよ!」
「だから、わざわざ味方が避けなきゃいけない攻撃するなって言ってんだよ!」
ケガこそしなかったものの、何度かタンブルの矢がフリックをかすめ、いいかげん頭にきたらしい。
「あー、もう、二人とも落ち着くにゃ。タンブルだってわざとやったわけじゃ……」
年長者であるワンダラーが仲裁に入ろうとするが、二人はさらにエキサイトして、
「わざとであろうとなかろうと、危ない矢なんか撃つなー!」
「さっきから色々言ってくれてるけど、アンタだって目の前の敵しか見てないじゃない!フォローする身にもなってみなさいよ!ぶんぶん剣振り回して、危ないったらありゃしない!」
「なんだとー!?おまえなんか安全地帯から弓撃つだけでいいんだろーけど、俺なんか危険地帯で直接戦うんだぞ!?」
「なによその私が楽してるみたいな言い方!?後方支援がないと満足に戦えもしないくせに生意気な口聞いて!私がどれだけ気を使って弓引いてるかわかんないの!?」
「当たりもしない後方支援なんか百害あって一利なしだろーが!第一なんだよその腕のでんでん虫!非常食か!?」
「失礼ね!ちゃんと当たってるわよ!それとこれは巻き貝よ巻き貝!アンタでんでん虫と巻き貝の区別もつかないわけー!?アンタこそなによそのうっとーしい髪型は!引っこ抜くわよ!」
「さり気なく恐ろしいこと言ってんじゃねー!」
――とまあ、そんな具合に、二人はとうとう、ツボやらラビやらウィスプやら、投げられるものをぽいぽい投げ合い始める……
「……ポップ。おみゃーはああいう大人になっちゃダメにゃ」
「うん!ボク、ああいう大人にならない!」
完全に呆れきって、止めることすら放棄したワンダラーの言葉に、ポップが元気に答える。
「……にゃ?」
――ツボやらラビやらウィスプやら……
「ひっ……」
もはや幼児レベルの罵詈雑言を投げつけ合う二人の真ん中で、人魂のような形の白いものがぷるぷる震え――
「――ひどいですわああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
――ゴッ!
白い光があたりを埋め尽くし、爆発を起こす。
フリックとタンブルはキレイに吹っ飛び、二人が立っていたあたりに出来たクレーターの上に、光の精霊・ウィスプが怒りに燃えた顔で浮かんでいた。
「やっと、これでやっと助かると思ったら……いきなり投げ飛ばすなんてひどすぎますわぁ~!」
怒りつつも、涙声でウィスプが叫ぶ。
「お……おぉぉぉぉぉ……」
「こ……腰打った……」
ワンダラーは、床に突っ伏し、ぴくぴくしているフリックとタンブルを冷静な目で眺めながら、
「ケンカするからバチが当たったにゃ」
「ああいう大人になると、ああいう目にあうんだね」
ポップがひとつ大人になった所で、ワンダラーはウィスプに目をやり、
「ウィスプ、おみゃーも迷子かにゃ?」
吹っ飛ばしてスッキリしたのか、ウィスプは首(?)を横に振り、
「ワタシはティスと一緒に、女神さまのお祈りにきました。でも、地震の後、はぐれてしまって……」
「ティスおねえちゃんがどこにいるか、わかんないの?」
ウィスプはこくりとうなずく。
「でも、代わりにいいもの見つけました。え~と」
二人に投げられた時に落としたのか、きょろきょろとあたりを見回す。
「もしかして、コレのことかい?」
ジンが、光るしずくのようなものを抱えてやってくる。
「そう!それですわ!」
「……なんだぁ?それ……」
打った箇所をさすりながら、フリックとタンブルが、不思議そうにジンが抱える光のしずくに目をやる。
「まあ!ウィスプ、お手柄よ!マナの女神さまのお導きかもしれないわ!」
「……だから、コレなんだよ?」
ルナに目をやるが、代わりにドリアードが、
「これは、マナの樹からあふれたエネルギーが結晶化したものです。これがあれば、マナの力を増幅して、この空間の歪みをなんとか出来るかもしれません」
「力を……増幅?」
首を傾げるフリックに、ノームが、
「そうじゃのう……どこかにマナのエネルギーを発するものでもあれば……そう、たとえばこんな光る泉のような……」
「泉ぃ?」
フリックはウィスプから光のしずくを受け取りながら、ノームが指さすほう――ちょうど、フリックの足下あたりに目をやると、さっきまではなかったはずだが、床が青白く光っていた。
「――え?ちょ……!?」
フリックの手の中で、しずくがまばゆく光りだし――視界が、白く塗りつぶされた。

「…………」
ティスは息をひそめ、ツボの影に隠れていた。
長いブロンドの髪に、緑のドレスを身にまとった色白の少女で、今、その青い目には恐怖の色が宿っていた。
見上げると、炎に包まれた巨大な鳥のような怪物が、上空をゆっくり旋回している。どこかへ行ってくれることを祈るが、離れる気配はない。
――女神さま……!
ティスに出来ることは、胸の前で手を組み、ただただ、女神に祈りを捧げることだった。
祈りを捧げたところで、状況が変わるわけではない。しかし、戦うことも逃げることも出来ないティスにとっては、それが精一杯だった。
その祈りが通じたのかどうかは知らないが、
――カッ!
突然、ティスの前方の空が光り――
『わああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
ヘンな悲鳴を上げながら、精霊と一緒に、ぼとぼとと、見覚えのある顔ぶれが降ってきた。

「――ちょっと!いきなりなんなのよ!?何が起こったの!?」
タンブルは体を起こすなり、どこへともなく苦情を叫ぶ。
腹にタンブルの尻が乗っかった状態のフリックは、苦しそうに、
「うるせーし……重い……」
「失礼ね!もうちょっと太ってもいいくらいなのよ!?」
怒鳴りながらフリックの上に立ち上がり、腹やら胸やらをぎゅむ!と、踏みつける。
「ズミマゼン悪うございましたっつーか苦しいマジ死ぬぅ……!」
フリックはとりあえず、『ぱんつ見えてる』なんて、余計に踏まれそうなことは言わずに、必死で許しを請う。
「……おみゃーら、ニキータの上でまでケンカするにゃ……」
タンブル、さらにフリックの下敷きになったワンダラーが、フリックよりも苦しそうに訴える……
「あら、失礼」
ワンダラー相手だと素直らしく、フリックをついでにひと踏みしてから、ひょいっ、と、飛び降りる。
「うう……内蔵破裂したらどーしてくれんだよ~……」
足形のついた腹をさすりながら、フリックもワンダラーの上から降り、ワンダラーも立ち上がって服のホコリをはたき落とす。
「あ、あれ……」
唯一、落下時に精霊達に助けてもらったポップが、怯えた声で空を指さす。
見上げると、塔の屋上にたどり着いたらしく、風が吹き、青い空が広がっている。
その空を、赤い光が飛んでいた。
「鳥?」
まあ、鳥といえば鳥なのだが――少なくとも、世間で言う鳥という生き物は、自ら炎で燃えてたり、足が四本あったり、あそこまで巨大ではない……
「気をつけて!来るよ!」
ジンの声に、一斉に武器を構えるが――その怪物は、人間が立ち向かうにはあまりにも強大な存在に感じられた。
「あぶにゃい!」
「ぅわっ!」
ワンダラーに押されて体を伏せた次の瞬間、鳥の怪物はフリック達のすぐ真上を、ものすごいスピードで通り過ぎる。
「――このぉっ!」
タンブルが弓に矢をつがえ、怪物に向かって立て続けに放つが、たどり着く手前でなにか不思議な力に弾かれ、虚しく地面に落ちる。
「なに今の!?」
タンブルが目を見開き、落ちた矢に目をやる。
「タンブル!」
鳥は、今度はタンブルめがけて急降下し、とっさにウンディーネが間に入ってアイススマッシュを放つ。
「――効いてない!?」
ウンディーネが絶望的な声を上げる。
驚かせ、距離を空けるくらいは出来たものの、肝心の怪物は平然とした顔で空を飛んでいる。
「――みんな!」
『わぁっ!?』
ぬっ、と、いきなりなにもなかった所から一人の少女が現れ、全員、すくみ上がって飛び退く。
「ティス!無事だったんですね!」
「ティスおねえちゃん!」
「ウィスプ!ポップ、あなたまで来てくれるなんて……」
ようやく不安から解放されたのか、飛びついてきたポップを抱きしめながら、ティスは嬉しそうに笑う。
「ティス!一体、どこから出てきたのよ!?」
「ご、ごめんなさい。出るタイミングがわからなくて……」
謝るティスに、今度は、闇の精霊・シェイドが姿を現す。
「……オレの術だ。逃げ場もなく、ずっと隠れていた」
「シェイド!そっか、シェイドの『インビジ』だな!」
フリックが納得した顔でうなずく。ちなみに『インビジ』とは、姿を透明にするシェイドの魔法だ。
ティスはポップから手を放し、
「お祈りしてたら地震があって……光に包まれて……気がついたら知らない所にいるし、ウィスプとははぐれるし……ねえ、ここはどこなの?」
「どこって、マナの塔だよ?」
「ええっ!?ウソでしょ!?」
ポップの言葉に、目を丸くして、あたりを見回す。
考えてみれば、マナの塔に来たことはあっても、屋上まで行った者はいない……というより、屋上への階段がないのだから、知るはずもなかった。
「話は後にゃ!それよりも、あれをなんとかしにゃいと……」
上空を旋回する鳥の怪物に目をやると、鳥はこちらをからかうように、時折、炎の羽を飛ばしたり、低空飛行を仕掛けてくる。
ノームは緑色の帽子を押さえつつ、
「凶暴な獣じゃのう。怪物というより、『凶獣』と言うべきか……」
「放っておけば、村のほうまでやってくるかもしれません。被害が出てからでは遅すぎます!」
ドリアードの言うことはもっともだった。
魔法のロープを使えば、ひとまずここから逃げることは出来るが、問題の先延ばしになるだけだ。
「――当然、ここでやっつける!」
「どうやってよ!?私の矢も、ウンディーネの魔法も効かなかったのよ!」
剣を構えるフリックに、タンブルがすぐに口を挟む。
しかし、口論するヒマを与えるつもりはないのか、鳥――凶獣がひときわ大きく羽ばたき、生み出した火炎竜巻に、一同、悲鳴を上げながら逃げまどう。
火炎竜巻が消滅すると、フリックは回れ右をし、
「――ええい!とにかく、やるったらやる!それっきゃない!」
「ちょっとー!」
信じられない、と言わんばかりのタンブルだったが、今度は、
「どうやら、フリックの言うとおりみたいだにゃ。とにかく今は、ぶつかってみるしかないにゃ」
「ワンダラーさんまで……」
目を点にするタンブルはよそに、ワンダラーもハンマーを構え、フリックの後を追って走り出す。
「――まったく男って生き物は!ポップ、ティスをしっかり守ってあげるのよ!」
「うん!」
「ティス!」
「はっ、はい!?」
いきなり呼ばれて、慌てて返事をすると、タンブルは大きな袋をティスに押しつけ、
「これお願い!」
「……これは?」
なんだかおいしそうな匂いがするんだけど……と、不思議がるティスに、タンブルはキッパリと、
「明日への生きる糧よ!」
と、言い放った。