ゆらめく祈りの塔 - 3/4

「はぁっ!」
降りてきた所を狙い、フリックが凶獣の翼をめがけて剣を振り下ろすが、
――ぎんっ!
剣は翼をかすめるどころか、届く寸前でなにか不思議な力に弾かれ、フリックは服を焦がしながら床に転がる。
「これならどうにゃ!?」
ワンダラーも、ハンマーにウンディーネのアイスセイバーの力を込め、頭めがけて思い切り振り下ろすが、やはり、殴るどころか逆に弾かれ、吹っ飛ばされる。
タンブルも矢を放つが、結果は同じだった。
「やっぱりダメだわ……」
残りの矢を心配しながら、タンブルが絶望的にうめく。
「あの怪物……なにか不思議な力に守られているようだ。それをどうにかしない限り、こちらは消耗するばかりだぞ……」
シェイドの言うとおり、精霊達も、さっきから魔法を放ってはいるが、ことごとく弾かれ、逆に自分達が吹き飛ばされる始末だ。
「――タンブル!」
「タンブルねえちゃん!」
「ティス!?ポップも、出てきちゃダメよ!」
「で、でも……」
ティスは不安そうな顔でタンブルや、その向こうのフリック達を見――再び、タンブルに目をやると、
「わ、わたし……なにか出来ること、ある?」
「ないわ」
キッパリと言い切る。
むろん、ティス本人もわかっているのだろう。無理になにかをしようとしたところで、足手まといにしかならないと。
「ポップ、あなたもティスと隠れてて。いい子だから……」
「うん……」
「…………」
タンブルに言われ、二人はすごすごとその場を離れた。

「ティスおねえちゃん……」
ティスは、不安そうに見上げてくるポップの頭をなでながら、今にも泣きそうな顔で、
「……みんながあぶない目に遭ってるのに、わたしはなにもできないなんて……」
自分の無力さに、肩が震え、視界がにじむ。
……その時だった。
――ひゅんっ!
突然響いてきた、風を切る音に顔を上げ――次の瞬間、それは石造りの床に深々と突き刺さった。
「―――!?」
「これは……!?」
ポップはびっくりして言葉をなくし、ティスも、突然目の前に降ってきたものに、目を見開く。
降ってきたのは、古びた銀色の剣だった。
柄には緑色のツタが絡まり、刃は太陽光に反射して、鈍い光を放っている。
ティスは上空を見渡すが、ただただ青い空が広がるばかりで、一体どこから降ってきたのかさっぱりわからなかった。
「――たすけにきてくれたんだよ!」
ポップの言葉に、ティスは我に返る。
ポップは無邪気な笑みを浮かべ、
「きっとこの剣、ボクたちをたすけに来てくれたんだよ!マナの女神さまが、お空から落としてくれたんだ!」
ポップにしてみれば、ティスを励ますために出た言葉だったのかもしれない。
しかし――
「マナの女神さまが……わたし達を助けに……女神さまが……」
ティスはふらふらと、誘われるように剣に近寄り、その柄を握る。
「くっ……!ぅう……!」
腰を落とし、手に力を込めるが、深々と突き刺さった剣は予想以上に重く、ティスの力ではびくともしない。
「おねえちゃん、がんばれ~!」
ポップも顔を真っ赤にして、金色の鍔を、小さな手で引っぱり上げる。
この際、なんだっていい。
力になりたい。ティスの中にあるのはそれだけだった。
「ううう……!」
もう少し。あと少し。
「う……ああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
渾身の力を振り絞り、ついに剣を引き抜いた瞬間――
白い光が、あたりを埋め尽くした。

「くぅ……」
「フリック、しっかり!」
もう何度目になるか、弾かれ、焼かれ、床を転がるフリックに、ウィスプがヒールライトをかけるが、治りが遅くなっている。
「サンキュー、ウィスプ」
礼を言うと、ウィスプは今度はタンブルのほうに飛んで行く。
ウィスプもかなり消耗している。
いや、ウィスプだけでなく、他の精霊達も消耗し、魔法の威力がどんどん落ちているようだ。
このままではいけないとわかりつつも、いまだに打開策を見いだせなかった。
「くそっ……どうすれば……」
フリックが剣を支えに立ち上がった瞬間、
――ぽきんっ。
「――げ」
剣が、真ん中でぽっきりと折れた。
さっきから、効かないとわかっていながら斬りかかり、かなり負担がかかっていたのだろう。ヒビが入っていたところで不思議はなかった。
「フリック!」
タンブルの声に振り返ると、凶獣がすぐ側まで迫っていた。
「―――――!」
悲鳴すら上げられないまま、フリックはなすすべもなく、真っ正面から体当たりをぶちかまされる。
炎が肌を焼き、同時に与えられた強い衝撃に、もう熱いのか痛いのかもわからない。
吹っ飛んだ体は背中から床に思い切り叩きつけられ、一瞬、意識を失いかけたが――フリックは力を振り絞り、体を起こす。
握りしめたままの剣は真ん中で折れ、体力ももう限界だった。
「くそっ……!くそおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
歯を食いしばり、思い切り床に拳を叩きつける。
このままでは、ここにいる全員……いや、それどころか、マナの村にいる人々も……
最悪の事態が頭をよぎった次の瞬間だった。
――カッ!
白い光が視界を覆い、まるで、時間が止まったような気がした。
しかし、それはほんの一瞬で、凶獣は遊びは終わりだと言わんばかりに、フリックに狙いを定め、再び急降下してくる。
「このぉー!」
させまいと、タンブルが残り少ない矢を放つ。
――ギャアァッ!
矢が首に突き刺さり、凶獣は悲鳴を上げ、慌てて方向転換すると上空へ逃げる。
「……え?」
フリックは、目をぱちくりさせた。
タンブルも、ぽかんと口を開けている。
「……あれ?」
タンブルは、試しにもう一度、凶獣めがけて矢を放つ。
今度は翼に矢が刺さり、凶獣は再び悲鳴を上げる。
「――効いてるにゃ!アイツを守っていた力が消えたんにゃ!」
一同の目に、希望の光が戻る。
「――フリーック!」
「フリックにいちゃん!」
遠くからのティスとポップの声に振り返ると、ティスの手には、ひとふりの、見たことのない剣が重そうに握られていた。
「受け取ってぇーーーーーっ!」
ティスは力いっぱい、剣を振るように投げるが――いかんせん、距離が空きすぎていた。床を滑るように投げられた剣は途中で止まり、そこに凶獣が、取らせまいとばかりに急降下してくる。
「――フリック!受け取るにゃー!」
凶獣の足が剣をつかむギリギリの所で、ワンダラーのハンマーが剣を弾き、剣は一直線に立ち上がったフリックの元まで滑る。
「ナイス!ワンダラーさん!」
ワンダラーは凶獣の攻撃を避けつつも、親指を立ててみせる。
フリックは勢いよく床を滑ってきた剣を足で止め、折れた剣を捨てると、新しい剣の柄を握る。
一体、この剣がなんなのかは知らない。しかし、考えるのは後だ。
「――きゃあぁっ!」
フリックの目の前では、タンブルが凶獣の体当たりで弾かれ、その体をワンダラーが受け止めていた。凶獣は上昇すると旋回し、全身を包む炎を膨らませ、一気にカタをつけようと二人めがけて再び急降下する!
「やめろおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
フリックは剣を握る手に力を込め、全力で走り出すが――間に合わない!
「シェイド!たすけて!」
「―――!」
ポップの声に、シェイドが、凶獣が二人に突っ込む寸前の所で間に入り――
突然、二人の姿が消えた。
凶獣が二人の姿が消えたことに驚き、スピードをゆるめた瞬間、フリックがその翼をめがけて斬りかかる。
「よくも……やってくれたわねー!」
タンブルの声だけが響き、なにもない所から、ありったけの矢が飛んできた。
凶獣は悲鳴を上げながらも、辺り構わず火の粉をまき散らし、飛んできた矢を焼き払う。
「これならどうにゃ!」
ワンダラーの声が響くと同時に、さっきフリックが捨てた折れた剣が、凶獣の目に突き刺さる。
――ギャアアァァァ!
これは効いたのか、ひときわ大きな悲鳴を上げ、体をのげ反らせる。
そのあたりで、シェイドの『インビジ』が切れたらしく、タンブルが、ちょうど凶獣を挟んだフリックの反対側に姿を現すが、ワンダラーは折れた剣を投げてすぐに移動したのか、姿が見あたらない。
「――スキありにゃ!」
いつの間にか、凶獣の背後に回ったワンダラーが、後ろ足の膝裏めがけてハンマーで殴りつけ、バランスを崩して倒れた所に、精霊達が一斉に魔法を叩き込む!
それでも立ち上がろうとする凶獣に、フリックは剣を振り上げ――
「――はああぁぁぁぁぁ!」
頭めがけて、力いっぱい振り下ろす。
フリック本人は夢中で気づかなかったが、その瞬間、懐にしまっていた赤いジェム、そして、剣がまばゆい光を放ち――凶獣を、真っ二つに斬り分けた。