「――みんな!」
「すごいすごーい!やっつけちゃったー!」
ティスとポップが、床に膝をつき、肩で荒い息をする三人に駆け寄り、顔をのぞき込む。
精霊達も満身創痍のようで、床に寝っ転がって、しゃべる元気もないようだ。
「や……やった……のか?」
今でも信じられないのか、フリックの口からそんな言葉が漏れる。
「……ええ。終わったわ。これでもう大丈夫」
ティスの言葉に、全員、真っ二つに斬り裂かれた凶獣に目をやる。
……その時だった。
『――――!?』
全員が息を呑み、その光景に目を見開く。
フリックが握っていた剣が光りだし、真っ二つにされた凶獣の体がふたつの光の玉になると、いずこかへと飛び去る。
後に残ったのは、凶獣の目に刺さった、折れた剣だけだった。
「な……なぁに?いまの」
ポップが――いや、ポップだけでなく、その場にいた全員が、ぽかんとした顔で、光が飛び去った方角へと目をやる。
「……子供四人に、ニキータが一匹。まさか、こんな連中が凶獣を倒すとはな。なかなか面白い見せ物だったぞ」
突然湧いてきた男の声に、全員すくみ上がり、後ろに振り返る。
いつからそこにいたのか、五人の背後には、青白い肌に、漆黒の衣装を身にまとった一人の男が立っていた。その不気味な威圧感に、全員が言葉をなくす。
「……何者にゃ?」
ただ一人、ワンダラーがハンマーを構えて立ち上がり、四人をかばうように男の前に出る。
しかし、男はワンダラーの問いには答えず、フリックの手元の剣に目をやり、
「その剣……マナの女神の、せめてもの抵抗というわけか?」
「剣?女神だって?」
フリックは、手元の剣に目をやる。
この古びた剣が、一体なんだというのだろう?
「フリック……その剣、空から降ってきたのよ」
「空から!?」
ティスの言葉に、初めてこの剣が普通じゃない現れ方をしたことを知る。
「……いずれにしろ、おまえ達にその剣を渡すわけにはいかん。こちらによこせ」
「なん……うわっ!?」
立ち上がろうとして、突然、不思議な力に全員吹き飛ばされる。
「くぅっ……」
なんとか立ち上がろうとするが、すでにさっきの戦闘で体力は限界だった。
フリックがさっきまでいた場所に残された剣に、男は手を伸ばし――
「――ダメぇっ!」
ティスの声が響いた次の瞬間、今度は男のほうが、剣の不思議な力に弾かれる。
「――なんだと!?……ふん、さすがにここでは、それくらいの力はあるということか。マナの女神よ……」
男は弾かれた手をもう片方の手でかばい、後ろに下がると、不適な笑みを浮かべ、
「まあいいだろう。たかがひとふりの剣、どうということはない。どうせマナの樹は封じられ、手出しは出来ぬ。――もう、私のジャマをする者はいない!」
「さっきからゴチャゴチャと……なんの話だ!」
フリックはなんとか立ち上がり、男をにらみつける。
しかし、男はフリックのことなど気にも止めず、天を振り仰ぎ、両手を広げ――まるで舞台の上で演説でもするかのように、
「見るがいい!新たな力の胎動を!なんと美しい輝きだ……ようやく世界に放たれた!これは始まりに過ぎない。失われた者が還ってくる……世界は、静かに溶け始めるのだ!」
「世界が……溶けるですって?」
タンブルも、弓を支えに立ち上がる。
男は両手を空へ掲げたまま、振り返ると、
「そうだ!間もなく世界は、溶けてなくなるのだ!フフフ……ハハハハ……!止められるか?おまえ達に、世界の終わりが!」
言うだけ言うと――男はマントをひるがえし、黒い霧に包まれ、消えた。
「―――!?消えちゃった!」
「世界が……溶ける……?」
ポップが目をまん丸に見開き、ティスも震える声で、男の言葉を繰り返す。
一同は、しばらく、さっきまで男が立っていた場所を眺め――
『去ったか……』
『わぁっ!?』
今日はよく驚く日だ……
またしても背後に気配が現れ、全員、疲れを忘れて飛び上がる。
男がいなくなるのを待っていたのか、さっき、飛び去ったと思っていた光の玉のひとつが、五人の後ろを漂っていた。
「――ダンガード様!?もしかしてダンガード様ですか!?」
ジンが驚いた顔で、光の玉の前に飛び出してくると、その場に膝をつく。
「ダンガード?」
「風の神獣だよ!」
首を傾げるフリックに、ジンが慌てて説明する。
「にゃるほど。神獣は世界を守護する存在……精霊にしてみれば、王様みたいなもんにゃ」
ジンの慌てぶりに、ワンダラーが納得した様子でうなずく。
神獣・ダンガードの本体は別の場所にあるのか、空間の一部を切り取り、鳥に似た青い顔だけをこちらに見せている。
タンブルは首をひねりながら、
「でも、どうして神獣が……」
『……さっきの凶獣は、我ともう一体、別の神獣が融合した姿だ』
「融合?そんにゃことが……」
『今は、そんなことはいい。それよりも聞きたいことがあるはずだ』
言われて―― 一同は、床に落ちたままの剣に目をやる。
「あの剣は、一体なんなんですか?突然空から降ってきて……まさか……」
ティスの問いに、ダンガードはひとつうなずき、
『そう。聖剣だ』
「聖剣……!?」
その言葉に、フリックとワンダラーの背筋に冷たいものが走る。
――ヤッベ……俺、振り回しちゃったよ……
――まずいにゃ……オイラ、ハンマーで殴っちゃったにゃ……
だらだらと、冷たい汗が流れる。
「――ちょっとフリック!アンタ、伝説の聖剣になんてことを……!この身の程知らず!」
「あの状況じゃ仕方ねぇだろ!?」
タンブルに胸ぐらをつかまれ、フリックは必死に弁明する。
「あ、あれが聖剣ということは、凶獣が戻ったのは剣の力だった、ということかにゃ?」
ワンダラーが、タンブルの怒りが自分に飛び火する前に、サッ、と、話をそらす。
『……聖剣は、母なる女神によってこの世界にもたらされた剣。凶獣と化した我を正しき姿に戻したように、聖剣はすべてのものを、あるべき姿、正しき姿に戻す力を宿している』
「正しき姿……きゃっ!?」
突然地面が揺れ、ティスは悲鳴を上げて座り込む。
『始まったか……』
ただ一人、ダンガードだけが冷静につぶやく。
「――あれを見るにゃ!」
ワンダラーが北の空を指さし、揺れる中、全員その方角に目を向ける。
青かった空はいつの間にか黒い雲に覆われ、海を隔てて、遠く離れた大地から、巨大な青白い光の柱が突然吹き出す。
それも、三本だ。
『………………』
全員言葉をなくし、ただただ、呆然とその光景を眺める。
「なんなの……?聖剣といい、アレといい……」
タンブルの口から、かろうじてそんな言葉が出てくる。
『……キサマ達の助けとなる者がいるはずだ。聖剣の真の力を引き出し、世界を正しき姿へ導くのだ』
ダンガードの言葉に振り返ると、ダンガードの姿はみるみる上昇し、
『背負いし宿命の重さに負けず、戦い抜け。人の子よ……さらばだ』
去り際に光る石をひとつ落とすと、ダンガードはいずこかへと飛び去った。
「――時空のねじれに、凶獣にされた神獣……そして、これは……」
モティが、テーブルの上に置かれたひとふりの剣に視線を落とす。
ワッツは大きくうなずき、
「間違いねぇ。聖剣だ」
ワンダラーもテーブルの上の聖剣に視線を落とし――モティに目をやると、
「あともうひとつ。凶獣を倒した後、気味の悪い男が現れたにゃ」
「気味の悪い男……?」
ワンダラーはひとつうなずき、
「何者かはわからにゃいけど、妙に威圧感があって、剣を奪おうとしてきたにゃ。……世界が溶けるとかにゃんとか……まるで、世界がおかしくなることを喜んでるみたいだったにゃ……」
「なんだって?」
ワッツの眉尻が、ぴくんと跳ね上がる。
「聖剣といい、世界の異変といい……まさか十年前のようなことが……?魔界の扉が開かれるとでも?」
「…………」
一同の脳裏に、十年前の、災禍の地獄絵図がよぎる。
「――とにかく、ここで考え込んでいても仕方ありません」
重くなった空気を払いのけるように、モティはあえて明るい声で、
「外の世界に何が起こったか、調べてみませんか?ワッツ」
ワッツも顔を上げ、
「それもそうだ。とりあえず、あのバカでかい光の柱だな……」
窓の外に目をやると、遠くの空に光の柱が見える。
もう日没間近だというのに、柱のせいで、空はぼんやりと、不気味に光っていた。
「……ロリマー、ジャド、トップルの方角にゃ」
「全部で三本か……ワシは、いったんイシュに戻って、調査隊を結成するぜ」
「私も、他の国と連絡をとって、情報を集めてみます」
「オイラも協力するにゃ。……十年前みたいなことは、もうたくさんにゃ」
三人、顔を見合わせ、ひとつうなずく。
聖剣、凶獣にされた神獣、そしてあの男……なんにせよ、わからないことが多すぎる。
モティはワンダラーに目をやり、
「ワンダラー、聖剣のことなのですが……」
「にゃ?」
きょとんとするワンダラーに、モティは聖剣に視線を落とし、
「聖剣があなた達の元に現れたのは、きっと、なにか理由があるのでしょう……」
「ま、ようするに、おまえ達は聖剣に選ばれたってことだ」
「オイラ達が……聖剣に?」
今頃になって、そのことに気づく。
「聖剣が現れた以上は世界の危機。とはいえ、フリック、ポップ、タンブルにティス……みんな子供です。彼らだけに任せるのは、あまりにも……」
「――わかってるにゃ。オイラに任せるにゃ」
そう聞いて安心したのか、モティは安堵の笑みを浮かべ、
「そう言ってくれると思ってましたよ」
「最初からそのつもりだにゃ。あんな無茶する連中、ほったらかしにしておけないにゃ」
肩をすくめ――後ろを振り返る。
そこには、ソファを占領して、ぐっすり寝こけるフリック達四人の姿があった。
よほど疲れていたのか、戻ってくるなりこれだ。ワンダラーがいなければ、状況説明は明日になっていただろう。
ワッツはその寝顔を順に眺め、
「どいつもこいつもマヌケなツラしてやがる。……本気でコイツらに任せるのか?」
モティに目をやると、彼は真顔で、
「さっきも言ったでしょう?聖剣が、彼らを選んだのです。それに、未来を担うのは子供達――彼らに任せてみましょう」
「まったく、正気の沙汰とは思えねぇ。ダメな大人になっちまったもんだ」
言いつつも――ワッツ自身、まんざらでもなさそうだ。彼は部屋の隅に置いた大きな荷物を担ぎ上げ、
「おもしれぇ。こんな連中に世界が救えるのかどうか――ためしてやろうじゃねぇか」
「行くのですか?」
「ああ。善は急げ――こんなガキ共に世界の命運を託すんだ。それ相応のバックアップしてやんねぇと割に合わねえだろ」
そう言うと玄関のドアを開け、ワッツはそのまま、村を後にする。
「さて、と。これから忙しくなりそうですね」
「そのようだにゃ」
ワンダラーは肩をすくめ――眠っている四人に目を向ける。
明日から、忙しくなる。
世界の命運を託すには、まだまだ頼りないが――とりあえず今は、このままそっとしておこう。
ちなみに翌日。
「あー!『明日への生きる糧(ラビ肉)』、塔に忘れたー!フリック!今すぐ取ってらっしゃい!」
「おまえのミスだろ!なんで俺なんだよ!?」
「ご、ごめんなさい!任されてたのに、わたしもうっかり忘れてて……」
「あはは~。フリックにいちゃんもタンブルねえちゃんも、朝からなかよし~!」
フリックの胸ぐらをつかみ、かっくんかっくん前後に揺さぶるタンブルに、揺さぶられるフリック、おろおろするティスに、のんきにはやし立てるポップ……
その光景に背を向け――モティは、まっすぐワンダラーの目を見据え、
「……ワンダラー、本気で頼みましたよ」
「……面倒見切れにゃいかも……」
長い耳を力なくたらし、ワンダラーは自信なさげにつぶやいた。