17話 狩り場 - 3/3

「ここまで来れば、もう大丈夫だと思うけど……」
 しばらく山道を進み、先頭のクリスが適当なところで足を止めた。
 プリムも足を止め、振り返ると、城が遠くに見えた。
 中は火事になっているようで、赤い光と、黒い煙が立ち上っているのが見える。
 クリス達に促されるまま、ここまで逃げてきたが、あそこにはまだ――
「……助けに、行かなきゃ」
「え?」
「助けに行かなきゃ! だってあいつ、まだあそこにいるのよ!?」
「ま、待って! 助けるったって、どうやって!?」
「だって、自分だけ逃げるなんて出来ないわよ!」
「おいおい! 考えなしに行くつもりか!? 殺されに行くようなもんだぞ!」
「チビちゃん、お願い! もう一回、橋を作って!」
 振り返ると、ポポイは杖をつき、くたびれた様子で、
「んなこと言ったってよぅ……なんかもう、ハラへったしねむくてチカラでねー……」
「なによこんな時に!」
 今になって疲れが出てきたらしい。その場で大の字になってひっくり返ると、腹の虫が大きく鳴った。空気読まないとは思っていたが、こんな時にまで。
「もういいわよ! 私だけで行くから!」
 ポポイの魔法なしにどうやって、なんてことは考えていなかった。
 ただ、とにかく引き返さねば。それだけの意思で来た道を戻ろうとして、
「離してよ!」
 クリスに腕をつかまれ、やむなく足を止める。

 ――ごぅん!

 遠くから響いてきた爆発音に振り返ると、城の上のほう――塔が崩れ落ちるのが見えた。
「――私だって、助けたいよ!」
 クリスの声に我に返ると、彼女はこちらの腕をつかんだまま、
「助けたいけど! 敵を目の前に、見苦しい命乞いして笑われて! せめて、おとりくらいになろうとしたら、牢屋の向こうも牢屋! あんな年下の子にまで呆れられて……みんなを危険にさらしただけで、なんの意味もなかった! 私がこれまでしてきたことには、なんの意味もなかった! 『悪党』は私だった!」
「……クリス?」
「うっ……うぇっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 クリスはまるで、自分自身を怒鳴りつけるように言葉を吐き出すと、その場に崩れ落ち、わんわん泣き出す。
 コートニーも泣きだし、カートもクリスの傍らに膝をついて、沈痛な顔でうなだれる。
 その姿に、頭に上っていた血が下がって行くのを感じる。
 散々大人ぶっておいて、みんながみんな、無力な子供だった。
 何も出来ない。
「あ? なんだあれ?」
「え?」
 仰向けのポポイが、突然空を指差した。
 軽やかな羽音を立て、白い影が、上空を横切るのが見えた。

 * * *

「チッ……まさかまた」
 ゲシュタールが体を起こし、辺りを見渡すと周囲は煙が立ち込め、砕けた床や壁の残骸が散乱し、火薬の臭いがした。
 見上げると、さっきまで立っていたはずの木組みの床は完全に崩れ、下の階まで落ちたようだ。
 元々、老朽化でもろくなっていたとはいえ、床が抜けた拍子に、塔の壁も引っ張られるように崩れたらしく、壁半分が、きれいになくなって吹きさらしになっていた。
 まさか、精霊のコインなんてものを持っていたとは。
 なかなかの威力だったが、それだけでここまで崩れたとは思えない。この火薬の臭い、爆弾でも仕掛けていたのだとすると、ずいぶん念入りにしてくれたものだ。
 とはいえ、

 ――ただのガキだったか……

 まあ、現実はそんなものだろう。納得と同時に、軽い失望に見舞われる。
 あんな狭い場所を爆破とは。よっぽど焦っていたか、もしくは、相打ちを狙った?
 だとしたら――とんだ『良い子』だ。自分の命を引き換えにすれば、仲間を見逃してもらえるとでも思っているのだろうか?
 吹き込んだ風に煙が飛ばされ、半分壊れたタルの残骸の向こうに、剣が落ちているのが見えた。
「…………」
 まだ息があるかもしれない。
 意識があるかどうかは知らないが、教えてやろう。自分の命と引き換えに、守れる命などないのだということを。そして、己の甘さを呪いながら、死ね。
 立ち上がろうと、膝に力を入れ――
 がくん、と、膝が地面に落ちた。
 とっさに、地面に手をついて体を支えるが、力が入らない。

 ――は?

 声が出なかった。
 この時になって、喉の奥がじわじわとしびれ、思ったように舌が回らないことに気づく。

 ――まさ、か……

 さっき投げつけられた煙玉を思い出す。
 ただの目くらましだと思っていた。
 もし、そうでないとすれば――
「――――!」
 背後に気配を感じた瞬間、頭に強い衝撃が走った。

 * * *

 ゲシュタールに誤算があるとすれば、本人は『狩り』のつもりだったということだろう。それも、わざわざ自分の姿を見せたり、犬を使って追い立てたりと、獲物が逃げ回るさまを楽しむ『遊び』の狩りだ。
 本物の『狩り』であるなら、気づかれぬよう身を潜め、一撃で仕留めるべきだった。
 そしてもうひとつの誤算は――
「ぁっ……キ、サ……」
 毒が効いている。ゲシュタールはろれつの回らない声を絞り出しながら振り返ろうとしていたが、

 ――ごんっ!

 すぐさまもう一発。石をくるんだバンダナを振り下ろし、思い切り頭を殴打する。
 陣地を張るのは、敵にとって有利な場所である。攻略が困難ならば、自分にとって有利な場所に誘い込むべし。これも、ドン・ペリの兵法書に書いてあったことだ。
 そのために、時間を稼ぐ必要があった。

「これが、先ほどの煙幕の元です。強い衝撃を与えると中の火薬が破裂して煙が吹き出します」
 サラマンダーのコインを受け取り、続けて、ゼノアがスカートのポケットから取り出したのは、あめ玉より一回り大きな白い玉だった。
 反対のポケットからも黒い玉を取り出すと、
「白は吸っても害はありませんが、こちらの黒い玉は、使う場所に注意してください」
「どう違うの?」
「キラービーの神経毒が含まれています。煙を吸って二、三分もすれば、全身がマヒしてしばらくは動けなくなります。ただ、効果の具合は人によりますし、死ぬわけでもないので……」
 二種類の玉を受け取ると、
「……わかってる。これだけでどうにかしようなんて思ってないよ」
「持っていきますか?」
 顔を上げると、ゼノアが自分の銃を差し出していた。
 それに苦笑すると、
「さすがにそれは。これ以上、使い慣れないもの持って行けないよ」
「これも、あとひとつありますが」
 親切なことに、扉を破壊するのに使ったパンプキンボムまで差し出してくる。
「それは橋を壊すのに使って。僕にはこっちがあるから」
 さっき拾った、筒状の爆弾を見せる。
「そろそろ行って。追いつけなくなる」
 ようやく、ゼノアは銃と爆弾をひっこめると、
「……ご武運を」

 ――あの銃、やっぱ借りれば良かったかなぁ。

 頭の片隅で、妙に冷静なことを考えながら、しかし体は、実に野蛮なことを行っていた。
 次はこめかみを目がけて下段からフルスイングすると、石も吹っ飛んでいった。
 三発目にして、とうとう布地が破けた。飛んで行った石は、床の残骸の中に落ちて砕けた。
 床が抜けることには期待した。しかし、確実性を得るために、爆弾まで仕掛けておいたのはやりすぎだっただろうか?
 コインの威力なのか爆弾の威力なのか、想像以上の爆発に、命綱のロープを通していた壁まで崩れ始めた時は焦った。
 しかし、階下が煙幕の煙と爆発の粉塵で視界が悪くなっていることが功を奏した。崩れるギリギリのところで壁を蹴って飛び降り、落下したゲシュタールの背後に回り込むことが出来た。
 ゲシュタールはというと、毒で体が思ったように動かないようで、三発も殴られてくれた。
 しかし、死なない。
 そもそも普通の人間なら、最初の爆発で死んでてもいいはずなのだが、さすが、船から落ちても死ななかった人だ。
 改造人間の意地か、ゲシュタールはうめきながら手をついて床を這うと、仰向けに体勢を変える。
 荒い呼吸と共に、銃に改造した腕を、震わせながらこちらに向けてきた。
 その姿に、自分が勘違いしていたことに気づく。
 彼を動かしているのは、『改造人間の意地』などではない。『戦士の意地』だ。
 そして彼もまた、こちらのことを『勘違い』している。
「……僕は、『勇敢な一匹狼』なんてかっこいいものじゃない」
「――がっ!?」
 撃たせる前に横殴りに蹴り飛ばし、横転させる。
 ポケットから出したナイフを鞘から抜き放ち、逆手に握ると、
「狡猾な、蛇です」
 ささやくと、ナイフの切っ先を、ゲシュタールの喉に一気に沈めた。
 ためらいはなかった。