「いやはや……昨日はまことに助かりましただ。ホレ、おまえも礼を言うべ!」
 「フ、フン! あんなの、オイラが本気になればちょちょいのちょいだってのによ! 余計なことしやがって!」
 「泣きべそかいて『たすけてください~』ゆーちょったのはどこのどいつだ!」
 「イテッ!」
  げんこつに、頭を押さえる。
  一夜明け、村の様子を見てみると、ドワーフ達が慌ただしく片づけを行っていた。
  村全体を覆っていた蔓は枯れ果て、バドの死体も炎で焼けてしまった。
  火はすでに、土をかぶせて鎮火されていたが、焦げた臭いが充満している。村の中に換気口はあちこちあるらしいが、この臭いはしばらく消えないだろう。
  村長の家に戻り――ふと思い出し、
 「そういえば、名前は?」
 「名前……」
  問いかけに、妖精はそっぽを向く。
 「この子、名前も覚えてねぇだ」
 「そうなの?」
 「……フン! だったら、オマエがつけろよ!」
 「え?」
 「ないと不便だろ! トクベツにつけさせてやる。コーエーに思え!」
 「なに言っちょるか! オマエなんぞ『チビ』で十分じゃ! 身の程知らず!」
 「チビチビうるせー! オイラはこれからビッグになるんだよ!」
 「名前、ねぇ……」
  いきなりそう言われても困る。
  何かいい名前はないだろうか。頭の中で、思いつく名前を片っ端から上げていく。
 「じゃ、『ポポイ』」
 「は?」
 「ポポイ。気に入らないなら、他の考えるけど」
  妖精は、しばらくその名前を反復し――
 「まあ、いいだろ。それで手ぇ打ってやらぁ」
 「こりゃ! ちゃんとお礼を言わんか!」
  再度、妖精の脳天に拳が振り下ろされる。相当しつけに苦労しているようだ。
  妖精は、殴られた頭をさすりながらこちらを見上げ、
 「で、なんで『ポポイ』?」
 「子供によく言うでしょ。『ゴミはちゃんとポポイのポイしろ』って」
 「今すぐ改名しろ!」
 「お前にゃぴったりだべ! ポイされたくなけりゃ、お礼くらいまともに言えるようになるだ!」
 「なんだとー! オイラはゴミでもなんでもねー!」
 「……冗談だよ」
  目の前で繰り広げられる乱闘に、聞いているかわからないがとりあえず訂正しておく。
  村を出る前日――プリシラが読んでくれとせがんでいた、絵本の主人公の名前だった。
  結局、読んであげられなかったな……そんなことを考えていると、壊したドアの代わりに入り口を塞いでいた布がめくれる。
 「おー、いたいた!」
 「ワッツ?」
  中に入ってきたワッツは、細長い布包みを掲げ、
 「お待ちかね! 剣の打ち直しが終わったぞ! いやー、ついつい徹夜仕事しちまったよ」
 「なんだワッツ。また寝るの忘れて働いとったべか」
 「しゃーねーだろ。途中でほったらかすわけにもいかねぇし」
  呆れる村長に、豪快に笑う。
 「あの……ところでワッツ」
 「なんだ?」
 「まさか、昨日の騒ぎ……」
 「騒ぎ?」
  ワッツは、きょとんとした顔で、
 「昨日、なんかあったか?」
 『…………』
「なんだよ、そんなことあったのか! いやー、見てみたかったなー!」
 「はあ……」
 「なんで気づかねーんだ……?」
  ポポイまでもが目を点にする。
  ワッツは兜の下に手を突っ込み、頭をかきながら、
 「いや、なんつーかさ。オレ、昔っから金属打ち始めると、周りがまったくなんにも見えなくなるんだよね」
 「音も?」
 「そう。打つ音は聞こえんだけど、それ以外に関してはまったく聞こえねぇんだな、これが。きっと、集中力が他の連中とは違うんだろーな。いやー、さすが天才は違うねー」
 「集中……」
  そういうものだろうか?
  たしかに自分も、音が聞こえなくなる時がある。
  そして気がつくと、終わっている。その瞬間の記憶はひどく曖昧で、そこだけすっぽり抜け落ちたみたいだ。
 「それはさておき、打ち直したこいつを見てみろ! 鞘も新しくこさえてやったぞ」
 「あ、ホントだ。ありがとう」
  これまでむき出しのまま袋に収めていたが、きちんと鞘に収まり、ようやく剣らしくなった。柄も磨かれ、赤い柄糸が巻かれている。
 「こんな色だったんだ……」
 「オイ! オイラにも見せろよー!」
  ぴょんぴょん飛び跳ねるポポイを無視して、元の金色に戻った柄を握る。
  刃を鞘から抜くと、白銀の輝きが目に飛び込んできた。
 「これが……」
  素直に、きれいだと思った。
  ワッツの技術もあるのだろうが、あの錆びた棒が、こんな風になるとは信じられない。まったく別の新品を渡されたんじゃないのか?
  心を読み取ったのか、ワッツはヒゲをなでながら、
 「もちろん、あの錆びたヤツだ。鞘も、その剣に見合った一番いいヤツにしたぞ」
  そしてワッツは、一冊の台帳を取り出すと、
 「ところで、錆び取り打ち直しに柄の修理と柄糸の巻き直し、鞘もつけて……締めて二万と九千八百五十ルクだが、特別に二万九千五百にまけといてやらぁ」
 「うん。ジェマにつけといて」
 「あいよ」
 「ホントきれい……」
  何か今、条件反射で答えたような気がしたが、きっとたいしたことではないだろう。
  ワッツは台帳を懐にしまうと、
 「それにしてもお前、その剣、重いと思わないのか?」
 「え?」
  言われて、剣を握った手を上げ下げする。
 「こんなもんじゃないの?」
 「いや、ここまで重いのは初めてだぞ。お前、こんなのよく片手で振り回せるな」
 「そうかな……」
  他の剣は知らないので、斧の重さと比較してこんなものだと思っていたのだが。
 「なあ。オイラにも持たせてくれよ」
 「気をつけてよ」
  鞘に納め、両手を挙げるポポイに渡す。
  次の瞬間、剣を抱えた腕ごと床に沈んだ。
 「……おもい……」
 「まったく、何やっちょるかお前は!」
  根性で持ち上げようとプルプル震えていたが、結局床に落とす。
 「なんだこれ!? おもすぎんだろ!」
 「大げさだなぁ……」
  剣を拾い上げるが、斧ほどではないと思う。むしろ余計な錆びがなくなって、軽くなったくらいだ。
 「まあ、お前が平気ならそれでいいんだろうけどよ……」
  ワッツも不思議そうな顔をしている。他の剣はもっと軽いのだろうか? あまり軽すぎると、威力もなくなりそうなものだが。
 「それにしてもこの剣、僕が使っていいのかな?」
 「オマエが持ってきたんだろ。ま、自分にゃもったいないって思うなら、その剣に見合った剣士になるしかねぇな!」
  バンバン背中を叩かれる。
 「いやー、しかし、重さはともかくいい剣だな。打てば打つほどいい音がして、輝いていく。久々に興奮したぜ。オレもいつか、そんな剣を作ってみたいもんだ」
 「ありがとうワッツ。やっと聖剣っぽくなったよ」
 「聖剣?」
  思わず口から出た言葉に、ワッツが目を丸くする。まずい。
 「あ! あの、ここに地底神殿があるって聞いたんだけど! どこにあるんですか?」
  荷物の入ったバッグを手に取ると、慌てて話をそらす。
  村長はヒゲをなで、
 「ああ、それなら、下の広場に入り口が――」
 「ありがとうございます!」
 「あ! ちょっと――」
  お礼を言うと、逃げるように家を飛び出した。
* * *
 少年の後を追って、村長と妖精が家を飛び出して行く。
  ワッツはイスに座ったまま、それを見送り――
 「……聖剣、だぁ?」
  確かにそう聞こえた。
  たしかにあれは、量産されているような普通の剣ではなかった。そもそも、材質が違う。
  鉄ではない。銀とも違う。しかし、打てば打つほど膨大なエネルギーのようなものが、ハンマー越しに伝わってきた。
  それに気になったのはあの重さだ。鉄にせよ銀にせよ、質量に対して重さが見合っていない。それなのに、あの少年は軽々持ち上げていた。
  持ち主に合わせて重さを変える剣。もしそんな不思議な剣があるとすれば、ひとつしかない。
 「……おもしれぇ。おもしれぇじゃねぇか!」
  膝を叩くと、おもむろに立ち上がった。
* * *
「おー、昨日の兄ちゃん。ホント、夕べは助かったべよ」
 「あの、ここに地底神殿の入り口があるって聞いたんですけど」
  広場にたまたま居合わせたドワーフにたずねると、彼は吸っていたパイプを下ろし、
 「ああ、それならあそこだ。入り口、ずっと塞がってたけんど、昨日の地震でまた開いたみたいだべ」
  パイプで指した先に目をやると、ぽっかりと、人が入れる大きさの穴が開いていた。
 「――おーい、ちょっと待つべ! どうせ入れねぇべよ!」
  後を追ってきたのか、村長とポポイが息を切らして駆けつける。
 「入れない?」
 「アンちゃん、足はえぇ……」
 「まったく……話は、最後まで聞くべ」
  村長は数回深呼吸をすると、
 「あそこは大事な場所だべ。誰も入れないよう、入り口はエリニースに封印してもらってるだ」
 「エリニースさん? その人はどこに?」
  さっき声をかけたドワーフは、きょとんとした顔で、
 「知らねぇべか? 『エリニース』っちゅーのは、妖魔の森の魔女だべ」
 「妖魔の……」
  体温が下がっていくのを感じる。
 「人間嫌いだけど、根はいいヤツだべよ。困ってる人を見捨てられないヤツでな。オラ達に薬を作ってくれたり、ずいぶん世話になってるだ」
 「そう……ですか」
  うなずきつつも、頭の中では別のことを考えていた。
  あれからどうしただろう。
  いや、さすがにあきらめて帰ったか、キッポ村まで引き返しただろう。もしかすると、家の者が迎えに来てくれたかもしれない。
  なのに、嫌な予感がする。
 「……あの、僕、もう行きます。お世話になりました」
 「え? いや、そんなせわしない――」
 「お邪魔しました!」
 「――あ、ちょっと待て待て」
  外に繋がる洞窟へ向かおうとして、突然、腕をわしづかみにされる。
 「近道。教えてやらぁ」
  振り返ると、ワッツが、親指で村の奥にある自分の店の方角を指さした。