2話 音のない世界 - 4/5

「いやはや……昨日はまことに助かりましただ。ホレ、おまえも礼を言うべ!」
「フ、フン! あんなの、オイラが本気になればちょちょいのちょいだってのによ! 余計なことしやがって!」
「泣きべそかいて『たすけてください~』ゆーちょったのはどこのどいつだ!」
「イテッ!」
 げんこつに、頭を押さえる。
 一夜明け、村の様子を見てみると、ドワーフ達が慌ただしく片づけを行っていた。
 村全体を覆っていた蔓は枯れ果て、バドの死体も炎で焼けてしまった。
 火はすでに、土をかぶせて鎮火されていたが、焦げた臭いが充満している。村の中に換気口はあちこちあるらしいが、この臭いはしばらく消えないだろう。
 村長の家に戻り――ふと思い出し、
「そういえば、名前は?」
「名前……」
 問いかけに、妖精はそっぽを向く。
「この子、名前も覚えてねぇだ」
「そうなの?」
「……フン! だったら、オマエがつけろよ!」
「え?」
「ないと不便だろ! トクベツにつけさせてやる。コーエーに思え!」
「なに言っちょるか! オマエなんぞ『チビ』で十分じゃ! 身の程知らず!」
「チビチビうるせー! オイラはこれからビッグになるんだよ!」
「名前、ねぇ……」
 いきなりそう言われても困る。
 何かいい名前はないだろうか。頭の中で、思いつく名前を片っ端から上げていく。
「じゃ、『ポポイ』」
「は?」
「ポポイ。気に入らないなら、他の考えるけど」
 妖精は、しばらくその名前を反復し――
「まあ、いいだろ。それで手ぇ打ってやらぁ」
「こりゃ! ちゃんとお礼を言わんか!」
 再度、妖精の脳天に拳が振り下ろされる。相当しつけに苦労しているようだ。
 妖精は、殴られた頭をさすりながらこちらを見上げ、
「で、なんで『ポポイ』?」
「子供によく言うでしょ。『ゴミはちゃんとポポイのポイしろ』って」
「今すぐ改名しろ!」
「お前にゃぴったりだべ! ポイされたくなけりゃ、お礼くらいまともに言えるようになるだ!」
「なんだとー! オイラはゴミでもなんでもねー!」
「……冗談だよ」
 目の前で繰り広げられる乱闘に、聞いているかわからないがとりあえず訂正しておく。
 村を出る前日――プリシラが読んでくれとせがんでいた、絵本の主人公の名前だった。
 結局、読んであげられなかったな……そんなことを考えていると、壊したドアの代わりに入り口を塞いでいた布がめくれる。
「おー、いたいた!」
「ワッツ?」
 中に入ってきたワッツは、細長い布包みを掲げ、
「お待ちかね! 剣の打ち直しが終わったぞ! いやー、ついつい徹夜仕事しちまったよ」
「なんだワッツ。また寝るの忘れて働いとったべか」
「しゃーねーだろ。途中でほったらかすわけにもいかねぇし」
 呆れる村長に、豪快に笑う。
「あの……ところでワッツ」
「なんだ?」
「まさか、昨日の騒ぎ……」
「騒ぎ?」
 ワッツは、きょとんとした顔で、
「昨日、なんかあったか?」
『…………』

「なんだよ、そんなことあったのか! いやー、見てみたかったなー!」
「はあ……」
「なんで気づかねーんだ……?」
 ポポイまでもが目を点にする。
 ワッツは兜の下に手を突っ込み、頭をかきながら、
「いや、なんつーかさ。オレ、昔っから金属打ち始めると、周りがまったくなんにも見えなくなるんだよね」
「音も?」
「そう。打つ音は聞こえんだけど、それ以外に関してはまったく聞こえねぇんだな、これが。きっと、集中力が他の連中とは違うんだろーな。いやー、さすが天才は違うねー」
「集中……」
 そういうものだろうか?
 たしかに自分も、音が聞こえなくなる時がある。
 そして気がつくと、終わっている。その瞬間の記憶はひどく曖昧で、そこだけすっぽり抜け落ちたみたいだ。
「それはさておき、打ち直したこいつを見てみろ! 鞘も新しくこさえてやったぞ」
「あ、ホントだ。ありがとう」
 これまでむき出しのまま袋に収めていたが、きちんと鞘に収まり、ようやく剣らしくなった。柄も磨かれ、赤い柄糸が巻かれている。
「こんな色だったんだ……」
「オイ! オイラにも見せろよー!」
 ぴょんぴょん飛び跳ねるポポイを無視して、元の金色に戻った柄を握る。
 刃を鞘から抜くと、白銀の輝きが目に飛び込んできた。
「これが……」
 素直に、きれいだと思った。
 ワッツの技術もあるのだろうが、あの錆びた棒が、こんな風になるとは信じられない。まったく別の新品を渡されたんじゃないのか?
 心を読み取ったのか、ワッツはヒゲをなでながら、
「もちろん、あの錆びたヤツだ。鞘も、その剣に見合った一番いいヤツにしたぞ」
 そしてワッツは、一冊の台帳を取り出すと、
「ところで、錆び取り打ち直しに柄の修理と柄糸の巻き直し、鞘もつけて……締めて二万と九千八百五十ルクだが、特別に二万九千五百にまけといてやらぁ」
「うん。ジェマにつけといて」
「あいよ」
「ホントきれい……」
 何か今、条件反射で答えたような気がしたが、きっとたいしたことではないだろう。
 ワッツは台帳を懐にしまうと、
「それにしてもお前、その剣、重いと思わないのか?」
「え?」
 言われて、剣を握った手を上げ下げする。
「こんなもんじゃないの?」
「いや、ここまで重いのは初めてだぞ。お前、こんなのよく片手で振り回せるな」
「そうかな……」
 他の剣は知らないので、斧の重さと比較してこんなものだと思っていたのだが。
「なあ。オイラにも持たせてくれよ」
「気をつけてよ」
 鞘に納め、両手を挙げるポポイに渡す。
 次の瞬間、剣を抱えた腕ごと床に沈んだ。
「……おもい……」
「まったく、何やっちょるかお前は!」
 根性で持ち上げようとプルプル震えていたが、結局床に落とす。
「なんだこれ!? おもすぎんだろ!」
「大げさだなぁ……」
 剣を拾い上げるが、斧ほどではないと思う。むしろ余計な錆びがなくなって、軽くなったくらいだ。
「まあ、お前が平気ならそれでいいんだろうけどよ……」
 ワッツも不思議そうな顔をしている。他の剣はもっと軽いのだろうか? あまり軽すぎると、威力もなくなりそうなものだが。
「それにしてもこの剣、僕が使っていいのかな?」
「オマエが持ってきたんだろ。ま、自分にゃもったいないって思うなら、その剣に見合った剣士になるしかねぇな!」
 バンバン背中を叩かれる。
「いやー、しかし、重さはともかくいい剣だな。打てば打つほどいい音がして、輝いていく。久々に興奮したぜ。オレもいつか、そんな剣を作ってみたいもんだ」
「ありがとうワッツ。やっと聖剣っぽくなったよ」
「聖剣?」
 思わず口から出た言葉に、ワッツが目を丸くする。まずい。
「あ! あの、ここに地底神殿があるって聞いたんだけど! どこにあるんですか?」
 荷物の入ったバッグを手に取ると、慌てて話をそらす。
 村長はヒゲをなで、
「ああ、それなら、下の広場に入り口が――」
「ありがとうございます!」
「あ! ちょっと――」
 お礼を言うと、逃げるように家を飛び出した。

 * * *

 少年の後を追って、村長と妖精が家を飛び出して行く。
 ワッツはイスに座ったまま、それを見送り――
「……聖剣、だぁ?」
 確かにそう聞こえた。
 たしかにあれは、量産されているような普通の剣ではなかった。そもそも、材質が違う。
 鉄ではない。銀とも違う。しかし、打てば打つほど膨大なエネルギーのようなものが、ハンマー越しに伝わってきた。
 それに気になったのはあの重さだ。鉄にせよ銀にせよ、質量に対して重さが見合っていない。それなのに、あの少年は軽々持ち上げていた。
 持ち主に合わせて重さを変える剣。もしそんな不思議な剣があるとすれば、ひとつしかない。
「……おもしれぇ。おもしれぇじゃねぇか!」
 膝を叩くと、おもむろに立ち上がった。

 * * *

「おー、昨日の兄ちゃん。ホント、夕べは助かったべよ」
「あの、ここに地底神殿の入り口があるって聞いたんですけど」
 広場にたまたま居合わせたドワーフにたずねると、彼は吸っていたパイプを下ろし、
「ああ、それならあそこだ。入り口、ずっと塞がってたけんど、昨日の地震でまた開いたみたいだべ」
 パイプで指した先に目をやると、ぽっかりと、人が入れる大きさの穴が開いていた。
「――おーい、ちょっと待つべ! どうせ入れねぇべよ!」
 後を追ってきたのか、村長とポポイが息を切らして駆けつける。
「入れない?」
「アンちゃん、足はえぇ……」
「まったく……話は、最後まで聞くべ」
 村長は数回深呼吸をすると、
「あそこは大事な場所だべ。誰も入れないよう、入り口はエリニースに封印してもらってるだ」
「エリニースさん? その人はどこに?」
 さっき声をかけたドワーフは、きょとんとした顔で、
「知らねぇべか? 『エリニース』っちゅーのは、妖魔の森の魔女だべ」
「妖魔の……」
 体温が下がっていくのを感じる。
「人間嫌いだけど、根はいいヤツだべよ。困ってる人を見捨てられないヤツでな。オラ達に薬を作ってくれたり、ずいぶん世話になってるだ」
「そう……ですか」
 うなずきつつも、頭の中では別のことを考えていた。
 あれからどうしただろう。
 いや、さすがにあきらめて帰ったか、キッポ村まで引き返しただろう。もしかすると、家の者が迎えに来てくれたかもしれない。
 なのに、嫌な予感がする。
「……あの、僕、もう行きます。お世話になりました」
「え? いや、そんなせわしない――」
「お邪魔しました!」
「――あ、ちょっと待て待て」
 外に繋がる洞窟へ向かおうとして、突然、腕をわしづかみにされる。
「近道。教えてやらぁ」
 振り返ると、ワッツが、親指で村の奥にある自分の店の方角を指さした。