4話 反撃の刃 - 4/4

「ダメだ……きりがない」
 閉じたと思った右まぶたが開くと、何事もなかったように、青い目玉が姿を現す。
 右も左も、どんなに斬ろうが潰そうが、まぶたを閉じ、再び開いた時には元に戻っている。
「アンちゃん、どけー!」
 ポポイの声に思わず飛びのくと、白い無数の弾丸が通り過ぎる。
「よっしゃー! どーだ、目玉のバケモノ!」
 ポポイの『ダイヤミサイル』は右目に全弾命中し、巨大な瞳が壁ごとほとんどえぐられる。
「いやー、オイラがいてよかったなー。こんだけつぶれりゃもう――」
 突然、駆けつけたルガーがポポイの首根っこをつかむと、そのまま走り抜ける。
「オイ、なにす――」
 ポポイがたった今いた場所に、氷の塊が勢いよく降り注ぐ。
「…………」
「……俺がいてよかったな」
 目を点にするポポイにささやくと、乱暴に下ろす。
「ルガー!?」
「加勢する」
 短く宣言すると、肩に担いだ槍を下ろす。
「って、あれ? ケガどーしたんだよ?」
 ポポイも今気づいたのか目を丸くする。血まみれではあったが、傷が消えている。
 ルガーは後ろのプリムをあごで指し、
「……この回復力、俺の魔法を軽く超えているぞ。たいしたもんだ」
「プリムが?」
 振り返ると、プリムは、まだどこか信じられない顔をしている。
 まるで嘘みたいに傷は消え去っていたが、真っ赤な血の跡が、あの傷が本当にあったのだと教えてくれる。
「……無理しないで」
「自分の心配しろ」
 獣化する様子がないので、完全に元通り、というわけではなさそうだ。
 しかしこの顔ぶれの中で、一番頼りになるのは確かだ。
「うわ!?」
 ポポイの声に振り返ると、さっき、ポポイの魔法でえぐれた壁の穴が急速に盛り上がり――何事もなかったようにまぶたが開き、青い目玉が現れる。
「なんだ今の!? キモ!」
 壁ごと破壊したのに、まるで効果なし。
「左右同時は?」
「まだだけど……」
 ルガーは槍を構え、
「俺が右をやる。お前は左だ」
「……やってみるよ」
 とにかく、試せるものは試すしかない。
「ちょっと待って」
「プリム?」
 プリムはこちらの剣と、ルガーの槍に手をかざし――白い光が、刃に宿る。
「へぇ。ストーンセイバーか」
「なにそれ?」
「ま、いいから行くぞ」
 促され、それぞれ武器を構える。
 相手は動かない。目玉だけなのだから当然ではあるが、『狙ってください』と言わんばかりだ。
 それに違和感を覚えつつも――ルガーが地を蹴り、こちらも、少し遅れて左目に向かって駆け出す。
「――なに!?」
 ルガーが突きを繰り出した瞬間、目が、動いた。
 文字通り壁の中を、両目が左に移動したのだ。槍は石壁に突き刺さり、周囲の壁が白くなる。
 ルガーが狙っていた右目が、ちょうど自分の目の前に来た瞬間、
「はぁっ!」
 剣を、横なぎに振るう。
 奇妙な手応えだった。
 何かが刃にのしかかっているような――かといって重いというわけでもなく、斬るとはまた違った手応え。
「いっ!?」
 剣は右目を斬り裂き、そのまま風圧で辺りの壁を巻き込んで左目まで石化させる。
「すげぇ! いっぺんに両方!」
「これが、プリムの魔法?」
 剣を振るった先が、白く石化している。
 右目もそうだが、左目も半分石化し、壁ごと亀裂が入っていた。刃を見ると、効果が切れたのか、元通りの剣になる。
「やったなアンちゃん! まー、これくらいのヤツ、オイラがわざわざ手をくださなくても子分だけでジューブンだったってわけだ!」
「調子のいいこと言ってんじゃないわよ!」
 踏んぞりがえるポポイの頭をプリムが押しつぶす。
 二人は放っておいて、石化した両目をじっと見つめる。本当に、これで終わりなのか?
 なにか、嫌な予感がする。
 同じことを考えているのか、ルガーも槍を構えたまま、動かない。
「――退け!」
 ルガーの声に後ろに下がると、ほとんど入れ違いに氷の塊が降り注ぐ。
「ウソ!? また復活した!?」
 プリムの絶望的な声が響く。
 両目が閉じ――再び開くと、何事もなかったように、ガラスのような青い瞳が現れた。
「やっぱり……あの目を攻撃したって、なんの意味もないよ」
「どうやらそのようだな……」
 ルガーも苦い顔をする。
 そもそも、『弱点』とは隠すものだ。あんな目立つ目玉が、そのまま弱点なわけがない。
「ねぇ……なんだか、さっきより狭くなってない?」
「え?」
 プリムの言葉に辺りを見渡し――壁際の、床の模様に注目する。
 その模様が、じわじわと壁の下に隠れていく。
「まさか……押しつぶされる!?」
「なに?」
「ここの壁、どんどん狭まってきてる!」
 仕組みは不明だが、四方の壁が部屋の中央に向かって迫っている。
 このままでは、全員、壁に挟まれ圧死だ。
「あ! あんにゃろ! あんなとこに逃げやがった!」
 ポポイの声に顔を上げると、二つの目玉は天井に移動していた。
 ポポイの魔法とルガーの槍ならなんとか届くかもしれないが、潰しても無駄であることはすでに実証済みだ。
 どうする?
 こうしている間にも、壁はじわじわ狭まっている。
「――オイ! お前なら見えるだろう!?」
 ルガーの焦りの滲んだ声に、我に返る。
「お前なら見えるはずだ! この場を支配するマナが!」
「マナ?」
 唐突な問いかけに、頭の中が軽く混乱する。
「わからないのか!? おまえはタイガーキメラを動かすマナを見抜いた! 見えているはずだ! 敵の正体が!」
「わ……わかんないよそんなの!」
 唐突すぎて意味がわからない。
 そもそもマナだのなんだの、そんなもの、自分はまるで知らないのだ。タイガーキメラの時だって、エリニースが噴水の前から離れなかったことが気になったからだ。
 ルガーはため息をつくと、
「……仕方ない。なら、嫌でも見える状況になってもらうしかない」
「え? ちょっと……」
 槍の穂先が、こちらに向けられる。
「ルガー!? 何考えてんのよ!」
 プリムが叫ぶが、お構いなしに突きが繰り出される。
「ちょっと!?」
 取り合う様子もなく、穂先をこちらに向けると、
「殺す気で来い! 俺も殺す気で行く!」
「言ってることが無茶苦茶だよ!?」
「ちょっとー! 助けた私の立場は!?」
 止める暇もなく、ルガーは槍を振り上げる。
 振り下ろされた槍をなんとか剣で受け止めるが、じわじわと押されていく。
 槍に力を込めながら、ルガーは殺気立った目で、
「選べ。あの怪物に殺されるか、俺に殺されるか。どっちも嫌なら、見抜いてみせろ。お前にしか……出来ないんだ!」
「ちょ……ちょっと……!」
 さっきから、一体なんなんだ。
 自分にそんな能力があった覚えはないし、外見以外で、他人とどこか違うなんて思ったこともない。聖剣のせいか?
 聖剣なんてもののせいで、そんな風に思われるのか? だとしたら――迷惑だ。
「聖剣の勇者だのなんだの……勝手に人に押しつけて、勝手に期待しないで!」
 渾身の力で、槍をはじき飛ばす。
 どいつもこいつも。勝手すぎる。
 こちらはこれから一体どうなるのか――どうしたいかもわからないのに。
 ただただ、状況に流されるだけ。それもこれも、こんな剣のせいで。
 ルガーが再度、槍を構え、突進してくる。
 迎え撃つべく剣を構え――

 ――え?

 自分の正面の壁の向こうに、何かいる。
 体をひねると、空いた手ですぐ横をかすめたものをわしづかみにし――そのままの勢いで一回転して『何か』に向かってぶん投げる。
「え?」
 我に返ると、槍を握ったままのルガーが、逆さまになって壁に叩き付けられていた。
「え……ルガー!?」
「アンちゃん!? 今、なんかすごいことしたぞ!」
「何!? 今の何!?」
 ルガーは、壁から床にずり落ちながら、
「て……てめーまた……おちょくりやがって……」
「ごめん! 大丈夫!?」
「くそ、お前らと関わってから踏んだり蹴ったりだ」
 床に手をつき、そのままでんぐり返りで体を起こすと、
「で、何が見えた?」
「え?」
「見えたはずだ。『何か』が」
「…………」
 ルガーの言葉に、呆然と立ち尽くす。
 そんなの、わかるわけがない。
 わかるわけがないはずなのに。
「……この部屋そのものが、化け物の体。あの目は、体に寄生してるだけ」
「え?」
 しかし、手に取るように『理解』していた。
 なんなんだ、この感じは。聖剣の力か? マナの種子に触れたからか?
「狙うべき場所を教えろ」
 ルガーが槍を構える。
 頭上の目玉は違う。
 やみくもに壁を攻撃しても無駄。
 どこだ? どこにいる?
 ぐるりと、辺りを見渡し――
「――そこ!」
 ルガーの後ろ。さっきルガーを叩き付けた壁を指さすと、即座にルガーが槍を突き刺す。
 本来なら、槍などはじくであろう石の壁に、穂先が深々と突き刺さった。
「あ……」
「……出やがったな。親玉が」
 槍が刺さった壁に、縦に、一本の筋が走る。
 筋が開き――そこから、ガラス玉のような金色の目玉が姿を現した。

「わわわわわ!」
 頭上から、大量の氷の雨が降り注ぎ、ポポイが頭を抱えて右往左往する。
 壁が狭まる速度が速くなり、ルガーも槍を抜き、後退すると、
「親玉が見つかって焦ってやがる」
 頭上に逃げた青い目玉だ。恐らく、あの青い目玉が攻撃を、金の目玉が再生を行っているのだろう。
 ならば、狙うべきはただ一つ。
「あ! 逃げるぞ!?」
 金色の目が閉じられ、壁の中に消える。天井に逃げられてはたまったものではない。
「プリム、もう一回!」
「え?」
「さっきの魔法! 急いで!」
 急かされ、慌ててストーンセイバーの魔法を唱える。
 再び、こちらの剣とルガーの槍に、白い光が灯ると、
「――逃がすか!」
 ルガーが天井近くの壁目掛けて槍を大きく振ると、風圧で斬り裂くように壁が白く石化する。
「――――!」
 はっきりと、見えた。
 壁の中で巨大な金色の目玉が、ノームの力で石化した壁に逃走を阻まれている。
「この――」
 壁の中の目玉目掛けて、思い切り剣を突き立てる。
 剣を中心に、周辺の壁が白く石化していく。
 石化する自らの体に追い出されるように、壁の奥から目玉が表面まで現れ――再び、開かれる。
「やった! 出てきた!」
 プリムの歓声に、振り返る余裕はなかった。
 確かに剣は刺さっている。刺さっているはずなのに、刀身が、みるみる霜に覆われていく。
 刺されながらも、魔法で応戦しているのだ。深く刺さったはずの剣が、どんどん押し返されていく。
「きゃあ!?」
「プリム!?」
 悲鳴に振り返ると、後ろにいたプリム目掛けて氷が降り注いでいる。
 さらに壁も、いつの間にか最初の半分まで迫っている。これでは逃げ場もない。
「――――っ!」
 とうとう柄までもが霜に覆われ、手に冷気が到達する。
 このままでは凍傷だ。とっさに剣を引き抜き、尻もちをつくように倒れ込む。
「あ――」
 転倒した拍子に、視線が上を向く。
 天井に張り付いた青い二つの目玉が、こちらを見下ろしていた。
 見てはいけない。
 いけないのに、まるで金縛りに遭ったように視線が釘づけになって、離れない。
「――アンちゃん!」
「させるか!」
 ポポイのダイヤミサイルとルガーが投げた槍が、二つの目を同時に潰す。
 途端に、剣を握る力が戻り、慌てて立ち上がる。
「――プリム!」
「言われなくても!」
 すでに準備は出来ていたらしい。再度、剣にノームの魔法が宿る。
 金色の瞳の動きが止まった。潰された目を再生させるか、隠れるか、一瞬迷い――隠れることを選んだようだ。
「……逃がさない!」
 剣を振るうと、触れてもいないのに周辺の壁が石化し、大きな亀裂が走る。
 目の周辺の壁も砕け、金色の目玉がむき出しになった。
 一切の音が、消える。
 自分の声すら聞こえない。
 金色の目玉が視界いっぱいに広がり、渾身の力を込めて剣を、突き立てた。

「ほう、驚いた。ルームガーダーの正体を見破るとは。それにその剣……そうか、聖剣か。まさかそんなものが現れるとは、驚きだな」
 気がつくと、さっきの祭壇の間に戻っていた。
「あ、あれ?」
 祭壇の上では、まるで何事もなかったかのように、ディラックとパメラを従えたタナトスが佇んでいた。
 こちらは全員床にへたり込み、ぽかんとしている。
 幻でも見たのか? いや、ルガーのケガをした痕跡は残っているし、こちらも剣を握ったままだ。
「約束通りだ。抜き取った生気は、今さっき諸君らが倒した怪物の中に蓄えられていたんだ。……死ねば解放される」
 振り返ると、仮面をかぶった人々が、ぐったりと膝をついたり倒れたりしている。仮面を取り、不思議そうに辺りを見渡している者もいた。
「――ディラック! パメラ! ……ちょっとどういうことよ! 二人を返すんじゃなかったの!?」
 我に返ったプリムが食って掛かる。タナトスの後ろの二人は、相変わらず無表情に立ち尽くしたままだ。生気が戻っていないのか、もしくは他の理由か。
 怒るプリムに、タナトスは不思議そうに、
「うん? 私は約束通り、街の連中の生気は返してやったぞ。……ああ、この二人を含むとは思っていなかったな」
「……卑怯者!」
 プリムはタナトスに飛びかかろうとするが――パメラが、両手を広げて立ちはだかる。
「パメラ!?」
「……タナトス様を傷つける者は、許さない」
 真っ直ぐ、プリムをにらみつける。
「ハハハ。では本人に聞くとしよう。パメラと言ったか? キミは、その娘と共に行きたいか?」
「いいえ。私は、タナトス様のおそばに参ります」
「パメラ!? しっかりしなさいよ! パメラ!」
「……うるさい!」
 パメラが、自分の肩を揺さぶるプリムの腕をつかみ――片手でねじり上げる。
「パ……パメラ?」
「プリム! 離れて!」
 慌ててプリムの体を引っ張ると、パメラはようやく手を離した。
 一体どこにそんな力があったのか、プリムの腕には、くっきりと握られた跡が残っている。
「ではディラック。お前にも聞こう。その娘を知っているか?」
 彼は、しばらくプリムを見つめていたが、
「……いいえ。知りません」
「――――!」
 その感情のこもらない声に、プリムの体が硬直する。
 タナトスは満足げにうなずくと、まるで子供を諭すように、
「聞いての通りだ、お嬢ちゃん。見ず知らずの相手を無理矢理連れて行こうなど……まるで誘拐じゃないか。そんなかわいそうなことはやめなさい」
「あ……あん、た……よくも……」
 腹の奥底から絞り出すように、ようやくそれだけつぶやく。
「さて。もうこんなところに用はない。そろそろおいとまするとしよう。行くぞ、お前達」
「――パメラ! ディラック! 行っちゃダメ!」
 プリムが声を上げるが、とうとう二人はプリムに目もくれることなく、タナトスと共に姿を消した。
 文字通り、一瞬だ。どこへ消えたのか、もはや知りようもない。
「ねえちゃん……」
「どうして……」
 体が震えている。
「どうしてえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 悲鳴のような絶叫を上げ、その場に泣き崩れる。かける言葉が思いつかない。
「……胸糞悪い」
 激しく泣きわめくプリムから目をそらし、ルガーが吐き捨てた。