6話 奇妙な三人 - 3/3

「……風……」
「は?」
「あの人達はともかく、あっちのメカはマズいかも……」
 なんと言えばいいのかわからない。しかし、あのメカの腹に、膨大なエネルギーを感じる。
 風が、渦巻いている。
「なによそんなおもちゃ! スクラップにしてやるわ!」
「おもちゃだぁ?」
 槍を構えるプリムに、スコーピオンは不敵な笑みを浮かべ、
「果たしていちろう君がおもちゃかどうか、その身をもって思い知りな!」
「――プリム!」
 本当にあのメカに突撃しかねない。慌ててプリムの肩をつかんで止める。
「放し――」
 プリムが手を振り払おうとした次の瞬間。
「へ――」
 体が、浮いた。
 風の塊。そうとしかたとえようのない、見えない何かが激突し、気が付くと背中から木に叩きつけられ、ついでに一瞬遅れて飛んできたプリムのボディーブローまで食らっていた。
「アンちゃん! ねえちゃん!」
「キャーーーーーーーーー! ちょっと!? しっかりして!」
「……なにこの罰ゲーム……」
 一瞬ぶっ飛んだ意識をなんとか取り戻しつつ、腹を押さえてうずくまる。
「あの、その、わざとじゃないのよ! 事故! 不幸な事故なの!」
 言い訳しながらヒールウォーターで治療してくれるが、もはや恨み辛みを伝える気力もない。帰って欲しい。むしろ自分が帰ってしまいたい。
「な……なんなんだい、今のは……」
 同じく吹っ飛ばされたらしい。顔を上げると、スコーピオンが地面に突っ伏して、ぴくぴくしているのが見えた。
『オ、オカシラ、大変でやんす! 言うこと聞かないでやんす!』
『制御システムの異常、なので、あーる!』
「これまでちゃんと動いてただろ!」
 痛みが引き、立ち上がる。スコーピオンも吹っ飛ばされたはずなのに、もう元気に怒鳴っていた。頑丈な人だ。
 メカに視線を向けると、煙を噴き、両腕を振り上げたポーズで体を上下に揺らしていた。中も混乱しているらしく、困惑した声で、
『そ、それが、動力をマナの種子に切り替えたら急に……』
「え?」
 マナの種子?
「ええい、仕方ない! こうなりゃ補助動力に切り替えろ! 運転も完全手動でおやり!」
『ダメでやんす! 切り替え出来ないでやんす!』
 そうこうしている間に、『いちろう君』が腕を水平に下ろし――その場で、高速回転を始めた。
「わーーーーーーーーーーーー!?」
 すぐそばにいたスコーピオンが風圧で飛ばされ、メカから火花と煙が吹き出す。
「なんだ!? コショーか!?」
「まさか……種子のエネルギーが大きすぎて、暴走してる!?」
 すさまじい風が吹き荒れ、目も開けられない。
「誰だい! マナの種子を使えば、無限動力に出来るなんて言ったのは!」
『オカシラでやんす!』
「理論的には可能だったはずだよ! くっそー!」
 近くに転がってきたスコーピオンが、悔しそうにハンカチを噛む。
「ちょ、ちょっと! マナの種子をこんなことに使って、どういうつもりだよ! そもそも、どこから持ってきたの!?」
「ぃやかましい! 道具ってのは使ってなんぼ! あーんな廃墟に放置するより、アタシらが有効活用してやったほうが世のため人のためってもんだ!」
「え? ハイキョ?」
 ポポイの声に、ぴたりと動きが止まる。
「『ハイキョ』って、なんだ?」
 言葉の意味はわかっていないようだ。
 しかし、なにかよくないことだと感じ取ったらしい。どこか、ぽかんとした顔をしている。
 そういえば、マナの種子がある風の神殿は、ポポイの故郷にあると言っていた。場所からして、あのメカに使われているのは風の種子に違いない。
 スコーピオンは、ポポイの様子に眉をひそめ、
「あん? たしかに村はあったけど、人っ子一人いなかったね。あっちこっち焦げてたから、大火事でもあったんじゃないの?」
「うそだ……」
「――ちょっとあれ!」
 プリムの指さした先に目を向けると、いちろう君がおかしな動きをしていた。
 回転する腕で木をなぎ倒し、岩を砕きながらどこへともなく前進している。かなりのパワーだ。
「あんた達が作ったんでしょ! なんとか止めなさいよ!」
「と、止めろったって……お前達! なんとか止めろ!」
『無理でやんす!』
『緊急停止ボタンも利かないので、あーる!』
『むしろタスケテーーーーーーーーー!』
 最後は二人同時に絶叫している。とんだ欠陥品だ。
「ちょっとー! こっち来ないでよーーーーーーーーー!」
「自動追尾モード!? なんでそういうのに限って利いてんだい!」
 人形は大きくカーブを描きながら前進し――どういうわけか、こちらに方向転換して迫ってきた。
 スコーピオンまで逃げ出す中、ただ一人、ポポイだけがその場でじっとして動かない。
「ポポイ!?」
「うそだ……うそだうそだうそだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「――――!?」
 とっさにプリムの肩をつかみ、後ろから押さえ込むように地面に伏せる。
「きゃぁ!?」
 ごぅ、と、耳元で風がうなる。
 後ろを振り返ると、ポポイを中心に風が渦巻いてるのが見えた。
 風は周囲のものを巻き上げ、渦となって天に昇っていくが、それ以上はさすがに目も開けられず、吹き飛ばされないようプリムを押さえ込こんだまま地面に伏せる。
『――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――』
「キィ――――――――――! おぼえてろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――」
 断末魔っぽい声が遠ざかっていく。
 顔を上げると、スコーピオン団が、メカの残骸と共に明後日の方角に飛んでいくのが見えた。
「――ちょっと! どいてよ!」
「うわっ!?」
 プリムを下敷きにしたままだと気づき、慌てて離れる。
「なにこれ?」
 プリムも体を起こし――周囲の惨状に目を丸くする。ポポイを中心に地面がえぐれ、木が何本かなぎ倒されていた。
「あ……」
 バラバラと降ってくる残骸に混じって、白い石が落ちてくるのが見えた。
「マナの種子!」
 種子はすぐ近くに落下し、えぐれた地面を転がる。
「チビちゃん、大丈夫?」
「うそだ……うそだ……」
 さっきの勢いはどこへやら。うつむき、肩を震わせている。
「とにかく、村へ帰ろう。あいつらが言っていたことが本当かどうかなんて、行ってみないとわからないし」
「そうよ! あんな連中の言うこと信じる必要ないわよ。みんな、チビちゃんを待ってるはずよ」
 ポポイは無言のまま、小さくうなずく。
 そうと決まれば出発だ。落ちたマナの種子に手を伸ばし――
「あ――」
 視界いっぱいに、赤い光が見えた。火だ。
 その炎の中で、巨大なくちばしの怪物がうごめき、逃げ惑う人々を――
「アンちゃん?」
 気が付くと、頭を抱え、腹の底から絶叫していた。

「――良かった。大丈夫?」
「……え?」
 目を開けると、プリムとポポイの顔が見えた。
「いきなりぶったおれるからおどろいたぞ」
 頭がぼんやりする。
 数回まばたきをし、なんとか体を起こす。
「なにが――」
「クポッ!」
「ひぃ!?」
 白い悪魔の姿に、反射的に飛び上がる。
「あ、なんかお礼言いに集まったみたいだぞ」
「お礼?」
 見渡すと、モーグリだけでなく、モールベアもいた。争っている様子はない。
「クポー! クポクポクポ、クッポポポー!」
「『あのヘンな連中、追っ払ってくれてありがとう』だってさ。あ、そうそう! モールベアのヤツ、まちがえて持ってったカネ、返してくれたんだ! これでモールベアもかえれるし、ねーちゃんもカネが手に入って、一件落着だな」
「ああ……そう……」
 妙な脱力感に、ぐったりと肩を落とす。
 そしてモーグリは、モーグリのレリーフがあしらわれた銀のバックルのベルトを差し出すと、
「クッポ。クポクポポ、クポ!」
「で、なんかお礼に、このモーグリベルトをやるってさ。アンちゃん、オイラはいらねーから代わりにもらってやれよ」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
 丁重にお断りする。
「ねえ、ところでさっきはどうしたの? すんごい悲鳴上げてたけど」
「…………」
 手の中に、マナの種子があることに気づく。ずっと握っていたようだ。
 それをぼんやり眺めながら、
「あのさ、ポポイ」
「うん?」
「これから、お前の家まで行かなきゃいけないけど……一応、言っておくね」
「……なんだよ?」
 一体、何を見たのかは覚えていない。
 しかし、理解していた。この種子のそばで、何が起こったのか。
 今伝える必要はないだろう。しかし、遅かれ早かれ知ることになる。
「残念だけど……覚悟、しといたほうがいい」
「え?」
 寄ってきた子供のモーグリを抱きかかえたまま、ポポイは目を丸くした。