9話 忘れられた精霊 - 2/3

「――おや、こんにゃところで奇遇ですにゃ」
「ニキータ?」
 フラミーの待つ王の間に向かう途中、巨大なリュックを背負ったニキータと鉢合わせた。
 トリュフォーは目をぱちくりさせ、
「なんだ? ニキータさんと知り合いか?」
「うん。でも、なんでこんなとこに?」
「この辺は、珍しい鉱石が採れるんですにゃ。マナを含んだ石とか……聖剣の修理に、きっと必要になるだろうからって、ワッツさんから注文が入ったんで仕入れに来たんですにゃ」
「聖剣の修理?」
「オイラをなめにゃいでください。おみゃーさんでしょ? 都のあれ、解決したの」
「え? いや……」
「妖魔の魔女の隠し子とかホントですか?」
「似てないし年齢的にもおかしいでしょ」
 あの人が母親だったら話は早かったのだが。年齢的に、母親というより祖母か曾祖母だ。
 しかしニキータは、ヒゲをなでながら、
「ホントかどうかにゃんてどーだっていいと思いますけどね。どーせ世の大半は魔女の顔にゃんて知らにゃいし。利用出来そうなら、名乗っちゃえばいいんですよ。ウソも方便、ですにゃ」
「はあ……」
 また好き勝手なことを。
 だいたい魔女の隠し子なんて、名乗ったところで得られるものが思いつかない。脅しくらいにはなるかもしれないが。
「予定ではとっくにガイアのへそに向かってた頃にゃんですけどね。途中で、仕入れた鉱石を『売ってくれ!』ってしつこい三人組がいまして。倍の額ふっかけたら、ホントに払ってきたもんですから、仕方にゃく再び仕入れに戻ってきたんですにゃ」
「え? その三人組ってまさか……」
「……『部品』なんてどこで仕入れたんだと思ってたけど……」
 恐らく、プリムのポーチを拾ってすぐ、鉱石目当てに猛スピードでマタンゴ王国に向かい、その途中でニキータに出会ったのだろう。仕事が早いことに変わりはないが。
「ワッツさんから伝言ですにゃ。『この先、聖剣が無傷とは限らないし、いつでも修理出来るように準備は万全にしておくから、いつでも来い』、だそうですにゃ」
「そっか……ありがとう」
「ちなみにあまり知られていませんが、この国は金も採れるそうですにゃ」
「トリュフォー、笠と胴体の比率神ってる」
「アンちゃん?」
「おヒゲもダンディー! まさに王者の風格よね!」
「こっちも!?」
 なぜか今、プリムと心が一つになった気がした。
 ポポイは肩をすくめ、
「いやー、カネってこえーなー。ねえちゃんまですっかりがめつくなっちまって」
「――言っとくけどな! 初対面でかわいそうな子演じてたかってきたこと忘れてないからな!」
「おなさけでもらったお金隠して、人のお金で散々飲み食いしてたほうよっぽどがめついし悪質よ! 途中まで誰がお金出してたと思ってんの!?」
「……ゴメンナサイ……」
 ポポイも反省したところで、
「わかったらお前も王様に買っていただけるよう媚び売って」
「王さま! なんかとりあえずスゲー!」
「露骨すぎて逆に気持ちいいなオマエら」
 トリュフォーが無表情でコメントする。
「――ここだ。とりあえず入れ」
 王の間についたらしい。と言っても、扉があるわけではなく、岩の切れ目の大きな入り口をくぐって中に入ると、広い空洞になっていた。
 天井も高く、木を組んで作った王座や、草を編んで作った絨毯が敷かれている。壁も花飾りで装飾されていた。
 プリムは室内を見渡し、感心した様子で、
「へー……自然にあるもので作ったものばかりなのね」
「マタンゴに金属加工の技術はにゃいですからね。あったらそれは、人間が持ち込んだものですにゃ」
「なるほど……」
 なんとなくついてきたニキータが答える。
 つまり金属製の刃物もない。木材や石材は、自然に倒れたり割れたものをそのまま使うか、石を石で削るなどしているのだろう。
 トリュフォーは一緒に来たマタンゴ達に振り返ると、
「オイ、宝物庫から『アレ』を持ってこい」
「かしこまりました」
「『アレ』……?」
「――キュ~!」
 こちらに気づいたのか、テラスからどたどたとフラミーが入ってくる。
「にゃ、にゃんですかそれ?」
「フラミーだ! かわいいだろー?」
 面食らうニキータに、ポポイが自分のペットのように紹介する。
 フラミーは翼をばたつかせ、風圧にマタンゴが何匹かコロコロ転がって行く。
「うわ、やめろオイ!」
「危ない! じっとして! じっと!」
「キュー?」
 思わず怒鳴ると、ぴたりと、動きが止まった。
「……おとなしくなった?」
「やっぱコイツ、オマエのこと親だと思ってんじゃねえの?」
「え? なんで?」
「あの。これ、ワタクシの推察なのですが」
 トリュフォーとずっと一緒にいたマタンゴだろう。彼? は、フラミーとこちらを交互に見ると、
「『自分を一人で運べるこの人は親に違いない』と思ったのではないでしょうか……」
「え? 伝説の白竜の親って、首根っこつかんで引きずっただけでなれるの?」
「『だけ』っちゃあ『だけ』なんだろうけどよ……」
「難易度かなり高いと思う……」
「にゃーんかよくわかんにゃいですけど……片手でグレートオックスぶん投げて遊んでた話、デマじゃにゃさそうですね……」
 よそ者と蔑まされる目は慣れているが、なぜか異界人を見るような目だった。
「――お待たせしました~!」
 さっき、トリュフォーの指示を受けていたマタンゴ達が、二人がかりで大きな木箱を持って戻ってきた。
「ご苦労だったな。……さて、と」
 トリュフォーが箱を開けると、中から金色の輝きが出てきた。
「え? ウソ! ホントに金が出てきた!?」
「おおー! これが『キン』か? 砂みたいだな!」
 驚愕するプリムの横で、ポポイも目を丸くする。
「これって……砂金?」
「おうよ。川の砂にいっぱい混じってるぞ」
 中に入っていたのは、輝く金の粒だった。箱の中全部が砂金だとすれば、結構な量だ。
「オレらにゃきれいな砂でしかないが、人間には貴重なもんなんだろ? オマエらは恩人だからな。いくらでも持ってってくれ」
「え? いいの?」
「すごーい! 太っ腹!」
「――ちょっと失礼」
 ニキータは砂をひとつかみし、ルーペで粒を観察する。
「ふーむ。この粒の細かさ……純度は高そうですね。専門店に持って行けば、それなりの値段がつきそうですにゃ」
「細かいほうがいいの?」
「粒が大きいものは、不純物で大きくにゃってるだけにゃんです。川を流れるうちに不純物が取れて、小さくなる代わりに純度の高い金とにゃります」
 プリムの素朴な疑問に、簡単に答える。
「……でも、持ち運びにはちょっと不便じゃない? コインに加工したものとか……」
「コイン? それだと、こういうのがあるぞ」
 何気ないつぶやきに、トリュフォーは部屋の隅の棚から、小さな布袋を持ってきた。
 受け取ると、中には三枚の金貨が入っていた。一枚手に取ると、片面は少女の顔、もう片面は、
「これって、木?」
 いくつか、実がついた木だった。
「ずいぶん昔、オレらの先祖が、助けた人間からお礼にもらったものだそうだ。オレらには、こういうのを作る技術はないからな」
「え? もらったものでしょ? いいの?」
「ここじゃしまいっぱなしで使い道がねぇし……だったら、今度はオレらを助けてくれた恩人に役立ててもらえたほうが世のためってもんだろ」
「ちょっと見せてくにゃさい」
 ニキータに袋ごと金貨を渡す。三枚全部、ルーペでじっくり観察すると、ニキータは驚いた顔で、
「これは……アウラ金貨ですにゃ。それも、二百年ほど前に作られたものですにゃよ」
「アウラ金貨?」
 ニキータはルーペをしまうと、
「帝国のどこでしたかね。たしか、民間信仰みたいなものがあって、金山に住むと言われる精霊ですにゃ。今じゃ廃れて、忘れられてますが」
「へー。じゃあ、表が精霊アウラで……裏の木はなんの木?」
「さあ? それ以上のことは専門外ですにゃ」
 肩をすくめる。
「でもこの時期に作られたアウラ金貨、そもそもの製造枚数が少なかった上に、金の装飾品人気のせいで結構な数が潰されて、現存する枚数は少なかったはず。骨董品としてなら、たしか今だとプレミアがついて一枚十万ルク……」
「――ありがとうトリュフォー。これだけで十分。砂金はいいや」
「そうか? いくらでもあるから、ちょっとでも持って行ってたらどうだ?」
 今まで縁のなかった金額に、むしろ怖くなってきた。血の気が引くのが自分でもわかる。
 が、プリムとポポイは不満そうに、
「いいじゃない。くれるって言ってんだから」
「……『タダより怖いものはない』って言葉、知ってる?」
「『タダ』じゃねーぞ。ヘビ、やっつけたぞ」
「そうだけどさぁ……」
 トリュフォーは砂金の小分けを始めたが、果たして受け取っていいのやら。
「そうそう。金を換金するにゃら、帝国領ではやめたほうがいいですよ」
「え? なんで?」
「帝国領内では、何年も前から金の価値が大暴落して、今じゃ石ころみたいな扱いですにゃ」
「え? じゃあ、金のアクセサリーがものすごく安いってこと!?」
 プリムの目が輝くが、それは無視して、
「それって、国内で大規模な金山とか、そういうのが見つかったってこと?」
「領内に、黄金の島が見つかったんですにゃ」
「島そのものが金ってこと!?」
「いや、さすがにそれは……」
「それがですね。まさかの、にゃんです。今じゃ、島の中心に街が出来て、『ゴールドシティ』にゃんて呼ばれています。寂れた漁村と塔があるだけの、にゃにもない島だったのに」
「へー……まさに一攫千金」
 うらやましい限りだ。それまでの生活が一変したことだろう。
「今じゃあ街中いたるところが金だらけ。噂じゃ、建物だけじゃなく道や壁まで金ピカで、ただの石ころのほうが珍しいくらいだとか」
「すごーい!」
「なんか……大げさに話盛ってない?」
 プリムは素直に目を輝かせていたが、そこまで来ると嘘くさい。ニキータも笑いながら、
「ま、オイラも行ったことにゃいですから、どこまでホントかは知らにゃいですけどね。でも、今の帝国国内では、子供のおこづかいで金の指輪やネックレスが買えるというのはホントですにゃよ。だから、さっきのアウラ金貨にゃらともかく、普通の金を換金したところで、二束三文どころか笑われて買い取り拒否されますにゃ」
 プリムは肩を落とすと、
「なぁんだ……せっかく金が見つかっても、それじゃあもうからないわね」
「これだから素人は……商いの基本は、『安く仕入れて高く売る』ですにゃ」
「国内で安く手に入れた金を、外国に高く売りつけてもうけてるんだよ」
「え?」
「にゃんでも、その金を使って外国から武器を買い込み、傭兵やヤバいの雇って戦力にしてるって噂ですにゃ」
「ヤバいの?」
「恐怖のニンジャ集団とか暗殺部隊とか」
「…………」

 ――そんなのと戦えっての……?

 いくら聖剣を抜いてしまったからと言って、なんでそんなのと戦わなきゃいけないんだ。そもそも勝ち目ないだろう。
「おーい。それはそうと、これはどうすんだ?」
 置いてきぼりになっていたトリュフォーが、小分けした砂金を前に手を上げる。
 トリュフォーは、小袋をひとつ手に取り、
「ニキータさんよ。疑うわけじゃないけど、金のことは、くれぐれも口外しないでくれよ?」
「にゃひひ……オイラ、取引先と顧客のプライバシーは守る主義ですにゃ」
「え? というと?」
 トリュフォーはヒゲをなでながら、
「もう何百年と昔、金を目当てに人間に襲われたことがあってな。その時に助けてくれたのが白竜だと言われている」
「へー……お前のご先祖?」
「キュ?」
 思わずフラミーに目をやる。だから、マタンゴ達は白竜を大事にしているのだ。
「私も! ディラック助ける前に野垂れ死にしたくないもん」
「オイラも欲しい!」
 金銭感覚があると思えない二人も手を上げ、ひとつずつ袋を受け取る。
「オマエはどうすんだ?」
「うーん……」
 ちょんちょん、とつつかれ、振り返ると、ニキータは手のひらを差し出し、
「情報料」
「……トリュフォー、やっぱ一袋もらっていい?」
「いいぞー。一袋と言わず、持てるだけどんどん持ってけ」
「ありがとう……」
 砂金の入った袋を受け取り、それをそのままニキータに渡す。どうにも、この猫には勝てる気がしない。
 誰かの腹の虫が鳴る。視線を落とすと、ポポイが腹をさすりながら、
「なー、ハラへったー」
「おお、そうか。だったら食堂まで案内してやる」
「やった!」

 ――食堂?

 そういえば、マタンゴは何を食べるのだろう?
「あ、オイラは結構ですにゃ。自分の食事はちゃんと用意してますから」
 そう言うと、ニキータはそそくさと退散する。何か知っているのだろうか?
「見るのが早いか……」
 首を傾げながら、トリュフォーの案内で『食堂』へと向かった。

 床から壁まで、苔むした緑の空間。足下にはさらさらと水が流れ、数体のマタンゴが足を水に浸し、夕日を浴びながら談笑していた。
「……食堂?」
「おう! ウチの水はうまいぞー! いくらでも湧いてるから、ガンガン飲め! お日さまも、ここが一番当たるからな!」
 そう言って、トリュフォーは水に足を浸す。口からではなく、足から吸い上げるらしい。
「…………」
「アンちゃん、メシ……」
「飲み放題だって。たんとお飲み」
 壁に取り付けられたマタンゴ型の水道から湧き出る水を指さす。
 必要なのは水と太陽の光。やはりキノコだった。
 プリムはおずおずと、
「あの……私、お風呂に入りたいんだけど」
「風呂か。それならこっちだ」
 嫌な予感がする。
「――トリュフォー様! まずは体を拭いてからにしてください!」
「まあまあ堅苦しいこと言うな! 浸かっちまえば同じだろーが!」
 家臣の制止は無視して、トリュフォーはおがくずの山に飛び込む。
 案内された蒸し暑い浴場? の床には大量のおがくずが敷き詰められ、マタンゴ達のカラフルな笠だけが見えていた。
 一瞬の沈黙ののち、近くにいたマタンゴに目をやり、
「これは?」
「お風呂でございますが」
 むしろ菌床栽培だった。
「……湯船は?」
「ユブネ……とは?」
「えっと……大きな桶にお湯を入れて、それに入るの」
「お湯!? ゆであがってしまうではないですか! あぶのうございます!」
「ああ……そうだね。ごめん」
 一瞬、脳裏にごつい鍋で煮込まれるマタンゴの地獄絵図がよぎる。いいダシとれそう。
「な、なあ……ここ、めっちゃむしあちい……」
「どこかで火を焚いてるの?」
「ははは。ご冗談を。火なんて危険なもの。ここで使用したおがくずは地下へ運び、発酵させ、その時に発生する熱で城全体を温めているのです。冬でもあったかですよ」
「え? じゃあ……火は使わないってこと? 夜とかは?」
「そんな恐ろしい! 火事になったらどうするのです!」
 脳裏に、こんがり焼かれるマタンゴの地獄絵図がよぎる。香ばしそう。
 そういえばニキータが、『金属加工の技術はない』と言っていたことを思い出す。火を使わない――というより、使えないのだから、当然のことだった。どうりで、砂金も加工されずにそのままなわけだ。
「我々は、夜に活動する野蛮なマイコニドとは違い、夜明けと共に活動し、日没と共に眠ります。もし夜中に起きることがあっても、日中蓄えたお日さまエネルギーで笠が発光するので、夜中でも足下を照らすくらいには明るいのです」
「そっかぁ……お日さまエネルギー……」
 不気味な蛍光グリーンに発光するマタンゴの群れが脳裏をよぎる。もはやホラー。
「――オイ、何突っ立ってんだ? オマエらも入れよ!」
 トリュフォーの声は無視して、浴場のドアを閉める。
 さすがキノコの国。エコロジーが最先端すぎて、人間風情には追いつけない。
「とりあえず……外でなんか作ろっか」
「ようやくまともなメシがくえると……」
「修行だと思って」
「お風呂……」
「行水で我慢して」
 寝床があるだけマシ。
 奇妙な疲労感と共に、その夜は更けていった。