9話 忘れられた精霊 - 3/3

 ――ラビが百三十五匹、ラビリオンが八十七匹、ラビが百三十六匹、ブラックラビがカタストロフィ発射二回目、ラビが百三十七匹、キングラビが十三匹……

 あきらめて起き上がったのは、数えたラビが二百匹を超えた頃だった。
 マタンゴ達が用意してくれたワラのベッドに横になり、眠る努力はしたものの。
 シーツ越しでもチクチクするのが気になって眠れない。ちなみにマタンゴ達は、このワラに全身埋もれて寝るらしい。
 横を見ると、こんな寝心地が悪いベッドにも関わらず、ポポイは大の字になって気持ちよさそうに熟睡していた。
 カーテン越しにプリムも同じベッドで寝ているはずだが、向こうも眠っているようだ。お嬢様のくせに、意外と適応能力が高い。もしくは、自分が自分で思っていた以上に神経質だった?
 枕元のランプに火をつけ、靴を履く。
 部屋を出ようとして――ふと気になり、恐る恐る、カーテンの向こうをのぞき込む。
「……あれ?」
 てっきり、眠っていると思ったのだが。
 ラビを数えるのに集中しすぎたのだろうか。いつの間にか、ベッドはもぬけの殻だった。

「――おーよちよち。いい子だ、いい子だ~」
 王の間の入り口のカーテンをくぐって中に入ると、何かトントン叩く音と、鳴き声が聞こえた。
「――――!?」
 テラスに目を向け――大きな白い影と、暗闇にぼんやり浮び上がる緑の発光体にすくみ上がる。
「ト、トリュフォー?」
「あら、あんたも来たの?」
「プリム?」
 いないと思ったら、フラミーの様子を見に来ていたようだ。フラミーの影からひょっこり顔を出す。
 トリュフォーはあくびをかみ殺しながら、
「うぉ~い、フラミーのヤツ、夜泣きがひどくてよ~……」
 なんの音かと思ったら、棒を回して音を鳴らす、でんでん太鼓の音だった。フラミーの前でくるくる回してあやしている。
「ホントに光ってるし……」
 トリュフォーの笠の部分だけがぼんやり光っている。一般のキノコだろうと王様だろうと、この辺りは違わないようだ。
 トリュフォーはこちらが手にしたランプに気づくと、
「って、うわ!? まさかそれは火か!? あぶねぇ! 消せ消せ!」
「はは……大丈夫だって」
 やはり火は怖いらしい。とことん植物だ。
「キュィ~」
「お? なんだよ、やっぱそっちがいいのか?」
「そうなの?」
 すり寄ってきたフラミーのあごをなでてやる。
「ところで……ごたごたのせいで聞きそびれてたんだけど、僕達、マナの種子を置いてる神殿を探しているんだ。心当たりない?」
「神殿?」
「風の神殿はこの前行った。水と土の神殿も。残りの神殿について、知ってることはない?」
 トリュフォーは少し考えると、
「ここからだと、北西のカッカラ砂漠だな。火の神殿と、月の神殿がある」
「砂漠かぁ……」
 果たして大丈夫だろうか。砂漠なんて、相当過酷な場所だというイメージしかない。
 トリュフォーはあくびをすると、
「まあ、詳しい話は明日にしよーぜ……オレは眠いから寝るわ。オマエら、フラミーのこと頼んだぞ~」
「うん、おやすみ……」
 太鼓をこちらに押しつけると、暗闇の中へ去って行く。その姿は、やはりホラーだった。
 トリュフォーの姿が見えなくなると、
「プリムも眠れなかったの?」
「うん……気になっちゃって」
「気になる?」
 プリムはフラミーのあごをなでながら、
「この子、私と同じになっちゃったなって。私のママも、小さい頃に死んじゃったし」
 そういえば、そんなことを言っていた。
「魔法が使えるようになって、これでケガしても安心だって思ってたけど……思ったより、すごい力じゃないのね」
「……ずいぶん助けて来たと思うけど」
 間違いなく、プリムの魔法がなければ死んでいた人がいた。
 そういう意味では、戦う力よりよほどすごいことだと思う。
「あれ?」
 何か気づいたのか、プリムは自身のこめかみを指さし、
「あんた、おでこのココ。どうしたの?」
「え?」
 一瞬、脳裏に巨大な鎌が迫る光景がよみがえる。そういえば、今はバンダナをしていなかった。
 少し考えて、
「……昔、転んで切ったんだよ」
「ドジねぇ。ちょっと見せてみなさいよ」
「もうこれ以上治らないよ」
 適当にごまかし、髪で傷跡を隠す。こんなに暗いのに、よく気づいたものだ。
「ねえ。あんた、家族とかは?」
「え?」
「たしか、おじいちゃんがいるのよね? あんた人のことは聞いといて、自分のことちっとも話さないじゃない」
「……そっちが勝手に話してんじゃん。聞いてもないのにペラペラと」
「なによ。ホントあんたってかわいげがないわね。もういいわよ。私、もう寝るから」
「はいはい、おやすみ」
 プリムはフラミーをひとなでして、ずかずか去って行く。
「キュ~……」
「ああ、ごめん」
 ほったらかしにしていたフラミーをなでてやる。
 ふかふかの毛並みに、昔飼っていた犬を思い出す。犬と比べると、ずいぶん柔らかい毛だ。鳥のようであり獣のような、不思議な毛並みだった。
「お前、お母さんいなくて大丈夫?」
 言葉がわかるのかどうかは知らないが、フラミーは首を傾げる。大丈夫であろうがなかろうが、もうどうにもならないというのに。
 今にして思うと、あの白竜は、助けを求めてやって来たのだろうか? あんな血まみれになって。
「……ごめん。助けてあげられなくて」
「キュ?」
 どこかで違う行動をしていたら、助かった命だったのかもしれない。
 もちろん、もっと悲惨な結果になった可能性もあるが、どんな可能性を考えたところで今さらだ。この幼い白竜が、母親を失った現実は変わらない。
「あのさ。僕もみなしごなんだよね。お前と違って、置き去りにされただけなんだけどね。会ったほうがいいと思う?」
 別に返事が返ってくるわけがないのだが、なんとなく聞いてみる。
 もう二度と母親に会えないフラミーとは違い、少なくとも自分は、会える可能性がある。
 会わなきゃ良かったと胸くそ悪い結果になるかもしれない。最悪、もう亡くなっている可能性だってある。
 仮にそうだったとしても、この先ずっと、胸にわだかまりを残したままよりは、いいかもしれない。
「……もう少し、捜してみるか」
「キュゥ」
 『そうしろ』と言っているのかどうかはわからなかったが、フラミーは一声鳴いて、すり寄った。

「素人が砂漠を横断にゃんてバカにゃことしにゃいで、海路でカッカラ王国目指すといいんじゃにゃいですかね」
「海路……船で移動ってこと?」
 翌朝。
 トリュフォーから詳細を聞いたが、詳しい場所についてはマタンゴ達も知らないらしい。そこで出てきたのがカッカラ王国だった。
 センスのない地名はさておき、捕まえたニキータに聞いてみると、彼はここら一帯と、砂漠の地図を床に広げ、
「ここが現在地で……王国は砂漠の端、西の方角ですにゃ。陸路で行こうと思ったら、砂漠を横断することににゃります。だったら砂漠の手前にあるジャドの街へ向かい、ここからサルタン行きの船に乗って……するとホラ。カッカラ王国まですぐですにゃ」
「なるほど……ひとまず、海路でサルタン目指せばいいってわけだ」
 地図を指でなぞりながら説明する。確かに海路なら、わざわざ危険な砂漠越えをする必要はないし、待つだけで到着だ。
「でも、ここんとこ海がシケてて便数減ってますから、そこは運ですにゃ。……前はサルタンから帝国行きの船も出てたそうですけど、今じゃ、船便自体にゃくなってるかも」
「え? 帝国?」
「サルタンから海を隔てて西が帝国ですにゃ。昔、戦争で、帝国からサルタンとジャドを経由して、マンダーラへ逃げる人も多かったんですにゃ」
 聞き覚えのある地名だった。たしか、ルカが行けと言っていた場所だ。
「それはそうと、にゃにかと物入りでは? ここ、キノコしかいにゃいから、人間用の食料を手に入れるのも困難でしょう」
 ニキータは地図を隅にやると、リュックから次々と缶詰、干した野菜や果物などの食料を取り出し、床に並べていく。
 たしかに、ここでニキータに会えたのはラッキーだった。地図と、並べられた食料や道具を選びながら、
「それと、もうひとつ。プライベートなことなんだけど」
「にゃんです?」
「どこかで、僕と似たような人に会ったことない? 肌の色とか……雰囲気とか」
「似たような人?」
「母親を捜してるんだ」
 ニキータはあごに手を当て、しばらく思い出すように考えていたが――顔を上げると、
「残念ながら、手がかりになりそうな情報はにゃいですね」
「そう……」
「マンダーラにゃんてどうでしょう? ジャドから船が出てますよ」
「マンダーラ? なんで?」
「さっき、ちょろっと言いましたけど。昔の戦争で、住んでた場所が戦渦に巻き込まれ、逃げる人が大勢いたんですにゃよ」
 再び地図を広げる。さすがにこの地図にマンダーラまでは載っていなかったが、ニキータはジャドから南の方角を指でなぞると、
「あそこには古い寺院があって、救いを求める人には手をさしのべる、という教義ですにゃ。だから、戦争で逃げてきた異国の難民の受け入れも行っていました。……ま、おかげで治安だとか雇用だとかで問題も抱えてるそうですが、そこまでは知ったことじゃにゃいですね」
 言いながら、ニキータはそろばんをパチパチはじき、
「えー、それでは、地図に、食料と日用品、情報料に特別出張サービス代と……占めてこんな感じでどうでっしゃろ?」
「うん。ジェマにつけといて」
「まいど」
「マンダーラか……」
 ニキータを見送り、考え込む。
 自分が生まれた頃は、長年続いていたパンドーラ、タスマニカの連合軍と、帝国の戦争が特に激しくなっていた時代だったという。
 だから養父は、母を戦火から逃れてきた難民か何かだろうと思ったのだろうが――おかしい。
 どう考えてもおかしい。百歩譲ってそうだったとしても、なんだってポトス村だったんだ?
 逃げるなら、マンダーラみたいな難民を受け入れてくれるところへ行けばいい。しかも、幼子を抱えて一人というのも不自然だ。
 もちろん、元々パンドーラに住んでた外国人という可能性も捨てきれないが――それでもやはり、わざわざポトス村にやってきて、初対面の老人宅に子供を置き去りにしていった理由がわからない。もっと楽な捨て場所なんて、たくさんあったはず。
 ポトス村でなければならない事情があった? どんな? あいにく、見当もつかない。
 ……母親のことに関しては、完全に思考停止していた。プリムの父親の愚痴が気に入らないでいたが、これでは人のことを言えない。
「――ねえ。買い物済んだの?」
「え? ああ、うん。ひとまずこれくらい」
 ニキータと入れ違いに、プリムが顔を出す。
「次はカッカラ王国に行くのよね? ここからどれくらいかかるの?」
「早くて一ヶ月」
「いっ……!?」
「ポポイの足を考えると、もっとかかるかも。帰る?」
「――帰らない!」
 怖気づくかと思いきや、即答だった
「山だろうが砂漠だろうが、こーなったらとことん行くわよ! 言ったでしょ? あなたが行く先に、ディラックがいるって」
「そう……」
 なんともタフなお嬢様だ。ここまで来ると、意地だけではないということは認めざるを得ない。
「冗談だよ。海路で行くから、そんなにかからないしもっと楽だよ」
「そうなの? って、あんた私を試して――」
「はい、これ」
「え?」
 床に、全財産の入った財布を置く。ついでに、昨日もらったアウラ金貨もだ。
「そっちも全財産出して。……どっちみち、旅の資金は節約しなきゃなんないし。ひとまずお金に関しては共有財産ってことで、予算決めてやりくりしよう。砂金は今度、一袋だけ換金して……この金貨は、いざって時のために置いておいたほうがいい」
「う、うん……わかった」
 どこか呆然とした顔でしゃがむと、リュックからお金の入った袋を出す。
 それを全額出し、計算する。とにかく砂金を換金するまでは、これで食いつなぐしかない。
 手帳に金額を書き込みながら、
「砂漠の次は、帝国に行くから」
「え? マンダーラじゃないの?」
「ディラックさんとパメラさんは、帝国の四天王に連れ去られたんだよ? いるとしたら、帝国でしょ」
「え?」
 プリムは、なぜか驚いた顔で、
「……二人を捜すの、手伝ってくれるの?」
「何言ってんだよ。最優先事項でしょ」
 プリムは、ぽかんとした顔で――そして、満面の笑みを浮かべると、
「――ありがとう! あと、ごめんなさい。あなたのこと、ちょっと誤解してた!」
 照れくさそうに言うと、逃げるように飛び出す。

 ――誤解――

「……人のこと、なんだと思ってたんだよ」
 散々頼っておいてこの言われよう。そこまでひどいか?
 何はともあれ、マンダーラなんて後回しだ。一刻も早く、ディラックを見つけなければ。
 そして彼に、こう懇願するのだ。

 頼むから、この女連れてさっさと帰ってくれ、と。