「ところでさ。帝国までどうやって行くの? 船、欠航してたわよね?」
 「そこが問題なんだよね……」
  神殿から都へ向かって歩きながら、次の問題に頭を悩ませる。
  サルタンに到着したついでに、帝国行きの船について調べたところ、現在、帝国との国交は閉ざされ、すべての船が欠航状態だという。仮に船があったとしても、大シケ続きで航海は無理だとも。
 「でも、ジェマは帝国に行くって言ってたわよ?」
 「しまったなぁ。どうやって行くのか、聞いとけばよかった」
  恐らく、タスマニカが知っている『抜け道』のようなものがあるのだろう。サンドシップのメレリア提督が何か知っていればいいのだが。
  何はともあれ、都を目指して歩くこと数分。
 「――あつ~い。喉かわいた~」
 「オイラも~」
 「……だから『帰りのこと考えろ』って散々言ったんですけど」
  神殿を出てものの数分で愚痴りだす二人に、こめかみが引きつる。元々貴重な水を、残量考えずに飲むからだ。
  水は平等に持たせたはずなのに、明らかにこちらの水を狙っているのが透けて見える。それには気づかないふりをしたまま、砂漠を歩く。
  本物の砂漠に初めは感動したが、そんな感動はとうに失せた。しかもこいつらときたら、愚痴を言うばかりで、地図を見るのも道を探すのも全部人任せ。
  これでは一人のほうがずっと楽ではないか――そんなことが頭の中をぐるぐる駆け巡る。
 「――あれ? なんかこのサボテン、さっきも見なかった?」
 「え?」
  突然のプリムの指摘に、細くて背の高いサボテンを見上げる。
  たしかに数分前、サボテンの前を通った。その時に見たサボテンによく似ているような――
 「……いや、サボテンなんてあちこち生えてるし」
 「でもほら。ここに花咲いてるわよ? さっき見たのも、ここに花咲いてたと思うんだけど」
  ちょうどプリムの目線の高さに花が咲いている。だから記憶に残ったのだろう。
  慌てて、ポケットからコンパスを取り出す。
 「あれ?」
  針が、ぐるぐる回って止まらない。
 「ちょっと!? 方角わかんないじゃない!」
 「……方角わかったって、プリム、自分一人じゃどこにも行けないでしょ」
 「そんなこと言ってる場合!? 戻るにしたって、神殿、もう見えないわよ!?」
 「そうだね。今の状況で引き返すと、ますます混乱するかも」
  汗が止まらない。
  くるくる回り続けるコンパス。同じようにしか見えない風景。じりじりと照りつける太陽。火の精霊は失踪中。帝国へ行こうにも船はない。周囲の大人は聖剣がどうの世界を救えだのイカレたこと言ってくるし……
  頭の中で、問題が次から次へと湧いてくる。
 「――ちょっと! しっかりしなさいよ! どうするのよ!」
 「どーすんだよ! このままだと、オイラたちみんなひからびちまうぞ!」
  両隣の恋に盲目なお嬢様と何も考えてないちびっこ妖精はどーするどーするとわめき散らして責めるだけ。
  どうする。そんなのこっちのセリフだというのに――
 「――いつもいつもそっちばっか好き勝手言いたい放題言って! 計画立てるのも道探すのも僕ばっかり! なのにいざとなったら責められるのも僕なわけ!? 勇者だなんだ担ぎ上げてなんでもかんでも押しつけてんじゃねーーーーーーーーーーーーーーーーよ!」
 「なんかゴメーーーーーーーーーーーン!」
 「スミマセンあまえてましたーーーーーー!」
  どうやら頭の中の考えが外に出ていたらしい。たたき折った記憶もないのに、サボテンが真っ二つになって倒れた。
「お待たせしました~」
 「ジン! アンちゃん、ジンがかえってきたぞ!」
  見つけた巨大な岩山付近で待機すること数分。
  様子を見に送り出したジンが帰ってきたらしく、疲労でぐったりしていたところをたたき起こされる。
 「街は見えた?」
 「それが、街は見えませんでしたが、船はあったダス~」
 「船? ひょっとして、ジェマが言ってたサンドシップ?」
  思っていたより早い。それとも、火の神殿にそんなに時間がかかっていたのだろうか。
 「ラッキーじゃない! これも私の日頃の行いのたまものね!」
 「いや、ここはオイラだろ! やっぱ持ってるものを持ってるヤツはちがうね!」
 「こいつらの日頃の行い……」
  理不尽に引っぱたかれたり聞きたくもないのろけ話を聞かされたり食事を横取りされたり荷物を押しつけられたりその他色々が脳裏をよぎるが、しかし今はそれよりも、
 「とりあえず行ってみよう。月の神殿にも送ってもらえるかもしれないし」
  まずは身の安全の確保。それから月の神殿だ。ジンに目を向けると、
 「ところで、船ってここからどれくらいの距離があるの?」
 「それが……遠くに見えたし、移動してるから、オイラでも追いつけないかも」
 「なんだそりゃ!? それじゃ意味ないじゃん!」
 「じゃ、向こうから来てもらおう。ポポイ」
 「あ?」
  水の入った水筒を差し出すと、
 「あげるから。一発、派手にぶっ放して」
  ポポイは目をぱちくりさせたが――やがて、言わんとすることを察したのか、
 「――ああ!」
  杖を掲げると、巨大な雷を地面から空に向かって、一発、派手にぶっ放した。
「助かった……」
 「お、お前らか? さっきの雷は?」
  期待通り、雷に驚いて見に来てくれた。開いた搭乗口から出てきた若い兵士に救助を要請し、ひとまず中に入れてもらう。
 「誰だよ、帝国の襲撃だって言ったの……」
 「いや、子供を利用して、油断させる作戦かもしれん」
  ひそひそと話しているのが聞こえる。たしかに向こうからすれば、不審者であることに変わりはない。
  ひとまず砂にまみれたマントを脱ぎ、荷物を下ろしながら、
 「あの……」
 「――何事だ!」
  現れたのは、青いたてがみのついた兜をかぶった十四、五歳くらいの少年だった。
  鎧からして一般兵と違う。見栄えのいい銀色の鎧を身につけていたが――小柄で少々小太りな体型、砂漠なのにまったく日焼けしていない色白な肌と、鎧の立派さだけが目立って、肝心の本人がまるで強そうに見えない。
  少年の登場に、兵達は慌てて敬礼をしながら、
 「はっ。不審者を見つけ、取り調べていたところであります!」
 「ちょっと! 不審者とは何よ失礼ね!」
 「プリム!」
  食ってかかるプリムを慌てて止める。
  こちらの顔ぶれに、少年はため息をつくと、
 「なんだ、ガキじゃないか」
  どう見ても、彼より年下はポポイ以外いないのだが、そんなことはまるで気にせず、
 「大げさに騒ぎすぎだ。どうせ砂漠で迷子になっていただけだろう」
 「お、にーちゃん、話わかるじゃん」
 「こら、チビ! 口を慎め! この方はモリエール中佐――」
 「チビとはなんだコラー!」
 「ポポイ!」
  今度はポポイの口をふさぎ、『中佐』とやらに愛想笑いを向けると、
 「えーと、ほんと、死にそうだったんで助かりました。それで――」
 「フン。助けてやるから、代わりにしっかり働けよ」
 「え? あの」
 「そうだな、配属はお前が貨物室、チビは厨房、女は――」
 「ちょっと待て! この『モンショー』が目に入らねーのか!」
  いつの間にはずしたのか、ポポイが剣につけていたはずのルシェイメアの紋章をモリエールに突きつける。
 「ちょっと、ポポイ……」
 「さっさと見せねーと、話すすまねーだろ!」
  小声でささやくと、ポポイも小声で返す。たしかにそうなのだが、勝手に人の物を取らないで欲しい。
  モリエールは紋章をまじまじと眺め――手に取ると、
 「なんだ、くれるのか?」
 『は?』
 「まさか金? 言っておくが、こんなもので買収しようとしても無駄だぞ。いや、むしろますます怪しいな! こんなもの、どこで手に入れた!」
 「へ? あの……通じてない?」
 「トリュフォーには通じたぞ!?」
 「あいつキノコ以下なわけ!?」
  解決どころかこじれた。
 「やはり怪しいな! おい、こいつらの武器を取り上げろ! 荷物も調べさせてもらう!」
 「え?」
  思わず、剣を隠すように身をよじる。
  それがかえって目についたのか、
 「なんだお前? ずいぶん良さそうな剣を持っているじゃないか。怪しいな」
 「え? これは――」
  止める間もなく、モリエールの手が剣に伸びる。
 「ちょっと!?」
 「抵抗するとはますます怪しい! さてはどこかで盗んで来たな!」
 「なんでそうなるんだよ!?」
 「ちょっとあんた! さっきから失礼じゃない!? 人の話を――」
 「いいから、その剣を見せろ! ここではオレがルールだ!」
 「――――!」
  とっさに、伸びてきたモリエールの手首をつかむ。
 「なんだお前!? 抵抗し――!?」
  そしてそのまま、一気にひねりあげる。
 「ちょ……! 待て待て待て! 痛い! 痛い!」
  握りしめた手首から、みしみしときしむ音が聞こえる。そのままさらに力を入れ、上へと引っ張り上げる。
 「折れる! やめろ! 悪かった! 冗談だ! 冗談だから!」
 「――アンちゃん!」
 「へ?」
  ぱっ、と手を離すと、ぼてっ、と、モリエールが床に落ちた。ひょっとすると、体が浮いていたのかもしれない。
 「あれ? 僕……」
 「キ、キッサマァ……!」
  ぽかんとしたまま、声がした方角を見下ろすと、尻もちをついたモリエールが涙目で手首をさすり、
 「無礼者! このモリエール様に逆らってタダで済むと――」
 「――いやぁ、いい! 実にいい腕っ節だぁ!」
  モリエールの声は、横から割って入ってきた大声にかき消された。
  声の主は、三十歳前後の色黒の男で、顔や腕のあちこちに古い傷がついていた。灰色の髪に、色あせた緑のバンダナを頭に巻いている。
  男は、手を叩きながらこちらに向かってくると、
 「片手で人を持ち上げるとは驚きだ! いやー、人は見た目で判断出来ないねぇ!」
 「おい、セルゲイ! 持ち場離れて何してる!?」
 「えー? 俺、今休憩中だからサボってるわけじゃないですよー?」
  兵士にセルゲイと呼ばれた男は、モリエールに振り返ると、
 「いやはやお見それしました! わざと怒らせ、相手の力量を測る! 中佐殿の体を張った調査、私のような小物にはとてもマネ出来ません! 誠にお見それしました!」
 「お、おう……」
  そんなことあるわけないのに、勢いに押されたのか思わずうなずく。
 「あの……」
 「――いいから合わせな」
  男は耳元でささやくと、一転、饒舌に、
 「でね、中佐。こいつ、ぜひ俺の班にくださいよー。忙しくて、みんなまいっちまってるんですよー。みなさんも今の馬鹿力見たでしょ? ウチに来てくれりゃあ、大助かりだし作業もはかどりそうだ!」
 「か、勝手に決めるな! 第一、そんな得体の知れん連中――」
 「得体の知れなさは俺達だって一緒でさぁ。この船のほとんど、食いっぱぐれた漁師でしょ? そんなこと言うなら俺達みたいな外の人間雇わないで、ぜ~んぶタスマニカの皆さんで完結しないと筋が通りませんぜー?」
 「ぐ……」
  この男、なかなか口がうまい。モリエールなどたやすく丸め込める絶対の自信を持っている。
 「か……勝手にしろ! ただし! 武器はすべて没収させてもらう! 荷物検査もだ!」
 「ちょっと! 何すんのよ!」
  兵士に槍を取られそうになり、プリムが抵抗するが、
 「プリム。ここはおとなしくしとこう」
 「……わ、わかったわよ……」
 「えぇ~? オイラの杖もか!?」
  ポポイも不満を漏らすが、この際仕方がない。ひとつ、このセルゲイとかいう男を信用するしかなさそうだ。
 「さあ! 今度こそ、その剣をよこせ!」
 「落とさないでね」
  剣を鞘ごとはずし、差し出されたモリエールの手に乗せた。
――ずしっ。
 次の瞬間、モリエールの体が剣の重量に引っ張られ、沈んだ。
 「あれ? そんなに重いの? 中佐さんでしょ?」
 「そ……そんなわけあるか! このオレは、タスマニカでも五本の指に入る名門の騎士だぞ! こっ、こんな剣の一本や二本!」
 「ふーん……」
 「え? あの剣、そんなに重いのか?」
  ぷるぷると震えながら、根性で剣を持ち上げる。
 「――これはいいでしょ! 触らないでよ!」
 「プリム?」
  振り返ると、兵士から逃れるように、プリムがリュックを抱きかかえている。
 「いや、そうは言っても、命令だし……」
 「命令にかこつけて、下着盗むつもりでしょ!? 変態! 痴漢! セクハラ犯罪者!」
  困った顔の兵士に、容赦なく罵声を浴びせる。
 「放っておけ。どうせそんな女の荷物、たいした物も入ってないだろ」
 「ふん!」
  べー、と、舌を出す。
  モリエールは頬を引きつらせながら、
 「と、とにかく、出航するぞ! 全員、持ち場に戻れ! お前ら助けてやったんだから、しっかり働けよ!」
 「――ちょっと待って!」
  剣を抱えて戻ろうとするモリエールを、慌てて呼び止めると、
 「僕達、都に着いたら下ろしてもらいたいんだけど!」
 「はあ?」
  モリエールは面倒くさそうに振り返ると、
 「何言ってんだ。都ならさっき寄ったところだ」
 「え……」
  てっきり、補給に向かうところだと思っていたが――こちらが神殿に行った後、予定より早く到着し、迷子になっている間に出航していたと、そういうことか?
 「次の補給は一か月後。それまでこの船は停まらん。まあ、砂漠を一周して都の近くを通ることもあるが、ただでさえ、今回お前らのためにわざわざ船を止めてやるはめになったんだ。恩返しさせてやるから、しっかり働くんだぞ」
  嫌味ったらしく吐き捨てると、今度こそ背を向け、立ち去った。