「メレリア提督の孫?」
 「そ。あいつの言ってた通り、タスマニカじゃ有名な騎士のお家柄だそうだ」
  船員の控え室兼寝床で、わずかな水をもらいながら話を聞く。
  広い大部屋の隅には毛布が積まれ、イスもなければベッドもなにもない簡素な部屋だった。夜はここで毛布をかぶって雑魚寝だそうだ。
  セルゲイ同様休憩中なのか、横になって寝ている者もいれば、物珍しそうにこちらを見ている者もいる。
 「なー。こんだけじゃ足りない~」
 「贅沢言うな。俺達だって我慢してるんだ」
  カラの器を手にぐったりするポポイに、セルゲイは口をとがらせる。
  話し声に目が覚めたのか、近くで横になって寝ていた男が体を起こす。
 「……なんだ? さっき船が止まったと思ったら、新入りか?」
 「そ。補給直後に拾われた、気の毒な子達さ」
  セルゲイと同年代か、少し年上だろう。頭に白いバンダナを巻いた大柄な男は、体を起こすと、こちらの顔ぶれを見渡し、
 「まだガキじゃねぇか。まったく、災難だな」
 「と言うと?」
 「前も、お前らみたいに迷子になってたところを拾われたヤツがいたが、恩着せられてタダ働きさせられたんだよ。そいつは二週間で済んだけど、お前ら一か月後になるぞ」
 「一か月……タダ働き」
 「あいつ、最っ低……!」
  あの口ぶりからそんな気はしていたが、一か月なんて冗談じゃない。一刻も早く、この船から降りる方法を考えないと。
  セルゲイは思い出したように、
 「ああ、コイツはラムティーガ。俺と同じ班だ」
 「ま、仲良くしよーぜ」
  そう言うと、肩を回しながら立ち上がり、部屋を出ていく。
 「あ、あの、メレリア提督ってどんな人なの?」
 「メレリア提督か? そりゃー立派な騎士らしくて人望もあったらしいけどな。孫のことになるとダメだありゃ」
 「『あった』って、過去形?」
 「過去だよ過去。孫に盲目というか、孫かわいさに言いなりだ。あれ、なんでだろーな。他人に厳しく身内に甘いとか、一番ダメだろ」
 「さ……最近の大人って……」
  ダメだこりゃ。
  どうして自分の回りの大人はこんなのばかりなのだろう。これではどこぞのキノコ王が一番まともだ。
 「言っとくが、この船のタスマニカ兵は腐ってるぞ。一応、この船は帝国の抑止力って言ってるが、何を思ったか、メレリアのじーさんが船の全権をモリエールに任せてからは、訓練してるとこなんて見たことねーし」
 「船の全権を!?」
 「そんな知性も気骨もあるように見えなかったわよ!?」
  中佐というのもありえないのに、権限まで。衝撃の事実に、プリムまでもが頭を抱える。
 「おかげさまで兵達もどんどんガラ悪くなって、昼間から酒飲んで寝てるし、俺達のことだって奴隷だと思ってやがる」
 「奴隷?」
 「俺達は、れっきとした『労働者』だ。ちゃんと雇用契約も結んでいる」
  そして、大きくため息をつくと、
 「と言っても、船の仕事は機械化されてて、たいした仕事はない。で、早々に終わって休んでたら、モリエールのヤツ、サボってると思ったんだろうな。一方的に給料カットを宣言するわ、やることないのに働けと怒鳴り散らすわ……他の兵士に文句言ったら、本来、そいつらがしなきゃいけない仕事をどんどん押しつけてきやがった」
 「え? じゃあ、兵士はなにしてるの?」
 「言っただろ。腐ってるって」
 「…………」
  部外者にサボるなと言っといて、自分の身内にはしっかりサボられている。あの中佐、相当なめられている。
 「だったら逃げちゃえばいいじゃない」
 「簡単に言うなよ。あいつら、給料は契約期間満了時に渡すっつって、渡してくれねーんだよ」
 「え? じゃあ、途中で辞めたら……」
 「『契約違反だ』って難癖つけて辞めさせてくれねーし、それでも辞めると言ったら給料の大部分をピンハネだ。それで泣く泣く小銭だけもらって降りてったヤツもいる。契約の時にそういう説明受けたヤツ、一人もいないのにさ」
 「見事なブラック労働……」
  逃げ場のない砂漠の上で、給料を人質に船に留めているということか。これでは牢屋だ。
 「おっさんは、なんでここで働いてるんだ?」
 「大半が漁師だって言ってたよね?」
 「ああ? 俺か?」
  ポポイの質問に、彼は、待っていたとばかりに声をひそめ、
 「ま、大半は漁師だが、ここだけの話……俺はな、海賊さ」
 「海賊? へー……」
 「なんだ『カイゾク』って?」
 「海のチンピラ」
 「ふーん。おっさん、チンピラなんだな」
 「……驚くとか怖がるとかしてくれないと、こっちとしては次のリアクションに非常に困るんですが……」
  なぜかこちらを責めるような物言いに、プリムは困った顔で、
 「そう言われても……それこそ、モーグリがヘッドスピンしながらコサックダンス踊れば驚くかもしれないけど、ただのチンピラじゃねぇ……」
 「せめて『海のギャング』くらい言っていただけないでしょうか……」
 「なー。あのおっさん、なんか泣きそうだぞ」
 「え? でも今さら、海賊程度で驚けったって無理でしょ」
 「いや、でも助けてもらったことだし、そういうアクション取ってあげるのも優しさじゃない?」
 「悪魔かお前ら」
  聞こえていたのか、セルゲイが無表情につぶやく。
 「ええと、ごめん。よくよく考えてみたら、海賊とかすごいと思う。なにやってるのか全然知らないけど」
 「うん。なんだかすごいわね海賊って。どこがすごいかよくわかんないけどすごいことはよくわかるわすごい」
 「おうよ! なんかよくわかんねーけどスゲーなカイゾクって!」
 「もういい! もう何も言うな! 頼むからもうやめてくれ!」
  どうやらフォローに失敗したらしい。泣きながら懇願される。
 「俺からすりゃ、お前らのほうがわけわかんねーよ! きょうだいにも見えねーし、地元民ですらねーだろ。異国のガキグループが、なにがどうしてこんな砂漠ほっつき歩いてんだよ」
 「僕が知りたい……」
 「あ、なんだとー」
  ポポイの苦情は無視して、頭を抱える。
 「――お疲れー、でやんす」
  ドアが開き、よちよちと二頭身の生き物が入って来た。
  ポポイと同じくらいの身長に、白と黒のツートンカラーの体毛、黄色いくちばし、二足歩行でよちよち歩き、頭に帽子を乗せたちんちくりんの生き物――
 「――なんだこれ!? 足みじけー! おもしれー!」
 「かーわいーーーーーーい! なにこの生き物!? どっから来たの!?」
 「ギャーーーーーーーーー! チカン! セクハラでやんすーーーーーーーー!」
 「あ! ずるいぞデイビット! お前ばっかいつもいつもモテやがって!」
  ポポイが触り、プリムは抱きつき、生き物が悲鳴を上げ、セルゲイは怒鳴る。
  見たことのない謎の生命体に、
 「これって……なに?」
 「ペンギンだよペンギン。海の中を飛ぶように泳ぐ鳥だ。こいつは俺の海賊時代からの部下のデイビット」
 「ペンギン? へー、初めて見た」
  本で読んだことはあったが、実在するとは思っていなかった。
  デイビットはプリムの絞め技から逃げながら、
 「オカシラ! なんでこんなトコに女子供がいるでやんすか! 人間の女子供は気安く抱きついてくるからキライなんスよ!」
 「ペンギンが苦情言ってる……」
  まあ、キノコがしゃべるよりは驚かないが……
 「ところで、海にいるはずのペンギンと海賊が、なんで砂漠にいるの?」
  素朴な質問に、セルゲイは遠い目で、
 「……半年ほど前から、海がしょっちゅうシケるようになってな。元々中古で古かったとはいえ、俺らの船が壊れ、修理するにも金がない。仲間は一人、また一人と去っていき……残ったのはデイビットだけ」
 「行くアテなかったんで仕方なかったんスよ」
 「仕方なく残ったんだ」
 「コラ、デイビット! そこはウソでも俺の男気に惚れたとか言え!」
  逃げられてる段階で残念な人望なのは明白なのだが、認めたくないようだ。
 「再興するにも金がいる。せめて船乗り気分を忘れたくねーから、船に関わる仕事を選んだわけだが……」
 「どーするでやんすか。『船乗り気分』どころか、給料すらあやしいでやんす」
 「ああ、ここにもお金に苦労してる人が……」
  行く先々で、みんな苦労している。王様でもなければ神様でもない。金だ。この世は金に支配されている。金……
 「――――!」
  金で思い出した。セルゲイ達に背を向け、返却されたバッグの中を慌てて確認する。
 「あーあ……やっぱないよ」
  疲労で頭が回らなかった。着替えはそのままだったが、案の定、財布や砂金、アウラ金貨の入った袋が消えていた。ナイフはわかるが、ちゃっかり食料まで抜き取るとは何事だ。
  砂金を一袋、換金したばかりだったのに。これでは逆戻りどころかマイナス――
 「――ちょっとちょっと」
  プリムに小声でつつかれ顔を上げると、彼女はセルゲイに、
 「ねー。お手洗いどこ?」
 「それなら右に行って階段降りてすぐだ」
 「言っとくでやんすけど、臭いしあんまキレイじゃないっス」
 「う……し、仕方ないわね」
  嫌そうな顔をしつつ立ち上がると、こちらの腕を引っ張って部屋から出る。
 「オイラもー」
  ポポイも立ち上がり、結局、三人で部屋を出て、階段を下りる。
  下りてから、プリムは人目がないことを確認すると、
 「はい、これ」
 「え?」
  プリムがリュックから出したのは、財布と砂金、金貨が入った袋だった。
 「これ……なんで!?」
 「うふふ……あいつらがあんた達に気を取られてる隙に、こっちに移しておいたのよねー」
  そう言って、プリムが死守したリュックを見せる。
  まあ、人様の荷物から金銭を勝手に抜き取った行為は褒められたことではないが――
 「プリム、ナイス! 最高! 女神!」
 「ねーちゃんすげー! さすがだな! いい女!」
 「ホホホホ。さすが私。機転が利くわよねー」
  ひとしきり褒め称え、笑ったところで、
 「……なんかさ。お金にどんどん執着するようになったよね」
 「……うん。なんか悲しい……」
  いきなり我に返り、心に隙間風が吹く。
  第一、こんな状況で金だけあってもどうにもならない。水や食料がここで買えるわけでもなし。
  いや、待てよ。
  袋からアウラ金貨を一枚取り出し、ぼんやり眺める。
 「……ねえ、このお金でさ。買えないかな?」
 「なにを?」
 「自由」