それからは忙しい日々が続いた。
娘の世話と同時に、島の状況の報告が毎日のように届いた。壁の崩壊による死者、行方不明者の数は毎日増え続け――かつて壁が破られ、巨人に侵入された時のシガンシナ区とトロスト区の犠牲者の数を軽く超えた。
そのさなか、詳細は公表されなかったが、港でイェーガー派とマーレの残党との戦闘が起こったことが知らされた。そのマーレの残党の中に、死んだと言われていた調査兵団のハンジ団長をはじめ、リヴァイ班のメンバーが混じっていたということも。日付を確認すると、私が産気づいた日だ。
ああ、やっぱりそうだ。
あの人達が、簡単に死ぬわけもなければ、指をくわえて見ているわけもなかった。
……ごめんなさい。嫌なことをさせてしまって。
でもせめて、あなた達の家族は守るから。いつかあなた達と再会して、堂々と生きていけるように。
「……ねぇ。子供の頃、どうして私に石投げたりしたの?」
「え?」
彼にそんなことを聞いたのは、娘の首がすわった頃だった。
娘をあやしている彼の姿を眺めていると、急に気になったのだ。
しかし、彼は驚いた顔で、
「なに言ってんだよ? 最初に話したじゃないか」
「え?」
「ほら、初めて話をした時……」
今度はこちらが驚く。そして慌てて、
「あ……ああ、そうだったわね。うん、そういえばそうだったかも!」
実のところ、よく覚えていない。
まったく止めてくれないエレンにショックを受けて、あの頃の記憶はほとんどなかった。
彼は心配そうな顔で、
「大丈夫かい? まさかお産の後遺症で記憶が――」
「だ、大丈夫! その、もう一回、あの時のこと聞きたいなー、って」
「ええっ?」
彼は困惑していたが――少し恥ずかしそうに、
「しょうがないなー……えぇと、ほら。キミ、柵の外にちっとも出てこなかっただろ?」
「柵?」
「いっつも柵の向こう側にいてさ。馬とか牛とかとよく話してて……ああ、動物、好きなんだなって見てたんだ」
彼は近くの椅子に座り、眠っている娘を膝の上に乗せると、
「ちょっと話してみたいなーとは思ってたんだけど、俺もガキだったから。自分から女の子に声かけるのがなんか気恥ずかしくて……その……石投げたら、怒って柵の外に出てきてくれるかな、と……」
――くやしかったら出て来いよ――
そうだ。彼らは石を投げながら、そんなことを私に言っていた。
だけど私は、ただただ怖くて、話も聞かずに逃げ出した。
「その、今は反省してる! 女の子に石投げるとか、この子がそんなことされたらと思うと……! ああもう、投げるなら花とかにしとくんだった!」
顔を真っ赤にして、頭をがしがし掻く。
ぼんやりと――初めて彼と話をした時のことを思い出す。
あの時、上の空ながらも彼の話は一応聞いていたのだ。聞きながら、当時のことを思い出していた。そういえばこの人、石を投げてはきたけど、当ててはこなかったな、と。
――柵の外に出るなって言ったでしょ!
柵の外からやってきたお姉さんは、そう怒鳴って私を柵の中に閉じ込めた。
エレンは、柵の外を滅ぼすと言って、私を柵の中に置き去りに出ていった。
だけど私にはもう一人、柵の外においでと呼びかけてくれている人がいた。やり方は間違えたけど。
彼と初めて話をしたあの日、友人の分も一生懸命謝罪をし、これからは私の力になりたいと顔を真っ赤にして伝えてくる彼のその姿に『この人ならまあいいか』と思ったのだ。決して、誰でも良かったわけじゃない。
そうだ。私は『どうでもいい男との子供』を産んだわけじゃないんだ。
なんだか、胸の奥があたたかくなってきた。
「……ありがとう」
「え?」
「私を、好きになってくれて」
そう言うと、彼はぱっと顔を明るくし――そして娘を抱きしめ、顔を真っ赤にしてうつむいた。
でもごめんなさい。あなたは二番。
一番はどうしても譲れないの。
極悪非道な女でごめんなさい。
でもこのことは、墓場まで持っていく。それが私の罪。
これから一生、私は心の底から笑うことは出来ないだろう。
だけど、あなた達が心の底から笑える世界を作らなくてはならない。それがせめてもの償いであり、私の使命だ。
きっと私は地獄に落ちる。だからユミル、もうあなたと会うことは叶わないだろう。
でも、もし――もし、もう一度あなたと会えるなら。
その時の私は、胸を張ってあなたに会える生き方が出来ているだろうか?
ねえ、ユミル。