2.殺す勇気
――お前さえ産まなければ――
「――――!」
その声に、一瞬で意識が覚醒した。
そしてすぐに、ああ、またか、と、いつもの夢であることを思い出す。
しかしわかってはいても、全身は嫌な汗でぐっしょりと濡れ、心臓が激しく鼓動する。
近頃、頻繁に見るようになった夢だった。
いや、夢じゃない。実際にあったことだ。
幼い私への、母からの最期の言葉。
「……ヒストリア? 大丈夫かい?」
隣のベッドで寝ていた彼が、寝ぼけ眼で訪ねてくる。
「……大丈夫。なんでもない」
「一緒に行こうか?」
「いい。寝てて。水飲んでくるだけだから」
相変わらず彼はやさしかった。彼がやさしければやさしいほど、自分の罪の重さに押しつぶされそうになる。
台所に行くと、水瓶から水を汲み、一気に飲み干す。
――お前さえ産まなければ――お前さえ産まなければ――お前さえ産まなければ!
何度も何度も、その言葉が頭の中に響いてくる。
壁にもたれ、そのままずるずる床にへたり込むと、膨らんできたおなかに手を触れる。
エレンが失踪したと聞いてからだった。この子は産んではいけないと考え始めたのは。
下へ向かう階段を前に、ここから転げ落ちてやろうかと考えたこともあった。『自分のせいだ』と泣き叫ぶ彼の姿を容易に想像出来たので、出来なかったが。
もしかすると、エレンは本気なのかもしれない。
でも――だったらどうすればいいの? 兵団に言うの? 彼が失踪した理由を。
そうすれば、兵団はどうする?
エレンをそのままにしておく?
そんな危険思想を持つ者に、この島の命運を握らせたままに?
でも、もしかしたら――ミカサ達が、エレンを見つけて阻止してくれるかもしれない。
少なくとも調査兵団の仲間達なら、エレンを守ってくれる。エレンだって思い直すはずだ。
なのに私が先走って余計なことをしちゃ、台無しになっちゃう。
そうだ。きっとそう。
結局、私はまた逃げた。自分に都合のいい妄想に。
すべての責任を、他人に丸投げして――