サシャが死んだ。
その日はつわりがひどいからと言って、寝室に引きこもった。本当は妊娠してから今まで、びっくりするほどつわりなんてなかった。今もそうだ。ああ、この子はなんて『いい子』なんだろう!
いい子すぎて、私が嘘つきにならなきゃいけないじゃない!
「――ヒストリア。大丈夫かい? なにか食べたほうが――」
「――うるさい! あっち行って!」
ドアの向こうの彼の声に、思わず怒鳴ってしまった。
彼はただ、こちらの体を心配をしているだけ。わかっている。そんなことはわかっている。
なのにこちらの気も知らず、のんきに体を気遣うそのやさしさが、今はただただ腹立たしかった。
目の奥が痛い。
泣いてはダメだ。私には泣く資格なんてない。サシャを殺したのは私。レベリオで、大勢の民間人を殺したのも私。
私が最初から、ちゃんとエレンを止めていれば、誰も死ななかったのに。
なのに私は、他人に丸投げした。誰かがエレンを思いとどまらせてくれると、虫のいい期待をした。
他人の言葉で思いとどまるくらいなら、あの日の私の説得でとっくに思いとどまってたはずじゃない! なんてバカなの!
泣いちゃダメだ。
枕に顔をうずめ、涙を必死にこらえる。だけど抑えきれなかった。耐えきれずに涙があふれだし、喉の奥から嗚咽が漏れてくる。
ダメだ。声を出してはダメだ。彼に聞かれるかもしれない。
それだけはダメだ。私が泣いているなんて知れば、きっと彼は心配して、ずっと私の側を離れない。誰にも聞かれてはいけない。
シーツを口にくわえ、思い切り噛み占める。これで少しは音も漏れないはずだ。
結局私は、涙をこらえることが出来なかった。
枕に顔を押し付け、口はシーツでふさぎ、音を立てぬよう静かに泣いた。
どれくらいそうしていただろうか。
いつの間にか眠っていたらしく、窓の外は薄暗くなっていた。
それから私は、毎日を無気力に過ごした。戸惑った子供達は、私から距離を取るようになった。彼だけは、相変わらず私の体調を気にかけ、やさしかった。
サシャの死から一か月経った頃だった。ザックレー総統が亡くなったと知らせが届いた。エレンの信奉者による爆弾テロだという。
私の妊娠を知った時、困りつつも、それでも『めでたいことだ』と言ってくれた総統の笑顔を思い出す。
もう、涙すら出なかった。
エレンの声が聞こえた。
すべてのエルディア人に向けての、一方的な宣言。
その直後にすべての壁が崩壊し、壁の中の巨人が歩き始めた。
近くの街の様子を見てきた兵士の報告では、壁の崩壊により多くの犠牲者が出ているという。
しかしもっと信じられなかったのは、多くの犠牲者が泣いているその横で、戦勝パーティーが開かれているということだった。飲めや食えやのお祭り騒ぎだったという。
狂ってる。
大勢、人が死んでるのに。
どうして、そんなひどいことが出来るの?
誰も、泣いてる人達に寄り添ってあげないの?
でもホントはわかってる。私も、歩いていく巨人の群れを遠巻きに見たから。
あんな強大な力を見せつけられて、逆らえるわけがない。信奉するしかない。
狂うしかない。
ひざまずき、奴隷になるしかない。
人類は、巨人には勝てないのだから。